後編

「何なの、その方法って」


「この船を、が操縦するんだよ」

 と、彼は静かに答えた。


 彼女の顔が、不意にひどく歪んだ。

「まさか、あなたがこの船から出るつもりなの」

「半分は当たり。半分は間違い」

「??」

 彼は気密服のヘルメットを取った。

 彼女が息をのむ。

 そこにはセンサーの塊しかなかった。

「……あなた……」

「俺はここだ」


 気密服のが開く。

 

 彼の体格は、初学学校の生徒並みに小さかった。頭はやけに大きい。バランスが悪いのだ。

 それに、四肢がない。

 ――両腕、両足のないパイロット!

 彼女は宇宙船の操縦のしかたを知っている。満足な体でさえ、大変な作業だ。

 なぜ、彼がパイロットを志し――そんな風に笑っていられるのか。

 どれだけの偏見と闘い、侮辱を受けたのか。

 慎重にして不屈、それでいて明るい――彼女はそんな男性に出会ったことがなかった。


「俺は人形使いパペットマスターだ。この人形パペットはお前の体重の倍はあるだろう。これを遺棄すれば重量の問題は解決する。しかしそれでは俺が操縦することができない。お前がやるしかないんだ。わかったか」

 彼は怪訝けげんそうに彼女の顔を見た。

「どうした。不安か。俺が指示しなけりゃ小便もできないか」

「バカじゃないの。やるわよ。ほんとに……あなたってひとは!」

 彼はにやりと笑った。

「まあ、ローンが消えるんなら、俺の船を他人ひとに操縦させるなんてみっともない真似もするさ。頼むぜ」


 彼は自分の人形からヘルメットと内蔵の酸素ボンベを外すよう指示し、残りを遺棄させた。

「残りの酸素の方が心配だな……お前は予備の気密服に着替えろ。俺はヘルメットだけでいい」

「……のぞかないでね」

「ガキに興味はねえよ」


 彼女が戻ってきた。

 改めて彼は、命を託すことになる彼女を見る。

 栗色の長い髪に、気の強そうな瞳。

 ――悪くねえ。

 口には出さず、彼は思う。

「まずシミュレーションやるぞ。腕前を見せてくれ」

「はいはい」

 彼女はコクピットに座り、彼を抱え上げて膝の上に座らせる、

「おい待て、なんだこれ」

「横からごちゃごちゃ言われたってわからないもの」

「背中になんか当たるぞ」

「ガキに興味ないんでしょ」

「まったくああいえばこういう。いまどきのガキは」

「ガキじゃない。ヴィヴィアナ。ヴィヴィアナ・コルマツォーネ」

「お前、コルマツォーネっていえばあの財閥の――」

「名前」

「ん?」

「名前、まだ聞いてない」

「デレク・スタインハートだ」



 そして、目的の惑星に到着した。

 あらかじめ、自分たちにもワクチンを打っておく。

 展開していた外部センサー類を収納する。先端部が開き、そこから伸ばした耐熱フィールドが船体を覆う。

 大気圏突入。新人パイロットルーキーの事故は、ここが一番多い。機体制御をやりすぎるとふらつきが止まらなくなる。最小限の操作で安定させるのがパイロットの腕だ。今回は燃料の残量も計算に入れなくてはならない。

 船体が鳴き始める。

「ねえデレク、新しい人形ができるまで、あたしをパイロットに雇わない?!」

 彼女の能天気なセリフ。緊張ってもんがないのかと彼は思いつつ、

「ふざけるのはちゃんと着いてからだっ!」

 と怒鳴った。

「真剣なのにい」

 細かい振動。ブラックアウト。

 数秒間、船体の軋む音だけがこだまする。

「今だ、燃料全部使い切れっ!」

 盛大な逆噴射。

 ガツン、と強いショックが襲う。

 耐熱フィールドが変形し、風をつかむ翼になる。


 センサーが回復する。

 スクリーンに映る、あきれるほどに青い空。


「助かった……」

 彼は大きく息を吐く。神妙な彼女の様子に、

「うん? どうした」

「いまごろになって手の震えがきちゃって」

 突然彼女が彼の胴体をつかみ、高い高ーいをする。

「いやっほーい♡」

「やめろバカ。天井にぶつかる」

 船は水平飛行に移る。あとはAIに任せておいて十分だ。

「とにかく生還できたんだ。合格点はやってもいい」

 と、彼は言った。

「それって――」

「まあ、なんだ。他のパイロット探すのも面倒だしな。それより、まずはローンの肩代わりが先だぞ」


「偶然入ったのが――あなたの船で、よかった」


「規則違反なんだからな。あちこちで言いふらすなよ」

「わかってる。ありがとう、デレク」

 彼女は彼の頬にキスをした。


 船が着陸すると、ワクチンの到着を待ち望んでいた人々が集まってくる。

 ハッチを開けて、栗色の髪に外の風を受けながら。


 彼女は彼を抱いて、とびきりの笑顔で手を振った。




          終

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