episodeー2

 暫くするとプラチナブロンドに碧眼の百八十センチは超えているだろうモデルの様な男が入って来た。

 小柄な樹尚しげなおからしたら、百八十そこそこの一哉いちやでさえ見上げる様な感覚があるが、彼は手足や首の長さも手伝って、もっと長身に見える。


「何、綿貫わたぬきさん。俺に用って?」

「おぉ、依恋えれん。お前、髪元に戻したんだ?」

「雅がこっちの方が良いって言うから……」

「来て早々惚気のろけんじゃねぇよ」

「へへっ、羨ましい?」

「別に。それよか、頼みがあんだよ」

「頼み? 何?」

「ちょっとこいつ、触ってみてくんねぇ?」

「はぁ? 何すれば良いの?」


 綿貫の隣に立つ依恋と呼ばれた男は、面倒臭そうに樹尚を見下ろした。

 掻い摘んで事情を説明した一哉は、樹尚の身体が男に反応するのかどうかをここで検証しようと言い出した。


「なっ、ちょ、イチッ! 俺はそんな事頼んでない!」

「そうだよ、綿貫さん。俺だってみやびにバレたら殺されるわ! 綿貫さんがやってあげたら良いじゃんか!」

「俺が? この二十年つるんで来たダチを触れるとでも? それにそんな事したら俺が常陸ひたちにぶっ殺されるわ」

「俺だって今日初めて会った知らない男を触るとか、ヤダわ!」

「別にヤレと言ってる訳じゃない。依恋はこいつをその気にさせればそれで良いし、シゲは気持ち悪ければいつでも突き飛ばせば良い」

「って言うか、何の為にこんな事するんだよ? この人……シゲさん? がやって欲しい訳じゃないんだろ?」

「依恋、お前は出雲屋いずもやの若旦那に常陸との事はまだ話して無いんだろ?」

「そ、それが何だよ……? いづれ話すよ……多分……」

「もし、俺がそれをバラすって言ったら?」

「なっ! 何でそんな卑怯な事すんだよっ! そんな事したら綿貫さんでも俺、許さねぇからな!」

「頼む、依恋……俺を助けると思って、少し力貸してくれ」


 一番展開について行けてないのは樹尚だった。

 同級生である常陸の名が出て来た事も、一哉が何を持ってしてこんな事を言い出したのか、全く理解出来なかった。


「イチ……俺、ホントそんな事して欲しいと思ってない」

「分かってるよ。でも、こんな機会早々ないんだぞ、シゲ。酷い事はしないし、お前が本当に嫌なら止めるからよ」

「……怖いんだ」

「お前が女を怖がるのは知ってる。この上、男まで怖がるようになったら、お前どうすんの? 誰とも一緒に居られなくなるだろ? そうなる前に、疑問は一つでも多く消しておいた方が良いだろ?」

「何、お兄さん、女性恐怖症かなんかなの?」

「あ、うん。軽いけどね……喋るのは大丈夫だけど、触るのは無理なんだ……」

「で、今度は男に酷い事でもされて綿貫さんに相談でもしてたの?」

「酷い……かどうかは分からないけど、かなり吃驚びっくりして、ちょっと……」

 

 事情が呑み込めたとばかりに額に片手を宛がい、天井を仰ぎ見た依恋は一哉にこの貸しは大きいからね、と念を押す様に一言放った。

 黒い革張りのソファに大きく足を広げて座った依恋は、その股の間を指して樹尚に座る様促した。

 今日初めて会った、多分年下の、しかもモデル並みに容姿の整った男の傍に素直に座るにはまだ時間が足りない。


「俺、上半身しか触らない。約束する。俺も恋人いるから勿論キスとかしないし、お兄さんが嫌な事は絶対しない。だから、背中向けて良いから、ここに座って」


 優しく言い諭される様な声に樹尚はそれ以上意地を張る事が出来ずに、依恋の足の間に躊躇いがちに浅く腰を下した。

 後ろから「触るよ」と言う柔かい声が聞こえて、そっと優しく腕を回される。

 別に嫌では無いし、寧ろふんわりと香る彼の香水に身体の力は抜けて行く様だった。

 

「少し、身体預けてくれる?」

「う……ん……」


 ただ、抱きしめてくれている様な感じでも、身体を預けると肩越しに依恋の吐息が掛かる。距離が近いのだと感じて、身体を起こそうと衝動的に動いたけれど、長い彼の腕に囚われて飛び出す事は出来なかった。


「大丈夫、まだ掌しか触ってない」


 揉み解す様に両手で掌を擦られて、少し気持ちが良いと感じた。

 凝りが解れて行く様な感覚はマッサージされている様で、依恋の柔らかく少し低い声は鼓膜が蕩ける様な錯覚を覚える。


 次第に腕を伝って、胸の辺りまで登って来た依恋の大きな手が胸元に添えられた。

 

「良い? 触るよ?」


 この上なく丁寧に、ゆっくりと、様子を伺いながら触れてくれる依恋は、そう断った上でシャツの上から撫でる様に胸元を弄る。

 くすぐったい様な身を捩りたくなる感覚が押し寄せて来て、樹尚は身体をくの字に折って堪えた。

 唇を引き結んで堪えている樹尚に「力、抜いて」と耳元に唇を寄せた依恋が囁く。

 無理、と答えようとしたが、口を開けばあられもない声が漏れそうで樹尚は首を横に振って訴えた。


「シャツの中に手を入れるね」


 前のめりになった樹尚のシャツの隙間から右手を背中に這わせた依恋に、指先を立てて線を描く様に脇をなぞられて、泡立つ様な感覚が背筋を走った。


「あっ……」


 思わず声が漏れて、ビクリと身体を起こす。

 胸を抱く様にして堪える樹尚は、自分が発した声に驚いて口元に片手を宛がった。

 脇から背中を這っていた手は、いつの間にか胸元へと伝って来て、ぞわぞわと快感の波が下腹部へと向かっていく。

 依恋の指先が樹尚の敏感で小さな先端に触れるだけで、樹尚は堪えきれずに仰け反る。


「やっ……」

「分かった。止める」


 約束した通り依恋は両手を万歳してもうしない、とばかりに樹尚から手を離した。

 息が上がっていた。

 頬は高揚し、このまま止めて貰えなかったらきっと我慢出来ない所まで行っただろう事は想像に容易い。

 もう勃ち上がり始めている自分に気付いて、樹尚は小さく体を閉じた。

 すぐ傍で黙ってそれを見ていた一哉に今更気付く。

 恐る恐る一哉に視線を向けた樹尚は、恥ずかしくてひとみに涙が滲んでいた。

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