「人」ノハナシ

 「習慣」

近所のおじさんは奇妙な習慣の持ち主だ。毎朝、家から出ると表札に黒い板を貼ってその名字を隠し、夕方になるとそれをはずしに来る。私がここに引っ越してきてから六年間、その光景を毎日見てきた。

ある日、家の前を通学路にしている何人かの小学生たちが、その習慣を知ってか知らずか表札に貼られた黒い板の前で何やら話していたかと思えば、それをはずして近くの側溝に捨ててしまったのだ。私はそれを見ていたが、特に気に留めることも無かった。次の日。そのおじさんは死んだ。



 「骨折」

私の勤めている病院によく来る患者がいる。その人がくるのはきまって骨折で、一年のうちに数回入退院を繰り返していた。気になった私は担当医の先生に話を聞いてみると、とんでもないことを話し出した。

「あの人はね、時々自分が空を飛べると思い込んでしまうんだ。一度精神病院に入院させたが入院中は全く症状が出なくてね、どうやら空を見ることが発症条件らしい。タイミングもランダムで対処が難しいんだ。だからウチに入院してもらうときには一切外の景色を遮断するんだ」

話を聞いても全く信じられなかったが、その三日後にその患者がまた骨折で運ばれてきた。

「今日は、飛べると思ったんだけどなあ」

そう笑顔で言うものだから、どうやら本当なのだろう。



 「束縛」

僕の友人にできた彼女が、どうやら重度の束縛癖の持ち主らしい。友人の話によれば、最初の頃は一日一回連絡する、ほかの女の子とあまり話さないなど嫉妬交じりのかわいいものだったらしい。しかし半年も経った頃には、一時間に一回連絡をする、彼女以外の女性と接触することは禁止、断りもなく外出しないなどエスカレートしているようだった。唯一友人が自由なのは大学へ講義に出る時くらいで、その時に会った友人はやつれていて、最近はGPSで位置を把握されていると嘆いていた。



 「仲の良い夫婦」

私の友人夫婦はとても仲が良い。いつも二人一緒で、お出かけの時は必ず手を繋いでいるらしい。何度か家を訪ねたことがあったが、感じの良い旦那さんで妻である友人のこともとても大切にしている様子だった。しかし、その旦那さんが浮気をしているという噂が立って、私は心配になって友人宅を訪ねてみた。出迎えてくれた友人は変わらず元気そうだったが、旦那さんの姿は見えなかった。今出張に行っていると説明してくれたけれど、一つ気になったのは、まだ新しかった冷蔵庫が買い替えられていたことである。



 「おかもとくん」

僕のクラスにおかもとくんという男の子がいる。おかもとくんは確かに同じクラスなのだが、その姿を見るのは決まってお昼休み後の一時間だけだ。皆が給食を食べ終わり次の授業の準備をしているときにおかもとくんは教室に入ってくる。僕はつい四カ月前にこの学校に転校してきたので、最初は疑問に思っていたけれど、他のクラスメイトはそれが当たり前といったように過ごしていたので僕の気にしないようにしていた。けれど、時々どうしようもなく気になることがある。他の皆はまったく気にしていないけれど、たまにおかもとくんの口元が真っ赤な何かに染まっていることがあるのは、一体どうしてなのだろう。今度聞いてみようと思っている。

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