1章 恋愛予報(文化祭まで あと3週間!)_2




1-3 いざ、告白!?




 小学2年生のころ、祐生と約束したときに見た十月の花火。

 あれが青空高校の文化祭で最後にあげる花火だと知ったのは中学生のころだった。

 以来、私はいつかもう一度あの花火を祐生と見たいと思いつづけてきたのだ。

 こんどは友達じゃなく、彼女として。

(そのためには、まず祐生に告白しなきゃ)

 祐生に異性として意識されているとは思えないし、そもそも祐生はだれともつきあわない。

 だからうまくいくとは今のところ全く思えないけど、けてみたかった。

(だって八年間も片思いしてきたんだから告白くらいしたいもの!)

 自分の〝恋愛予報〟は見られないし、祐生のも見ないことに決めた。



 祐生に告白しようと決意したのは、文化祭の一か月前。

 ところがすでに一週間が過ぎてしまって、文化祭まで、あと三週間ぐらいしかない。

(いいかげん、今日こそ告白するんだ!)

 今はふたりきりの登校ちゆう。運良くまわりに人はいないし、ふんも悪くない。

 だから。



「あ、あのね、祐生っ」

「うん? どうしたの、ヒカリってば顔が赤いよ?」

「その、じつは、」

 私がついに気持ちを打ち明けようとしたとき。



 びこん、びこん、びこん!



 頭のなかで、ブザーみたいななぞの音がした。



(え?)

 なにが、と、思うよりも前に。

 私と祐生のあいだに、とつぜんマークと文字があらわれる。



【晴れ】【大雨】【かみなり】【雪】【くもり】/【危険・三角関係トライアングル警報発令中!】



「な、なにこれっ!?」



 とつぜんあらわれたマークと文字に、私は目をまるくした。

 私の言葉に、目の前の祐生が「ヒカリ? どうしたの」と、ふしぎそうにしている。

 どうやらこのブザーみたいな音も変なマークも変な文字も、祐生には聞こえていないし見えてないみたい。



(っていうことは、これ、まさか私の恋愛予報? でも〝警報〟って……)

 こんな表示、見たことない。

 コントロールできるようになってから勝手に〝恋愛予報〟が見えるのも初めてだ。

 ましてや、音が出たうえ〝警報〟なんて!

(警報ってなに? 危険って? 天気マークだって全部表示されてて意味わかんない!)



 びこん、びこん! と、警報みたいな音はどんどん大きくなって。



(ま、まさか、なにかとんでもないことが起こっちゃうの────?)



 次のしゆんかん



「え?」「うわっ」

 どどどどどどど、と、ごうが降りだしたのだった──!



「うそっ、さっきまで晴れてたのに!」

「ヒカリ、とにかく駅のなかに行こう! ゲリラ豪雨っぽいし、ここじゃ危ないかも!」

「う、うん、そうだね!」

 激しい雨音が鳴りひびいて、さけばないとおたがいの声さえ聞こえない。

 バケツをひっくりかえしたみたいな雨、とは、まさにこのことで。

 私たちは大急ぎで雨宿りしたり、れた制服をいたりしながら学校に向かった。



 もちろん、告白なんてできるゆうはゼロ。



(どうしよう、私の一大決心が……)



 生まれて初めての告白はみごとに空回り、謎の大雨にさえぎられてしまったのである。




1-4 いざ、告白・2




「で、ヒカリってば日吉くんへの告白やめちゃったわけ?」



 祐生への告白に失敗した日の昼休み。

 教室でお弁当を食べながら朝のことを話すと、親友のさかはるがおどろいた声をあげた。

 おなじ図書委員になったことがきっかけで知り合った春奈とは、しゆも合うしなんでも話す仲。もちろん祐生への気持ちも前から話している。

 れんあい予報のことは秘密だけどね。



 あきれた目をしている春奈に、私はきっぱりと言う。

「言っておくけど、私、告白するのをやめたわけじゃないから」

「へー。弱気になってくじけてるのかと思ってた」

 意外そうに春奈が言ったけど、鹿にしないでほしい。

「そりゃ私は小心者だしメンタル強いほうじゃないけど、さすがに告白はあきらめられないよ。なにせ八年間のおもいなんだから」



 ちなみに、あれ以降〝恋愛予報〟はいつも通りだ。

 警報なんて出てないし、マークに異常があらわれることもない。

 そもそも私は自分の恋愛予報を見ることができない。

(きっと何か恋愛予報が暴走したんだ)

 バグみたいなものかもしれない。だから無視していいだろう。

 あんな変なこと、二度も起こるとは思えないもの。

 ふたたびかくを決めた私に、春奈がなつとくした顔をした。

「なるほど。じゃあどうすんの? また明日あしたの登校中とか?」

 春奈に聞かれ、私は「じつはね」と声をひそめた。

「祐生には、今日の放課後に図書館裏の中庭に来てほしいって言ってあるんだ」

「おー、すばやい!」

「だってせっかく決意したんだもん、必死にもなるよ」

 勝手知ったる図書館付近なら、きっと変なじやも入らないだろう。

「朝のリベンジ、してみせる……!」

 春奈が「うん、がんばれ!」とがおを向けてくれた。





 そしておとずれた放課後。



(今度こそ、言うんだ)

 どきどきする胸をおさえながら、私は祐生を待っていた。

 深呼吸を一回、二回。

 あたりに目を向けると、銀杏いちよう紅葉もみじなどが秋らしく色づいている。

 奥には慣れ親しんだ図書館があり、窓しにいくつものしよが並んでいるのが見えた。

 落ち葉がかさかさと鳴り、だれかが近付いてくるのを知らせる。

(きっと祐生だ)

 ごくりと息をのみこむ。

(私が告白したら、祐生はどんな表情をするのかな)

 おどろく? 困る? それとも、どうもしない? あるいは──。



(すこしでも、喜んでくれればいいのに)

 照れたりしてくれればいい。

 ときめいてくれればいい。

(ほんのすこし、いつしゆんでもいいから)



 祐生にとって〝幼なじみ〟じゃなく、〝女の子〟になりたい。



 いのるような気持ちで手を組む。

 足音のするほうに視線を向ければ、あわててくる祐生と目が合って。



「ごめん、ヒカリ! おそくなった」と謝る祐生に、私は「ううん」と首を横にふった。

 祐生が立ち止まるまえに、言う。



「あのね、私──」



 びこん、びこん、びこん!



(な!?)

 頭のなかで、例のブザーみたいな音がした。



「ヒカリ?」



 とちゅうで言葉を止めた私に、祐生が首をかしげる。

 だけど、私の目の前には大きな文字が広がっていて。



【晴れ】【大雨】【かみなり】【雪】【くもり】/【危険・三角関係トライアングル警報発令中!】



(ま、また!? えっと、もう無視するしかない!)



 頭のなかでブザーはうるさいし、目の前には文字が大きく広がってる。

 だけど祐生には聞こえない・見えないもののはず。

 だから私は気にしないことにして、ふたたび口を開いた。



「す」





「────ヒカリ、危ないっ」

「は!?」





 ひゅるるるる、ぱしっ!

 いい音を立てて、祐生が空から降ってきた何かをつかむ。



 おどろいた。

 呼吸が止まった。

 だって私が好きって言いおわる寸前に、祐生がものすごい速度で動いたんだもの!



「なんだこれ、野球のボール?」

「なんでボールが降ってくるの!?」



 私の全身ぜんれいの疑問に、祐生が「グラウンドのほうで練習してる野球部がとばしたのかな」と手のなかのボールを見つめた。

(全然とんでくる気配なんてなかったよ!? なのにすぐさま受け止められるって、祐生の反射神経とか運動神経はどれだけすごいの!)

 すごすぎて何も言えなくなる。

 けれど祐生は私が絶句しているまえで、みるみるうちにしんけんな顔つきになっていった。

「俺、ちょっと野球部のボールがとんでこないようネットの取り付けなり練習方法なり相談してくる。こう見えても生徒会の一員だし」

「えっ、いま?」

「早いほうがいいかなって。ヒカリの用事ってもしかして急用?」

「そういうわけじゃないけど、ただ、そこまでしなくてもいいんじゃって思っただけで」

 とにかく告白したい私は祐生をひきとめようとした。が。

「だめ。だって図書館の近くだと、ヒカリに当たる可能性があるでしょ。心配じゃん」

「!」



「いつも俺がそばに居られればいいけど、そういうわけにもいかないからね。生徒会としてもほかの生徒のためにも必要なことだから」と言って祐生はグラウンドに向かっていった。

(や、やさしすぎる……!)

 あとに残された私は、どういう反応をすればいいのかわからなくて。

 真剣な顔の祐生もかっこいいな、と思うくらいしかできなかったのだった。

 とうぜん、告白リベンジなんてできるゆうはゼロ。



 つまり私は、二度目の告白も失敗したのだった……。




1-5 もしかして:呪い




 連続の告白失敗に、さすがの私も二日ほど落ち込んだ。

 だが、めないでもらいたい。



(一度や二度の失敗くらいで、あきらめたりしない!)



 日曜日をむかえた私は、ふたたびやる気に満ちていた。

 なにせ文化祭は三週間後にせまっている。

(祐生の彼女になれる確率はかぎりなく低いけど、まずは告白しなきゃ確実にゼロだもんね)

 それなら、たとえ0・0000001%くらいであってもつきあえる可能性にけてみたい。

(あの花火を、祐生ともう一度見たいから)



 かくを決めて、私は祐生の家をおとずれる。

 呼びりんを鳴らして名前を名乗ると、すぐに祐生があらわれた。

 きんちようよりも、今はあせりが先に立つ。

(また何か変なことが起こるまえに、告白しなきゃ!)

「めずらしいね」なんて言って、やわらかく笑う祐生のまえに立ち、呼びかける。

「ゆうせ──」



 びこん、びこん、びこん!

【晴れ】【大雨】【雷】【雪】【くもり】/【危険・三角関係トライアングル警報発令中!】



 背筋にかんが走る。

 直後。



 空からハトのフンが落ちてきて。



(……え)



 びしゃり。

 私のかたが、よごされた。



「うそおおおおおおおお!」

「ヒ、ヒカリ! だいじょうぶ、だいじょうぶだからっ」



(ハトのフンが肩に落ちるとか、そんなぐうぜんありなの!?)

 あまりのできごとに私はパニックになってしまい、祐生があわてて私のカーディガンをがせてくれる。だけど、もう、なにも考えられなくて。

 泣きたくなった。むしろすこし泣いてしまった。



 さすがに、告白なんてできる余裕はゼロ。

 というか今日だけは絶対にしたくない! ハトのフンくっつけて告白なんて最悪でしょ!?



 ……私の告白は、今日も失敗した。





 それでもあきらめなかった私は、かなりがんばったと思う。

(こうなったら意地でも告白してみせる!)

 決意とともに何度もちようせんした。

 ちゆうからは、どきどきする気持ちとかじらいなんて考える余裕もないくらいだった。



「祐生、おはよう! あのね──」

「祐生、学食に行く前に聞いてほしいんだけど」

「祐生、生徒会の仕事おつかれさま! ところで」



 だけど挑戦するたびに、あのいまいましいブザーがびこん、びこんと鳴りだして。



 時には、足にけがをしたねこが降ってきて。

 時には、きようだんでつまずいた先生のさいからぜにが降ってきて。

 時には、窓の開いた音楽室からがくが風にのって降ってきて。



 毎回ちょっとしたさわぎになってしまい、あたりまえに告白なんてできる余裕はゼロ。

 …………私の告白は、みごとにどれも空回りして失敗しつづけている…………。






「いったい私はどうすればいいのかな……!」



 昼休み、いつもの図書館受付で、私はぐったりとカウンターに頭を預けていた。

 この数日間、がんばりすぎて心が折れそうになっている。

 話を聞いてくれていた春奈が、難しそうにまゆを寄せた。

「うーん。なんていうか、さすがに異常だね。ヒカリってばのろわれてる」

 春奈の顔はしんけんだ。私をからかっているとは思えない。

(呪い、ねぇ)

 思い当たることは、たしかにある。

 祐生に告白しようとしたときに限って出てくる〝れんあい〟だ。

(どう考えても、あの警報とやらがあやしいよね)

 例の警報が解除されないかぎり、祐生には告白できない仕組みになっている可能性がある。

 ほかに原因なんて考えられないのだから。



(なら、私のやるべきことは一つだ)



 たとえば大雨警報なら、雨雲が消えるのを待つように。

 たとえば暴風警報なら、風が弱まるのを待つように。





(三角関係とやらを消してみせる────!)



 心に決めて、私はこぶしをにぎりしめた。





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