第2話

 六年ぶりの故郷はやはり田舎じみていて、ひっそりとし、排他的だった。

 アーノルドは舗装されてない砂利道をゆっくりと車を流し、辺りを観察した。

 夏の季節が過ぎ、冷たい秋風が吹きすさぶ。農地にもならないやせた土地で、ヤギとヒツジ、わずかな観光資源、そういったもので生活している。

 他の田舎で見られる人懐こい笑顔などなかった。アーノルドの車の影を見た人間はそそくさと小屋の中に引っ込んだ。もしくは顔を反らした。アーノルドを知っているはずだが、まるで忘れでもしたかのようなそぶりだった。

 アーノルドと年齢が同じ若者は少ない。二、三人の若者は屋敷で観光案内をしている。他に見られる若者はたいがいよその土地の人間だった。

 こんな何もない場所に出稼ぎに来ること自体考えられないことだが、この戦後の不況の中、ありうることなのかもしれない。アーノルドの就職もかなりきついものがあったのだから。

 この村で大学まで行ったのはアーノルドが最初だった。年より連中は反対したが、先見の明があったのか、アーノルドの父、バスクレー卿は彼に教養を身に着けさせることに積極的だった。中等教育から全寮制の学校に入れ、都会の香りに慣れさせてくれた。そのことは非常に感謝している。

 その反動が、この田舎嫌いとして出てきた。バスクレー卿はニヒルに笑うだけで彼を責めないが、他のものは苦い顔をした。めったに戻ってこないことを面と向かってなじられたこともあったほどだ。それ以来、村の酒場にはいかないようにしている。

 若い娘もいない。たいてい、よその村か街からもらってくるようだ。

 最初、色彩豊かで表情豊かな娘たちも、そのうち、この村の灰色じみた色に染まっていく。表情をなくし、老婆のような陰った顔つきに。

 アーノルドはそれがいやだった。ロンドンの少しばかり下品で、はしゃいだ感じの娘が好きだったし、遊ぶにはそのくらいの明るい娘がちょうどよかった。

 逗留七日目の午後に、バスクレー卿から呼ばれた。アーノルドは退屈しのぎに観光案内の若者たちとビリヤードに興じていた。

 陰気な顔をした執事のクレイグが、地下の遊戯室の扉をノックする。その音は乾いた室内にやけに大きく響き、アーノルドを若干驚かせた。

「アーノルドさま、卿がお呼びです」

「わかった。お前たちも適当に遊んでいていいよ」

 アーノルドは若者たちにそう言い残し、クレイグの後ろについて、父親の部屋に案内された。

 むっと鼻をつく黴の臭い。固く閉ざされた厚いカーテン。太陽の光を拒み、ほのかなランプの明かりだけで室内の様子を浮き出している。重い影がぼってりとクリームのように人物の体や物に落ちている。寝台に横たわるバスクレー卿の体はそのほのかな明かりの中で寝具のしわと同化している。

「アーノルド」

 見た目とは違う、しっかりとした声音。声だけを聞くと、五十ほどの壮年の男のようだ。

「アーノルド、いよいよ後継の日だ」

「何を……いきなり、父上、すぐに帰ったりしないんですから」

 ロンドンに行くことを帰ると言ったアーノルドの心中は、後継の手続きなど、いい加減に終わらせればいいという気持ちがあった。それを見透かすように、卿は続けた。

「それはよくない。わたしの寿命はもうここで終わりだ。永く生き過ぎた。新しい血を入れなければならない。出来ればお前が変えていけばいい。この退廃的な血をもっと革新的にな」

「卿……」

 クレイグが老卿の言外の何かをたしなめる。

 アーノルドは意味がわからない。しかし、老いた父に手招かれるまま、寝台の脇に寄り添った。

 何かを言おうとしている父親の口元に耳を寄せた時、ありえないほどの力でアーノルドは寝具に引き寄せられた。

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