第3話
寝たきりの父親に組み伏せられ、アーノルドは声も出ないほど驚いた。
体を起こそうとするが、胴に絡まる父親の細い腕の力は、信じられないほど強固だ。
「父上、どうしたんですか。苦しいですよ、離してください」
「クレイグ、下がっていろ。アーノルド、しばし我慢だ。すぐに終わる。おまえにとっては甘美な儀式だ。嫌なら目でもつむっていればいい」
バスクレー卿は小さな声で呟く。執事は静かに部屋を退出していった。
アーノルドはもう一度力を込めて体を起こそうとした。
しかし、今度は思うように力がこめられない。枯れ枝のような父親の腕からひんやりとした冷気と、背骨をゾクゾクと震えさせる痺れが這いあがってくる。
気づけば、しわとシミだらけだったバスクレー卿の顔に赤みがさし、若返ったかのように見える。
卿は手を離した。
アーノルドはもう一度身じろぎしようとした。しかし、微動だにできない。
老人の束縛から逃げられると思った。バスクレー卿がアーノルドの腰に手を回し、その体を押し開いた時、初めて得体のしれない恐怖が、アーノルドの喉にせり上がってきた。
目の前の老人はもはや老いてはいない。抜け落ちたはずの白髪が、色と量を取り戻し、落ちくぼんだ眼窩は輝きと美しさを増していく。
そのたびにアーノルドの脳髄に突き上がるような甘美な感覚と、恐ろしく退廃的な快感が下半身を貫いた。
アーノルドを犯しながら見下ろすバスクレー卿が、見る間に彼そっくりに若返って行くさまを眺めながら、のどからは声にならない叫びがほとばしる。
後継の儀式、一族の遺産、形を伴わないそれらが、アーノルドに注ぎ込まれていく。
最後の一滴までも残らずアーノルドの体に収まったとき、バスクレー卿の体は灰になって消えた。
乱れた衣服。オスの臭いが横たわるアーノルドの鼻をつく。己の精液が己自身を汚している。
あまりの衝撃にアーノルドは混乱していた。
しばらくして何事もなかったかのようにクレイグが部屋に入ってきて何もかも始末した。
衣服を着せられたアーノルドは、今度は自分が卿の寝台に横たわっていた。
目玉だけを動かせる状況で、アーノルドは異様なのどの渇きを覚える。その渇きは胸元をかきむしるほどに切羽詰まったものだった。
次第におとなしく横たわっていることすら我慢できないほどになり、アーノルドは身じろぎして、寝台から体をずり落とした。
床には厚い絨毯が敷かれ、床の冷たさは感じない。ちくちくとしたウールの絨毯の感触。
アーノルドは扉に向けて這っていった。
爪を立て、扉を力の限り引っ掻く。すると、扉の向こうからクレイグが声をかけてきた。
「のどがお渇きになりましたか? バスクレー卿」
返事すらもどかしい。けだもののように必死で爪を立て、扉と床をかきむしる。
「少々お待ち下さい。ご準備いたします」
その言葉も聞いていられない。目がくらむ。我を忘れる。脳髄が溶けそうなほどに渇きは意識をむしばんでいく。
どのくらいの時間そうしていたか知れない。ようやく扉の向こうに人の気配が戻る。
不意に扉が開き、先ほどまでアーノルドとともにビリヤードに興じていた村の男が部屋に放り込まれた。
「アーノルドさま」
かがみこんで声をかけてきた男の唇を、アーノルドは己の唇でふさいだ。
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