潮合
「あの子は……本当に
「ええ。自慢の妹でした」
首を振り、思い切ったようにディランは酒を
* *
殻を脱ぎ捨てるようにコーデリアは美しくなった。
色素が薄いのは彼女がいたところを考えれば不思議でもない。あまり強い日差しの中で長く遊ばないように子供のころから言って聞かせていた。
ハイスクールに通う頃になると、コーデリアにもめでたくボーイフレンドができた。二つ年上の、リカルド。
それほど背の高い方ではなかったが、背骨がばねでできているのかと思うほどに跳ぶバスケ部のエースだった。
コーデリアはチアをやりたがった。確かに二人は似合いだった。
エミールにとって二人の付き合いはむず痒いほどじれったかったが、それは青春をとうに過ぎた中年のひがみという奴だろう。
とりあえずショットガンを買って自分の部屋に隠しておいた。
平凡な家庭の、しかし額に入れて飾りたいと思わせる日々だった。
壊れる時は突然だ。予兆も何もなく、ある時点を境にがらりと人生が変わってしまう――そんな時がある。
大荒れの天気だった。海に出る気になれないエミールはこれ幸いと昼寝を決め込んでいた。
急ブレーキの音で目覚めた。薄目で窓から外を見ると、見慣れない車が停まっている。運転席にいるのはリカルドだ。
あいつはまだ車を持ってないはずだが……親父のでも借りたのか。
コーデリアが泣きながら雨の中を走ってくる。
エミールは思わずショットガンを目で探した――落ち着け、まだ早いと自分に言い聞かせる。
「何があった」
家に入ったコーデリアは、答えずにバスルームに閉じこもった。
泣き声が小さく漏れてくる。
エミールはリカルドに詰め寄る。
「とにかく話してくれ。どうしたんだ、コーデリアは」
「え……今日は普通に映画見に行って、でも途中で急に苦しそうになって、外に出たら吐いちゃって」
「あの子はまだ15だぞ。性に関心のあるのは理解できるが――」
「……いえ、誓って俺たちはまだ寝てないです。本当です! それに彼女が吐いたのは、どう見ても、大量の海水だったんです」
「君はコーデリアを好きか」
「はい」
「なら座れ。ここからの話は他言無用だぞ」
「わかりました」
「あの子は、おそらく人間じゃない」
間の抜けた顔というのはこういうのなんだな、とエミールはリカルドを見て意地悪く思う。
「馬鹿馬鹿しい話に聞こえるのはわかる。同じような反応を何人も見てきたんだ。だが本当に、コーデリアは海の――深海の底から連れてきたんだよ」
「人間とは……違う種族? ……誰も疑問に思わなかったんですか? 病気になれば医者にだって行くはずだ」
「赤ん坊の時にかなり徹底的な検査をしたが、人間と何も変わらなかった。おそらく、遺伝子もコピーできるレベルの擬態なのじゃないかな」
「そんなことが――可能なのですか」
「わからんよ。わからないが、コーデリアは現に存在している。今日のところは帰って、考えてみてくれ。それでもコーデリアを愛しているのかと」
「……わかりました」
車を見送ったエミールはたぶん、彼はあきらめるだろうと思っていた。別の娘を見つけて楽しくやっていくのだろうと。
後に間違いだったと気づかされる羽目になるのだが。
「コーデリア。開けてくれ」
「私は――私はいったい――」
「成人するまでは――と思っていたが」
エミールはすべてを話した。
コーデリアは泣いた。家族のみんなが泣いていた。
「お前は私の娘だ、コーデリア。それだけは忘れないでくれ」
「お父さん。私がすっかり変わってしまったら、海に放して。お願い」
コーデリアの指は既に二倍ほどに伸び、薄い膜がかかってひれのようになっていた。
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