第5話

「信じられない……この科学の時代に……」

 アーノルドはなおも崩れてしまった過去のあるべき姿にすがった。

「しかし、現にあなたはバスクレーの血を受け継がれた……どうぞ、卿同様、この地をお治めください」

「いや、わたしはロンドンに戻る。やっと就職もできた。こんな僻地で骨をうずめるつもりはない」

 クレイグは陰気な目でしばらくアーノルドを見つめていたが、静かに言った。

「お好きなように……」

 



 クレイグが部屋をあとにし、一人になったアーノルドは、部屋のちょうどの引き出しという引き出しを開け、父親の文書か何かが残ってないか探し始めた。

 ようやく見つけた日記の内容にアーノルドは愕然とすることになる。

 亡くなった卿が実際には200歳近かったこと。その間に何度も妻を迎えたが、卿のエキスに耐えられなかったこと。ようやくアーノルドを授かったこと。母親の胎内に10年近くいたこと。

 それだけですでに人間ではい。人と呼べない生き物。それがバスクレーだった。バスクレーの血を本当に分けた一族はクレイグを含め、わずか5人。そのほかの村人はすべて僕と呼ばれる化け物であることを知った。

 最後に、アーノルドは父の本心を知った。

「もしもアーノルドがこの日記を読んだのならば、必ずバスクレーを終わらせることを約束してほしい。この地は滅ぶべき血なのだ。種を残せない、神の道をはずれた血はいずれ淘汰せられるべきである。血を継ぐ儀式は本能によって行われる。わたくしはその本能を止めることはできない。願わくば、アーノルドによって止められたし」

 父親の筆跡は老齢にもかかわらず力強いものだった。

 アーノルドは今日中にバスクレーに立つことを決めた。




「お待ちください」

 クレイグが追いかけてくる。

「ロンドンに行かれるなど、屋敷はどうなるのです」

 アーノルドは外套を着込み、少ない荷物を詰め込んだボストンバックを手に、早足で裏口を周り厩舎へ向かった。その後ろをクレイグと数人の若者が追いかける。

「お前に任せる」

「何をおっしゃるんですか」

 アーノルドは厩舎の前に立ち唖然とする。自動車のタイヤが四本とも抜かれ、エンジン部が開けられている。

「これは何だ」

「もう出られないんですよ。ロンドンにも行かせませんよ」

「ふざけるな」

「ふざけておりません」

 アーノルドは厩舎の中に入り、栗毛を一頭連れだした。その背に鞍を載せる。

「馬があればいい。エセクターまでいければいいんだ」

「ここをでて、お食事はいかがされるんですか? 我々がいなければ、飢えますぞ」

「その時は死ぬまでだ」

「馬鹿なことを!」

 アーノルドは荷物を鞍にくくりつけると、馬にまたがる。栗毛の腹を軽く踵でけり上げる。

 心地よいギャロップで駆けだした。

 午後遅くに出たため、エセクターには夜半時にたどり着き、蒸気機関車の発車時刻に合わせ、宿をとった。

 まだ、アーノルドの感覚には人間の残滓があった。これから先その残滓がアーノルドを苦しめることになろうとは……

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