「子ども」ノハナシ

 「ユウくん」

息子はよく遊ぶ公園で、新しいお友達を作ったようだ。昼になると急いで公園へ向かい、夕方ごろにたくさん走ったりしたであろう汚れた服で帰ってくるのが毎日だった。夕食の時も楽しそうにそのユウくんと呼ばれるお友達の話をする。追いかけっこをしたとか、度胸試しをしたとか、最初は可愛らしい子どもの遊びだったが、ある日息子が語ったのは交通量の多い道路で道路を横切る遊びをした、という危険極まりない遊びだった。さすがに度が過ぎていると思い、息子を叱った私は次の日息子についていってユウくんとも話をしようと思い公園へ向かった。公園に着くと息子は嬉しそうにユウくんの名を呼んで駆けていったが、息子が楽しそうに話すその先には誰もいなかった。後で聞いた話だが、数年前その道路で交通事故があり、少年が一人亡くなったらしい。



 「いないいないばあ」

通勤のために乗ったバスで、赤ん坊が大泣きしていた。朝で人も多く誰かが憤激しだしてもおかしくないなとビクビクしていたが、皆その泣き声を方を見はしても睨んだりしている様子はなく、なぜだか気味悪そうに見つめているのだ。気になった私はそちらに目をやると、五十代ほどの痩せこけた女性が両手に抱いたボロボロの人形に向かって何度も「いないいないばあ」をやっていた。それだけでも十分に気味が悪いのだが、さらに解せなかったのは、その人形がまるで赤ん坊のような泣き声を発してガタガタと震えていることだった。



 「触ってはいけない」

我が家には代々伝わる呪いの人形があった。父から聞かされた話では、その人形は子どもに名を尋ねることがあり、それに答えて名を名乗ると全てを「奪われる」らしいのだ。全てとはその者の存在全てである。姿、声、名前、記憶。そうして全てを人形に奪われた時、人形がその者に成り代わって一生を生きていくのだ。名を名乗った者は誰にも認識されなくなって、存在を無くすのだという。

そんな話を微塵も信じなかった私は、冗談半分でその人形がしまわれている倉に忍び込み、お札だらけの箱の中から無理矢理取り出すと、「話せ! 話せ! 」と乱暴にゆすったりしてはケラケラ笑って遊んでいた。すると突然人形が声を発した。

「おなまえは」

思わず動きを止め、両手で握った人形を凝視すると、今度はハッキリと私の目を見て尋ねた。

「おなまえは」

私は半分パニックになりながら、途切れ途切れに名前を名乗った。すると、人形はニタァと不気味な笑みを浮かべてこう言った。

「ありがとう、いただきました」

私は気味が悪くなり、人形を投げ捨てると倉を走って出て行った。

あれから五年、私は今でも元気で過ごしている。ただ一つ、最近自分の名前がすぐに出てこなくなったのが、唯一の不安である。



 「遊び相手」

娘は家に一人でいることが多い。会社勤めの私は、遅い日になると午後十時以降でなければ帰れないことがあった。妻は娘の出産した三日後に突然息を引き取った。それ以来、会社員として働きながら、不自由させつつもなんとか男手一つで育ててきた。保育園のお迎えやたまの食事の手配など近くに住む義母がやってくれることもあるが、四六時中娘につきっきりというわけにも行かず、夜は一人家に残してしまうことがある。けれど、娘は私に嬉々として話すのだ。

「きょうはね、またおばちゃんがきてあそんでくれたの」

娘は義母のことはおばあちゃんと呼ぶし、おばちゃんと呼ばれるような親戚が来たことも、家政婦を雇ったこともない。まさか誰かが勝手に家に上がり込んでいるのではないかと思って家の中にカメラを仕掛けたこともあったが、何度見ても誰かが侵入した様子はなかった。ただ、映像の中で娘は見えない何かに向かって「おばちゃん」と呼んでいた姿だけがハッキリ映っていた。

ある日、たまたま帰りが早くなり帰宅すると、一人のはずの娘が楽しそうに会話する声が聞こえた。誰かいるのかと思って慌てて居間に向かうと、娘はまた見えない何かと会話をしているようだった。私はさすがに気味が悪くなり、娘に訊ねた。

「なあ、一体誰と話をしているんだ」

すると娘は不思議そうな顔をしながら、「このおばちゃんだよ」と指を差した。

そこにあったのは生前妻と旅行に行ったときに撮った、二人の写真だった。驚いた私は娘に慌てて訊き返した。

「そ、そのおばちゃんは、どんな表情してるんだ」

すると娘は満面の笑みで答えたのだ。

「いっつも、すごくたのしそうにわらってるよ」

私は思わず熱くなる目頭を押さえ、写真の中の笑顔の妻に「ありがとう」と小さく呟いた。

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