第四章 芸術コース




「時々ね、こうして歩いていると、あ、ここ知ってるって思う時があるんだ」

 私の家に向かって歩きながら、不意にユウくんがそんなことを口にした。

 おどろいて、私は横を歩くユウくんの顔を見上げる。

「えっ、ホントに!?」

「うん」

「じゃあこの辺は!? この辺は見覚えある?」

 勢い込んで聞くと、ユウくんは目を細めて少し辺りを見晴るかすような仕草をした。

「……うん。そうだね」

「ホントに!?」

「うん、でも……。どっちかっていうとこの辺りは、知ってるって言うよりなつかしい感じ」

 私はキョトンと首をかしげる。

 何だかよくわからないけど……ユウくんはこの場所を知ってるってことだよね?

 ここは、私の家の目と鼻の先。

 じゃあユウくんは、ホントにものすごく私に近い人なのかもしれないな……。

 でも私の周りでくなった人がいたなんて情報はないけど……。

「…………っ」

 その時、横から小さなうめき声が聞こえた。

 我に返って振り返ると、ユウくんが頭を押さえて苦痛にゆがんだ顔をしている。

「ユ、ユウくん!? だいじよう?」

 とっさに彼のうでを摑むと、ユウくんは深くうなれるようにしてうつむいた。

 直後、ビクン! と、大きく体がねる。

 息を詰めてそんな彼を見つめていると。

 ユウくんは、ゆっくりと下げていた頭を上げた。

「…………」

 ぼんやりと、前方を見つめる。

 そうしてすぐさま、ハッと辺りをわたした。

「…………っ!」

 横にたたずんでいる私に気付き、ユウくんはギクッとしたように大きく目を見開いた。

(あ……もしかして……)

 彼の仕草を見て、私はピンとくる。

 今の彼はもうユウくんじゃなくて、折坂くんにもどってるんだ───。

「……どこだよ、ここ」

「あー、あのね、折坂くん」

 どうようしたようにかみき上げる折坂くんに、私はあせって向き直った。

 えーと……。

 な、何から説明したらいいんだろ……。

「俺達確か、屋上にいたよな?……それに、まだ夕方だったはず……」

「お、落ち着いて、折坂くん」

「落ち着けっつったって、俺また…っ」

「だからっ! 今から全部説明するから!」

 興奮する彼を何とか落ち着かせるために、彼に負けないような大声を出すと。

 折坂くんは、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 私を見つめる目は、不安げにオドオドとれている。

 ……だけどまぁ、ホントに。

 ユウくんとは丸っきり、ふん変わるよな……。

「説明って……何かわかったのか?」

「うん」

「なんだよっ? 一体何が…っ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってってば!」

 どうどう、と馬をなだめるように、私は両手を広げて彼の興奮をしずめようとした。

 でも今から説明するって言っても……全部説明するのにかなり時間かかりそうだし……。

 だからってこれ以上おそくなるのはお母さんに怒られるよなぁ……。

 私はチラッと、つじの向こうに見える自分の家に目を向けた。

「折坂くん、まだ時間大丈夫?」

「え?」

「私の家すぐそこだから、寄ってかない? よかったらうちで、全部説明するから……」

「…………」

 折坂くんは少し、めんらったようだった。

 いきなり仲良くもない女子の部屋に入ることにていこうを感じたのかもしれないけど、真実を知りたい気持ちが勝ったのか、しばらく考えた後にゆっくりとうなずいた。

「────わかった。行く」


「ちょっとちょっと、だれなのあの男の子。彼氏?」

 お茶の用意をしている私の横で、お母さんが目をかがやかせてきようしんしんに話しかけてくる。

 ……まぁ確かに、私が男の子連れてくるのなんか初めてだから、色々聞きたくなるのはわかるけど。

 ぶっちゃけかなり、うつとうしい。

「だからー。学祭委員の話するだけだってば! 折坂くんはただのクラスメート!」

「あら、そうなの? でも結構イケメンよね。よかったら晩ご飯食べていっても……」

「もーいーってばっ! 部屋のぞきに来たりしないでよっ!」

 まだ何か言いたそうなお母さんにピシャッ! と言い捨ててから、私はお茶をせたおぼんを手にしてリビングを出た。

 二階の部屋へ戻ると、折坂くんはビクッと体を揺らせてから少しずかしそうにペコンと頭を下げた。

 女の子の部屋に慣れていないのか、何故なぜか正座で所在なげにソワソワしている。

「楽にしてね」

「……うん」

「お茶、どうぞ」

「あ…ありがとう」

 少し落ち着いたのか、折坂くんからさっきまでのピリピリした様子は消えていた。

 代わりに少しきんちようの色がかんでいる。

 のどかわいていたのか、出した紅茶にすぐに口を付けていた。

「えっと……ね。何から説明していいのかわかんないんだけど……」

 おもむろに話し始めると、折坂くんはカップをソーサーに戻してスッと顔を上げた。

 ある程度のかくは決めているのか、真っぐに引き結ばれたくちびるからは意思の強さが感じられた。

 それから私は、屋上での出来事をなるべく順を追ってていねいに説明した。

 それでもやっぱり、ゆうれいに体を乗っ取られていたと言うくだりを聞いた時の折坂くんは、びっくりして少し青ざめていたけど──…。

 とにかく質問は全部後にしてね、と話す前に言っていたので、折坂くんは最後まで、ただじっと私の話に耳をかたむけていた。

 ちゆうから足をくずし、話が終わるころには少し額にあせにじんでいるみたいだった。

「やっぱり……そうだったのか……」

 口元を大きな手でおおいながら、折坂くんはうわった声でそう言った。

 やっぱりという言葉におどろいて、私は思わず身を乗り出す。

「やっぱり…って、幽霊に取りかれてるって、うすうす気付いてたってこと?」

「うん……」

 そこで私はハッとあの時の折坂くんの台詞せりふを思い出した。

「あ、そう言えば折坂くん、心当たりあるって言ってたよね? それってもしかして、ユウくんの正体が誰か心当たりがあるってこと?」

「いや、それはわかんないけど……」

「え?」

「俺のひいばあちゃん、青森でイタコやってたらしいんだ。……今まで霊感なんかまるでなかったけど、もしかしたら……そういう血筋で、霊とかが乗り移りやすい体質なのかもしれない……」

「…………」

 ────は?

 イタコ……?

 イタコって、何だったっけ?

 ってか折坂くん、じようだんで言ってるんじゃないよね……?

 彼の表情を見てどうやら本気で言ってるらしいと察した私は、必死で頭の中のイタコ情報を引っ張り出そうとした。

 イタコって確か……霊を自分に乗り移らせて、霊の代わりに相手に思いを伝える、とか……なんかそんなんだったような。

 つまり折坂くんは元々ひよう体質で、ユウくんの思いを誰かに伝える為に、今回選ばれた…って、こと?

 うーん……。

 何だかにわかには信じがたいけど……。

「てか、長谷部の方こそ心当たりない訳?」

 さぐるように折坂くんに問われて、私はえ? と首をかしげた。

「え? じゃねーよ。あんたのことだけ覚えてるって、そいつ言ったんだよな? だったらどう考えてもあんたの周りの人間だろ」

「……うーん。でも……そんな心当たり、ない」

「単純に考えれば同じ学校のやつだろうけど……。確かに最近生徒の誰かが死んだなんて聞いたことねーしな」

「うん。そうなんだよね……」

 折坂くんはうでを組み、考えるように目をてんじように向けた。

「となると……芸術コースの奴とか?」

「え? まさか。私、芸術コースの人となんか丸っきり接点ないよ!」

「そんなのわかんねーじゃねーか。ひそかにかたおもいされてたとかかもしんねーし。芸術コースにかかわらず、例えば同じじゆくに通ってる奴とか、よく行くコンビニの店員とか。……通学途中によく会う奴とか」

「じ、塾には行ってないし、よく行くコンビニの店員に若い人はいなかったし、通学だって……うちの学校の人以外とはあんまりいつしよにならないし……」

「…………」

 自信なさげにボソボソと答えると、折坂くんはじっと私の顔を見つめたあと、横を向いてふっと小さなためいきをついた。

「───ま、確かにあんた、そんなタイプじゃないもんな」

「…………」

 さすがにムッとしたけど、何も反論できずに私はだまり込んだ。

 どうせっ。

 どうせ私はひとれとか、密かに片想いされるとか、そんなタイプじゃないですよっ。

 そんなこと折坂くんに言われなくたって、自分が一番わかってますよ!

「……じゃあ、まぁとりあえず。明日あした芸術コースから当たってみっか」

 パン! とひざたたいてから、折坂くんはカバンを手にして立ち上がろうとした。

 ちゆうごしになった彼を、私は驚いて見上げる。

「え?」

「俺に乗り移るぐらいだから、やっぱり学校が一番可能性高いだろ。とにかく誰かわかんねーと、先に進まねーし」

「て……手伝ってくれるの?」

「は? 当たり前だろ。さっさと願いとやらをかなえてもらって、一刻も早く俺の体から出てってほしーよ」

 当然とばかりに折坂くんはキッパリとそう言い切った。

 まぁ確かに、折坂くんの立場からしたらそうなんだろうけど。

 でもたとえ自分のためだったんだとしても、協力してくれると言い切った折坂くんはすごく力強く、たのもしく感じた。

 それから少しだけ話をして彼をげんかんまで見送る頃には、すでに時間は9時を回ろうとしていた。

「折坂くん、家ってどこだっけ」

さわむら町」

「え、そうなんだ。じゃあ中学となりだね」

 意外と折坂くんの家がそんなにはなれていないことにじやつかん驚きつつ、ふと心配になる。

「こんな時間までおうちれんらくしなくてだいじようなの?」

「大丈夫だよ。よし達と遊んでたらしょっちゅうこれぐらいの時間になるし。親も慣れてる」

「……そう。いいね、男の子って」

 あきれ口調で言うと、折坂くんはふっと声をらして笑った。

 ユウくんみたいなやわらかいがおではないけど、折坂くんの自然な笑顔を初めて間近で見て、うっかり私はドキリと胸をはずませてしまった。

 だって……今までは不安げだったり、おこったような、イライラしたような、ほとんどそんな顔しか見てなかったから。

「じゃあ、また」

「うん」

 軽く手を上げてから、折坂くんはくるりときびすを返した。

 その背中をしばらく見送ってから、私は静かに家の中へともどった。

 何だかとうの一日で、心身ともにぐったりつかれてしまったけど。

 まだ根本的に何も解決していないことに気付き、さらに気がる思いだった。

 とにかくこれから、考えることもやることもいっぱいある訳だし。

 折坂くんの為にも、ユウくんの為にもがんろう、と。

 私はこぶしをぐっとにぎりしめ、改めて気合いを入れ直したのだった。


「あ、俺。三浦に学祭委員、代わってもらったから」

 翌朝、ばこの前で会った折坂くんは、開口一番そう言った。

 うわぐつを片手に、私はポカンと折坂くんの顔を見上げる。

「へっ!?」

「同じ委員だったら、一緒に行動してても不自然じゃないだろ」

「そ、そうだけど……。でも、いつの間に?」

「昨日帰ってから三浦にメールした。アイツも気にしてたみたいで、代わってくれたら助かるってさ」

 たんたんと話す折坂くんに、私は思わず感心してしまった。

 折坂くんて……スゴい行動力あるんだな。

 思い付いたらそく行動するタイプなのね、多分。

 もんもんと一人で考え込んでしまう私とは、えらいちがいだ……。

「で、でも、私も助かる。そろそろ本格的に用意を始めなきゃいけなかったから、一人じゃ不安だったんだ。……ありがとう」

 教室までのろうを並んで歩きながらお礼を言うと、折坂くんは少し照れたようにフイと前を向いた。

「別に、あんたの為じゃねーし。自分の為だし」

 口調はぶっきらぼうだったけど、その横顔はうっすら赤く染まっていて。

 それが照れかくしなんだってことは、すぐにわかった。

 なんか……男の子だなぁって感じて、ほほましい気持ちになる。

 そのまま教室へ入って自分の席に向かうと、先に登校していた亜美がトコトコと小走りでこちらへやってきた。

「リン、折坂と何かあったの?」

「え、どうして?」

 ドキリとしながら問い返す。

 すると亜美はチラッと折坂くんに視線を投げた。

「だって昨日、やたら折坂のこと聞いてきたし、昼休みには呼び出されてたし、今だって一緒に教室入ってきたじゃん」

「……あー、それは……」

「ちょっとまさか、付き合ってるとか言わないよね?」

「ま、まさか!!」

 あわてて私はブンブンと手と首を同時に横にった。

「えーっと、あのね。折坂くん、三浦くんの代わりに学祭委員やってくれることになって……」

「え? うそ、折坂が? なんで?」

「なんでって、その……。一人じゃ大変そうだから…って」

「……ふーん? 折坂って、そんなタイプだっけ?」

 何だかに落ちない様子の亜美だったけど、れいが鳴ったのを機にそのまま自分の席へと戻っていった。

 ふっと息をついてから、私はこしを下ろす。

 いくら親友の亜美とはいえ、さすがにホントのことは言えないもんね……。

「…………」

 ぼんやりと、窓の外に目を移す。

 遠く離れた芸術コースの校舎で、ちらちらとひとかげが動くのが見えた。

 はっきり言って、顔までは識別できない。

 折坂くんはまず芸術コースから当たってみるって言ってたけど……それは絶対ないと思うんだけどなぁ……。


「なんかきんちようするなぁ……」

 昼休み。

 お弁当を食べたあと、折坂くんといつしよに芸術コースの校舎に向かったのだけど。

 私の足取りは、とても重かった。

 あまり足をみ入れたことのない場所だったし、何故なぜかあの場所には目に見えない厚いかべのようなものを感じてしまう。

「まぁ確かに、あそこって行きづらいふんだけど。でもとにかく可能性のある所は全部当たってみなきゃしょうがねーじゃん」

「そりゃそうだけど……」

「放課後は委員会もあるし、そろそろ店の準備も始まるし、動ける時間どんどん少なくなるんだぞ」

 のろのろと歩く私を振り返りながら、折坂くんは強い語調でそう言った。

 よっぽど早く解決したいのか、折坂くんの鼻息はあらい。

 まぁそりゃ……そうだよね。

 一日に二時間ほどとはいえ、知らない間に体を乗っ取られて好き勝手に動き回られるなんて、気持ちのいいもんじゃないよね。

 しかも、何とも思っていないクラスメートに告白してたなんて。

 ……自分だったらと思うとゾッとする。

「あの……すみません」

 考え事をしている間に、折坂くんはいつの間にか芸術コースの男子生徒に話しかけていた。

 私は慌てて折坂くんにけ寄る。

 ───ホントにこの人、フットワーク軽いな。

「はい?」

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……。今いいっすか」

「…………何」

「ここ数日の間に、芸術コースでだれくなった人とか、います?」

「は?」

 男子生徒は気味悪そうにまゆをひそめる。

 あまりにも直球な質問に、横で聞いていた私でさえギョッとしてしまった。

「……いや。……知らないけど」

「あ、そうっすか。ありがとうございました」

 折坂くんは明るく笑ってお礼を言ったけど、男子生徒はあからさまにげんな目を残してその場を立ち去って行った。

 私はチラリと折坂くんの横顔を見上げる。

「……折坂くん。もうちょっと、オブラートに包んで聞いた方がよくない?」

「は? なんで。遠回しに聞いてもしょーがねーだろ。時間のムダだよ」

 ピシャッとねつけられて、私は内心で深々とためいきをついた。

 そりゃそうかもしれないけどさ……。

 ただでさえつう科の生徒ってだけでもいてるのに、これじゃあ完全に悪目立ちだよ……。

 その後、すれ違った生徒数人に同じ質問をしたけど、返ってきた答えはいずれも『知らない』というものだった。

 あっという間に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、私達は急いで芸術コースの校舎を後にする。

「……うーん。うちの生徒じゃねーのかなぁ……」

 小走りで教室に向かいながら、折坂くんは困ったようにつぶやいた。

「だから言ったじゃない、違うと思うって」

「でも普通科にも最近死んだ生徒なんかいなかったんだぜ」

「……そうだけど」

「普通に考えたら同じ学校のやつっていうのが一番可能性高いじゃん」

「…………ん」

「あ、もしかして。中学の同級生、とか?」

 それを聞いて、私はハッと昨日のユウくんの言葉を思い出した。

「そう言えば……ユウくん、私の家の近所に見覚えあるって言ってた!」

「はっ? なんでそれ早く言わねーんだよ」

 折坂くんはあきれたような目で私を振り返る。

「しょうがないでしょ、色々あって忘れてたんだから!」

「だからって、んなかんじんなこと忘れんなよ。それだけでじゆうぶんしぼれるだろ」

 それからしばらく言い合いを続けていた私達だったけど、教室が近付いてきたのでどちらからともなく口をつぐんだ。

 そのまま教室に入り、それぞれの席に着く。

 授業が始まってからも、私はまだ折坂くんの言葉にムカムカしていた。

 そりゃ確かに私はヌケてるとこあるけど……ちょっとズケズケ言いすぎじゃない?

 ホンっトに、ユウくんとは比べ物にならないぐらい口が悪いよ……。

 そこでふと、昨日のユウくんの様子が頭の中によみがえる。

 少しなつかしそうに、私んちの近所の景色をながめていた彼。

 ────ねぇ、ユウくん。

 あなたはホントに……一体何者なんだろう……。





※カクヨム連載版はここまでです。お読みいただきありがとうございました。

続きは本編でお楽しみください。

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昨日のアイツ、今日の君。/秋吉理帆 角川ビーンズ文庫 @beans

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