第12話
私が日本というアジアの辺境にやってきたのは、もう一年も前のことだ。イギリスによく似て雨がよく降る国。ただ通年暖かい処だけが違う。私のたどり着いた地がそうなのだろうか。
坂が多く、神社や寺よりも教会が点在する。日本人でも神を信じるのか……ただ救いはその信仰の力が母国ほどではない点だろう。
当時私は船乗りが買ってくれたなけなしの一張羅をきて、場末の女の週末だけの燕をしていた。幸いヴァイオリンが弾けたため夜の仕事が手に入ったばかりだった。
一族から逃げのびたのはいいが、金がなかった。日本の法律にも詳しくないし、また日本語がまだ話せなかった。
私の女は蓮っ葉なシナの女だった。私から生気を吸われることをことのほか喜んだ。セックスに至らずとも快感を得られることが好きらしかった。私からしてみれば都合がよかったと言える。
その代りわたしは自分の欲望を彼女が取り巻きに選ぶ美少年たちで果たしていた。
子どもを作りたくない、ただそのためだけに背徳の関係を選んでいた。
そのことが女主人の気に障ったのは当然のことだろう。私は用心棒たちにさんざんなぶられた後、路地に捨てられた。
特異な性質をもつ化け物と悟られたくなかったために、私はしこたま殴られ、雨の中に泥道に投げ捨てられ、ぬれ鼠になった。
母国でも受けたことのない蔑みと行為。名誉を捨てた私はこのような辺境で悪徳に染まっている。皮肉だった。
住宅街の路地に呆けたように座り込んでいると、学校帰りの女学生がやってきた。皆気味悪そうに避けて通る。
純真で穢れのない羊たち。私の中のけだものが舌なめずりをする。こうなると殺人鬼になったほうがましな気分にまで落ちてくる。きっと私は何もかも嫌になってしまっていたのだろう。
ふっと陰る。
気づくと一人の女学生が私の頭上に傘を掲げていた。
「これ……」
そういったきり傘を私に握らせ、駆けて行った。
「スミレ」
他の女学生たちが慌てて後を追う。
そう、いたいけな瞳にまだ幼いふっくらとした頬。少女の名前はスミレというのか。
私はいつまでも少女の後姿を見送っていた。
ヴァイオリンの教室を開けるようになったのは三カ月ほどたってからだった。シナの女に金を出させた。その後の彼女は衰弱死したが。
私は女学校の近くに教室の看板を出した。ただ気長に待つだけだった。この蜘蛛の糸にか弱い蝶がかからなくとも待つことはできる。
私は気が長い。
女学生が学校の帰り際に私の姿を見ることを期待している。
人間の心理の底辺に蠢く欲望を知る私は、必ずあのいたいけな長が私のもとにやってくることがわかっていた。
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