2 完全に一人

「人間不信ねぇ……。私はね、恐らくあなたよりもずっと人間不信だと思いますよ。友達なんてのもいません。望んでそうした訳じゃないんですけど……。仕方なかったのです。

 あなたが灯りをつけなくてもいいというのでホッとしてますよ。私は人に顔を見られたくないのです。顔だけじゃない……姿を見られたくない。暗い部屋でも、私の目はそこそこ物が見えるんです。あなたは今ここに迷い込んで来ただけかもしれませんが、私はもうずっと昔からここに住んでいるんです。

 ……ああ、安心してください。私は幽霊なんかじゃありませんよ。あなたも、最早幽霊ごときが恐いとは思わないでしょうけどね。

 灯りをつけてないだけで、灯りをともせばここもそれ程悪くない所ですよ。ここは私の店なんですよ。あまりお客は来ないですけど、時々あなたのように迷い込んでくる人がいる。そんなお客さん相手の商売なんです。

 私はある時から一切の人間関係を絶った者です。完全に一人です。そのことが、幸か不幸か、いまだにわからないでいますけどね。

 でもね、普通の人が私のように完全に一人で生きていくことは、恐らくできないものなんでしょうね。それは、人にとって不幸なことですよ。完全に一人で生きていくことを選べるなら、きっと誰も迷ったりしません。たぶん、この社会の中で生きている人々にとっては、完全で一人である選択なんてあり得ないんだと思います。

 あなた、人間不信とおっしゃいましたね。それでも、そのことに矛盾を感じるでしょう?

 人間不信なんて嘯いてみても、人は生きていく以上、何かを信用しなければ生きていけないはずなんだ。そうでなくちゃ、人間不信というのは生きていくには致命的すぎますから。あなたは今まで、十分に成長してきたようだ。人間不信であっても一応立派な大人の姿になるまで成長したんです。全てを信じない訳じゃなかった。鉄の鎧も不完全だったんでしょうね。

 あなたは、人が人として生きる以上、自然に抱くような感情の一通りも持っているし、それら全てを捨て去るようなことはできなかった。

 あなたは、自分が寂しさを感じることを潔しとしなかったんでしょうね。

 恐らく、鉄の鎧で自らを守って強くなってみたところで、その寂しさは振り払えなかったんじゃないですか。

 ……まあいいです。そんなところへへたり込んでないで、とにかくここにお座りなさい。そこは床ですよ。毎日大してやることがないので、私は店の床ばかり磨いてるんです。だからあなたの服を汚したりしないでしょうけどね。

 あなただって、そう簡単にここまで来た訳じゃないでしょう? 今日はもう店は閉めますよ。あなた一人、貸し切りです。時間はいくらでもある。心ゆくまでお話しなさいな」

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