第2話
コース料理は一つ一つが可愛くて、おいしかった。
イタリアンとフレンチの創作料理みたいな。
モロに女の子ウケする見た目と味。
これ、マネージャーが決めたんじゃないかな、と思った。
女性やりてマネージャー。
私はそれとなくマネージャーに聞いてみた。すると、今回は全部店長に任せたと言った。
驚いた。いつもの居酒屋でのワイガヤした飲み会とはまったく違うものになっていた。
とにかく女の子たちの声のトーンがいつもより一オクターブ高い。仕事中より高い。
女の子たちがはしゃぐような料理を、あの店長がセレクトしたの。
そしてなによりすごいなと思ったのが、あのグルメの社長と本部長が料理を残していない。
料理も進んでくるとお偉いさんのお酒も進んできて顔も赤くなってきて口も軽くなってくる。
いつものことだ。
そして、誰かが標的になって笑いものになる。
やっぱり、今日の標的は店長になった。どうにもこの、レストランでの飲み会、ではなく食事会が気に入らないらしい。
女の子たちがお酒を飲んでいないのがおもしろくないようだ。
でも、当の女の子たちは今までのどの飲み会よりも楽しんでいるし会話も弾んでいる。仲良くなれている。
それはこの、座席にもよる。
お偉いさんを上席に置いて、間に店長と私が入って、女の子たちを以下並べた。
女の子たちはお偉いさんに気を使うことなく料理とお喋りを堪能している。
それが、お偉いさんは気に入らないのだ。いつの間にか村山店長の日頃の仕事ぶりのダメ出しが始まっていた。かわいそうに。
やれやれ誰のための飲み会なんだかなあ。
心のなかでため息をついた時、お偉いさん型の矛先がコチラに向いてきた。
「須藤もさあ、村山だけに任せないでちょっとは考えてやれよな、仲間だろう」
本部長が言った。え? 私? と思ったけど、無茶ぶりはいつものこと。
どうやらこの飲み会の幹事について相当にお怒りのようだ。
「そうですね。すみません」
「社長がお見えになるのにさ、こういうのじゃさ、ま、社長は優しいから何も言わないけどさ」
「はい、すみません」
「村山じゃさ、そういうのできないんだからさ、気使ってよ」
「ええ、はい」
「だてに30まで独身でいるわけじゃないんだしさ、須藤ちゃん、たのむよ」
「ははは、そうですね」
営業スマイルを崩さずにそう言った時だった。
「いや本部長。須藤は関係ないですから」
強い口調だった。初めて聞いた。驚いた。
それはどれくらい驚いたのかというと、私の営業スマイルがはがれて口を空いてその人を見つめてしまったくらい。
「全部俺が一人で勝手に決めちゃいましたから」
店長も笑顔が消えていた。酔ってる?
「いやお前がダメだから須藤に言ってんだろが」
「それは、すみません、それは、そうですけど」
「けど、なんだ?」
本部長は酔っていない。こういう席でもお酒は飲まずに人を観察する。
社長の運転というのもあるけど、いやらしい人だと思う。
「いや、あの、独身だとか、そういうのは関係ないですから」
店長が消えそうな声で言った。
あ。と思った。
珍しく本部長が言いよどんだ。
社長が割って入った。
「いいよいいよ。こういうのもたまには。なかなか美味かったよ。村山、ご苦労さん」
お偉いさんが帰る合図だ。
明らかにいつもより早い。締めの挨拶もなしに帰るという。
3人はそのまま席を立って、帰っていった。一応、私たちは出口まで見送った。
女の子たちはみんな、お偉いさんたちのいつもよりかなり早いお帰りにこれまたご機嫌になって、おいしいドルチェに更にご機嫌になって、そのまま帰っていった。
だだっぴろい部屋に、店長と私だけが残っていた。
社員のための飲み会は、大成功だった。
女の子たちは喜んで帰っていった。明日からまた頑張ってくれるだろう。
ただ、その飲み会の幹事は今、目の前で死にそうな顔をしている。
明日の朝、本社に来いとマネージャーからメールが来ていた。
この世の終わりのような顔をして、店長はどっさりと腰を下ろした。
ちびまるこちゃんでショックを受けたキャラクターの顔に描かれる縦線がくっきりと見て取れるようだった。
「おいしかったですね」
私は声をかけた。
「そっか。よかった」
「すっごく。女の子たちもみんな喜んでました」
「そっか。よかった」
「これみんな、店長が企画したんでしょう? すごいですよ」
「はは。そんなことないよ」
「あのね、村さん」
「ん?」
「私も、女の子たちも、会社の飲み会すごく嫌いでさ」
「ああ、俺も」
「だから今日もすごく嫌だったの、みんな」
「だよな」
「でもよかったって。みんな喜んだよ」
「少しでも、少しでも変えたくてさ。このままじゃダメだから。俺は何言われてもいいやって思って」
「席決まってたから社長の隣とか行かなくてよかったし」
「ああ」
「お酒も飲まなくてよかったし」
「飲みたい子は飲んでたでしょ?」
「うんうん。好きなペースで好きなもの飲めてた」
「うん」
「だから、よかったよ。村さんのおかげ」
「ありがと。そう言ってもらえると」
だらしなく椅子に腰掛けて手足をだらんとしている。
会社では決して見ることのできない村さんだ。
「本部長はあいかわらずだったね」
「ほんとだな」
「言わせとけばいいのに」
「いや。セクハラだね。それに、須藤さんが独身とかそんなの関係ない。あんなこと言われたらムカつくだろ」
「え、だって事実だし」
「いや事実だけど、ムカつくだろ。関係ないこと持ち出して。しかも、笑ってた」
「まあね」
「酔ってるわけでもないのに、アイツ」
「あれ?」
「ん?」
「村さんもしかして、私のこと言われてムカついて、本部長にたてついちゃったの?」
「そ、、、」
なんだろう。なんだろう。
急に私は楽しくなった。
村山さんの顔のちびまるこ線は消えて、頬が赤くなっていくのが見えた。
「ありがと、村さん。カッコよかったよ」
「う、うるさいわ」
ふふふ。私はおかしくなった。
スエットで来なくて良かった、と思った。
「そろそろ帰るか。会計してくるわ」
村山さんが立ち上がった。
「ねえ村さん、飲んでるんでしょ。送るよ」
「え、いいよ。タクシー呼ぶから」
「もったいないよ。車で待ってるね」
レジで村山さんと別れて私は駐車場へ急いだ。
慌てて車内を片付けて、バッグからコロンを取り出して、首筋にシュッとつけた。
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