07.暴れイノシシ

「立てるかフレア?」


 声をかけられ振り向く。そこには紋章の刻まれた軽鎧を身につけた男がへたり込むフレアの手を取っていた。


「リュウジ君!」


 涙目だったフレアを立たせると、リュウジは改めてこちらを向いた。


「リュウジ、何しに戻ってきたの?」

「今度は最強装備で挑んでこいって言われてきたんだ。それよりもその話、俺からも質問があるんだが良いか?」

「リア・エクト……」

「待て! 話だけでも聞かせてくれ!」


 リュウジの慌てふためく姿に満足したので、転送魔法を中断する。


「マリー、お前はこの世界が小説の中の世界だと言ったな?」

「そうだけど」

「分かるなら教えて欲しいんだ。この小説のタイトルを……」

「はぁ?」


 全知全能の私でも予想外の質問であった。

 どういう意図の質問なのか分からないが、隠すことでもないので素直に答えていく。


「ニートの俺が久しぶりに外へ出て、綺麗な石を拾ったらそれは賢者の石だった。そのままトラックに轢かれて……」

「もしかして、タイトルが長いタイプなのか?」

「そう、あらすじをそのままタイトルにした奴。あらすじもタイトル文のままにした手抜きみたいな奴よ」

「……」


 リュウジは突然青い顔になり考え込んでしまう。


「何よ? それを聞いて何かあるの?」

「……最悪かもしれない」

「何で?」


 リュウジは、更に真剣な表情を見せた。


「俺はラノベが好き……という設定があるんだ。だから何となく小説業界のやり方が分かるんだよ」

「何が言いたいの?」

「このタイトルを長くするやり方は、読者が作品を手に取って貰う為の技術だ。タイトルにインパクトを持たせて並ばせることで書店では手に取らせ、webサイトなら閲覧したくなる方法なんだ」


 リュウジは冷静に話していくが、徐々に表情が険しくなっていく。


「そして、あらすじまで同じタイプとなると、タイトルからあらすじまで笑いを取りに行く戦略だ。いわゆる出落ち戦略とも言える」

「だから何なのよ?」

「読者の引きに特化した戦略なんだよ。それだけなら良いさ。でも、俺達のいるこの小説の中に対して、大切なタイトルやあらすじにこんな戦略を使うっていう意味は何でか分かるか?」

「……」

「一発ネタ……って奴なんだよ。作者にとって、俺達の世界はな」


 そこまで聞き、私は押し黙った。


「商業目的であるならば、その作品を買わせる為だけに特化した販売戦略。アマチュアの作家がやるなら、自身の名前を売る為の作戦。作品の内容なんて隠す気のない出落ちで読者を引きつける宣伝戦略だ。この話を作った心理はたぶん売名の為だと思う」


 宣伝……売名……


「つまり、俺達は宣伝の為だけに生み出されたキャラクタかもしれないんだ……設定やシナリオだって後付けで固められたオマケみたいなものなんだよ……」


 私達の存在は……オマケ……


「それで上手く読者を引っ張れて人気作品になったら続ける。そうならなかったら、この話を消去して、また売名の為に出落ち作品を作る。webサイトで小説家を目指す作家の効率の良い売名方法なんだ。つまり……お前が言っている通りここが小説の世界なら、俺達は使い捨ての存在かもしれないんだ……」


 私達は……使い捨てのキャラクタ

 この世界も……

 私達の生きているこの世界小説も……

 全部……使い捨てなの?

 いらなくなったら……捨てられるだけなの?


「待って下さいリュウジ様!」


 焦った表情でメルディアが声を上げる。


「そんなネガティブなことを言わないで下さい! 例え貴方の言っていることが百歩譲ってそうであったとしても、私達が読者様達を楽しませることが出来れば、作者様のやる気が上がり、続きを書いて下さります! だから私達は頑張って――」

「例え人気になって、続きを書いて欲しいと言われるようになったとしても、大概の作家はそうならないんだよ」


 リュウジの表情に陰が落ち、俯きながら呟く。


「……エタるんだ」

「え……」

「終わりを考えられてない出落ち作品は……作品を通して作者の承認欲求が満たされてしまった時……作家自身の目的が果たされてしまい、結果その作品を投げだす。そしてまた新しい作品を書き出すんだ。もっとヒドいのは飽きて書くのを止めてしまう……」


 重い空気が流れる。

 だが、メルディアは負けじと反論した。


「それでも! もっと頑張って、私達の世界が商業作品になれれば! 作者様にも作品を続けるだけの責任が……」

「商業本なんてもっと悲惨だ! 売れなければ作者ではなく、今度は編集者が作品を無理矢理打ち切ってくるんだ! そうやって、途中で終わった商業ラノベ作品なんて腐るほど見てきた!」

「ですが……ですが……ですが……」


 メルディアの声も、徐々に弱々しくなっていく。追い打ちをかけるように、リュウジが呟いた。


「俺達は……この出落ちの異世界ファンタジー作品の中に生まれた時から……作者はエンディングも、書き終える気すらも元からなかったのかもしれない。近いうちに俺達の未来が書かれずに止まってしまうのかもな……」


 本当に……そうなのかもしれない。

 私達は、どう足掻いても途中で止まる運命なのかもしれない。

 私だって、本当は適当に作られた世界じゃなくて……ちゃんと筋の通った話の作品で……沢山の感情を持って……皆と感情をぶつけ合って……最後には納得のいく結末で終わる話だと分かっていたら……こんなことしなかった。

 頑張って……ちゃんと終わりにしてくれる作品なら良かった……


 それで良かった。


 ただその世界で、生きていると感じられるような、愛を感じる物語であれば良かったのに、


 それこそが、私が欲しがった物で、


 私が、私らしくいられる……それだけがほしかっただけで……それだけだったのに


「あれ……」


 何故だろうか。

 頭の中では分かっていたはずなのに……

 目が熱くなってきた

 ぬぐってもぬぐっても、涙が止まらない。

 どうして、こんな所に生まれてきてしまったのだろう。

 違う小説の

 違う設定の

 違うキャラクタに生まれてたら……

 こんな思い……しなくて良かったのかな……

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