03.奇跡は起こる

「こ、これって!?」

「まあまあ・・・これはどういうことなのかしら?」


 驚く二人に俺は首を傾げた。


「どういう・・・とは、どういうことだ? 俺もこれは賢者の石であるということしか知らないんだ」

「け、賢者の石!? だって魔王の呪いでなくなったはずじゃ!? どうして志藤君の手に!?」


 興奮気味のフレアは、両手で俺の手を握り顔を近づけ賢者の石を凝視する。フレアの鼻息がかかった所で、彼女は自分の行為に気づく。


「わ、わわわ!? ご、ごごご、ごめんなさい!」


 彼女は両手をパッと離し、顔を真っ赤にしながら勢いよく離れていく。俺は気にせず、マリーに訪ねた。


「この石はそんなに凄い物なのか?」

「・・・」


 俺の質問にマリーは凝視するだけで答えなかった。代わりにメルディアが話し始める。


「そうですね。志藤様はどうやらこの世界のことや賢者の石すら知らない程、遠方から来られた方なのでしょう。・・・わかりました。お話ししましょう」




――




 かつて、魔法で発展したこの世界を支配しようと企む一人の魔王がいました。

 魔王は魔王軍を率いて世界を混沌の渦に招き入れました。

 世界が破滅に向かう中、女神の慈悲により一つの奇跡を起こしてくれました。

 それは、この賢者の石です。

 賢者の石を持った者は、一人で万人の軍に匹敵する力を手に入れると言われた代物でした。そして、その石の周囲の人達も石の力を受け、多くの人々を助けました。

 それを手に入れた一族はクリスタル・・・

 フレアちゃんのご先祖様でした。

 賢者の石を用いて、世界最強の剣士フレア・クリスタルと共に旅へ出た私達は数々の冒険の果てに魔王の元へたどり着きました。

 魔王を追い詰めた私達ですが、倒す一歩手前で賢者の石を次元の彼方へと飛ばされてしまい、魔王も取り逃がしてしまいました。

 そして・・・力を失った私達は、もう一度魔王を倒しに旅を続けている最中なのです。

 今となっては、三英雄という通り名も、魔王を取り逃がしたポンコツ達という汚名も込められているのですが・・・




――




「ふむ、なるほど」


 俺は今までの内容を納得し、一つ相づちを打つ。続けてメルディアが話を続けた。


「志藤様の話によると此処とは違う別の世界から来たと言っていましたね。そう考えると次元の彼方へ飛ばされた賢者の石が、志藤様の住んでいた世界に飛ばされたのなら話の筋が通るかと思います」


 確かにそうだ。メルディアの話にあった女神って奴も、ここに来る前に会った自称女神の女だったのかもしれない。

 そして、俺はこの賢者の石に選ばれたのだと言っていた。


「やれやれだ」


 これでもかと言わんばかりのラノベ展開。異世界チートが完成した。

 まさか、俺にもこんな時が来るとはな。

 溜息を一つ吐き、俺は彼女達を見る。


「その逃走した魔王は何処にいるんだ?」

「へ?」

「志藤様?」


 俺の言葉に、フレアとメルディアは驚くが気にせず続ける。


「君達はその魔王とやらを倒しにいくのだろ? そしてこの賢者の石が必要らしいな。なら、俺も君達に着いていった方が良いということになる」

「し、志藤君・・・本当に良いの?」

「その心意気にはとてもうれしいのですが、決して安全な旅ではありませんよ。志藤様の実力は先ほどの戦いで把握はしておりますが・・・辛く、長い戦いに・・・」


 彼女等二人の心配に、鼻で笑ってやる。


「目の前に面白そうな冒険が待っているのに、立ち止まってなんていられるか」


 人付き合いが苦手で、友達なんかいなかった俺は、ずっと異世界を冒険することに憧れていたんだ。

 ラノベが好きだったのも、沢山の冒険や沢山の仲間達や、現実では起こりえない魔法や奇跡があり、その世界をかっこいい主人公になりきって駆け回ることが出来たからだ。

 自分を肯定してくる仲間達やヒロイン達と共に夢と希望が溢れる世界がそこにあった。

 現実ではありえない。

 辛い現実ではあり得ない幸せが異世界にはあった。

 異世界。

 チート。

 ハーレム。

 手に届かなかった欲しい物が、目の前にある!


「ほ、本当に良いんですか志藤君・・・」


 心配そうに上目遣いで、こちらを見つめてくるフレアに、俺は笑みで返した。


「俺のことはリュウジで良い。これからよろしくな・・・えっと・・・」


 俺が握手を求め、手を差し伸べる。なんと呼ぼうか迷っていた所でフレアは目を輝かせる。


「あ、ありがとう志藤・・・リュウジ君!! これからよろしくね! 私のこともフレアって呼んで!」


 勢いよく俺の手を両手で握り替えしてくれる。しかし、しばらくすると彼女の顔は徐々に赤くなっていき。


「ご、ごごご、ごめんなさい!? わ、私! 感極まってついいい!」


 凄まじい勢いで離れていった。

 あらあらと、その様子を微笑みながらメルディアも手を伸ばす。


「私からも改めてよろしくお願いするわ。リュウジ様」

「ああ、こちらこそ」


 最後に俺は、未だに無言で睨み付けている魔法少女のマリーへと顔を向ける。

 警戒心を抱いているのはなんとなく伝わってくるが、今は気にしていてもしょうがない。

「マリーだったな。志藤リュウジだ。これから世話になる」

「・・・」


 彼女は差し出した手を見つめる。

 俺の差し出した手は賢者の石の付いている手であり、マリーはその賢者の石を見つめているように思える。


「賢者の石・・・全知全能の魔法使い・・・」

「ん?」


 マリーは何かを小さく呟いたと思ったら、素直に手を出してきた。


「これからよろしく・・・リュウジ」

「あ、ああ」


 マリーの白くて小さな手を握った時だった。



「マグラ・クル・テレポート!!」

「っ!?」




 俺の握った手が突然光だし、焼けるような痛みが走る。痛みのあまりマリーの手を払い退けると手に違和感を感じた。

 即座に自身の手を確認すると・・・


「なっ!?」


 

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