年の瀬にありがちな風景

時間跳躍は、体力だ。

俺の番!

 たった5文字が言えなかった――『俺の番おれのばん』、と。


 頬を叩く冷たい風にも、なんとなく慌ただしさというか、活気を感じる街の中を、俺は歩いていた。

 目指すのは商店街。このためにいくら投資したことか。

 商店街の福引会場には、もう行列ができている。

 何周年記念だかで、今年は賞品に気合が入っている。特等はなんとハワイ旅行のペア旅行券。

 俺のお目当てももちろんそれだ。

 同じ会社の美奈子ちゃんは、一目惚れ体質の俺が入社と同時に好きになった女性だ。

 残念ながらガードが固くて『仲のいい同僚』から関係が全く進展していないが、告白して誘ってみるんだ。

 常夏のハワイへ。

 ああ、水着姿を妄想してしまった。行列はいつの間にか進み、ぼーっと立っていた俺の前に隙間が空いていた。

 そこにすっと女が来た。小柄でポニーテールの女は花の香りをさせながら俺の並んだ。

 これはエマールかな――前の彼女が同じやつ使ってたっけ。初海ちゃん、今どうしてるんだろう……。

 いや、そんな回想してる場合じゃない。

 割り込んできやがった、こいつ!


 俺の番。割り込むんじゃねーよ、と言いかけたとき、女の持っている引換券が見えた。二枚――うん、まあ、いいか。

 俺は八枚だ。お前の四倍はガラガラを回せるんだぞ。

 寛大な気分で、俺は割り込みを許すことにした。

 女の順番がきて、抽選器ガラガラを回す。

 白い球がポトリと落ちた。ポケットティッシュだ。

 まあ、そんなところだな。ほくそ笑む。日頃の行いが悪いんだぜ。

 女は天を見上げて、回し始める。

 どうせまたティッシュか駄菓子だろう、さっさと終われよ、と何気なく見たとき――信じられないものが出た。

 き、きき金色。

 係のおっさんが鐘を振り鳴らす。嘘だろ。

「特等、大当たりーッ!!」

 あの女がハワイ旅行のチケットを笑顔で受け取っている。


 がーん。

 まるで突き押し相撲の代名詞、貴景勝の猛突進に跳ね飛ばされたようなショックが俺を襲った。

 もし、あの女に順番を取られなかったら――俺が、この俺が当選だったのだ!

 ふふふ。はっはっはッ!

 しかぁーしッ。

 そんなことでめげる俺ではなぁーい!!

 俺には切り札があるのだ。

 時間跳躍タイムリープ――何を隠そう、いや何も隠さないが、俺はいわゆる超能力者なのである。

 時間を巻き戻し、そして並び直すのだ!!



 思念を集中する。俺の見渡せる限り、全ての動きが止まった。時間が止まったのだ。

 一つ大きく息を吸い込んで、俺は猛烈に時間の中を走りだした。


 時間跳躍タイムリープというのは、念じるだけでポンと過去に戻れるわけではない。跳躍者リーパーでない人には理解しにくいと思うが、時間の流れを止めた世界の中で、自力で――で流れに逆らいつつ過去に到達しなければならないのだ。

 しかも、跳躍した時点から離れれば離れるほど抵抗は強くなる。例えるならゴムひもを腰にくくりつけて全力疾走するようなもの。バラエティ番組で芸人がよくやってるような、あんな感じだ。陸上のオリンピック選手が跳躍者リーパーだとしても、おそらく一ヶ月もさかのぼることは出来ないだろうといわれている。

 時間跳躍タイムリープは、体力だ。

 俺は全力で走る。

 俺はその場から全く動いていない。周りが逆回転の動画のように戻っていくだけだ。

 あの女が充分離れたところで、俺は能力を解除した。したはずだった。

「なにーッ!?」

 身体が動かない。それどころか、強制的に動かされている――未来へ。


 初めての経験だった。

 まさかッ! あの女、俺と同じ能力をッ!?

 通常なら過去へと戻った時点で、そこから先の時間の流れは消えてしまう。

 だが、至近距離に俺と同じ跳躍者リーパーがいる場合、つまりあの女がとなって、にならない。

 跳躍者リーパーの共振と言われる現象だ。だが、今のはそれだけじゃない。

 、ということか。

 あの女を見た。

 猫のようなつり目で、勝ち誇ったように微笑んでいる。

 今まで見たことなないほどのドヤ顔だった。

 

 ちくしょうッ!!

 俺は燃えた。あんな女に、負けてたまるか!

 体力勝負なら、男の方が上だ。

 俺は能力を使い、再び走り出した。


 同じことを三回ほど繰り返した後、俺は肩で息をしながら言った。

「やるな、お前。たいした、もんだ」

「あたしは、体育大学の、現役ランナーよ。体力なら、そこらの男には、負けない、わ」

 女の顔に汗が光る。よく見れば、なかなかかわいい顔だ。だが。

「俺は、ハワイで、美奈子ちゃんと、ウハウハするんだ、負けるかッ!」

「フラれたばかりの、女の執念を、なめんな」

「フラれたのか」

「関係ないでしょ。ほっといて」 


 十二回繰り返した後、もう立っていられず二人して地面に寝転がっていた。


 少しの沈黙――呼吸を整える時間――の後、俺は言った。

「提案があるんだが」

「なに」

「あれは、ペアの旅行券だよな」

「そうね、だからどうしたっていうの」

行くってのは、どうだろう?」



 こうして俺は、独身時代という気楽で自由な、大切なものをなくしましたとさ。







                    終

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