第4話
村さんはかつてないほどに饒舌だった。
こんなに私と村さんが盛り上がって話をしたのは初めてだ。
次から次へと、会社の、上司の愚痴、理不尽、怒りがこぼれてくる。
私は笑った。爆笑した。村さんも爆笑した。
その中には私の知らない話もあって、いや、私が知らないことのほうが多くて、ああそんなに大変だったんだと思った。
理不尽だ理不尽だと思っていたけれど、村さんにつきつけられる要求は私達の想像のはるか斜め上をいっていて、私は話を聞いていて、この人はなぜ会社をやめないのだろう、と不思議になった。
普通ならやめてると思う。
事実、うちの会社は社員さんがコロコロ変わる。
まあ、やめたくてもやめられないんだろう。男の人は大変だなあ。と思った。
私は。どうしよう。私は。
村さんはウイスキーを何杯も飲んだ。
その度に違うウイスキーを注文していた。聞いたことあるのもあれば、ないのもあった。
おいしそうにお酒を飲むなあと思った。
私も、カクテルが3杯目で、時計は2時を指して、店内のお客さんがいなくなって、閉店の時間を迎えた。
村さんは代行を手配して、5000円札を私に握らせた。
「須藤さんありがとう。まさかこんなに話しちゃうとは思わなくて。くれぐれも秘密にしてね」
「え、いいよ、いいよこんなの。自分で帰るし、どっかこの辺で寝るよ」
「若い女性が何言ってるの。ちゃんと家帰って寝て」
「え、でも、村さんは」
「俺こそそのへんで寝て帰るよ」
「だって明日朝本社でしょ」
「だいじょぶだいじょぶ」
お店の人に代行をおねがいして、来るまで店内で待たせてもらうことにした。
なんとなく、残念な気分になった。
村さんの話を聞いて、2人で思いっきり会社の悪口を言っていて、すごく楽しかった。
私も仕事の愚痴を言うことは多いけど、社内のことを理解している人と話す愚痴は最高だと思った。
そして、村さんがそんなに私達のために苦労しているんだ、ということを知った。
ちょっとカッコよく見えた。だから、私は今残念な気持ち。
「家に着いたらメールして。心配だから」
村さんが言った。私ははい、と答えた。
代行屋さんが来た。私は立ち上がる。後ろ髪を引かれる思いとはこういうものか。
「今日はほんとにありがと。須藤さん。メール、してね」
「こちらこそ楽しかったよ」
「今日だけじゃなくてさ、これから、なにかあったらいつでもメールして。プライベートケータイの方にさ」
村さんとは他愛ないことでメールすることもある。でもそれは、いつも業務用ケータイへの送信だった。
プライベートケータイへの連絡を、今までしたことがない。だから、少し驚いた。そして、私の胸がひとつ鼓動を刻んだ。
「うん。わかった。今日はごちそうさま。村さんも気をつけてね」
私は、私の車の後部座席に座って、流れる景色を眺めた。
ストッキングが電線していた。よかった。見られなくて、と思った。
そう言えば今日の下着は全然かわいくないから、よかった、見られなくて、と思った。
今度会う時は可愛い下着を着けていこう、と思った。
こんな感じで2人で会えるのは、次はいつだろう、と思った。
さっきまで爆笑しながら仕事の愚痴を喋っていた私は、なぜだかとても切なくて、やるせなくて、悲しくなった。
家に着くのが待ち遠しかった。運転手さん、急いで、と心のなかで叫んだ。赤信号が恨めしかった。
早く、メールを送りたかった。
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