全長三百メートルの恋人
*自主企画「夜のカクヨム甲子園」 『夜の沢村(一樹)賞』いただきました!
全長三百メートルの恋人
デイヴとサムは小惑星を対象とした鉱物調査を行うチームだ。
小型探索宇宙船ダングリング号は小惑星帯を航行中。
小惑星の鉱物含有率を調査し、採算が取れそうであればマーキングしておくのが仕事だ。
あとで大型牽引船に連絡して地球圏に運んでもらう、という寸法。
「今回はいい出物がなかったな。あれを最後にヤっちまって火星に帰るとしようぜ」
パイロットのデイヴはわりあい綺麗な葉巻型をした小惑星をスクリーンに映し出した。船の進路を微調整する噴射を行う。
「了解。早いとこ火星蟹の蒸し焼きが食いたいぜ。表面スキャンを開始する」
調査機器担当のサムが、収納式の観測機を展開し、スキャンを始めた。
「約全長三百メートル。大きさの割に密度が低いな。恒星方向右舷二時に水平状の亀裂。左舷五時に垂直方向の穴がある」
「ちょうどいい、爆薬使って新しい穴を掘るよりそっちを利用しよう。デニスを出すぞ」
ダングリング号の格納庫がオープン。中の棒状の機械が顔を出す。
Direct-ENvironmental-Inverstigating-System、直接接触型環境調査システム。長ったらしい名前なんで、誰もが縮めてデニスと呼ぶ。
五十メートル級のダングリング号の、ほぼ半分の長さをデニスが占めていた。
六本の着陸肢を出し、デイヴは慎重に小惑星に接近する。
「さあ最後のファックだぜ、いい子にしてな、ベイビー」
ガツン、と軽いショック。
衝撃は少ない。着陸肢のサスペンションがほとんど吸収してしまう。デイヴの腕の良さがよくわかる。デニスの根元が伸び、先端の観測機器が奥深くに挿入される。
「デイヴ、おかしいぞ」
「なんだサム。幽霊でも出たか」
「有機物が多すぎるんだ。というか……まさか……すぐに離れろ、デイヴ。こいつは小惑星なんかじゃない。岩に擬態した生物だ!!」
「巨大生物だって!? こんな太陽系の近くになんだって――」
「いいから逃げるんだよ。こんな船なんざひとたまりもないぞ」
擬態を解いたそれは、目のないプラナリアのような姿をしていた。ちょこんとマウンティングしていたダングリング号は、デニスを格納しながら慌てて離れる。
「――!?」
「どうした、サム!」
「重力波の数値が滅茶苦茶だ。もしかするとこれは『
その数、十三。デイヴたちは巨大生物に囲まれてしまった。
「嘘だろ……生命体単独で『跳躍』してくるなんて……」
ちなみに人類は跳躍エンジンを実用化できておらず、太陽系の外まで出ることができなかった。理論はあるものの実証試験で無人観測機を飛ばしている段階である。それもほとんどが失敗している。彼らとどれだけの差があるのか。
<いや、まさかあんなに激しい求愛を受けるとは>
二人に直接声が聞こえた。
「こりゃなんだ――テレパシィってやつか?」とサムが言う。
<聞こえるかね? 我々は大昔から人類を見守ってきたのだ。君たちの言語を使った方が理解しやすいだろうと思って話しかけているのだが、どうだろう?>
「聞こえますよ」
<我々の求愛器官に挿入したな?>
「信じてください、悪気はなかったんです」とデイヴが答える。
<しかし求愛を受けた以上、種族の古い掟により、契らねばならぬ。ただし我々は変移性生殖で、まだ二百年ほどはいわば男性期なのだが>
「なあデイヴ。俺たちって異星人とのファーストコンタクトで」
「オカマ掘っちまったってことか? サム」
二人は、そろって平伏した。
「勘弁してください~~!」
「君たちが掟を知らなかったことは理解している」
「……テレパシィじゃ、ない? 言葉を話したのか?」
船内に全裸の十歳くらいの男の子が出現していた。下の毛も生えてない、ピッカピカの。
「私の分体だ。人間たちの世俗というものも知っておきたい。いろいろ案内してくれないか」
ふわふわした金髪の巻き毛を持つ子供はにっこり笑って、曇りのない青い眼で言った。
「君たちの妻、ということでいいかな?」
「……なんかいろいろとカン違いしてないか」
「そもそも生態からして全く違う生き物なんだから、きっちり理解しろという方が無理なんじゃ」
デイヴとサムはこっそり話し合う。
「とりあえず火星に戻るか」
「そうだな。明日は明日の風が吹く、だ」
「まず、服を着ろ」
「服? 服ってなんだ」
「これ。俺は着てるだろ。人前に出るときは服を着るもんなの。下手したら捕まるぞ。頼むから俺の言うこときいてくれ」
「まあ、私は妻だからな。服従するは我にあり。若くて妻帯、我が身の災難とシェークスピアも言っている」
「……わかってねえ。ぜんぜんわかってねえ」
「火星に帰るんだろう? なら、私が跳んだ方が早い」
空間がぐにゃりと歪んだ。水中かと思うほど周りの空気が重く、抵抗がある。
サムが言った。
「……神様、お助け下さい」
「神といえば、三千年ほど前に金を借りに来たが断ったぞ」
「はあ?」
「冗談だ。火星の街並みを見に行こう」
「その前に服を着ろ」
のちに三人で運送屋を始めたり、火星の風俗店で彼が帝王と呼ばれたりするのも、また別の話でございます。
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます