第26話 モウヒトリの『ワタクシ』

 ――――ベネットを先ほどのサキュバスと同じ『コレクション』だと言い放った門番は……仮面越しでハッキリ伝わる。おぞましい笑みと嘲笑を漏らしている。


「う……あ……あ…………あ……」


 片やベネットは、自分を抱き締め、必死に自分の心を恐怖からガードしている…………。


「よーもやぁ……こんな辺境の、こんな遺跡で貴重な猫人を拾えるとは……いやあ、まったく! 幸運なことだァア……これも『魔王』様のご加護であるウゥ!! ふはひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ……!」


「……や、やっと……やっと逃げ切ったと思ったのに…………もう、あんにゃ思いは二度としにゃいはずと思ったのに――――」


 ――――ベネットの脳裏に……どす黒い記憶がフラッシュバックする――――


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「――ホホーウ……貴重な猫人ねこひとを捕まえてきてみれば……なかなかに美しい肉体ではァないかぁ……っふっふくくくく…………我が至高の『芸術品』として、『加工』のし甲斐がありそうだァァアア!」


 目の前には、ベネットと同じ猫人たちが牢に繋がれ、泣き喚く。ベネットは鎖に繋がれ、その背に――――真っ赤に灼ける鉄の塊が迫る! 


「や、やめて……もうやめ――――ギミャアアアアアアアアーーーッッッ!!」


「フゥーム! この『素材』にもォ……我が作品たる証である焼印が綺麗に焼き付けられたなあああ……光栄に思うがイイィイ!! これからは我が作品として余人の理解も届かぬ至高の美術品の仲間入りだアアアア!! ふはーっはっはっはっは…………」


(嫌……嫌にゃ…………これ以上思い出したくにゃいにゃ! それ以上は――――)


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「ベ、ベネット!! 逃げるのにゃ!? ウ、ウチも連れてってにゃー! もうこんなところは嫌ニャーッ!!」


「ボクも逃げたいニャー! キミ一人逃げるにゃんてズルいにゃ…………!」


「う、うう……みんにゃ…………!」


「――ヌウウ!? 作品カテゴリー:猫人! そこでなぁにをしているゥ!?」


(…………みんにゃ…………ご、ごめんなさいニャ…………!!)


「ま、待ってーッ!! 置いてくニャーーッッ!!」


「ベネット…………キサマ、よくもぉ……よくも見捨てたニャアアアアアアアーーーッッッ!!」




(アチキのせいじゃにゃい……アチキのせいじゃにゃい…………!! みんにゃ、許して…………どうか許してくださいニャ…………!!)


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 ――――ベネットは、目の前が真っ暗になった。


 過去の悍ましき、痛ましき記憶が、濡れ羽のような闇と、その背中に焼き付けられた『証』を突き刺すような痛みのイメージに取り込まれそうだった。


「あ、ああ、あ……ごめんなさい…………ごめんなさい…………ごめんなさ――――」


「――――ネッ……ト…………ベ……」


「ごめんなさ…………」


「――――ベネット!!」


 と、気が付くと……ベネットの両腕には……温かな人の手の温度が感じられた。


「……え…………?」


「ベネットッ!! 気をお確かに! わたくしはここよ! 目をしっかり開けて、私を見てッ!! 大丈夫、大丈夫なのよ!!」


 その声――――ルルカの呼びかける声で、俄かに視界が明るくなってきた。


 両腕には、ルルカがしかと、手を握ってくれている。


「ルル、カ……ルルカ、おねえさま…………?」


「そうよっ!! 私はここにいる!! いつも一緒にいて、貴女を助けるッ!! 伴侶ですもの!!」


 見上げると、ルルカが真剣に、確かな庇護の意識を持った目で見つめてくれている…………。


「お姉様……――――おねえ~さまぁ~…………うううう、ぐすっ……ひぐっ…………」


 ベネットは、襲ってきたトラウマから現実に帰って来た。そして、目の前の温もりが確かに在ることに安堵し、幼い子供のように泣き出した。


「――――貴様! ベネットに一体何をしたんだ!!」


 ラルフは怒気を込めて、剣の切っ先を目の前の大男に向ける。


 ブラックも歩み寄ってベネットの目などを診て……ウルリカはベネットの前に出て壁となる。


「むう……PTSDによる記憶のフラッシュバックと、意識の一時的混濁か……なかなか、重症だ……何故道中医者である私に話さんのだ……」


「……男は信頼できないんでしょ……でも、あいつと会ってからの反応見て大体わかった。よっぽど下衆なことをされたみたいね……!」


 一方、件の門番は――――まるでどういうことか理解していないようだ。


「ふむう? 一体何をそんなに殺気立つのかネ? 吾輩の『コレクション』として『再加工され』、後世まで残る『芸術品』になることのどこが問題なのカネ?」


「……『コレクション』? 人が『加工』される『芸術品』だア!?」


 その非人間的な物言いに、ヴェラも激しく怒りが湧き上がる。


「ヌ? 何故そんなに激昂するンンン? ――チィッ。やっはーり! 貴様らも吾輩の『芸術』を理解せんのか。俗人共めがア……!」


 先ほどまでラルフたちを勝手に評価したかと思えば、自分の思想に異を唱え始めた途端に勝手に貶め始めた…………門番の大男の方こそ激昂し、こう吼える。


「吾輩のォ!! 崇高なる作品を創るためならば、他はただの『素材』に過ぎんンン! この世あの世の天地あまつちを余さず、すゥーヴェーテェー! 吾輩の箱庭でありィ、劇場なのだァ~! 『観客』などおらん。否! 存在せんでもいい!! 崇高な美術を創る為なら手段など要らぬゥ!! 愚問だ! 理解せぬ者、『素材』となるのを拒む者など俗人だ! ゴミ屑以下だッ! ゴミ屑以下の以下だァッ!!」


 ベネットに魔術杖を向け、喚く。


「そこの猫人の小娘もぉ……我が美術品になる栄誉を自ら捨てて在野に逃げるとは……全く以て救いようもない阿呆であるゥ!! 戻る気が無いのならばぁ~……蛾のように飛び回り、塵芥ちりあくたのように散らしてくれるわァア~ッ!!」


「……てっめえ…………っ!! 人はてめえのゲージュツとやらを満たす道具じゃあねえ!! 一緒に生きる、幸せをSHAREする希望だろうがよ!!」


 目前で膨れ上がる傲慢。人間を意志ある『人間』とも認識せぬ捻じ曲がった欲望。


 楽師として生きるヴェラは鋭く咆哮し、マグマのように熱く激怒する。


「知ぃ~らぁ~ん~なァ~~~ッッッ!! 芸術に対する解釈などぉ、俗人には理解する余地など無いィイィーーッ!! 吾輩こそが『芸術』を行使する創造主! ただ一人の創造主なのだァーッ!! ――身の程を知るがイイ……こぉの凡愚以下の以下の以下共があああああ~ッッ!!」


 ――大男から轟然と魔力が立ち昇り、臨戦態勢に入った――――と同時に、男の魔術杖から、ぼっ、と、人魂を思わせる無数のエネルギー体が火を噴いて放たれた! 


「……吾輩の名は、ミュージアム。天地全ての芸術を創り、蒐集しゅうしゅうし――――統べる存在なりィーーーッ!! 行け! 我が傀儡かいらいたる力よォオーー!!」


「――来るぞ! みんな!!」


 美術館ミュージアムを名乗る男から放たれる思念体から、ある塊は炎を噴き、ある塊は氷塊を放ってくる! ラルフたちは敢然と立ち向かう。


 しかし――――


「……うっ……ううっ…………う…………」


 ベネットはルルカがいるとは言え、未だ戦意を喪失している。恐怖に捕らわれたままだ。


「………………」


「ちいっ! 来るぞ、ルルカにベネット! このまま固まってても殺られるだけだぜ! 俺がやる気の出る歌を――――ルルカ……?」


 ギターを担いだヴェラが二人に呼びかけるが、二人は固まって、動かない。


 しかし――――俄かに、ルルカから尋常ならざる怒りが立ち昇って見える…………。


「……ベネットを……ベネットをこんな惨い目に遭わせるなんて――――貴方!! 許さないッ!!」


 ――――激昂し、感情が爆発する。


 否――――ルルカの中で一つの大きく、強い……そして冷たい意志が動き始めていた――――


(――――あら? 『わたくし』。久しく『こちらのわたくし』を抑えていたのに……ふふふ……とうとう怒りを漲らせるのね? ――その手を、あの、美しい『アカ』で染めたくて仕方ないのでしょう……目の前の下劣な男の生き血を……ふふふふふ…………)


(――――!! も、『もう一人のわたくし』が……い、イヤ…………駄目よ! 貴女だけは……貴女にだけは……わたくしの身体を渡すわけには…………!!)


 ――――ルルカは、己の中のもう一人の自分……かつて施された術によって生まれた別の人格に頭の中で囁かれた。


 渡すまい。委ねるまい。


 主人格の彼女の意志で、懸命に『己』を制御する『意識の椅子』を守ろうとする。


「ぐああっ!!」

「うおおおッ!!」


 ――しかし、戦いは始まったばかりだというのに、情況は劣勢である。


 ラルフとセアドが、美術館ミュージアムの強力な魔術で吹き飛ばされ、更に召喚した思念体からの猛烈な魔力の嵐……。


「く、くそっ……私も魔術で加勢できれば……この程度の魔術、防ぐ結界ぐらいは張れるものを…………ッ!!」


「フゥハハハッハ……! そぉーの程度なのかネ!? 小国とは言えェェ……レチア王国の筆頭とも言えーる宮廷魔術師殿があ……この程度の魔力抑制装置で根を上げるとは、クワアーッハッハッハアー!! 大陸で一番の喜劇役者のギャグよりも笑えるワアーッカッカッカッ!! 笑い涙でこちらが溺れ死ぬわい!! ――――魔術が練れぬ魔術師などゴミ屑を累乗したゴミ屑よ!! 屈辱に沈んだままぁ……その姿カタチもゴミ屑に累乗した何かへと朽ち果てるがいいィィーーーッ!!」


「う……あ……うううっ…………またみんなやられちゃうにゃ……あの時みたいに…………!?」


「……ちいっ! やはりこんな情況では薬品による治療も追いつかん! ……ベネット! 頼む……戦ってくれッ!!」


「うあっ!!」


「――ウルリカ!!」


 重要な回復要因であるベネットは恐怖に囚われ、魔術師であるロレンスは戦闘向けの魔術を封じられたまま。敵の猛攻はこれまでの門番とは桁違いに凄まじく、防戦一方である…………。


 前衛の、重武装のウルリカですらも、絶え間なく放たれる魔術、火炎、氷塊、暴風、岩石などの猛攻に耐え切れず……吹き飛ばされる。


「みんな、しっかりしろお!! あんな下衆野郎に負けんじゃねえ!! ♪~♪~!!」


 ヴェラが害意ある嵐の爆音にも負けず、皆の戦力を底上げする歌を全力で歌う…………が、もはや焼け石に水に等しかった。


(――――どうするの? 今のままでは、貴女も含め……皆、死を待つばかりよ? …………愛しい、ベネットも無惨にね…………)


「そんなこと……そんなこと、させるもんですかっ!!」


(――――どうやって……? ふふふふ。本当は知っているのでしょう。『こちらのわたくし』に身を委ねなさい。そうすれば……勝機はだいぶ上がる事でしょう)


「……そんなことをすれば、貴女はまた殺すでしょう、人を……喜んで人を殺すような貴女なんかには、二度と――――!」


(――あら。その『わたくし』に、その生命いのちを救われたのは……何処・・でして? ――――血が飛び、肉が弾けるあの地獄で……泣いてばかりで何も出来なかった貴女を……代わりに戦って助けたのは、何処・・でして?)


「それは…………!」


「……ふむゥ。存外にぃ、しぶとい連中ではないかァ……念の為だ。回復法術が使えると見える――――キサマからあ!!」


 瞬間、美術館ミュージアムの魔術杖から鋭い閃光と共に、衝撃波が放たれた――――! 


「――――ウミャアアアア!!」


「ベネ……ット…………」


 まともに衝撃波を受け、倒れ伏すベネット。




(さあさあ、ほらほらっ。こうまでされても、まだ躊躇っているおつもり…………? なあに、身体を借りるのはほんの少しだけですわ。この窮地を脱して見せましょう。……さあ。その心を怒りと憎しみで解き放ちなさい。『こちらのわたくし』を『意識の椅子』に座らせなさい――――目が覚めた時、どんな光景が広がっているかは、わかりませんけどね――――!!)


「あ、あああっ…………ああぅっ…………!」


 刹那。


 彼女の瞳の色は、禍々しき黄金色に輝き――――彼女の心は、『意識の椅子』から剥ぎ取られた――――

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