後編

 ――高速巡洋艦バンカーヒル内――

 

 ジョセフ少佐が乗ったバンカーヒルは、研究施設のある惑星に向けて通常空間を航行中だった。

 ワープ可能ポイントまではどうしても通常空間を進まなければならない。

はどうしてる」

「静かなもんです。食事に混ぜてある鎮静剤が効いてるんでしょう」

「次から食事の量を半分にしろ。無駄だ」

 オペレーターはさっと顔をあげたが、少佐に睨まれるとそのまま視線を落とした。

「現状でさえ一日一回です。健康維持はそれでは――」

「健康である必要はない。最悪、頭が残っていればそれでいい」

 ――最初からそうしていれば、逃げられるなんて恥をさらさずに済んだのだ。

 そう思うだけで腹立たしい。

「少佐。この前の輸送船がワープアウトしました。我が艦の真後ろをついてきます」

「民間船の丸腰で……? 何をしようというんだ」

「意図不明です」

 ジョセフは早足で監禁している部屋に移動した。

「お前たち、いったい何を企んでるんだ!」

「少佐」

 壁に背をもたれて座り込んでいた少年が、焦点の定まらない視線を向ける。

「あなたは僕たちが、どうやって輸送船に跳んだのか尋ねなかった」

「今の状態でお前たちが能力を使うことなど出来ないぞ。そんな体で逃げられるわけないだろう」

「僕たちが逃げるんじゃないんだ。それに僕たちは、別にディキンシアで最後の生き残りって訳じゃない」

 少年はもらったピンバッジ――個体別追跡信号トレーサビリティタグをつまんで見せた。

 少佐は気づいた。ディキンシアには当然、行ったことがある。輸送船が相対速度を合わせている理由。

「艦を目一杯加速しろ! いますぐだ!」

「もう、遅いよ」

 少年の前の空間が、歪む。そして姿を現したのは――100匹の、だった。


 小型の恐竜が素早く情報部員に襲いかかる。鎧竜が尻尾を振り回してドアを破壊し、艦内を歩き回る――。

 ぬっと天井を突き破るほどの巨体を持った肉食恐竜が現れた。

 身内のあまりの扱いに、怒りの咆哮をあげる。

「お前たちの宿主ホストが恐竜型爬虫類だったとはなあ、腰ぬかしかけたぞ」

「いや、実際ぬかしてただべ、キャプテン。そこ見栄張るのはおかしいですだ」

「バカヤロウ、黙っときゃわからねえだろ」

 アキオ・ハマグチとロボットのピートが少年たちを助け起こした。



 俺は子供たちの母星であるディキンシアに連絡を取った。俺の船にきてもらうために。

 100人でしか跳べない、というのだからしかたない。俺の船に100人の――100匹の?――恐竜を乗せて、子供たちが乗せられた艦の近くへワープする。

 座標は個体別追跡信号トレーサビリティタグが教えてくれる。

 俺としては砲撃の死角になる艦の真後ろに、距離を取って追走すればいい。

 頃合いを見て、恐竜たちが軍艦へと跳んで行った。

 いくら軍艦、鉄の規律とはいっても、いきなり艦内に100匹の恐竜が出現したらさすがにパニックが起こった。むしろ心理的な要素が大きかったな。

 制圧するのに、大して時間はかからなかった。

 武士の情けで生命維持に必要な部分は壊さないでおいたから、船通りの多い航路のことだ、一週間もあれば救助船がくるだろう。

 ジョセフ少佐は混乱のドサクサで、倒れたピートの下敷きになっていた。300キロはある機械のカタマリが乗っかったせいで肋骨にヒビが入ったらしい。ギプスでガチガチに固まったまま病院送りになったそうな。

 ピートが転んだ先にいたとは、運の悪いお人である。


 改めてお客200人を乗せて、俺たちはディキンシアへの帰途についた。




 ――数日後、ハッピームーン食肉会社本部――


 俺たちは本部に出頭させられ、開いている会議室に通された。

 報告書と始末書はもう提出してある。

 あとはどうあってもデボラ課長から怒られるだけなんだが、今回はさすがにクビを覚悟していた。


「さて、ディキンシア人が船を破壊する手引きをしたと軍から苦情が来てるわ。なんで苦情のレベルで済んでるのかわからないけれど」

「いや、課長。いろいろと事情がありまして、むしろ情報部が暴走したというか」

「確かにディキンシア星からは子供たちの救助に関して感謝状が届いている。ディキンシアはほとんどの同盟に参加せず、『沈黙の惑星』と呼ばれていることを考慮すると驚くべきことでもある」

「でしょう」

「ただし」

 デボラ課長はその冷徹な眼差しで俺を見た。背筋がぞくぞくする。

「荷物も配達もほったらかして他の星に行くなんてことは許されないわ。今回は幸い、連絡を受けて急遽きゅうきょ別便を仕立てられたので、お得意様にそれほどの遅れはなかった。けれど、下手をすれば会社が傾きかねない暴挙であることに違いはない」

「それはそうだべな」

 俺はピートをつつく。

「お前どっちの味方だよ」

「論理的に正しい方だべさ」

「報告を読めば、軽率なのは否めないが同情できる点もある。

「えー。そんな殺生な」

「あなたたちなんかクビにしたいのはやまやまなんだけど。こんなアナクロな手段でこられちゃ会社うちとしてもね――」

 課長は手紙の山を取り出して、俺たちの前に置いた。

 悪ガキどもめ。きったない字ときったない絵と、誤字と読めない字と――。


『どうか、おっさんをクビにしないでください。おっさんは僕らのヒーローです』


 デボラ課長は額を抑えて軽く首を振った後。

「個人的に言わせてもらえば、あなたたちはよくやったわ。今日はもういいから休んで。明日からちゃんと働くこと」

 と言った。

「ご期待に沿えるよう、誠意努力いたします」

 課長は口の端で笑った。

「そのセリフ、何回目よ」



 外に出ると、ピートはひとこと、ロボットのくせに、しみじみと、

「なにはともあれ、平和が一番だぁ」

 と呟いた。

 そしてもちろん、広い宇宙だ、各自異論もあるだろうが。

 俺はピートの肩を持つ。





             終

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