1章 恋愛予報(文化祭まで あと3週間!)_1




1-1 秘密のヒミツ




(なつかしい夢、見ちゃったなぁ……)



 びびびびびびび、と、うるさい目覚まし音が部屋に鳴りひびいている。

 ぼんやりした頭でスマホを見ると、時刻は午前七時三分。

 アラームを解除してカーテンを開ける。昨夜の予報通りきれいな秋晴れになりそうだった。



 私の名前はあまヒカリ。もうすぐ十六歳になる高校1年生。



 いい意味でも悪い意味でも目立たない外見と、平和主義で流されやすい性格。しゆは読書という地味さ。さらに成績も平均的と、どこにでもいそうな女子高生のひとりだ。

 ドラマやマンガでは教室のどこかに必ずいる感じ。

 でもけっして主人公じゃないし、主人公の友達ですらない、めちゃくちゃふつうの女子。



 そんなふつうの私は、今日もあわただしく学校に行く準備をする。

 ばたばたと洗面所に向かうと先客がいた。



「おう、ヒカリ、はよ」

「おはよう、お兄ちゃん」



 私より二歳上のお兄ちゃん、天野アキラは現在高3。

 おなじ高校生だけど、お兄ちゃんは少し遠くの男子校に通っている。

 ただでさえ目つきが悪いうえ長めのかみを明るい金色に染めているから、不良みたいなんだよね。お兄ちゃんの学校ではこれがふつうらしいけど、本当なのかな?

(まあべつに問題は起こしてないみたいだから、いいんだけど)

 ……わが兄ながら、似合っててちょっとカッコいいしね。



「ねぇお兄ちゃん、早く洗面所使わせてよ」

「うるせーな、俺だってあせってんだよ。このままだと電車に間に合わねーし」

「えっ、お兄ちゃん今日も早いの?」

 いつもお兄ちゃんはこくぎりぎりなのに、意外だ。

 考えてみれば、昨日も一昨日おとといも早かった覚えがある。

 おどろいてみせると、お兄ちゃんがちいさく舌打ちをした。

「べつに好きで早く行くわけじゃねえよ。ちょっとめんどうからげたいだけ」

「もしかしてお兄ちゃん、遅刻しすぎて先生に目をつけられてるとか?」

「ちげえよ! てかたいして遅刻してねえからな!? ……あー、まあとにかく、あれだ。そういうわけで、今日もおまえのこと送っていけねーから、気ぃ付けろよ」

 目をそらしてお兄ちゃんが言う。けど、私は顔をしかめずにいられなかった。

「あのね、毎朝言ってるけど、私もう高校生だよ? お兄ちゃんに送ってもらわなくても平気だってば」

(むしろ、このねんれいでお兄ちゃんにべったりのほうがずかしいよ)

 私の言うことはちがってないと思う。

 なのにお兄ちゃんは私を上から下まで見て、フッと小ばかにしたようなみをかべた。

「変なパンダのモコモコくつしたをいてるようなやつ、まだまだ子供だろ」

「変じゃないけど!? かわいいでしょ!」

「はっ、ガキくせぇ」

 お兄ちゃんは鼻で笑って出て行ってしまう。口にはお気に入りの棒付きあめ

 すれちがいざま、「じゃあな」と私の頭を軽くなでていった。



(もう、いつまでも子供あつかいするんだから)

 お兄ちゃんに頭をなでられるのはきらいじゃないけど、だからこそおこれなくてくやしい。

 口が悪くて、すぐに私を子供あつかいする、けどなんだかんだとやさしいお兄ちゃんだから。

 照れくさいような恥ずかしいような気持ちにひたっちゃいそうだけど、私だってこれから学校だ。準備をして朝ごはんを食べて「いってきます」といつもどおりに家を出る。

 ふつうに、ふつうな私の日常。

 ただ私には、ひとつだけふつうじゃないところがあった。





(あれ? めずらしいな、こんなところで立ち話なんて)

 それは通学路のちゆう。なんてことない住宅街の真ん中だった。

 私が見つけたのは男女の高校生。

 ひとりは赤みがかったちやぱつの男子で、私とおなじあおぞら高校の制服を着ている。

 もうひとりは短い髪の女子。制服からして、おじようさま学校で有名なきよう女子高の生徒だろう。

 声をあららげているわけじゃないけど、しんみようそうな顔におんな気配を感じる。

(う~ん、もしかしたら別れ話とかかも)

 私がとっさに判断したのには理由がある。なにせ──





(────ふたりの〝れんあい予報〟は【かみなり】と【大雨】なんだもん)





 恋愛予報。

 私が勝手にそう呼んでいるのは、私だけに見える不思議なモノ。



【晴れ】とか【雨】とか【くもり】とか。

 いかにもテレビとかで見るような天気予報のマーク。

 それが、私の見ている相手の顔ちかくに、ぷかりと浮かんで見えているのだ。

 なぞの天気マークが見えるようになったのは小学生くらいのころ。



 最初に見たときはおどろいたし、どういう意味があるのか分からなかった。

 ただ、【雨】マークのひとは告白してフラれたり彼氏と別れたりしてるし、【晴れ】マークのひとはりようおもいになれたり彼女と幸せな日を過ごしたりしてるから、きっとこれは恋愛に関するものなんだ、って気付いたんだ。その日の恋愛運が見える、っていうのが一番近いのかな。

 恋愛運が良い日は【晴れ】、恋愛運が悪い日は【雨】。

 それで、つけた名前が〝恋愛予報〟。



 とはいえ恋愛運自体を私がどうこうすることはできないし、今日は恋愛的にいいことがありそう、とか、悪いことがあるかもね、っていう〝一日の予報〟が見えるだけ。

 そんなうらないみたいなもの、たいして意味ないよね。

 だって一日過ごしてみれば分かることなんだから。

(雨の予報なら役に立つけど、しつれんするって事前に分かってもいいことなんて無いしなぁ)

 ほんと無意味な能力だ。はぁ、と、ちいさくため息をつく。



 近づいていくと、恋愛予報が【大雨】な彼と【雷】な彼女の会話が聞こえてくる。

「どうして私とつきあってくれないの!? 私、華京女子高なのよ? 何が不満なのよ!」

 女子生徒がいらった顔で男子生徒につめよった。どうやら告白中だったらしい。

 ちょっとヒステリー気味な彼女に対し、茶髪の男子はつかれたようなため息をついた。

 髪と同じ色をした切れ長のひとみで、彼は彼女を見つめる。「高校名は関係ないだろ」と告げる冷たい横顔は、目をうばわれてしまいそうなくらいととのったものだった。



「悪いけど、俺は恋愛に興味ないしだれともつきあう気はない。つきまとうのはやめてもらえるか。うんざりしてるんだ」



(うわっ、よりにもよってなんてひどい言葉でるんだろう)

 彼女のごうとくなのかもしれないけど、あまりにも冷たすぎる。

 ショートカット女子は顔をあおくして逃げ去っていった。

 茶髪男子はもういちど深く息をいて、ゆっくりと駅のほうに向かっていく。

 おかげで、きっと私の存在には気づいていないはずだ。私はこっそり道をへんこうした。



 いつもとはすこしちがう通学路を歩きながら、私はさっきのふたりの恋愛予報を考える。

(あれはつまり、振られてげきした彼女の恋愛予報は【雷】で、好きでもない相手に好かれてた彼の恋愛予報は【大雨】ってことなのかな)

 実際にめいわくだったのかもしれないけど、そんな理由で恋愛予報が大雨っていうのは初めてのパターンだ。

(やっぱり恋愛予報なんて役に立たないな。ううん、むしろじやだよね)

 じっさい、恋愛予報が見えるようになって間もないころ、友達に余計なことを言って絶交されてしまったこともある。



 あれは八年前のこと。

 おなじクラスのミキちゃんは、小学2年生にして、なんと担任の先生にこいをしていた。

 まわりの『なんで先生なんか好きなの?』という意見も気にせず、ミキちゃんは『こくはくする!』と言いだしたのだ。

 みんなも心配したし、私も心配した。

 なにせミキちゃんの〝恋愛予報〟は【大雨】だったから。

 きっとミキちゃんはめちゃくちゃ泣いちゃうんだ、と思って、つい言ってしまったのだ。

『ミキちゃんの恋愛予報は大雨だから、ぜったいにフラれるよ』なんていうふうに。



 今ならもうすこし言い方があると分かるし、そもそも告白はフラれるとか両想いになるとか関係なくするものだとも思う。けど、当時は私も子供だった。

 結果。

 ミキちゃんは『いみ分かんないこと言わないで!』と怒ったし、さらに本当に告白してフラれて大泣きしながら『ヒカリちゃんがへんなこと言うから先生にフラれた! ヒカリちゃんなんてだいきらい!!』とまで言ったのだ。



(あのときは〝恋愛予報〟なんて変な力いらない! って泣いたなぁ)

 いまでは慣れてきたおかげで、見えないようコントロールできる。

 ミキちゃんには『へんなこと言ってごめん』と謝ったし、ミキちゃんにも謝られて仲直りできた。恋愛予報のことは適当にごまかした。

(あれ以来、恋愛予報のことは誰にも話してない)



 ────たった一人をのぞいて。




1-2 片思い進行中




 朝の茶髪男子をけるようにしてたどりついたり駅。改札から入ろうとすると、予想外の人物と目が合った。そこにいたのは──。



「おはよう、ヒカリ。いっしょに学校いこ?」



 にこり、と微笑ほほえむ、幼なじみのよしゆうせいだった。



(うっ、祐生ってば今日もかっこいい……!)

 祐生を見たとたん、とっさにまぶしいような気がして目をつむりそうになる。

 だって祐生は本当にかっこいいのだ!



 すこしくせのある黒いかみ。おなじ色の瞳が、やわらかい光を宿して私を見つめる。

 さわやかで明るくて、いつもやさしい幼なじみ。

 ちょっと見上げなきゃいけないくらい背が高いから、私と話すときは少しかがんでくれて。

 小首をかしげて微笑む姿は、まるで雑誌のなかからけてきたみたいだった。



(祐生が着てると、へいぼんなうちの高校の制服が一流ブランドに見えちゃうんだよね)

 これは私だけの意見じゃなく、クラスの女子全員いつの意見だ。

 成績はトップクラスで教え方も最高。祐生に教えてもらうと私の成績も良くなるくらい。

 さらにかんゆうされて入った生徒会でもかつやくしていて、教師からも生徒からもしんらいされている。

 小学校に入る前にお母さんをくしてから祐生は家事もやっているのに、本当にすごいなって思う。いちばん近くで見てきた私が言うんだからまちがいない。

 かっこよくて、やさしくて、たよりがいがあって、がんばりやで。

(こんなひと、誰でもあこがれちゃうよね)



「ヒカリ?」

「え? あっ」

 ふしぎそうな顔で祐生に名前を呼ばれた。

 考えてみれば祐生を見つけてから、ずっと無言でっ立ってしまっていたのだ。

 あわてて私は「なんでもないよ、ごめん。おはよう、祐生」とあいさつをかえした。



「それにしても祐生、どうしてこんな時間に? 祐生は生徒会の仕事で一本早い電車でしょ」

 問いかけると、祐生がちょっといたずらっぽい顔で笑った。

「じつはアキラさんが教えてくれたんだ。今日もヒカリを送れないからよろしく、って」

「えっ、それでわざわざ待っててくれたの? ごめん! 気にしなくていいのに」

 私が言うと、祐生が甘い声で「だーめ」と言って微笑む。

「でも」

 言おうとして、私は足元の段差につまずいた。

(うわっ、こける──)

 バランスをくずしたしゆんかん



 ふわ、と。

 身体からだいたように受けとめられた。

(えっ?)



「ほら、ヒカリひとりだと危ないでしょ?」

「祐生……」

 祐生の顔が間近にせまる。

 気付けば、私の身体は祐生にきとめられていた。

 きっと私がつまずいたとき、すぐに手をのばしてくれたんだろう。

 私がバランスをくずすより早く、的確に。

(反射神経すごいな……!)

 おどろく私を祐生がきれいなひとみで見つめて、ささやいた。




「だいじょうぶ。約束したじゃん。────ヒカリのことは俺が守る、って」



(ち、近すぎるし、やさしすぎるよ!!!)

 祐生はすぐにはなれてくれたけど、心臓がどきどき激しく動いて止まらない。

 いや、止まったら困るんだけど、でも違う意味で止まりそうで。

(祐生ってば、ずるすぎる!!)

 心のなかでぜつきようしてしまう。



 そう、祐生はずるい。

 すごく、すごく、ずるい。



(こんなふうにされたら、好きになっちゃうのは当然じゃない……!)



 おかげで私は八年間ずっと、幼なじみの日吉祐生に片思いをしてしまっている。



 それは、祐生がミキちゃんに絶交されて泣いていた私を探してなぐさめてくれたから。

 れんあい予報のことも、疑わずに信じてくれたから。

 お父さんやお母さん、お兄ちゃんにも相談できずにいた〝恋愛予報〟。

 話せる相手がいるだけで、とっても気持ちが落ち着いた。

 ずっとひとりで不安だったんだ、って気付けた。



 気付いたときには、もう恋に落ちていた。

 だけど私たちの関係はずっと〝友達〟のまま。

(でも、もうすぐ片思いは終わりにする)



 じつは最近、何度もちようせんしていることがある。

 青空高校に入ることを決めたあたりから持っていた野望。それは。





(文化祭までに祐生に告白するんだ────!)





 天野ヒカリ、十五歳。一世一代の決心だった。


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