第四章 芸術コース
「時々ね、こうして歩いていると、あ、ここ知ってるって思う時があるんだ」
私の家に向かって歩きながら、不意にユウくんがそんなことを口にした。
「えっ、ホントに!?」
「うん」
「じゃあこの辺は!? この辺は見覚えある?」
勢い込んで聞くと、ユウくんは目を細めて少し辺りを見晴るかすような仕草をした。
「……うん。そうだね」
「ホントに!?」
「うん、でも……。どっちかっていうとこの辺りは、知ってるって言うより
私はキョトンと首をかしげる。
何だかよくわからないけど……ユウくんはこの場所を知ってるってことだよね?
ここは、私の家の目と鼻の先。
じゃあユウくんは、ホントに
でも私の周りで
「…………っ」
その時、横から小さな
我に返って振り返ると、ユウくんが頭を押さえて苦痛に
「ユ、ユウくん!?
とっさに彼の
直後、ビクン! と、大きく体が
息を詰めてそんな彼を見つめていると。
ユウくんは、ゆっくりと下げていた頭を上げた。
「…………」
ぼんやりと、前方を見つめる。
そうしてすぐさま、ハッと辺りを
「…………っ!」
横に
(あ……もしかして……)
彼の仕草を見て、私はピンとくる。
今の彼はもうユウくんじゃなくて、折坂くんに
「……どこだよ、ここ」
「あー、あのね、折坂くん」
えーと……。
な、何から説明したらいいんだろ……。
「俺達確か、屋上にいたよな?……それに、まだ夕方だったはず……」
「お、落ち着いて、折坂くん」
「落ち着けっつったって、俺また…っ」
「だからっ! 今から全部説明するから!」
興奮する彼を何とか落ち着かせる
折坂くんは、ぐっと言葉を飲み込んだ。
私を見つめる目は、不安げにオドオドと
……だけどまぁ、ホントに。
ユウくんとは丸っきり、
「説明って……何かわかったのか?」
「うん」
「なんだよっ? 一体何が…っ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってってば!」
どうどう、と馬を
でも今から説明するって言っても……全部説明するのにかなり時間かかりそうだし……。
だからってこれ以上
私はチラッと、
「折坂くん、まだ時間大丈夫?」
「え?」
「私の家すぐそこだから、寄ってかない? よかったらうちで、全部説明するから……」
「…………」
折坂くんは少し、
いきなり仲良くもない女子の部屋に入ることに
「────わかった。行く」
「ちょっとちょっと、
お茶の用意をしている私の横で、お母さんが目を
……まぁ確かに、私が男の子連れてくるのなんか初めてだから、色々聞きたくなるのはわかるけど。
ぶっちゃけかなり、
「だからー。学祭委員の話するだけだってば! 折坂くんはただのクラスメート!」
「あら、そうなの? でも結構イケメンよね。よかったら晩ご飯食べていっても……」
「もーいーってばっ! 部屋
まだ何か言いたそうなお母さんにピシャッ! と言い捨ててから、私はお茶を
二階の部屋へ戻ると、折坂くんはビクッと体を揺らせてから少し
女の子の部屋に慣れていないのか、
「楽にしてね」
「……うん」
「お茶、どうぞ」
「あ…ありがとう」
少し落ち着いたのか、折坂くんからさっきまでのピリピリした様子は消えていた。
代わりに少し
「えっと……ね。何から説明していいのかわかんないんだけど……」
おもむろに話し始めると、折坂くんはカップをソーサーに戻してスッと顔を上げた。
ある程度の
それから私は、屋上での出来事をなるべく順を追って
それでもやっぱり、
とにかく質問は全部後にしてね、と話す前に言っていたので、折坂くんは最後まで、ただじっと私の話に耳を
「やっぱり……そうだったのか……」
口元を大きな手で
やっぱりという言葉に
「やっぱり…って、幽霊に取り
「うん……」
そこで私はハッとあの時の折坂くんの
「あ、そう言えば折坂くん、心当たりあるって言ってたよね? それってもしかして、ユウくんの正体が誰か心当たりがあるってこと?」
「いや、それはわかんないけど……」
「え?」
「俺の
「…………」
────は?
イタコ……?
イタコって、何だったっけ?
ってか折坂くん、
彼の表情を見てどうやら本気で言ってるらしいと察した私は、必死で頭の中のイタコ情報を引っ張り出そうとした。
イタコって確か……霊を自分に乗り移らせて、霊の代わりに相手に思いを伝える、とか……なんかそんなんだったような。
つまり折坂くんは元々
うーん……。
何だかにわかには信じがたいけど……。
「てか、長谷部の方こそ心当たりない訳?」
「え? じゃねーよ。あんたのことだけ覚えてるって、そいつ言ったんだよな? だったらどう考えてもあんたの周りの人間だろ」
「……うーん。でも……そんな心当たり、ない」
「単純に考えれば同じ学校の
「うん。そうなんだよね……」
折坂くんは
「となると……芸術コースの奴とか?」
「え? まさか。私、芸術コースの人となんか丸っきり接点ないよ!」
「そんなのわかんねーじゃねーか。
「じ、塾には行ってないし、よく行くコンビニの店員に若い人はいなかったし、通学だって……うちの学校の人以外とはあんまり
「…………」
自信なさげにボソボソと答えると、折坂くんはじっと私の顔を見つめたあと、横を向いてふっと小さな
「───ま、確かにあんた、そんなタイプじゃないもんな」
「…………」
さすがにムッとしたけど、何も反論できずに私は
どうせっ。
どうせ私は
そんなこと折坂くんに言われなくたって、自分が一番わかってますよ!
「……じゃあ、まぁとりあえず。
パン! と
「え?」
「俺に乗り移るぐらいだから、やっぱり学校が一番可能性高いだろ。とにかく誰かわかんねーと、先に進まねーし」
「て……手伝ってくれるの?」
「は? 当たり前だろ。さっさと願いとやらを
当然とばかりに折坂くんはキッパリとそう言い切った。
まぁ確かに、折坂くんの立場からしたらそうなんだろうけど。
でもたとえ自分の
それから少しだけ話をして彼を
「折坂くん、家ってどこだっけ」
「
「え、そうなんだ。じゃあ中学
意外と折坂くんの家がそんなに
「こんな時間までお
「大丈夫だよ。
「……そう。いいね、男の子って」
ユウくんみたいな
だって……今までは不安げだったり、
「じゃあ、また」
「うん」
軽く手を上げてから、折坂くんはくるりと
その背中をしばらく見送ってから、私は静かに家の中へと
何だか
まだ根本的に何も解決していないことに気付き、
とにかくこれから、考えることもやることもいっぱいある訳だし。
折坂くんの為にも、ユウくんの為にも
私は
「あ、俺。三浦に学祭委員、代わってもらったから」
翌朝、
「へっ!?」
「同じ委員だったら、一緒に行動してても不自然じゃないだろ」
「そ、そうだけど……。でも、いつの間に?」
「昨日帰ってから三浦にメールした。アイツも気にしてたみたいで、代わってくれたら助かるってさ」
折坂くんて……スゴい行動力あるんだな。
思い付いたら
「で、でも、私も助かる。そろそろ本格的に用意を始めなきゃいけなかったから、一人じゃ不安だったんだ。……ありがとう」
教室までの
「別に、あんたの為じゃねーし。自分の為だし」
口調はぶっきらぼうだったけど、その横顔はうっすら赤く染まっていて。
それが照れ
なんか……男の子だなぁって感じて、
そのまま教室へ入って自分の席に向かうと、先に登校していた亜美がトコトコと小走りでこちらへやってきた。
「リン、折坂と何かあったの?」
「え、どうして?」
ドキリとしながら問い返す。
すると亜美はチラッと折坂くんに視線を投げた。
「だって昨日、やたら折坂のこと聞いてきたし、昼休みには呼び出されてたし、今だって一緒に教室入ってきたじゃん」
「……あー、それは……」
「ちょっとまさか、付き合ってるとか言わないよね?」
「ま、まさか!!」
「えーっと、あのね。折坂くん、三浦くんの代わりに学祭委員やってくれることになって……」
「え? うそ、折坂が? なんで?」
「なんでって、その……。一人じゃ大変そうだから…って」
「……ふーん? 折坂って、そんなタイプだっけ?」
何だか
ふっと息をついてから、私は
いくら親友の亜美とはいえ、さすがにホントのことは言えないもんね……。
「…………」
ぼんやりと、窓の外に目を移す。
遠く離れた芸術コースの校舎で、ちらちらと
はっきり言って、顔までは識別できない。
折坂くんはまず芸術コースから当たってみるって言ってたけど……それは絶対ないと思うんだけどなぁ……。
「なんか
昼休み。
お弁当を食べたあと、折坂くんと
私の足取りは、とても重かった。
あまり足を
「まぁ確かに、あそこって行きづらい
「そりゃそうだけど……」
「放課後は委員会もあるし、そろそろ
のろのろと歩く私を振り返りながら、折坂くんは強い語調でそう言った。
よっぽど早く解決したいのか、折坂くんの鼻息は
まぁそりゃ……そうだよね。
一日に二時間
しかも、何とも思っていないクラスメートに告白してたなんて。
……自分だったらと思うとゾッとする。
「あの……すみません」
考え事をしている間に、折坂くんはいつの間にか芸術コースの男子生徒に話しかけていた。
私は慌てて折坂くんに
───ホントにこの人、フットワーク軽いな。
「はい?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……。今いいっすか」
「…………何」
「ここ数日の間に、芸術コースで
「は?」
男子生徒は気味悪そうに
あまりにも直球な質問に、横で聞いていた私でさえギョッとしてしまった。
「……いや。……知らないけど」
「あ、そうっすか。ありがとうございました」
折坂くんは明るく笑ってお礼を言ったけど、男子生徒はあからさまに
私はチラリと折坂くんの横顔を見上げる。
「……折坂くん。もうちょっと、オブラートに包んで聞いた方がよくない?」
「は? なんで。遠回しに聞いてもしょーがねーだろ。時間のムダだよ」
ピシャッと
そりゃそうかもしれないけどさ……。
ただでさえ
その後、すれ違った生徒数人に同じ質問をしたけど、返ってきた答えはいずれも『知らない』というものだった。
あっという間に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、私達は急いで芸術コースの校舎を後にする。
「……うーん。うちの生徒じゃねーのかなぁ……」
小走りで教室に向かいながら、折坂くんは困ったように
「だから言ったじゃない、違うと思うって」
「でも普通科にも最近死んだ生徒なんかいなかったんだぜ」
「……そうだけど」
「普通に考えたら同じ学校の
「…………ん」
「あ、もしかして。中学の同級生、とか?」
それを聞いて、私はハッと昨日のユウくんの言葉を思い出した。
「そう言えば……ユウくん、私の家の近所に見覚えあるって言ってた!」
「はっ? なんでそれ早く言わねーんだよ」
折坂くんは
「しょうがないでしょ、色々あって忘れてたんだから!」
「だからって、んな
それからしばらく言い合いを続けていた私達だったけど、教室が近付いてきたのでどちらからともなく口を
そのまま教室に入り、それぞれの席に着く。
授業が始まってからも、私はまだ折坂くんの言葉にムカムカしていた。
そりゃ確かに私はヌケてるとこあるけど……ちょっとズケズケ言いすぎじゃない?
ホンっトに、ユウくんとは比べ物にならないぐらい口が悪いよ……。
そこでふと、昨日のユウくんの様子が頭の中に
少し
────ねぇ、ユウくん。
あなたはホントに……一体何者なんだろう……。
※カクヨム連載版はここまでです。お読みいただきありがとうございました。
続きは本編でお楽しみください。
昨日のアイツ、今日の君。/秋吉理帆 角川ビーンズ文庫 @beans
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