Your, and my summer birthday

波より出でて 波にこそ入れ

潮泡

「海だ!」

 強烈な日差しの中、大きな帽子をかぶった半袖にスカート姿の少女が、車から降りるやいなや駆け出した。

「待ちなさい、アシュリン! 岩場で転んだら危ない――」

 母親の制止も聞かず、少女は高台に建つ、海を見下ろす大きな家に向かって走る。

 家から人影が出てきた。

 それに気を取られた少女は、何気ない段差につまづいた。

「あっ」

 小さな体が、よく日に焼けた赤銅色の力強い腕に支えられる。

 髪もひげも身体も潮風に鍛えられた老人が、頭から地面につっこむ前に孫娘を救ったのだ。

「大丈夫か」

「うん、平気」

「大きくなったなあ、アシュリン。いくつになった?」

「9歳! ……あ、今日で10歳だった!」

「そうかそうか。来てくれてうれしいよ。中に入りなさい、暑いだろう」

「ええっ、泳ぎたいよ」

「婆さんにも顔を見せてきなさい。冷たいジュースもあるからな、それを飲んでからでもいいだろう? 海は逃げないぞ」

「はあい」

 アシュリンは頭の中で考えをめぐらし、ジュースが勝利を収めたようで、ドアの奥へ姿を消した。お祖母ばあちゃん、と甲高い声が響く。

 老人――エミールは口の端で笑った。

「お久しぶりです、父さん。お世話になります。……少し痩せましたか?」

 車から荷物を下ろしたディランがエミールに挨拶した。

「おう、元気にしてたか。仕事の方はどうだ」

「まあ飛びぬけて悪くもなく、といったところかな」

「お前が話があるなんて珍しいな、こんな老いぼれに」

「父さん。僕は怖いんです。アシュリンも――」

「後で落ち着いて話そう。ゆっくりできるんだろう? リタもよく来てくれた。婆さんマリアンに料理のことでメールしただろう? あれから妙に張り切ってるんだ」

「いつもあの子の誕生日には魚やら貝やら、珍しいものを送ってくださって、ありがとうございます」

「いいんだいいんだそんなことは。海からの贈り物だからな」

 エミールは長男夫婦を家に迎えると、ちらりと海を見て呟いた。

「夏――そうか、もう、日か」



 夕食を終え、遊び疲れたアシュリンは早々に沈没した。相手をしていたリタとマリアンも寝室に引き揚げている。

 庭に出たエミールは、テーブルに置かれたランプ一つのもとでバーボンを舐めるように飲んでいた。

 光に惹かれて、蛾が時折やって来る。グラスの中に入らないように払っていると、ディランがやって来るのが見えた。

「お前も飲むか」

「ええ」

 ディランは持参したグラスを振って見せた。黙ってエミールは差し出されたグラスに酒を注ぐ。

「変わらないな、父さんは。この家も」

「ポンコツと言いたいのか」

「何言ってるんですか。父さんはいつも――海にそびえ立つ岩のようでした。僕なんか当たって砕けるだけ」

「逃げ足だけは早かったな。フットボールに凝ってガラスをぶち割ったときなんかは――」

「父さん」

「すまん。アシュリンに兆候は出たか?」

「いえ、全然。運動能力は平均より上ですが、目をくレベルでもありません。今のところはただの健康な女の子です」

「そうか……しかし驚いたよ。アシュリンは幼い頃のコーデリアにそっくりだ」

「僕も思いました。まるで生き写しだと。何か知っているなら教えてください。妹の娘を養子にした以上、僕にも知る権利はあるはずだ。お願いします、父さん」

「俺にもわからないんだ。彼女が何者なのか、便宜上<海の民>と呼んでいるその正体や生態――わからないんだよ、ディラン」

「父さん……」

「だが俺が知る限りのことを話そう。最初から。今日は何の日かわかるか、ディラン」

「今日――?」

「アシュリンがこの家に来た日、あの子には誕生日だと言ってあるが……そしてコーデリアを見つけた日でもある。まさにこの深夜、<海の娘>コーデリアが来る日だ」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る