第10話 廃クラさん達の宴
「あ、スカイ来たよ」
選挙が終わって打ち上げをするということで俺たちは南埼谷のカラオケ店に集まった。
選挙に出たメンバーは山名さん以外全員いる。
やや広めの個室には、テーブルに飲み物や食べ物が並べられていてすでに
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃったかな?」
「大丈夫だよ。先にみんなそこそこ飲み食いしてたけど選挙結果もまだ出てないし」
と、
「よう! スカイ!」
座ったまま手を上げ笑顔で俺を呼ぶ柏木。
「お前からスカイって言われるのには違和感があるんだけど。てか生きていたのか、柏木」
俺は柏木の隣に座る。
「おう、なんで俺意識失ってたか記憶が全くないんだけど、お前知ってる? ここのみんなも先生も知らないっていうし……」
「無理に思い出さない方がいいと思うよ? 何か症状が悪化するかもしれないし……」
周りを見回すと長田さんは目を反らしジルはにっこり微笑む。
テーブルを挟んで正面に座る美麗さんは俺を思いっきり睨んでくる。
「てかなんで奥原一度家に帰ったの?」
「夕飯作らないといけなかったから」
その言葉に長田さんがちょっと反応する。
「スカイ、ゴハン作れるんだ。すごーい」
ジルのその発言に長田さんがなにやら小声で注意する。
ん? 今のに何か問題でもあった?
「あと、これ持ってこようと思って」
俺は鞄から背面に
「おー、
「今日、メンテ中パッチ説明会あるでしょ? それみんなで一緒に見ようと思って」
主に新しいパッチが実装される前のメンテ中、その時間を利用してパッチ説明会を行うのが慣例になっている。
PBCとは違い目新しい新情報があるわけではないが、プロデューサー自らパッチ
そして今日は大型パッチがあり、久々の
この後メンテのためにサーバーが閉じられると同時にパッチ説明会がある。
「メンテとかパッチとか何言ってるのかわかんねえ」
首をかしげる柏木。
「ああそうか、柏木はTFLOやってないんだった」
「TFLO? ああ、そういえばジルちゃん言ってたよね? ゲームなんだっけ?」
「正確には『
美麗さんは柏木を睨み付けながら説明をする。
「美麗さん。まだ根に持ってるの?」
「え? 根に持ってる、って俺、灰倉さんに嫌われるようなこと何かした? てか奥原、灰倉さんのこと「美麗さん」って名前で呼ぶようになってるとか、短期間のうちにずいぶん親密な関係になったんだな。やっぱりかの…痛い痛い痛い! 引っ張らないで!」
テーブル越しに柏木の
「黙れ!
「ちょっと、美麗さん! やめてあげて! こいつだって生きていればきっと何か役に立つことがあるから!」
俺は美麗さんに訴えると
「ふん…」
と手を離す。
「助かった……けど酷い言いようだな! おい!」
「名前で呼ぶくらいですぐに親密って決めるのもどうかと思うよ? 美麗さんのこともそうだけど俺はジルだって名前で呼んでるし。……あ、でも親密じゃないから友達でもないとかそういうことじゃないよ?」
俺は慌ててフォローする。
「とりあえず柏木も一緒に説明会見る? 見ればどんなゲームなのかわかると思うから」
俺はMUSHの電源を入れると「じょーん」という起動音に続き、
「はやーい」
とジルが歓声を上げる。何がはやーいんだ?
「これPRO? 何インチあるのこれ? 15インチ? まさか最上位
と、長田さんがMUSHを覗き込んで質問する
「え? 最上位とかよくわからないけど
長田さんはうんざりした様子で
「はあ……、だめだこりゃ。猫に小判、豚に真珠、奥原にMUSHだわ。多分これでTFLOやってるんだろうけど、他はどうせ動画サイトで子犬や子猫の動画見たりくらいしかつかってないんっしょ?」
「え!?……」
俺はその鋭い読みに固まり、目を反らす。
「図星かい……」
「と…とりあえず柏木に説明するためTFLOの公式サイトでも見ようか?」
俺は誤魔化すためにMUSHを操作しようとすると
「ちょいまって、埼ヶ谷高校のサイト開ける?」
長田さんが提案する。
「え? 開けると思うけど、なんで?」
「選挙結果がそろそろ出てるんじゃないかなと思って。
「あ、なるほど」
俺はやほーで
「これかな?」
と、新着情報の
第59代生徒会選挙 開票結果
「あった!」
みんなが顔を揃えてMUSHの画面を
会長
山名華凛 212
灰倉美麗 352
☆長田佳奈子 446
会計
柏木夢斗 101
☆奥原蒼空 909
書記
☆大場ジル 信任多数
「おおーーーー!!!」
みんなの歓声が上がる。
「おめでとう長田さん!」
「おめでと~! セルフィー!」
「かなちゃ~ん! やったじゃん!」
「!!…………」
俺たちは次々と長田さんを祝福するが、当選した本人は目と口を開いたまま声も出せず、驚いているようだった。
長田さんに抱きつくジル。
柏木もどさくさに紛れて抱きつこうとするが、ジルは
「美麗さん?」
俺は落選した美麗さんが気になって声を掛ける。
「気にするな。別にお前が思っているほど私は落ち込んではいない。こうなることも予想はしていたことだ。そんなことよりお前も当選していて良かったじゃないか」
「え? うん、ありがとう」
いや、俺は当選するだろうとは思っていたから、相手が
たしかに美麗さんは特に落ち込んでいるような様子はない。
そしてジルの胸に埋もれている長田さんに向かって
「どうした? お前は喜ばないのか? これがお前が望んだ結果ではなかったのか? 私を蹴落として当選したんだ、胸を張ったらどうだ? 今更ながら怖じ気づいたか?」
長田さんはジルの胸を押しのけ美麗さんの方を向く。
「少しは自覚を持て。会長に就任してからもまだ、あの演説の時のような迷いがあるならば、お前の束ねる生徒たちの
美麗さんはため息をつき
「とりあえず私からも祝意は述べさせてもらう」
体の向きを変え、長田さんを真正面に
「お前が生徒会長だ」
あごを少し上げ斜めに見下ろし気味に睨みつけ、長田さんに
「いや、あんた、それのどこに祝意があるんよ……。でも、ありがとう、みんな」
長田さんはやっと笑顔を見せ
「よし、乾杯しよう!」
とグラスを取る。
「おー!」
と、それぞれがグラスを持ち
「当選した人はおめでとう! 落選した人は残念だけどガッカリすんな! 今日は思い切り騒いでスッキリしよう! かんぱーい!」
長田さんの音頭で
「かんぱ~い!」
と、乾杯をする。
歌う長田さん、踊るジル、それにちょっかいを出そうとしては
そんな中、輪の中に混じらず、一番奥の席に座り俺たちを見つめる美麗さんに気づく。
美麗さんは目をそらすが、俺はその横に座り声を掛ける。
「どうしたの? 美麗さん? やっぱり落選したのがショックだった?」
「いや、さっきも言ったように私は落ち込んではいない」
俺の方は向かずにどこか虚ろな表情で答える。
「でも、あのとき、長田さんを助けて戻ってきたとき凄く落ち込んでたような気もしたけど……」
「そのときも言っただろう? 慣れている、と。それにああいうときに自分の感情を律する手段くらい心得ているつもりだ」
慣れているってことはやっぱり何度かあんなことはあったってことなんだな……。
「……ただ、私は考えていた。私はここにいてもいいのだろうか? と」
灰倉さんはふたたび騒いでいるほかのみんなを見つめる。
「え? 俺たちのギルドのメンバーじゃないからとかそういうこと? だったら柏木なんてTFLOすらやってないんだからあいつの方がよっぽど場違いだよ」
美麗さんは下を向き両手で顔を覆う。
「いや、そういうことではなく、……私は望んで一人を選んだはずなのに、他人を遠ざけていたはずなのに。……お前のあのときの笑顔がなければ、私はこんな所には居なかっただろうに……。会長に当選しなかったことも内心実は安堵していた。私は表に出てはいけない人間なのだから……」
今まで強気だった、弱いところを見せたことのなかった美麗さんのその弱々しい姿と気になる発言に
「え? それってどういう……」
俺は一歩踏み込もうとしたが
「おい! 奥原! 俺が場違いとか聞こえたぞ! お前がそんなこと言うなんて俺は悲しいぜ。あと、美麗ちゃんもこっちきて騒ごうよ~!」
柏木に遮られる。
「……美麗ちゃんだと? 貴様に名前どころか「ちゃん」付けで呼ばれる筋合いはない!」
下を向いていた美麗さんは柏木に激怒し立ち上がる。
「え~、奥原だって名前で呼んでるじゃん」
「お前は別だ! 貴様だけは絶対に
「おやおや~? 呼び名なんて気にしないんじゃなかったのかな~?」
長田さんもそれに加勢する。
「黙れ! 『それはそれ、これはこれ』だ! お前だって譲れないものがあるのだろう? 私も同じだと言うことだ!」
そのまま輪の中に加わる美麗さん。
ちょっと気になるところはあったけど、聞けなくて良かったのか、良くなかったのか……。
まあなんにせよ美麗さんをみんなの輪に加えることが出来たんだ。
柏木も少しは役に立つじゃないか。
歌う長田さん、ジルに促され
そして
「よ~し! それじゃ、生徒会役員人事を発表します!」
唐突に長田さんが手を上げ宣言する。
「会長はあたし、長田佳奈子! はい、拍手!」
と、促され、ぱちぱちぱちぱち! と、俺たちは拍手をする。
「会計は奥原蒼空!」
ぱちぱちぱちぱち! 俺は拍手を受ける。
「書記は大場ジル!」
ぱちぱちぱちぱち! …自分にする拍手が一番大きいジル。
「
ぱちぱちぱち……
「え? 俺、庶務なんかに立候補してないし、奥原に会計負けて落ちたんだよ?」
突然の庶務指名に困惑する柏木。
「会長のあたし直々に任命するんだ。拒否権はない」
得意げな顔で柏木に指を指す。
「え~、庶務って何やるの?」
「う~ん、雑用? ってイメージかなあ……」
無ければ無くてもいい、生徒会でもそんなに重要なポジションではなく地味なイメージしかない。
「昔、庶務を主役にしたドラマがあってそれが大人気だったことがあるみたいよ? だから生徒会にとって庶務はいわば陰の主役と言っていい存在なんよ」
う~ん、なんだっけ? ショム…なんとかってドラマ。
「ショム」ってついてたのはなんとなく覚えている気がするけど内容はよく知らない。
「まじで? じゃあ俺庶務やる」
「え~と、でもそれって生徒会の庶務の話だったっけ?」
柏木は
「それでは最後になります。副会長に灰倉美麗!」
と手を広げで美麗さんを指し示す。
「おおー!」
俺たちの歓声をあげ
「ほう?」
と美麗さんは副会長指名に驚くでもなく長田さんを睨み返す。
「お前、私を副会長に任命するという意味がわかっているのか? 生徒会に抱き込めば私は全力でお前の計画を阻止するつもりだぞ?」
「そりゃあんたがあたしの計画に否定的なのはわかってる。でも周りを
ふむ、長田さん結構ちゃんと考えてるんだな。
「ほう? 先ほど演説会で私が着替えていたときのお前のように、上から私を
美麗さんが疑いの目を向けると。
「そ、そ、そんなことあるわけないっしょ」
思ってたんだな、多少は。
「まあいい。お前が何を考えていようが私は私の意志を貫くだけだ。甘んじてお前の人事を受け入れよう」
腰に手を当て胸を張る美麗さん。
「おー!」
ぱちぱちぱち! と俺たちがそれを祝福する。
よかった、さっき何か悩んでいたようだったけどもう大丈夫なようだ。
美麗さんはもう
……柏木も含めて。
「そろそろ説明会始まるんじゃない?」
ジルが店内の時計を指さす。
「そうだね、みんなで見よう」
俺は開票結果を見た後、一度鞄にしまったMUSHを再び取り出しセッティングする。
程なく画面が立ち上がりブラウザを起動、動画サイトのパッチ説明会の
「長田なんて顔も見たくはない存在だが、仕方がない、私も見よう」
美麗さんが画面を覗き込む。
「え? 長田ってかなちゃんもしかして出てるの?」
「出てねえって、生放送だっつーの。TFLOのプロデューサーが長田っていうんよ」
柏木に対して面倒くさそうに説明する長田さん。
「あいつに言いたいことは山ほどある。私は場の空気を壊すようなことをする馬鹿ではないので今は控えるが、あいつは私の…、私がいた世界をぶち壊した元凶だということだけ言っておく」
美麗さんの口から、――正確にはゲーム中の
具体的に何があったのかは気になるところだけど、美麗さんも自重しているんだし今は聞くのはやめておこう。
「あたしもあいつは嫌いだけど……あー、やめやめ! 今日は愚痴を言うのはやめ!」
「うん、今日は楽しい日にしよう」
ブラウザの画面が切り替わると二人の男性が表示される。
「始まった」
瞬間
「おさだああああああああああああ」
の弾幕で画面が覆い尽くされる。
俺も
「おさだあああああああああああ」
のコメントを打ち込む
あれ? なんだろう?
これってつい最近も同じようなことがあったような気がする。
「はい、みなさん、こんばんは、
おさPの発言にさらにかぶせられる「おさだあああああああああああ」の弾幕。
そうだ、この光景、文字と
隣の長田さんの様子を見ると真剣な目で画面を見つめている。
でも嫌いなものを見るような目ではなく、何か
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