第6話

 ロンドンに戻ってひと月が過ぎた。体の節々がだるく、日に日に渇きがひどくなる。アーノルドはそれが新しい血のもたらす症状だとわかっていた。だからこそ、下宿に閉じこもり、外出を控えた。

 まさか、旧友が心配して訊ねてくることがわかっていれば、下宿ではなく別の場所に移っていたかもしれない。

「大丈夫か?」

 旧友は医学部に通う学士だ。彼にならこの地の謎が解明できるかもしれないと、アーノルドは考えた。

「風邪だろうと思う。ところでたのみがあるんだ。このことは私とお前だけの秘密にしてほしいんだが……」

 そう言って、ともに旧友の大学へ赴き、血液を採取させた。

「血液を調べろ? 血液型でも知りたいのか?」

「違う。もしかすると新しい病原菌に侵されている可能性があるんだ。もしそうだとすれば、お前にだけは最初に知ってほしいんだ」

 それだけを告げ、アーノルドは大学の研究舎を出た。もしも、新たなる病原菌が発見されれば、この体の異常な特性を抑えるか、もしくは消し去ることができるやもしれない。淡い期待をアーノルドは抱いた。

 数日後、旧友からの電話を受け、アーノルドは大学を訪れた。

「結果がわかったよ」

 研究室のテーブルの上に紙の束が投げられる。その無造作ぶりにアーノルドは驚いたが、強いて、平静を装った。

「どうだった」

「病原菌などじゃない……それどころかヒトの血じゃない。おまえは……本当にヒトなのか」

 アーノルドは旧友の目におびえを含んだ色を見る。思わず彼の肩をつかんだ。

「触るな」

 と、叫んだ旧友ががくりと膝を落とした。

「な、何をした?」

 旧友は明らかにおびえている。アーノルドの中でけだものが蠢き始める。

 おびえる小動物が、あまりにもアーノルドの中の何かをそそった。

「何も……何もしてないよ」

 そう言いつつアーノルドは彼の上に覆いかぶさり、その口を吸う。

「や、やめ」

 しかし、アーノルドの理性は狭く暗い場所に押し込められ、自我を失っていた。けだものが蠢く。

 次に気がついた時、アーノルドは悲鳴を上げた。

 半裸になった己の体の下に、干物のようになった骸骨が、横たわっている。

 渇きはいやされていた。アーノルドは、テーブルの上の書類をつかむと、転びながら研究室を走り出た。




 もはや今更、自分の血を嫌悪する場合ではなかった。書類にはこう書いてあったのだ。

 どの動物でもない。遺伝子がヒトではない。もはや未知の、新たなる人類。

 アーノルドは苦悶した。ヒトではなくなってしまった自分の運命を呪った。このまままた飢えることがあれば、われ知らず、旧友と同じ運命を他人に科すことになるのだ。

 アーノルドは自らの運命を受け入れざるを得なくなってしまったのだった。

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