クエスト:オオイノシシを狩れ

06.初クエスト

 白い光は天を切り裂き、黄金の光が降り注いだ。光の中から金で作り出されたような姿の巨人が現れた。山にも匹敵する大きさである巨人は地響きを立てて、私達の元へと降り立った。


「わ……わわわわ!?」


 地響きでへたり込むフレア。

 巨人はゆっくりと動き出し、私が産みだした超大型遠距離魔法を体で覆い被さろうとする。


「マリーちゃん。いい加減にしないと神様達に怒られてしまうわ。不遇な扱いをされるヒロインになりたくなんかないでしょ?」

「……メルディアも、ここが小説の中であることに気づいたんだね」

「私は今、作者様から直接声を聞いているのよ。そして貴方を止める役目も授かったみたいね」


 メルディアは口元に笑みを浮かべている。


作者様からの質問なのだけど、どうしてマリーちゃんは、そんなにも物語を終わらせたいの?」

「なんでって……」


 その質問をメルディアの口から吐かせることに、私は気持ち悪さを感じる。


私達キャラクタのことを自分の欲求を満たす為の道具にしようとしてるからよ!」

「あらあら、そんなこと作者様は思っていないわ」

「思ってるでしょ! この賢者の石だって私達をリュウジにくっつけさせる為だけの万能アイテムだし、私やメルディアの設定なんてこの物語の本筋と深くは関わらないし! ただやりたかっただけの自己満足の物語でしょ!」


 それを言うとメルディアは少し怒った表情を見せた。


「そんなことないわ。作者様が一生懸命考えた設定に、文句を言ってはダメよ。作者様だって沢山の神様が楽しんでもらう為に作っているのだから」

「沢山の神様って……読者ってこと?」


 それにメルディアは満足そうに頷く。


「そうよ。私達はどんな設定を与えられたとしても、命がけで外の世界の読者様達を楽しませる使命を授かっているの。それが作品のキャラクタとしての存在意義であり、私達の存在価値よ。楽しませなければ私達の生きている価値がなくなってしまうわ」

「それは作者が言ってるの!? ならふざけないで! やっぱり私達はただ喜ばせる為のオモチャってことじゃない!」

「言い方が悪いわ。私達は現実世界で辛い思いをしている人達に夢と勇気を与えるアイドルに近い存在なのよ」


 優しく女神のように微笑むメルディア。


「外の世界はここより辛くて苦しい世界。だからこそ此処みたいな世界ファンタジーに恋い焦がれるの。剣や魔法がある世界。見たこともない風景や生き物が居る広大な世界。現実ではありえない程可愛い女の子達のいる世界。皆、そんな世界に行きたいと思っているのよ」


 その微笑みは徐々に陰を落としていく。


「それに、私達が読者様達を楽しませることで得られるメリットもあるわ」

「……メリット?」

「ええ、それは作者様のやる気に繋がって私達のいるこの物語を書き続けてくれるのよ」


 彼女は妖艶に笑いながら、まるで全てを見据えているように思えた。


作者様が書いてくれるということは、私達は生きていけるということ。歩くのも食べるのも息をするのも寝るのも、私達は書かれなくなったらそれこそ終わりなの」


 書かれなければ……私達は動けない。

 自分がここにいると認識すら出来ない。

 そんなの言われなくたって……


「だからこそ、私達の幸福はダラダラと茶番劇を書き続けてもらうことなのよ。例えばリュウジ様に色気を使ったり、リュウジ様を持ち上げる為に意思を歪めてでも肯定したり、リュウジ様の敵を完膚なきまでに叩きのめして精神を砕かせたり、読者様を楽しませ続ける為に展開を盛り上げていくの。私達の存在を継続させる為には大切なことなのよ」


 自分達を動かし、読んでもらう為に、私達ヒロインは可愛い役を演じなければいけない。

 作者や読者に媚びて、自分を殺していかないといけないなんて……


「そんなの……嫌! 自分がやりたくないことを永遠とやらされ続けるぐらいなら書かれない方が良い! こんな話早く終わらせた方が良いよ!」


 自分の意志に反したことをやり続けるなんて意志があるなんて言わない。

 やっぱりこんなの間違ってる。

 早くこんなの終わらせなきゃ、


「でも終わらせるって言ったって……物語の終わりは私達の本当に幸せでもあるのかしら?」

「……どういうこと」

「マリーちゃんは、物語が終わった後の世界って考えたことはある?」


 メルディアの声が響く。

 物語の終わり……

 それは、エンディングの後の話のこと……


「それは……何も事件のない平和な世界が……」

「違うわ。エンディングの後は何もない。その作品が終わった後に残るのは虚無しかないの」


 虚無……


「例えば、人が死んだ後のことと一緒よ。死んだら後に天国へ行くなんて言うけど、果たして本当なのかしら? 終わりの先に新たな世界があり続け、自分という存在があり続けるのかしら?」

「メルディア……神官の癖にそんなこと言うの?」

「ウフフ、今は作者様の代弁者よ。でも、言っていることは間違いないはず。貴方は、束縛されない本当の自由を手に入れたいと思っているのかもしれないけど、エンディングの先は何もないの。自由なんてないの」


 自由……

 その通りだ。

 私は誰かに定められた者ではなく、

 自由に生きたかった。

 小説の外の世界の人達に憧れ、

 私は自分らしくありたい――

 そう願った。

 そう願い、物語の終焉を目指した。

 エンディングの先の未来を信じた。

 全知全能でも、終わりの先は見えなかったからだ。

 でもメルディアの言っていることは、もしかしたらあっているかもしれない。

 物語の終わりの先は、果たして平和な世界なのか。

 もしくは虚無なのか。

 そんなの見て見ないと本当のことは分からない。

 だけど、先の未来があると信じないと……私達キャラクタは一生自由になれないと思った……


 そして彼女は、私に対して指をさす。


「でも、この世界作品を壊して多くの人達に迷惑をかけることは自由の為とはいえ、許されることではないわ。終わると困る人が大勢いるんだもの。それにこの世界作品がこんな終わり方したら、神様達はどうなると思う? ここに住む人達はいったいどうなってしまうと思う?」


 外の世界の人達に怒られて、

 皆……消えてしまうのだろうか?


「マリーちゃんは、無理矢理終わらせた全ての責任を背負えるの? そこで手に入れられるのは本当に自由なの?」


 私の


 私のわがままで


 この物語は、全ての人に見限られる


 読者にも


 作者にも


 皆、なかったことにされる


 黒歴史扱いされて処分される


 かもしれない


 エンディングの先がなかったら


 フレアも、メルディアも、リュウジも


 皆、無意味な終わりに


 私はやっぱり


 間違ったことをしてるの?
























「ちょっと、まってくれないか?」

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