タヌキと戻れ

神林長平パロディだったはず。たぶん。

タヌキと戻れ

 おれは冴えないジャンク屋だ。冴えないと臆面もなく自分でいうくらいには貧乏で、たいした度胸もない。要するに冴えない男なのだ。

 今日は火星で年に数回ある、屑ロボット市の日だった。おれは掘り出し物がないかとかすかな期待を持って、埃っぽい風の中を歩いていた。

 両脇には赤錆の浮いたロボットたちが死体のように積み重なっていて、油と薬品のすえた匂いがする。


 だ。収穫らしい収穫が何もない。ゼロといっていい。はるばる遠くからやってきたのに、トラックをレンタルする必要もなさそうだ。

 腹立ちまぎれにおれは一番下になっていたポンコツの腕を蹴った。腕は思いのほか簡単に外れ、拳骨部分が宙を飛び、タヌキに当たった。

 タヌキ、だって?

 おれはそいつを、まじまじと見つめた。

 そいつのフォルムは本物の動物ではなかった。もっとディフォルメされた、シガラキとかいう古代の宗教像のようにふくれている。図鑑ファイルでしか見たことはないが。

 ぎょろりと大きな目がおれを見る。

「悪かった。そう怒るな。見たところ怪我もしてないようじゃないか」

 おれはしゃーと威嚇音を出している相手をなだめにかかった。タヌキの足元から黒いものが染み出している。こいつはいったいなんなんだ?

<危ない>

 その物体は空中で実体化すると光の尾を引きながら高速で接近してきた。

 タヌキとおれのちょうど中間に落下した。衝撃波でまわりの屑ロボットの山が吹き飛ぶ。

 屑はさらに屑になり、スクラップとしてしか使い道がなくなった。

 持ち主がおれだったら頭に来ていたところだろうが、何も買っていなかったので冷静だった。タヌキも一緒にどこかに飛んでいってしまった。

 とっさに伏せて飛ばされるのを防いだおれは、落ちてきたを観察した。


 人型をした先端部分に、巨大な羽根に似たΩドライブがくっついている。Ωドライブはほぼむき出しに近い状態で、樹木の化石のような有機再生外壁が覆っていた。火星圏では見かけないタイプの船だ。あれを船と認めるなら。

<大丈夫ですか? わたしはW T Sウェアラブル トランスレーション シップのAI、雪華セッカです。危ないところでした>

「おれとしちゃ、あんたの方がよっぽど危なかったけどな」

<心外です。あのタヌキの姿は擬態にすぎません。宇宙的に危険な敵です。彼は自由自在に姿を変え、空間をねじ曲げてダークバターを呼び出すことができます>

「ダークバター? 暗黒物質ダークマターじゃないのか」

<光を通さないほどの黒いバターです。向こうの宇宙のバターなので、こちらの物質が触れると取り込まれて同化してしまいます。ダークバターになってしまうのです>

「確かに危ないけど、宇宙的危機というほどには聞こえないな」

<十分にダークバターを塗りつけた後、宇宙を何重にも折り返して生地にし、クロワッサンを作ろうとしているのです>

「信じられない。なんでそんなことをする必要があるんだ?」

<彼は宇宙的グルメだからです。グルメは『美味しいものを味わいたい』という欲望だけで存在しています。理屈は必要ではありません。放置しておけば、この宇宙はいずれ彼に食べられてしまいます。彼を捕まえて元の宇宙に返さなければなりません>

「じゃあさっさとすればいいじゃないか。うん? あんたAIか。搭乗員はどこだ」

<体調不良で死亡が確認されたので、任務を優先するためにやむを得ず投棄しました>

 おれの勘は『こいつはヤバい』と直感していた。普通じゃない。

「とにかく助かった」とおれはにこやかに手を振った。「じゃあな」

<あなたの助力が必要です。私はこの宇宙に詳しくありません。お願いします。宇宙的危機なのですよ>

「おれには生活があるんでね。悪いな」

<宇宙を救ったとなれば、あなたは英雄です。この宇宙の統治機構から、莫大な報奨金が出るはずです>

「本当か?」

<もちろん>

 これはひょっとすると一発逆転のチャンスかもしれないぞ。

「うん、手伝おうじゃないか。なんせ宇宙のためだもんな」

<……ちょろい>

「何か言ったか?」

<いいえ。銭は、じゃない、善は急げです>

 3Dスキャナでおれの全身を測定し、先端の宇宙服部分が自動的に調整される。さなぎが割れるように宇宙服が開いた。

<乗ってください>

 おれは言われるままに搭乗位置に立った。体全体がロックされてゆく。ヘルメットが下がり、カメラとおれの視界がリンクした。

<ターゲットを発見。宇宙港へ向かっています>

「追いかけよう。離陸しろ」

<ひとつ問題がありまして>

「なんだ」

<現在、燃料がほぼ空に近い状態です。補給したいのですが>

「何だ、意外と原始的なんだな。さっさと補給しに行けばいいだろう。いまどき油で飛んでるわけじゃないよな」

<言うのを忘れてましたが、わたしのエネルギーは搭乗員の血液です。心配いりません、50mlもあれば原子転換を行い10日間は活動可能です。それ以上時間がかかるようならどのみちこの宇宙は助かりません>

「お前が欲しかったのはパイロットじゃなく燃料タンクか。くそ、降ろせ」

<燃料を補給します>

「おい、やめろ。注射は嫌いなんだよ」

<ところで、まだお名前を拝聴しておりませんでしたが>

「グレッグだ。グレゴリイ・ロイヤー。痛」

<よろしく、グレッグ。あなたの上に神の栄光あらんことを>

 船は細かい振動を始めた。パワーを秘めた、蠢動。小さな有機再生外壁のかけらが、巨大な羽根からこぼれ落ちる。おれと雪華は上昇を始めた。地球行きの船にへばりついたタヌキを追って。


 火星の重力圏を脱したところでタヌキは船から離れた。

 惑星間を自力で泳いで渡ろうというやつを実際に見たのは初めてだった。通常の意味の生命体ではないのだろう。

 おれはカミサマなんて信じてはいないが、それに引けを取らない能力をタヌキは持っているようだ。

<パラライザ出力最大。発射準備レディ。ファイア>

 おれはタヌキに向かって何発も撃ったが、ことごとく外した。命中するはずの軌道が無理にねじ曲げられている感覚。

<捕らぬタヌキの皮算用効果ですね。ターゲットに関するすべての計算に干渉し、結果を書き換えてしまう能力です。機械的な予測は当てになりません>

「そんなのありか」とおれは毒づく。「汚ねえ」

<大気圏に突入します>

 前面投影面積を小さくするため、おれと雪華は頭を先にダイブする体勢をとった。大きな羽根は円錐状に変形する。

 タヌキは丸まったボールのようだった。すぐに大気との摩擦で光り始める。

「あいつはどうする気だ。今のままでは減速できないぞ」

 なんと、タヌキは自身のキン◯マ袋を広げ、パラシュート代わりにして減速しはじめた。俗に八畳敷き、という。効果は十分なようだった。


 おれと雪華は翼を大きく広げ、タヌキが墜落した海中の、上空にいた。

<来ます>

 ぬっとタヌキが顔を出した。大きい、なんてもんじゃない。大陸に匹敵する巨大なタヌキの頭が、島々を食い始めた。さらに陸地に向かって移動する。

「なんて悪食野郎だ。アメリカをかじってるぞ」

 タヌキの周囲からは、漆黒の闇ダークバターが広がり続けている。

<面倒くさくなったのでしょう。こうなってはもう手がつけられない。最後の手段です、この宇宙もろともターゲットを封鎖します>

「ちょっと待て。宇宙を封鎖する、だって?」

 おれたちは地球から離れた。

<そうです。この宇宙ごとターゲットを持って帰ります。その後であなたの記憶と集められる限りの記録から、限りなく近い平行宇宙を創り出します。こちらの人類のレベルでは違いを見つけることはできないはず。そもそも、5分前に世界が作られたなどと考えもしないでしょうね>

「いや、そういうことを言いだすやつはいる。たいていはイカレてるが」

<なら、だれも信じないでしょう>


 おれたち以外のすべてが厚みを失った。それから宇宙が半分に折り曲げられ、さらに半分に、またその半分に……。

 雪華はこの宇宙の塊をサブアームで背中のカーゴにしまいこんだ。

 あたりは『無』だ。代わりに雪華が取り出したのは、宇宙の種だった。

<さあ、グレッグ、どうぞ>

 こんなときに言う台詞は一つしかない。だろう?


 雪華の姿は消えていた。おれは元の、火星の屑ロボット市に突っ立っていた。




 おれは冴えないジャンク屋だ。おれが英雄だと証明するのが不可能なのは誤算だった。タヌキが出現しなかったこの宇宙では、当然タヌキの記憶そのものが存在しないからだ。おれの言うことは誰も信じてはくれなかった。大金は貰えず今もやっぱり貧乏で、だらだらと日々を暮らしている。

 ただ、これだけは信じてほしい。この宇宙はおれが創った。






                    終


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