第一章 告白




 時間は、三時間ほど前にさかのぼる。

 帰りのあいさつが終わった瞬間、クラスの中はいつせいにガヤガヤとさわがしくなった。

 カバンを手に立ち上がりかけたところに、親友のが手をりながらけ寄ってくる。

「リンー、今日カラオケ行かない?」

 私の名前は、鈴と書いてそのまま〝すず〟なんだけど。

 亜美はそれを音読みにして、私のことをリンと呼ぶ。

 ひびきも可愛かわいいし、そのまま鈴の音も表してるみたいで、私はそう呼ばれることがきらいじゃなかった。

「あー、ごめん。今日委員会」

「え。あー……学祭の?」

「うん」

「めんどくさい委員に当たっちゃったねー」

「しょうがないよ。くじ引きだし」

 かたをすくめて私はしようを返す。

 しょうがない……確かにそれは本音なんだけど。

 公平を期するために、先生は部活をしてる人もじゆくに通ってる人もひっくるめて、クラス全員で学祭委員を決めるくじ引きをした。

 結果、女子は私。

 そして男子がこともあろうに、2年にして野球部エースピッチャーのうらくんに当たってしまったのだ。

 秋大会をひかえた三浦くんは、案の定委員会なんて出られる訳もなく。

 結果、委員の仕事はほとんど私一人でこなしているのが現状だ。

 公平を期する為のくじ引きが余計に不公平になっている事実には、正直不満を感じないわけではなかったけど。

 不満を声に出して言えるほどの勇気もないし。

 まあどうせ、学祭が終わるまでのことだし……ね。


 私立あやしろ学園高等科。

 それが、私の通う高校なんだけど。

 コースはつう科コースと芸術コースがあり、私、長谷部鈴は現在普通科の2年に属している。

 普通なのはコースだけじゃなくて、私自身もそうで。見た目も普通、成績も普通、スクールカーストでもヒエラルキーのど真ん中。

 それに反してうちの学校の芸術コースは県内でも有名で、音大や芸大への進学率がとても高く、中等科から通う生徒も少なくない。

 校舎はコの字型になっていて、職員校舎をはさんで西と東にカッチリ分かれているから、おたがいの校舎を行き来するなんてことは、まずない。

 それこそ学祭の時季ぐらいしか交流はないし、何となくだけど、芸術コースの生徒達は普通科の生徒のことを見下しているようなふんもあって。

 同じ綾城学園とは言っても、まるで他校同士のようなよそよそしさがある。

 私を綾城の芸術コースに通わせたがっていたお母さんなんかじようだん半分で、どうせならあんたも近所の人に芸術コースに通ってますって言っといたら? なんて言うけど、芸術コースはブルーのネクタイ、普通科コースは赤のネクタイって、決定的なちがいがあるから、そんなうそはすぐばれちゃうんだけどね……。


が短くなってきたなあ……)

 委員会が終わり。

 窓からし込んでくる西日に私は目を細めた。

 夏休みが明けて、休み気分もけきらないままだらだらと過ごしている間に9月も後半。

 連休が過ぎたあたりからすずしくなって、一気に秋めいてきた気がする。

 夕陽に照らされたオレンジ色のろうを、少し感傷的な気分で歩いていた、その時だった。

「──長谷部……さん」

 どこからかえんりよがちに名前を呼ばれて、私はピタリと足を止めた。

 声のした方向に目をらす。

 すると階段のかげから、一人の背の高い男子がスッと現れた。

「折坂……くん?」

 今までまともに目も合ったこともないクラスメートに呼び止められて、私はめんらってその場に立ちくした。

 同じクラスの、折坂くん。

 名前だけ知ってる……ホントにただ、そんな感じの男の子だった。

「え。……今、呼んだ?」

「うん」

 おそるおそる聞き返す私に、折坂くんはほほみながらうなずいた。

 そのがおを見て、私はドキッとする。

 なんていうか……折坂くんて、こんなにやわらかく笑う人だったっけ……?

「話があるんだ」

「え。……私に?」

「うん。ちょっと、屋上まで来てくれる?」

「…………」

 階段の上を指し示す折坂くんを、私はまどってぼんやりと見つめ返した。

 シチュエーション的に、もしかして告白……?

 いや、まさかね。

 だって、話したおくもほとんどないし。

 ────なんて。

 その時は思っていたんだけど。


(折坂くん……かぁ……)

 自宅に帰ってからおに直行した私は、湯船にかりながらぼんやりと今日のことを思い返していた。

 折坂 こうへい

 2年に進級してから同じクラスになった、男子。

 目立つタイプではないけど、暗いって訳でもなくて……なんていうか、ホントに普通の男の子っていう印象しかなかった。

 いっつも男子同士でつるんでて、女子と話してるところなんてほとんど見たことなかったし。

 ぶっちゃけ、席もはなれていて、言葉をわしたことがあったかなかったかすら思い出せないほど、彼とは接点がなくて。

 ……だから今日の告白は、ホントにホントに心底びっくりした。

 折坂くんは一体、こんな私のどこを好きになってくれたんだろう……。

 ブスとまでは思わないけど、ほとんど話したこともないのに好きになってもらえるほど可愛かわいいとも思わないし。

(びっくりしすぎて、何にも聞けなかったな……)

 まさかホントに告白されるなんて思ってもみなかったから、あのしゆんかん私の頭の中は真っ白になってしまって。

 結局返事も保留にしてもらって、げるように帰ってきちゃったんだけど……。

「…………」

 ちゃぷん、と鼻まで顔を湯船にしずめる。

 返事って言ったって……OKなら付き合うってことだよね。

 折坂くんと付き合う。

 ────はっきり言って、想像もできない。

 どんな人なのか全然知らないし、話が合うのかどうかも分からない。

 ほかに好きな人がいるって訳でもないけど……。

 好きじゃないのに付き合うってのも、ていこうあるし。

 折坂くんにも失礼だよね。

(お友達から始めたい、っていう返事は、ズルいのかな……)

 本音を言うと、もう少し時間をかけて折坂くんのことを知りたい気持ちがあった。

 そして、どうして私のことを好きになってくれたのか、何かきっかけがあったのか、なんて、せっかくなら聞いてみたい。

 色々彼と……話をしてみたい。

 いつもより長めにお湯に浸かって考え事をしていたせいか、クラッと眩暈めまいおそわれて。

 軽く首をってから、私はザバッとお湯をるようにして立ち上がった。


 翌日。

 折坂くんの告白のことばかり考えてほとんねむれなかった私は、しぱしぱする目をこすりながら学校までの道を歩いていた。

 そこまで考えなくてもよかったのかもしれないけど、何故なぜか折坂くんは早めに返事がほしいと言っていたから……。

 まんとかだと、普通告白した後って「返事はいつでもいいから、ゆっくり考えて」っていうのがじようとうだと思ってたけど。

 そうじゃないパターンもどうやらあるらしい。

 でも……折坂くんが返事を急ぐ理由って何なんだろう?

「時間がないんだ」って言ってたけど……あれは一体どういう意味なんだろう。

(……あ)

 教室に一歩足をみ入れた私は、目に飛び込んできた折坂くんの姿を見てドキリと胸をはずませた。

 折坂くんは自分の席に座っていて、となりの席の男子と楽しそうに笑いながら話をしている。

 彼の顔を見た瞬間、半分ていたような脳が一気にかくせいしたのだけど。

 私に気付いていないのか、あえて気付かないふりをしているのか、折坂くんはこちらを見向きもしなかった。

「リン、おはよ」

 背後からかたたたかれ、私はハッと我に返る。

 振り返ると、亜美が不思議そうな顔で小首をかしげた。

「どしたん。こんなとこでっ立って」

「あっ……、お、おはよ」

 私はあわてて止めていた足を動かし、自分の席へと向かう。

 ……な、なんか。

 告白した折坂くんより、告白された私のほうがバリバリ意識しちゃってない……?

 向こうはいつもと様子、変わんないっぽいし。

 まどぎわの一番後ろの自分の席にこしを下ろした私は、ちょっとげんな思いでもう一度チラッと折坂くんに視線を投げた。

 ────だけどやっぱり折坂くんは私のことなんか気にも留めていない様子で、数人の男子とだんしようを続けていた。

(……わざと?)

 告白どころか、れんあい経験すらほとんどない私は、彼の態度にじやつかんの混乱を覚える。

 こういう知識って全然なくて、また漫画の話になるけど。

 つうなら告白した次の日、教室に入った瞬間に目が合って、おたがいにドキッ、みたいな。

 そんで同時に照れて、サッと目をらす……みたいな?

 そんな感じだと思ってたのに。

 ……まぁ、周りに知られたくないっていうのもあるし、わざと知らんぷりするのは、案外リアルな反応なのかも……?

 授業が始まり、私はほおづえをつきながら前方に座っている折坂くんの背中をぼんやりと見つめた。

 折坂くんの席は、ろう側の前から二番目。

 ほぼ対角線上に位置する彼の姿は、意外と私の席からよく見える。

 今まで意識したことなかったからこんな風にマジマジと見つめたことなかったけど……。

 折坂くんて、結構線が細いんだな。

 今ってちょうどころもえの移行期間なんだけど、折坂くんはまだはんそでで、袖口からびるうでがすごく細い。

 部活、やってないのかな?

 運動部って感じじゃないよね。

(……って、これじゃなんか、私のほうが折坂くんのこと好きみたいじゃない!)

 知らず知らず頰に熱を感じ、私はパタパタと手の平で顔をあおいだ。

 ──経験がないって、こわい。

 今まで全く意識してなかったのに、告白されたたんに気になっちゃうなんて……。

 私ってこんなに、単純だったっけ?

(返事……どうしよう)

 折坂くんから窓の外に目を移し、頰杖をついたままそっとためいきをつく。

 視界に映るのは、校庭をはさんで向かいに立つ芸術コースの校舎。

 細く開けた窓から、秋風と共に色んな楽器の音がかすかにすべり込んできた。

 うそをついちゃいけない。

 それだけは昨日のうちに決意していて。

 ……でもじゃあ私の気持ちは? って自問自答してみると、出てくる答えはやっぱり『友達から始めたい』なんだよね。

 さすがにいきなり付き合うって決断はできないし、かと言って折坂くんのこと何も知らないまま断ってしまうのもなんだか悪い気がして……。

 もっと彼のことを深く知れば、好きになるかもしれない訳だし。

 ──ただその場合、好きになれない可能性もあるわけで……。

 もし好きになれなかった時は、期待させてしまった分余計に傷付けちゃうことになるよね……。

(あーもー……告白されるってこんなに大変だったんだ)

 結局昨日からこんな感じで、一つの答えに辿たどり着いては一つの問題が発生して……をり返して、そのたびに頭をかかえてる気がする。

 漫画見て、こんな告白されてみたいなーなんて単純に思ってたけど。

 告白されたらされたでこんなに頭なやませるなんて、知らなかったよ……。





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