第8話

 女をそっと横たえ、アーノルドはひと心地つく。足りないけれど、道行く人を襲うよりも心が痛まなかった。一シリング分の生気をごちそうになったと思えば良かった。

「あー、あー!」

 隣室から女の悲痛な声が聞こえる。野蛮な行為をしているのだろうか。やがて女の悲鳴は途絶える。こんな売春宿にはよくあることなのだろうか。アーノルドは気にしないようにした。

 しかし、隣室の異常なもの音は止まない。今度は壁がぎりぎりときしみだした。

 アーノルドは警戒し、壁から離れる。隣室で何が起こっているのか……

 と、ぷんと血の匂いが鼻を突く。

 不意に新聞で読んだ記事が思い出される。

 まさか隣室に? 

 巻き添えを食らうかもしれないという考えが浮かび、アーノルドは女を抱きかかえ、扉に向かった。

 壁がきしみ、裂ける音が響く。

 砂埃が舞い、壁が崩れた。

「見つけましたよ……バスクレー卿」

 聞き覚えのない声。アーノルドは振り向く。

 そこには素朴な村人の格好をした、見覚えのない男が立っていた。手にはかつて女だった肉片。

「誰だ……」

「あなたさまのしもべでございます。どうか、村にお戻りください」

「戻らないといったら?」

「あはははは、ここは食べ物が豊富です。毎日食べても食い足りないですね」

「それで私を追いつめられるとでも?」

「あなたが犯人扱いされるようにしております。お困りになるのはあなたさまでございます」

 男は目つきがおかしかった。死人のようにどろんとした白濁した瞳。双眸はあらぬ方向を向いている。肌もやや青黒く、半ば腐敗した臭いがする。

「おまえ一人か?」

 嫌な予感がし、アーノルドは訊ねる。

「まさか、俺はここに来る途中にクレイグ様から仲間にしていただいたんですよ。また生き返られるなんて夢のようです」

 生き返った? どう見ても死人にしか見えない自分のことをそう信じているのか。アーノルドは嫌悪に顔をしかめた。

「その女が気に入ったんなら早くしもべにしましょう。俺じゃあできないらしくて、いつもこんなにしちまうんですよ」

 といって、肉片を掲げる。

「クレイグ様も間もなく参ります。さぁ、ご一緒いたしましょう」

「くっ」

 アーノルドは女を抱きしめたまま、窓に向かって走り、そのまま突き破って、逃げ出した。

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