3 嘘つき

「僕も少し目が慣れてきましたよ。ありがとう。では、椅子に座らせてもらいます。正面にはカウンターがあるんですか? ここは喫茶店か何かなんですかね? 姿を見られたくないというのがあなたの希望なら、そのままでいてください。僕はもうなんにも興味がないのです」


 (しばらく続く沈黙)


「ふふ……。完全に一人か……。そうですね、僕は、そうなりたいといつも思ってました。完全に一人なんて、何て強いんだろう! 

 ……憧れますよ。僕もそう思ったことがあった。完全に一人だ。今、自分は完全に一人だと。まるで世界征服者になった気分でした。自分には何も必要がない。そんな過酷な状況を平然と受け入れられる自分が……。

 だけど……そう、そうです。あなたの言う通り、完全に一人なんて、あり得なかった。この社会で生きる以上、無理だ……。この社会との決別は、死に直結する。自殺行為でしかない。

 ……でもね、僕は時々、そういう行為を選んで、もう二度と帰らなくなった人々を羨ましく思っていました。彼らは、完璧な鉄の鎧を持ってたんじゃないかって。僕が選びきれなかった選択を選べたんですから。

 僕なんて……

 ……ええ。そうです。全てを捨てきれなかった。自分自身を弱くする感情たち。人間不信で、ありとらゆるものを信じないと決めた自分。それは、ただ自分を弱くするものから目をそらしていただけにすぎない。

 そして、あらゆることを悔いています。

 ……正直な気持ちを言うと、僕は常に憧れていました。

 人を……信じたくてしかたがなかった……。

 でも、そうしない自分。

 人がどうやら愛と呼ぶ、あの訳のわからない感情……自分自身を締め付け、息苦しくする、この訳のわからない感情!

 何よりもまして、全てを捨てて、全ては不要だと決めても一層募る、この耐え難い寂しさ!

 寂しい……寂しい、寂しくて仕方がなかった。だけど、そんなこと、僕は今まで口にさえしたことがない。

 わかるでしょう? あなたも今までこんな所で一人で暮らしてきたなんて、僕に矛盾したことを平気で言うんですから。あなたは嘘つきな人だ。僕だって、だてに人間不信だと嘯いている訳じゃない。相手が嘘つきかどうかはすぐにわかるんですよ。僕だって、よく嘘をつきました。

 ……つまり、鎧とは嘘ですよ。嘘で固めた自分自身です。本当の自分は鎧の内側にしまいこんで、相手にそれと悟らせない。そんな嘘を、つき続けるのです。自分の失敗を取り繕ったり、つじつま合わせにつく嘘じゃない。自分の内側を見つめながら、そこにはあり得ない言葉を発するのです。それがいかに大切で、重要かと説く。本当は、そこには何もなく、空っぽな容器があるだけなのに、たくさん詰まっているように思わせるのですよ。

 まるで詐欺まがいの人生でした。

 そして、ある日気づいたんです。僕の中に多少あったものまでも、既になくなってしまっていたことにね。嘘をつきすぎて、僕の中にあった真実さえも、どこかへ行ってしまったことに……。

 幼少の頃、強くなりたいと望んだ自分。来たるべき冬の時代に備えて、身構えていた自分。

 あの頃、僕はまだ強かった。今よりずっと強かった。それでも生きていこうとしていた。

 でも……僕は今ではもう、そんな全てを本当にいらないと思うんです。

 本当に……もう何もいらない。何もかもいりません。ここで、終わらせたいんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る