5 今はおやすみ
(正面のテーブルに手を伸ばし、コップの水を一口飲む……)
「もうすぐ、耐え難い寂しさというやつからも解放される気がしますよ。ここで終わるんだから……。
僕はもう、ここから一歩も動かない。
初対面のあなたにいきなり不躾なことを言って申し訳なく思います。本当に、僕は自分がどうかしてしまったと痛感してます。疲れ果ててもいます。あなたの店に今まで訪れた人が全てそうであったように、僕も例外ではないようです。僕は、ここで、このまま力尽きることを望んでいる。
あなたには迷惑な話でしょうけどね……。
(テーブルにもたれかかり、上半身を投げ出して寝そべるような形になる)
僕はもう、何もかもどうでもよくなりました。もう嘘をつくことも面倒です。耐え難い寂しさに耐え、何があるんでしょう? そこまでして生きることに、いったい何の意味があるのでしょうか?
嘘ばかりつく人間を相手に、嘘ではないように、本当のような嘘をつくんです。きっと、大方相手だって信用しちゃいませんよ。僕が誰も信用しないのと同じようにね……。
嘘ですら、必要ないんだ……。でも、嘘をはぎ取った真実であっては困るんです。丸裸の姿では、もう……誰の前にも立てません。自分の前にも……自分自身すら、丸裸にされた自分を直視できない!
だから、真実からもっとも遠い言葉を使って、みんな話すんです。嘘よりもまだ悪い。真実を隠すことすらしない。そんな言葉が飛び交ってます。でも、そんな言葉に意味がありますか? 嘘でも本当でもない言葉とは何なんですか?。全ては、どうでもいい……自分も、自分以外も。
けっきょく、弱かったんだ。全ては僕が弱いせいですね。完全に力不足でした。
(涙を拭う仕草を見せる。上着のポケットから小さな小瓶を取り出す)
長居は無用ですね。水……ありがとうございます。この薄ら灯りは素敵ですね。僕には……とても似合いの場所のような気がします。ここでこうしていると、ただひたすら安らぎます。本当に、最後の最期に、いい場所に出くわした……。それに、一人ではなかった……。どこのどなたか存知ませんが、こんな突然の来訪者の話を聞いてくださってありがとう。感謝します。
(小瓶の蓋を開け、中から白い錠剤をありったけ掌にこぼし、数回に分けて口に入れ、水で流し込む)
嘘なんて無意味な世界か……そういう世界に住んでみたかったですよ。きっと人を疑うこともしなくてすむのでしょう? 違いますか? そこは、彼岸ですか……
あなたの待ち人に会えるといいですね……。
それ程、あなたが恋い焦がれている相手でしょう?
どんなに長い年月で、どんなに辛くても、その人のことを思うと耐えられた……。
もしかすると、もう会うことはできないのかもしれない……そう思って、全てが絶望に彩られた。でも、その人との思い出を振り返れば、暗闇にまた灯りがともった。
そんな灯りがともる場所……
僕は、そんな場所を失った。完全に、失いました……
嘘をつけば、あの人が一歩遠のいていく……
一つ嘘をつけば、一歩遠く、二つ嘘をつけば、二歩遠く。そうやって、どんどん遠ざかって、ついにはあの人の影も見失った。
嘘をついても、もう痛むところさえなくなった。
人間不信ではなく……僕が人間ではなくなった……
(ゆっくりと目を閉じていく)
すいません……眠くなってきました。少し……少しだけ、休ませてください……」
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