祝杯

08.攻略の杯

「皆しっかりして! まだ私達の冒険は終わってなんかいないんだよ!」


 皆が黙り込む中で、フレアが一人叫んだ。


「私達はこんな所で終わらない! 皆でこの世界を守るって誓ったじゃない!」

「「「……」」」


 フレアの言葉に、皆は何も返さないでいる。


「だからさ! 皆顔を上げてよ! そうしなきゃ勝てるものも勝てないよ!」

「……フレア」


 しびれを切らした私はフレアを止める。


「フレアは蚊帳の外だったから分からないと思うけど。もう、私達はそんなことする必要ないんだよ。私達は元からそんなこと望まれていなかったんだからさ……」

「じゃあ何で皆は、そんな顔をしてるのさ!」


 フレアの言葉に皆は少しだけ顔を上げ、お互いの顔を見合った。

 皆、魂が抜かれたように疲れ切った表情をし、涙を浮かべていた。

 たぶん、私も……

 フレアは優しい声音で、軽くガッツポーズを見せた。


「まだ私達は終わってない! 最後まで、皆が納得するハッピーエンドを目指そうよ!」


 ハッピーエンド……

 簡単に言ってくれるよ。


「そんなの分かってるんだよ!」


 それが出来るなら、私だって目指してた。


「でも、そんなものはこの作品に用意されていないんだよ! 普通に終わることすらも、この作品では出来ないんだよ!」


 この適当に作られた物語は、エンディングすら用意されていないのだから……

 そんなの根性でどうにかなる問題じゃ――


「でもさ、マリー達は苦しんでるんだよね? 辛いからこそ、どうにかしたいって心の底で思っているから悩んでいるんだよね? こんな結果は望んでないんだよね?」


 ……そうだよ。

 私だって、こんなの嫌に決まってるんだよ……

 だからシナリオ崩壊させたんだよ。

 だから主人公を消したんだよ。

 だから作者に訴えたんだよ

 だから読者を貶したんだよ!

 だから

 だから

 だから




「……なら、俺が終わらせるよ」

「え?」




 口を開いたのは、リュウジだった。


「どうやっても俺達に先がないのなら……最後は自分の意思で終わらせてやる!」


 彼はゆっくりと私を見た。


「俺は、マリーの考えに賛同することに決めた」


 その言葉に、皆は唖然とする。

 私も呆気に取られる。

 それでも問いかけた。


「いいの? 私は無理矢理物語を終わらせようとしてるんだよ?」

「ああ、俺も自分達の手で終幕を迎えた方が自己満足出来て気持ちいいよ。フレア、剣をかしてくれ!」

「は、はい!」


 フレアは急いでリュウジに剣を渡した。

 鞘から剣を抜いたリュウジは、メルディアへ向く。


「メルディア! 持っている賢者の石を出してくれ!」


 そう言われたメルディアは、賢者の石を守るように胸に抱え握りしめる。それを見たリュウジはやれやれと、溜息を吐きつつそっと笑みを浮かべた。


「主人公の言うことは何でも肯定するのが、最近流行のヒロインだろ?」


 彼の言葉に、メルディアはピクリと眉を動かし彼と同じく溜息を吐いた。


「リュウジ様には、適いませんね」


 彼女は手のひらを広げ、自身の前へと伸ばした。手のひらの上で、賢者の石が瞬いていた。

 私は気持ちが込み上げていき、思わず大きな声を出してしまった。


「皆! 本当に良いの!? 私が……私が勝手に始めたことだけどさ! 本当に物語を終わりにして良いの!?」


 私の問いは皆に響いた。


 フレアは答える。


「大丈夫! 私はよく分かってないけど、皆のことを信じてる! きっと良い結果になるよ! 私は伝説の三英雄なんだから!」


 メルディアは答える。


「私はこの物語に生まれた以上、この物語の運命と共に終わる覚悟は出来ているわ。それに皆と終われて、とても光栄よ。マリー、意地悪なことを言ってゴメンなさいね」


 リュウジは答える。


「最後ぐらい主人公としての責務をまっとうしなきゃな。マリーは自分に責任を感じなくて良い、読者のヘイトは全部俺が集めてやる。だからマリー! お前の魔法で、この話を絶対に終わらせてくれ!」


 そう言って、リュウジは走り出す。走りながらメルディアへと近づく。


「こんなクソみたいな話……」


 メルディアは手の上で光る賢者を軽く放り投げた。虹色に輝く石目掛けて白銀の刃が煌めく。


「これで、終わりだああああああああ!!」


 斬影が通り抜ける。

 そして、火花と共に石の真ん中に線が走り、二つに割れた。

 それと同時に、私の魔法に覆い被さっていた金色の巨人の体はガラガラと崩れていった。

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