第7話

 アーノルドは夜のロンドンにでると、娼婦を買った。二束三文で体を売る彼女たちから少しずつ生気を吸った。そうすることでしか、アーノルドは自分の上を満たす方法がわからなかった。決して交わらなかった。子どもなすこと自体恐ろしい行為でしかなかった。そして交われば、少しで済むはずがなく、相手は必ず瀕死に陥った。

 アーノルドにとって、飢えを満たすことすら恐ろしい行為でしかなかった。




「娼婦の連続殺人……」

 アーノルドは新聞を見て声を上げた。娼婦の顔写真を見る。確かに自分が昨晩食事をした相手だった。けれど、殺すほどすっていない。

 連続殺人というからには、まだ他にも死んだ娼婦がいるのだろう。

 アーノルドは背筋に寒気を感じた。

 まさか、自分が? 生気が足りず、無意識に獲物を探していたのか?

 アーノルドの悪夢はその時からはじまった。




 夜外出する際、アーノルドは黒衣に身を包んだ。出来る限り目立たなくするためだ。旧友の件で警察に目をつけられている可能性もあった。

 窓を開けると窓の縁をけって、道路の向かいにある家の屋根に飛んだ。血を受け継いでから驚異的な身体能力が目覚めた。

 自動車よりも早く、馬と同程度に駆けることもできる。それほど筋肉質ではなかった体も、しなやかな筋肉に包まれ、滑らかな肌は肉食獣のようなつやめきがあった。闇を縫って駆けていく。

 その姿はまさに黒豹のようでもある。からし色の瞳は月の光を吸ったかのように、炯炯と輝く。獲物を狙って。




 街角の街灯の下に立つ娼婦を見つける。その背後に音もなく降り立つ。

「お嬢さん」

 声をかけられた娼婦はあからさまに体を震わせて驚いた。

「何だ……人間か……」

「新聞の記事ですね」

「そうだよ……安心して商売もできない……」

「なら、ちょうどいい。いくらです?」

 娼婦は疲れた顔をゆがませて笑う。

「あんた、育ちがいいんだね……二、いや、一シリングでいいよ」

 アーノルドは女の後ろについていく。汚い路地に入り、掘立小屋のような家に導かれる。

 他にも女がいるのだろう、先客との行為の音が聞こえてくる。

「わるいけど、我慢しとくれよ」

 女は慣れた手つきで服を脱いでいく。

 アーノルドはそのままの格好で女を見つめていた。

「脱がないの?」

「着たままでいい」

「フ……そういう客もいるからね、別に驚きゃしないよ」

 コルセットもはずした女は、粗末なベッドの中に入り込み、さぁと招く。

 アーノルドは女の横に腰を下ろす。ゆっくりと女のかさついた不健康な肌を眺めながら、口をのど元に添える。

 紅い舌を女の白い肌に這わせる。しょっぱい。汗の味。噛みつくわけではない。ただむさぼるように首筋を舐め、女の陶酔した顔に唇を寄せる。紅に塗れる唇をアーノルドはふさぐ。唇を割り、歯をこじ開け、舌を吸う。生気がちくちくとアーノルドの口中を刺す。甘美な感触は皆無。女はうっとりとあえいでいるが、アーノルドにとって生気を吸うことは苦痛に等しかった。特に若々しく元気な生気ほど、アーノルドを苦しめた。

 獲物には陶酔する甘美な快楽を。捕食者には切り裂かれるような痛みを。

 腕の中で獲物は弱弱しく指をアーノルドの顔に添え、ゆっくりと意識を失った。

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