第4話

 それは一瞬のことだった。

 アーノルドは恋人にする接吻を腕の中の男相手に長々とかわす。その腕の中の体が干上がるまで離さなかった。

 男の体は文字通り干上がった。干物のように骨と皮だけになり、ミイラと呼べる代物に変化した。

 アーノルドは汚らわしいものを放るように、腕の中にあったそれを床に投げ捨てる。

 癒された渇き。状況を飲み込めず、混乱する思考。

 よろよろと立ちあがり、水を探した。いや、水以外の何かを探しているように感じる。アーノルドは何周か部屋の中をさまよい、扉に手をかけた。

 扉の外からクレイグが声をかけてくる。

「まだ、癒されませんか」

 扉が開き、クレイグが鋭利なナイフを片手に立っていた。アーノルドはしびれた頭で、警戒し、ほとんど本能で身構える。

「仕方ない。私の血で我慢してください。一族の血のほうが癒されやすい」

 そう言うと、クレイグは何のためらいもなく自分の腕にナイフを差し込む、ぐっと引き下ろした。

 ほとばしる血液。甘い香り。

 アーノルドの理性が飛び、湧水に口をつけるようにクレイグの腕に唇を寄せる。噴き出す血を丹念になめとる。恋人に愛撫するように優しく丁寧に。いつしか傷口がふさがり、傷そのものが見えなくなる。名残惜しげになめとっていたアーノルドははっと我に返った。

 男色をこのむわけではない。アーノルドは冷静になった頭を抱え、自分自身と足元の死体とクレイグを眺めた。

「ご説明が必要とは……卿が教養と称してあなたさまを外に出したのがよくなかったのかもしれないですな」

「なにを……」

「我々、バスクレー一族は特殊な能力を持つ一族なのです。しかし、あなたは特別です。本当の一族の青い血を受け継いでいらっしゃる。わたしたち、しもべは卿からエキスを分けていただいた下等なものです。それでも幾分かあなたさまと同じ能力を持っております」

 アーノルドは今しがた自分がクレイグにしていたことを思い出しつぶやいた。

「ヴァンパイア……」

「とも言いますな……けれど、我々は鏡に映りますし、明るい日中も平気だ。唯一どうしても受け入れがたいのはヒトの思いが籠った信仰というもの。神は恐れませんが、この信仰という思いの力は我々を焼き尽くします。敬虔なヒトの持つロザリオには気をつけてください。我々は骨まで焼けてしまうが、あなたでさえ肌が焦げ付いてしまう」

「これからずっとヒトを襲うのか」

「いいえ、そんな野蛮な……我々僕が順番にあなたのそばに召されます。お好きなようにエナジーを吸われてください。あなたは何の苦労もしなくていい。獲物や補充は我々僕がいたします」

「ちょっとまて、それは犯罪だろう……いつまでもそんなことが続けられるわけがない」

「ええ、先代もそう言っておりました。しかし、エクスムーア国立公園ができましてから、そういった心配は少なくなりました。自動車で旅をしたがる若者が増えましたからね」

 アーノルドはそれを聞いてぞっとした。ここに到着した日、ムーアの向こうから自分を見ていた村人たちは、食卓に上る食材を見る目で、自分を見ていたのだ。

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