第3話 おじさんが魔法使いになった訳
俊二が高校1年生の頃,運命を変える出会いがあった。今と違い,そこそこモテそうな雰囲気をもっていた時期である。細マッチョ体型に,流行のバンドを真似たヘアースタイル,張り裂けそうな下心で,青春を謳歌していた。
いつも2~3人の友達と一緒に,自転車で高校から帰るようにしていた。くだらない話をしながら,ちんたらと自転車をこいで帰る時間が好きだった。友達と途中で分かれた後,
家までの距離を縮めるショートカットとして,宅地に挟まれた細い脇道を,いつも気持ちよく駆け抜けていた。その,脇道で出会ってしまった。…自転車に跨ったまま,倒れて動かなくなった「おじいちゃん」に。
人助けの話を聞くときに,「助けを誰かに求められる場面に出会う」こと自体が、レアな出来事だと思っていた。目の前にあるレアな出来事に驚いた。そして,見た瞬間におじいちゃんに駆け寄った自分にも驚いた。俊二は自分のことを、優しい人間とは思っていない。無理やり格好つける時もあるが,基本的には人見知りだった。しかし,この時は体が先に反応していた。
倒れているおじいちゃんは,正直、かなり近寄りにくかった。洗っていないことが明らかに分かる色に染まったスウェット上下にサンダル。日焼けした肌は,長年日差しにさらされて仕事をしていたことを想像させる。自転車だって,何か所も赤く錆びついている部分がある。
「…大丈夫ですか?」
戸惑いながらも,顔を覗き込んで声をかけると,
「おぇ…う…」
と,何だか分からないうめき声のような反応があった。この後は,小一時間介抱をして,おじいちゃんを起こして,家まで担いで行った。というのがこの時のエピソードだ。…そんな美談で終わらなかった。
おじいさんを背負い,言うがままに,古い木造のアパートに到着した。倒れていた場所から,40分くらい時間がかかっていた。背中越しに,骨の細さを感じるおじいさんの体は,高校生の体力からすれば全く負担ではなかった。ただ,体格や風貌から想像するおじいさんの素性に,古びたアパートが妙にマッチしていて納得できた。俊二の勝手な思い込みである。
部屋の扉を開け,玄関の上り口で,背負っていたおじいさんをゆっくりと降ろす。下手な降ろし方をすると骨が折れるのでは,と心配していた。おじいさんを、お尻から床に着くように降ろした時,おじいさんが後ろに転がるようによろけた。
「おっ…と。大丈夫?」
と言いながら,右手をおじいさんの背中に回し,左手でおじいさんの右手を掴んだ。結果,とっさに支えたことで,何事もなく座らせることはできた。しかし,その瞬間,左手に焼けるような痛みを感じた。
「アッ,チィ!」
俊二は思わず自分の左手をまじまじと観察した。怪我も何もない。確かにメチャクチャ痛かったのに…。しばらく確かめたが,外傷もないし,痛みもすぐに治まった。あらためて,おじいさんの様子を見ると,落ち着いてじっと座り込んでいる。結局,その後は少し会話をして,部屋の中まで連れて行くことなく玄関を出た。扉を閉める時に,
「…あんがとね。」
とおじいさんが言った。その痩せた顔が,笑顔だったことまで覚えている。
俊二にとって,自慢できる善行エピソードである。が,自慢したことはない。なぜなら,この出来事以降,「魔法使い」になってしまったからだ。
最初に異変に気付いたのは,おじいさんを家まで送った日の夜である。風呂で体を洗う時に,痛みを感じたはずの左手を見た。すると,小指の付け根辺りに,何かが付いている。よく見ると,ゴミではなく,小さなホクロのようなものだった。
(こんな所にホクロあったかな?)
他は特に異常はなく,あの時の痛みの理由が分からないままである。そして,体を洗うために,石鹸を取ろうと,左手を伸ばした。すると,石鹸が左手に入った。
自分が取ったのではなく,石鹸が少し浮いて,左手に入ってきたのである。
これ以来,自分に起きた異変を、時間をかけてじっくり確認することになる。驚きの連続だった。理解できなかった。何も分からないままに,身についた「変な力」を様々に試した。そして,自分なりに整理できたことは,
1 自分が,いわゆる,魔法使いになったこと。たぶん。
2 おじいさんの件がおそらく原因であること。たぶん。
3 左手に変な印が付いたこと。(ホクロはその後,意図的な模様になり、明らかに何かの印に変わっている。)
である。
セーラー何とかや,何とかマギカなら、説明役がいたりするだろう。可愛らしさの無い生意気そうな男子高校生が,何の説明も無しに魔法が使えるようになった。おじいさんの件はたまたまの事で,普段から感心されるような善人でもない。地球を征服しそうな敵も,身近にいない。俊二にとっては,ありがたく,不安な変化だった。
今や中年おやじの俊二であるが,現在まで,その時のおじいさんに会うことも,説明されることも,この力の目的も,分からないままである。
最初の頃は,不安を感じながら使っていた魔法だが,慣れるにしたがって欲望のまま使ってきた。犯罪行為はしていない。しかし,傍目で見るとグレーゾーンな使い方はあるだろう。ちょっぴり,エッチなこともあった気がする。基本的には,少しおせっかいな小さな人助けや,家の中でだらくさに過ごすのに役立つ程度の使い道である。
今までのところ、魔法使いが活躍するような人生を送ってない俊二である。失恋はたくさん経験があるが,魔法は役に立たなかった。職場が火事になる,なんて事件は今まで身近で起こらなかった。
(何ができるかな…)
飲み終えたビールの空き缶が入った、燃えないゴミの袋を片手に持っている。燃えている学校に向かうため玄関の戸締りをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます