第25話 悲劇とのエンカウント

「――――スン~ンばらしいイィーーーッッ!! 正直、冒険者風情にやれるとは思わなんだがぁ……予想以上の演じ方でーはァーないかァー!! 本当に初心者がほとんどの集まりなのかね!? 吾輩の同好の士に加えたいくーらァーいだあーよぉー!!」



 元々エキセントリックなテンションで喋る門番だが、音響機器スピーカー越しの合成音声をひと際上ずらせ、歓喜している……どうやらラルフたちの演劇に好感を持ったようだ……。


「……ど、どうやら、今の演劇で満足したみたい……だな……むっ?」


 ラルフが様子を窺っていると舞台上にまた転移魔術によって何か現れた。――――どうやら、宝箱のようである。


「それは吾輩からの餞ンンン別ダァーッ! 素晴らしいショーを見せてくれた礼だ。受け取ってくれたまァーえーエー!!」


 ラルフは一応訝しんでロレンスに尋ねる。


「……罠は?」


「ありません……どうやら本当に宝物ほうもつの類いのようです……どうせ略奪した物でしょうが」


 ロレンスは識別魔術で危険は無い、と告げる(どうやら識別魔術など、戦闘にさほど威を示さない類いの魔術は封じられていないようだ)。


「……なんだかなー……さっきまでほとんど俺たちに完璧に勝っていたのに、演劇をさせて、それが終わった途端に敵に塩を送る真似まで……理解に苦しむ門番だな……」


「ん! ニャ! こ! と! よ! り! ギミャアーッ!! にゃんでルルカお姉様と結ばれる役がラルフにゃのヨ、にゃんでー!?」


「ふふ。お芝居なんて久しぶりでしたわ! 目一杯楽しませていただきましたわ!」


「お姉様!?」


 泣き喚くベネットをよそに、ウルリカやヴェラも手応えを感じていた。


「ううう。ちーん! ……おお。気持ち入り過ぎてマジ泣きしちまったぜ……けどやっぱ楽しかったー!」


「演じる前は嫌々だったけど……やっぱ私たちのイメージに合った配役だったんじゃあない? 自然体でやれた感じ~」


「わ、私は喉から心臓が飛び出るかと思うほど緊張しましたぞ……出来れば同じことは二度やりたくないですな」


「私も少々疲れたよ……大声も出したし。まあ、年齢相応で内心ホッとしたがね。どれ、門番と一戦交える前に、コーヒーブレイクといくか」


「クカカッカ……遺跡を攻略してェ、お宝をブン盗り返すのに協力出来るだけかと思ったがァ……こ~んな懐の広い演劇までさせてもらえるたァな。死ぬ前にまたひとつ良~い経験がぁ出来たぜ~。さて、目の前のお宝貰ったら……とっとと門番を半殺しにいこうぜえ!!」


「……そうだな。敵からだと戸惑うばかりだが……役に立ちそうなら宝箱の中身も貰っておこう」


 ラルフたちは、門番が取り出した4つの宝箱をそれぞれ開けてみた。


「――――おオオ!! うっひゃっひゃっひゃ。大枚入ってんじゃあねえかぁあ~」


「セアド。解っているだろうが、貴様は所詮死刑囚。この遺跡から宝玉を奪還するまでの奴隷に過ぎぬのだ。間違っても拾得物を私物化するなよ」


 ロレンスとセアドが開けた箱には、大金が入っていた。200000ゴールドはあるだろうか(ちなみに現代日本に換算すると1ゴールド15円程度である)


「――ムムッ!? こっちはにゃんか……変わった草で出来た冠みたいにゃ!」


「あら、これならベネットの頭の付け耳も邪魔しないわね。被ってみたら?」


「いいんですにゃ? ……よいしょっと……おおっ! 何だか法術を唱える力が強くにゃった! ……ペラペラペラペラ……詠唱も早くにゃったみたいにゃよ!!」


 ベネットが被ったのは、聖なる法力を蓄えた種子から生えた月桂冠のような、植物で出来た冠だ。ベネットが装備することでより力を発揮できそうだ。


「こっちは……ほう。これはなかなか助かるな。体力・精神力共に一挙に全員回復するエリクサーだ……それも全員を瞬時に使用可能な、な」


「傷薬の類いは充分かと思ったけど、ここまで結構な激戦よねー……こういうのやっぱありがたいね」


 ブラックとウルリカが開けたのはラストエリクサーの箱だ。それも、結構な個数入っている。


 最後に、ラルフが開けたのは――――


「……? なんだ、これは……?」


「なんかの張りぼてみてえだなあ~っ! 箱の残りは……んん? ネジに板金に弦? って、ギターの改造にでも使えそうじゃあねえか。これ俺もーらいっ♪」


 ヴェラの言う通り、箱の底に入っていたのはちょっとした機械類を改造するのに使えそうな機材だった。

 

 だが、その上に乗って入っていた物は何とも面妖な物だった。


 一見、段ボールか何かを張り合わせた張りぼてである。……どうやら全身鎧のようだ。身体の各パーツごとにトリコロールカラーに塗り分けられ、ロボットのような排気口やチューブ、搭乗口まで精緻に作られたそれはまるで――――


「ガ〇ダムニャーッ!! これガ〇ダムニャアアアアアアアーーーッッッ!?」


「ベネット! およしになって!! 伏せ字でもこれは、著作権的に、アレですわッ!!」


 思わぬ報酬に、ラルフは戸惑う。


「……一体何なんだ、これは? ただの玩具おもちゃか……?」


 一見、某有名ロボットアニメの機体に似せた張りぼてにしか見えない全身鎧だが……ロレンスは一応調べてみた。


「これは……うーむ……ふと見るとただの張りぼてですが……何かとてつもないパワーを感じますぞ……素材も紙のようで、紙でない。だが、鉄のような金属のようで金属でない……ふむむ……これは私にも明確にはわかりかねますな……超古代文明の遺産か……はたまたオーパーツか!?」


「「マジで!?」」


 ヴェラとベネットが同時に驚いた。どう見てもありふれた張りぼてなのに、そんな超古代だか何かの遺物とは。塗ってある塗料もマーカーペンを塗り重ねただけのような感じだし、重量も非常に軽い……。


「……着る、のか? 俺が?」


「……守備力は並みの全身鎧を遙かに凌ぎます。ミスリル銀より硬く、重量は厚紙並みなのは間違いございません……存外に戦闘の役に立つかと――――ラルフ殿がお嫌でなければ、ですが…………」


「あっ。ちなみにあたしはパスねー。王国の市場で見繕ってきたあたしの鎧、結構高級なんだし」


 同じ全身鎧を装備する前衛のウルリカはNOと言う。口ではもっともらしい意見を言っているが、顔は明後日を向いている。こころなしか表情も忌な気だ。


「……はあ……よいしょっ、と……」


 諦めたラルフは一人、今の鎧や籠手や脛当てを脱いで、ガ〇ダムの張りぼてのような全身鎧をいそいそと着込んだ。


 待つこと三分。


 ラルフは首から上だけ素顔のまま、身体だけは某ロボットアニメのロボットと化した。


 そう。さながらその身を削って平和の為に闘う『哀しみの戦士』のように…………。


「ブッ……ミャハハハハハハハ!! いつものイケメン然とした姿が台無しニャァーッ!! こりゃ傑作ゥーーーッ!!」


「ギャハハハハハーッ!! 真面目面と鎧のギャップが却ってオモロ過ぎんだろぉ~っ! ギャッハッハッハ!!」


「二人ともお止めなさい!! ラルフ様は皆さんの為に有効な努力をしてくださっているのよ! 笑ういわれが何処にありましょうっ!! ガ〇ダムにも失礼ですわ!!」


 臆面もなく爆笑するヴェラとベネットをルルカが叱る。


 ラルフは何とも形容しがたい、しかし怠い気分である。


「はは。ついさっき人前に立つ行為をしたばかりだというのに……君も苦労人だなあ、ラルフ」


「心中察しますぞ、ラルフ殿! 我が国……いいえ、世界の安寧の為です。こらえてくだされ!」


 苦笑いするブラックにやたら深刻な顔をしてラルフを諭そうとするロレンス。ラルフは何処か宙を向くように答える。


「……ロレンス。俺は『怒って』るんじゃあないんだ……『悲しい』んだよ…………別に俺はこんな格好をするのが恥なんじゃあない……でも、世界を救いたい気持ちとこの格好とのギャップが激しすぎることに……情けなさを禁じ得ないんだ……。」


 ある者は笑い、ある者は嘆き、しばし緊張がほぐれたが――――すぐに例の合成音声の金切り声が喧しく響く。


「フフーン!! 吾輩の贈ったモノはお気に召ーしたかーねー? ……ホホーウ! ガ〇ダムの鎧を召したそこの青年も……なーかなか似合っているでーはーなぁーいーかぁーっ!! ……いいだろう。準備が出来次第――――」


 と、門番がひと呼吸置くと、この演劇場の一角の地面が窪んだのち、パタパタパタッ、と鉄の板が展開し、下りの階段が現れた。


「そこの階段をぉぉ、下ーりーたまーえー……吾輩と、吾輩の『コレクション』が直々に相手をしてやろーうではなーあいかぁー! ……良き芝居を見せてくれた手前、実に名残惜しいーがぁー……侵入者諸君を撃退するのが――――吾輩たちの崇高な『魔王』様の為の義務DUTYなのだァ……いやいや、実に惜しいよお!? ――さあ、いつでも挑戦したまーえーッ!!」


 ラルフたちは、改めて敵との戦いに備え、気を引き締めなおした。


「『魔王』……またそれかね……」


「連中は……単なる宝物として『憎悪のなみだ』を盗み出したわけではないようですな……やはり、『魔王』と、魔王の力を信奉している勢力……? ともかく、油断はなりませんぞ」


 皆が臨戦態勢に入ったところで、ラルフは高らかに叫ぶ。


「……戦う準備は整ったッ! さあ、来いッ!!」


 門番は、合成音声で吼える。


「非凡なァ~る才を持つ者どもよォ! まァ~ずは……こいつからだぁーーーッッ!!」


 ひた……ひた……ひた…………。


 ――――階段を登る、得体の知れぬ気配…………。


 現れたのは――――


「――ウフフフフフ…………!」


 ――――それは、一見すると人間だが、決して人間ではない。


 淫靡で艶やかな色香を放ち……挑発的なポーズで柔肌を露わにする――――悪魔。そう…………。


「!! 淫魔・サキュバスですわ…………! 皆様! 目を合わせてはなりません!!」


 ルルカがそう叫ぶ。


 そう。相手を幻惑し、情欲を刺激して支配するサキュバス。並みの精神ではその魔眼を見ただけで魅了チャームされてしまうだろう。


「いいですわね……まずは遠くから魔術や投擲で……えっ?」


 そう言いかけた時。


 自分の後ろから目にもとまらぬ勢いでサキュバスへ飛び掛かる人影! 


 それは――――


「――――うわあーーーいッ!! キレイでエロいお姉さんニャアアアアアアアーーーッッ!!♡」


「……ええっ!? いやあああああああああーーーっ!!」


 ――そう。いの一番に突進ダイヴしたのは……教会を破門されるほどに女の子大好きすぎる、ベネットであった。


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 ――――それからものの数秒だったろうか。


 ベネットは魅了されたわけでもなく、本能のままにサキュバスに突撃ダイヴし、衣服を剥ぎ取り、柔肌を思う存分に堪能して肉欲を満たし、辱めを与え――――(これ以上は全年齢では描写出来ない)――――一行が気が付く頃には、性欲をひとまず満たしたベネットの背中に『勝利』の文字が浮かんで見えた……ような気がした…………。


「――――ひ、ひいィ~っ!! 獣人なんかに逆にぐちゃぐちゃにされるなんてぇ~…………もう人間を凌辱出来ない! 魔族のお嫁に行けないわあ~っ!! うわああ~~んんん…………」


 ――――淫魔にも誰かと婚姻を結ぶしきたりなどあるのか、はさておき……その淫魔をも圧倒する情欲で、ベネットは一瞬にしてサキュバスを撃退してしまった……。


「……べ、ベネット~……」


「ムフフ~! サキュバスごとき。恐るるに足らずにゃ!! ニャッフッフ……じゅるり」


 恋人同士を誓ったルルカ含め、一行はポカーンと開いた口が塞がらない。


「…………。……つくづく、今回の旅の仲間たちは…………まったく、頼もしいというかなんというか……」


 ラルフが嘆息するのを尻目に、ベネットはスキップして一行のもとへ戻ってくる。


「にゃんにゃにゃ~♪ い~い気分にゃー♪ おパンツを穿き替えたばっかの正月元旦の朝のよ――――みゃっ!?」


 ルルカは、両手のナイフをベネットの頸動脈にあてがいながら、低く地の底を這うような声で告げる。


「……まずは、敵を片付けてくれて感謝いたしますわ、ベネット……でも、わたくしは貴女の伴侶になると誓ったの。妾とか愛人とかを否定するわけではないけれど、わたくしにも女として、恋人としての感情があることを忘れないでくださいまし…………」


「ひゃひゃひゃ、ひゃいっ!! 申し訳ありませんニャッ!! 一番愛しているのはルルカお姉様だけですニャッ!!」


 ベネットは涙目になって気を改める。


「よろしい」


 殺気を納め、首筋からナイフをどけた所で……例の金切り声が階段の下から聴こえる――――今度は肉声のようだ。


「ヌウウウウッ!! どうやら諸君らを甘く見ていたよーうーだぁ~……改めて敵として敬意をォ、払おう……しかし解せんのは――――そこの猫人の小娘! よくも我が『コレクション』を傷物にしてくれたもォーのォーだァアーーッ!! 許せぬ!! すぐに吾輩自らが鉄槌を下さねばなああああッ!!」



「……ニャ? …………『コレクション』…………? って、この声まさか――――」


 ガッシャ……ガッシャ……ガッシャ…………。


 何やら重々しい音を立てながら、声の主が登ってくる。


「――――ホホーウ……その猫人の小娘ェェ……やはりあの時のぉお……」


 出てきた男は……顔を怪しげな仮面で隠し、禍々しい形の魔術杖を携え、傍らには魔術書のような本を持った大男だったが…………。


「そ……そんにゃ…………やっと……やっとお前から逃げられたと思ったのに…………もう二度とあんにゃ想い、しにゃいと思ってたのに…………!!」


「――――ベネット…………!?」


 ベネットの異変に、ルルカも不安が沸き立つ。いつも自由奔放に振る舞う猫人の少女が――――眼前の敵に怯え、震えあがっている。


「――――近くで見るまで確信は持てなんだがぁ~……よもやこんな所で再び『拾える』とは、ノォ……――――会いたかったぞぉん。我が『コレクション』よ……!」

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