第02話 破綻の前兆

Selfish:なんだ、そっちも買えなかったのかよ


 俺はギルドハウスに戻ってきた。セルフィッシュさんは俺が帰ってくる前にすでに帰ってきていたようだ。

 そっちもってことはセルフィッシュさんも買えなかったのか。


Sky:うん、ミレニアムさんに全部買われてたよ。たまたまあそこでログアウトしてたんだって

Selfish:あいつにかよ。てかあいつベナリスに住み着いてんじゃね?


 たしかにIDで一緒になったことはあるけど、それ以外でミレニアムさんに会った三回とも全部ベナリスだ。

 本当にあそこに住み着いているのかな?


Sky:セルフィッシュさんも買えなかったんだね

Selfish:裁縫ギルドでは買えなかったが、マケで売ってたものは高騰する前に確保できた。だが、これからはもっと高騰するだろうしマケでも確保が難しくなるだろうな


 たしかに、こんな争奪戦が毎日繰り広げられるとしたらとんでもない値段になるんだろうな。


Sky:てか木綿糸ってそもそも作れないんだっけ?

Selfish:なぜか作れないな。木綿だから綿か何かが材料になるんだろうが、それ自体がないからな

Sky:そうなんだ


 そういえばそんな気がする。

 俺がレベル上げで、ウルフマントを作ろうとしたとき、マーケットで木綿糸の値段見て高かったから入手方法調べて、製作レシピがなかったから裁縫ギルドまで買いに行ったんだった。


Selfish:つーか、木綿糸って裁縫だと使うレシピがなくて、中間素材の木綿布くらいしか作れないんだぜ?

Sky:え? でもウルフマントに木綿糸使ったけど?

Selfish:あれは革のレシピだろ? 裁縫は木綿糸を使うのは木綿布しかなくて、その木綿布もギルドで売っているんだ

Sky:そうなんだ

Selfish:その木綿布を木綿糸を使って作るにしても、かなりの安値で買わないとギルドで売っている木綿布より高くつくから普通自分で作ったりはしない

Sky:ん? でもこの前ミレニアムさん布作っていたよ?

Selfish:だからそれでも黒字になるくらいな安値で買ったんだろ? 誰も買わなければそれだけ徐々に安くなるシステムだから

Sky:ああ、なるほど、そういえば安く大量に買えたとか言ってたっけ。そんな仕組みになってたんだ


 俺に六束ダース分けても平気なくらい安く買えたんだよな。


Selfish:木綿糸自体は革や彫金、細工などでアクセサリを作るのにも使ったりするが、そういった装備も普通にNPCの店で売っているし、木綿糸を材料にするような低レベル帯の装備をいちいち自分で作ってHQを揃えるなんて酔狂なことをする輩もあまりいない。アチーブメントのために自作する輩が買い込むか、この前のお前みたいにレベル上げで使うくらいでしか木綿糸の需要はなかった


 アチーブメントとはプレイヤーの行った業績が記録されるものであり、その種類によっては報酬があったりもするが、大抵はただの自己満足である。


Selfish:今までは木綿糸を使ったレシピにろくなものがなかったから大して問題にはならなかったが、供給量が限られていて売り切れがあるとか改めて考えてみればろくなシステムじゃねえな


 ふむ、たしかに誰でも自由に制限なく入手できるものと違って、これじゃ早い者勝ちだし、争奪戦を勝ち抜かないと買えないんだよな。


Sky:でもセルフィッシュさんいつも言ってたよね? 作れる装備でももっと強かったりレアなものが欲しいって

Selfish:確かに今回のパッチで追加されたクラフトで作れる新装備は今までのクラフト製装備よりは強い。でもそんなシステムで無理矢理レアを作り出すとか開発は何もわかってねえよ。そんなことをしたってただ混乱するだけだってのに。だからあいつはクラフト関係はノータッチのエアプだって言われるんだ


 セルフィッシュさんがさんが愚痴言う。「あいつ」ってのは多分あの人だよな。


Sky:あいつっておさP?

Selfishは頷いた。

Selfish:ああ、そうだ。戦闘システム作りに関しては熱心なのに、クラフトは全くの無関心だからいつも割を食うのはクラフターだ。クラフトに関して何もわかってないからチェックもろくに出来ずこんな糞システムを見過ごすことになる


 このまえはミレニアムさんに散々おさPの恨み節を聞かされたが、セルフィッシュさんもおさPに関してはあまりいい感情は持っていないんだな。


Jill:カーナさまが! カーナ陛下が大変なことに!


 突然ジルが騒ぎ出す。

 カーナ王女、TFLOのストーリーに関わる主要なNPCの一人だ。

 ルリナ王国の王女で、真生したときに行方不明になった国王の代理として王座に就いている。

 今回のパッチのストーリーで中心となる人物であり、トレーラームービーもカーナ王女のカットが多めに収録されていて活躍が示唆されていた。


Selfish:ジル! ネタバレはやめろよな! 俺たちまだメインクエやってねえんだから


 木綿糸争奪戦を繰り広げていた俺たちを横目にパッチで追加されたメインクエストを進めていたジル。

 ジルの持っている携帯電話ケータイは俺たちの使っている携帯電話スマホで普通に使えるSNSが使えないらしく、長田セルフィッシュさんの指令による木綿糸争奪戦を回避していた。

 ちなみにジルの携帯電話ケータイは一見普通の携帯電話スマホのようにも見えるが携帯電話ケータイの下部をスライドさせるとアルファベットのキーボードが出てくる日本では見かけない携帯電話ケータイだった。

 パカって開いて使う携帯電話ガラケーが格好いいとか言って、日本に来たらガラケーそっちを使いたいとか言ってたのに、ジルが使っている携帯電話ケータイの方が俺はよっぽど格好良いと思った。


Guild Message:Cathedraがログインしました。

Cathedra:みなさんこんばんは

Selfish:おっす

Jill:おはよーキャシー、久しぶり

Sky:おはよう


 カテドラさんがログインした。俺たちとは久しぶりに会った気がするけど、カテドラさんがインする時間は不規則だから、もしかしたら俺たちの活動時間外にひっそりログインしていたのかもしれない。


Cathedra:新しいパッチはどうです? 楽しそうですか?

Selfish:いや、まだログインしたばかりだからなんとも。ストーリーも進めてないし

Jill:カーナさまが! カーナさまがね!

Sky:ジル! ネタバレはやめてって言ったよね?

Cathedra:なるほど、ジルの反応から察するに期待しても良さそうですね。それとセルフィッシュさんには新装備の製作をまたお頼みしますね。新しい高難度レイドがあるので


 やっぱりカテドラさんがこのパッチで一番楽しみにしているのは最難関エンドコンテンツなのかな?


Selfish:一式揃えてやれればいいんだけどな。今までのようにそう気軽に作ってやれそうにはないかもしれないぞ

Cathedra:そうなんですか。無理にお願いはいたしませんので余裕があればでいいですよSelfish:すまんな。開発があんな糞システムにしなければもっと気軽に作ってやれたかもしれないってのに

Cathedra:何かあったんですか?

Selfish:新レシピに木綿糸を大量に使うのに、裁縫ギルドでの排出量が限られているからそう簡単に作れないんだ

Cathedra:そうなんですか、無理にとは言いませんので、もし余裕が出来ましたらお願いしますね

Selfish:ああ、すまないな、カテドラ


 今後市場に流れてくる木綿糸はどれくらいの高値をつけるのか?

 俺はまだ裁縫ギルドで木綿糸が買えたためしがないから、一日にどれくらい木綿糸が排出されるものなのかも知らないから全く想像が出来ない。


Jill:あれ? 止まった? 動けない。みんな動けてる?


 ジルが突然俺たちに尋ねる。


Sky:え? 俺は大丈夫だけど、なんかあったの?

Selfish:俺も大丈夫だ

Cathedra:私も問題ないですね

Jill:クエスト進めてたら動けなくなっちゃったみたいなんよ。周りもみんな止まってるし

Cathedra:やっぱりオーストラリアからだとフィールドでもピークタイムはきついのでしょうかね? 今日はさらに新クエスト実装初日で混み合ってますし

Jill:ああ、そうか、キャシーはまだ知らないんだ。うちが日本でやってるってこと

Cathedra:え? ジルは今、日本なんですか?

Jill:うん! 9月前に日本に来たんよ。今度一緒にインフェルノ行こうね!

Selfish:この前ラグのないジルと一緒にID行ったんだが、見違えるほど動きが良くなっていた。今まではスカイとどっこいどっこいだったが、スカイももうちょっと踏ん張らないと差がどんどん広げられるぞ?

Sky:え~? だって俺まだ初心者だよ? ジルのがキャリアながいんだよ?

Selfish:たかが半年くらいの差だろうが、そんなもん誤差の範囲だ

Sky:半年って、ジルは一年前に始めたんだし倍くらい違うじゃん……


 それだけ違うんだ、ラグのハンデがなくなれば、俺がジルより劣ってたとしてもなんらおかしくはない。

 ……決して胸を張って主張できることではないけど。


Jill:む~。てゆうかまだ動けないんやけど、GM呼んだ方がいいかな?

Cathedra:様子を見た方がいいのではないでしょうか? おそらくそのエリア全体に負荷が掛かっていて、そこにいる全PCがジルと同じように動けなくなっているのでしょうから、GMがどうにか出来る案件ではないとは思いますし


 カテドラさんが的確なアドバイスを出す。

 困ったときはいつもカテドラさんが助けてくれる。さすがインフェルノも攻略するような凄腕の回復職ヒーラーだ。


Jill:う~ん、そうやね、多分このエリアにいるほかの人たちが呼んでるやろうし。同じことでGM呼んでも迷惑になっちゃうかもしれないから

Selfish:今ジルがいるエリアに行ったらやばいよな? 俺も新しくメインクエストを進めたかったんだが

Cathedra:そうですね、今行くのは危険でしょうね

Sky:俺もクエやりたかったけどほかのことやった方が無難かなぁ


 せっかくの新パッチだってのに、木綿糸は買えなかったし、クエは出来ないし、ふんだりけったりだな。


Cathedra:すみません、ちょっと急用で呼ばれました


 カテドラさんは現実世界リアルで呼び出しを受けたようだ。

 カテドラさんはこういった急用で急遽ログアウトすることは時たまあり、俺たちギルドの日常としてもう普通のこととなっている。

 時間が合わないことも多いカテドラさんだが、仲間はずれにしたり、ギルドから追い出そうなんて思ったことは一度もない。


Selfish:いつも大変だな、カテドラは。仕事頑張ってこいよ

Sky:うん、またね、カテドラさん

Jill:またね、キャシー、今度忙しくないときにインフェルノに連れてってね

Cathedra:それではみなさんごきげんよう

Guild Message:Cathedraがログアウトしました。


 カテドラさんは唐突に去って行った。

 急患でも入ったのかな? 

 俺の中ではカテドラさんは看護師ということになっているが、実際聞いたわけではないから想像でしかない。そもそもギルドの方針が「現実世界リアルは詮索しない」だから聞いたりは絶対にしないけど。


System Message21:00より緊急メンテナンス作業を行います。メンテナンス作業時刻までにログアウトしていただきますようお願いいたします。


 チャットウィンドウに緊急メンテナンスを知らせるシステムメッセージが表示された。


Sky:メンテだって

Jill:あ~、やっぱりかー

Selfish:新パッチ後の風物詩だな。このメンテで木綿糸の問題も解決してくれるといいんだが、それはさすがにないだろうな


 緊急メンテナンスにより強制的にログアウトさせられた俺たち。

 この木綿糸がさらなる大問題を引き起こすことになろうとはこの時点では誰も知るよしはなかった。

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