第24話 劇中劇『僕が護りたかったもの』出演:ラルフ一行 脚本:地下2階の門番

 幕が上がる直前、録音したと思われる音声がアナウンスされる。


「本日は劇場『ルチア王国古代遺跡地下2階』にお越しいただき、誠にありがとうございます。演目『僕が護りたいもの』間もなく開演です……ごゆっくりお楽しみください。」


 幕が上がり切り、スポットライトが当たった瞬間……演者が第一声を発した。


「『学校なんて、自分だけが問題なければいいと思っていた……』」


 第一声を発したのは――ラルフ。配役一覧に載っていた『生徒会長』役である。


 弦楽器が爪弾く寂しげなBGMが流れる。


「『家はなかなかに裕福。学力も良好。生徒会のリーダーとしての活動もほどほどに順調……そう。僕はなんの変哲もない、なんの問題もない平々凡々と暮らしている、この学園の生徒会長だ。』」


 ラルフはやや硬さやぎこちなさはあるものの、意外にも冷静に、淡々と役をこなせている。台本の通り、ゆっくり舞台上を歩きながら台詞を独白する。


「『――なんの問題もなければ、大して思い煩うことも少ない。僕個人は平和そのものな毎日。その毎日に僕は満足していた。』」


 やや引き攣りながらもここでふっ、と笑顔の演技。


「『それはそうだ、問題や思い悩むことなんて少ないほうがいいに決まってる。だから特別誰かと競うことも葛藤する必要もない。そうやって学園生活を、もっと言えば人生を平坦に生きていければそれでいい。生徒会長に立候補して無事務められているのも僕の今の人生が安定している証拠かもしれない。』」


 ここで『生徒会長』の表情は物憂げになり、ゆっくり舞台袖を見遣りながら言う。


「『……他人には関係ない、平和そのものな日々。ずっと続くと思ってた時間。そう、思ってたことが音を立てて崩れ去る、今日この日、約二十秒後までは…………』」


(さあ、出番ですわ。行きますわよ、ウルリカ様、ヴェラ様……!)


(おうよ! 全力でチョケるぜ!!)


(しーっ、声デカいっつの……)


 舞台の下手から、どたどたっ、とルルカ、次いでヴェラ、ウルリカと『生徒会長』が立つ場所から間を取ってなだれ込んでくる。


「『ゴラァ! 逃げんなよヨーコぉ!』」


「『あんた、逃げられると思ってんのぉー!?』」


「『ひいい…………っ!』」


 ヴェラとウルリカがルルカを追いかけ、肩を掴んでルルカを止める……そう。ヴェラが『いじめっ子A』、ウルリカが『いじめっ子B』、そしてルルカが『いじめられっ子のヨーコ』だ。


 ウルリカはラルフ同様硬さがあるが、ヴェラとルルカは元々芸事が好きなので嬉々として演じる。『生徒会長』は静かに3人を見つめる。


「『もうそろそろ小遣いとかもらう頃合いっしょ?』」


「『あんたみたいな根暗が持ってたってしゃあないからさ、ほら、さっさと財布だせよ。あたしらが有効活用してやっから』」


 粗野な振る舞いは元々多いウルリカとヴェラ。イメージしやすかったようだ。荒々しくいじめっ子としてルルカ扮する『ヨーコ』にたかる。


「『うう……これには今日の昼御飯の分が……お母さん仕事だから晩御飯も……』」


 泣きじゃくる『ヨーコ』に『いじめっ子B』が掴みかかる。


「『は? は? 何言ってんの? そんなの知ったこっちゃねえんだよ!』」


 ヴェラ扮する『いじめっ子A』はいかにも意地が悪そうに一歩、二歩と舞台の前に歩き出て台詞を言う。


「『また痛めつけらんないとわかんない? それとも……あの写真ばらまいちゃっていいわけ、エエ!?』」


 その言葉に俯いていた『ヨーコ』はビクッ、と跳び上がり、『いじめっ子A』の脚に縋る。


「『ああっ!? だ、駄目! それだけは、それだけは駄目え…………!』」


 『いじめっ子A』は舞台の中央、観客席全体に向かって(実質観客は遠くから見ているであろう門番だけだが)見栄を切って声を張る。


「『――裸にされて落書きまでされてやんの、あれ、マジ傑作だよねー……泣き崩れて、みっともないったらないよねー』」


 あまりにも理不尽が過ぎる脅迫。下品な高笑いをして、『いじめっ子B』は『ヨーコ』の胸倉を掴む。


「『キャハハ! あんなの二度はされたくないよねえ……ほら、わかったら金出しな! おらっ!』」


「『ひっ…………うううう…………!』」


 脅しに負けている、負け続けている『ヨーコ』は泣く泣く小道具の財布からお金を渡す動作をする……。


「『……けっ。さすが飯代だけだとしけてんねー……』」


 財布から奪った金額を見て、『いじめっ子A』はやや不満そうだ。


「『オイ! 明日はもっと持ってきなよ。逃・げ・ん・な・よ!!』」


「キャハハハハー!!」


 日常的に『ヨーコ』への恐喝と脅迫を繰り返しているであろう『いじめっ子A』と『いじめっ子B』は、さもこれが当然の仕打ちと笑いながら舞台の上手に去っていく。


 舞台の中央でスポットライトを浴びる『ヨーコ』は俯き、痛々しく肩を震わせて……か細く呟く。


「『…………もう嫌……お金だってお母さんが苦労して私のためにお小遣いくれてるのに…………もうやだ……学校来たくない……こんなひどい学校なんか…………!』」


 嗚咽を小さく、しかし痛ましく響かせながら、『ヨーコ』も上手に去っていく、と同時にスポットライトも消える。


(――ごめんね~ルルカー。飽くまでも演技だから! ね?)


(そんなこと気にしなくて結構ですのよ。これはお芝居! どうせなら楽しく全うしましょ?)


(……俺は練習よりいい感じだぜ……SOULが漲ってくんのがわかる! ほら、俺って本番で燃えるタイプだから――――)


(お黙りなさい。次。『生徒会長』と『校長』のお芝居ですわよ)


(お、おお……ルルカ、役に入り切ってんなー……さすが旅芸人だぜ)


 舞台裏でルルカたちが興奮気味に声を掛け合う中、舞台上では物語が進む。


 『生徒会長』が舞台中央に進み出て、再びライトが当たる。


「『……いじめ、か。【いじめ】、なんて言い方だから世の中全然良くならないんだよな。あれじゃ暴行に強盗、恐喝に脅迫だよなあ……』」


 『生徒会長』はどこか他人事のように呟きながらも、違和感を感じて胸に手を当てる。


「『それより、どこの学校でもあるものだけど、うちの学校でもやっぱりあるんだな……いじめが…………安穏とした日常を送れる、それって誰でも出来ることじゃないんだな』」


 『生徒会長』は一旦顔を上げて、戸惑うような素振りで言う。


「『……明日は我が身かもしれない、な…………僕がなんとかしなきゃならないのか? いや、これは先生方の裁量の問題かも……』」


 その時、舞台下手から重々しい声が響く。


「『遠くからだが一部始終見ておったぞ、生徒会長よ』」


 現れたのは――『校長』。『校長』に扮するブラックであった。ライトが増え、『校長』にも当たる。


 『生徒会長』は安心した様子で、校長に縋る。


「『校長! 見ておられたのですね! 教師に見てもらえたのなら一安心だ。彼女を助け――――』」


「『ふん! ならんな、それは』」


 『校長』は強く鼻を鳴らして首を横に振り、腕組みをしてNOと言う。


「『え!? いじめの現場を見ておいて、先生……それも校長先生がそんなことを!?』」


 『生徒会長』は、心底信じられない、と言った様子だ。途端、今度は怒気を込めて『校長』に問う。


「『……聖職者たる方が、いじめを問題視しないというのか!?』」


 『校長』はそんな『生徒会長』を一蹴するように冷徹に言い放つ。


「『……はっ! ……そういうお主はどうなのだ、生徒会長よ!』」


「『えっ!?』」


 思わぬ返しに、『生徒会長』の方がたじろぐ。『校長』は重々しく、強い気迫で語る。


「『我が校は自主性を重んじ、かなりの自由をお主を含め生徒全員に与えておるつもりだ。故に、平和な学園にするも劣悪な学園にするも、お主ら生徒にかかっておる。生徒が各々の自由を守りきれぬならば……それは弱者。それは悪。この現代社会においては所詮実力ある者が法よ!』」


「『そ、そんな! 無茶苦茶だ…………どうすればいいんだ……』」


 冷酷に、しかしある種真を突いた語りに『生徒会長』はまごつく。


「『……どうするか? ふん、それは他ならぬ、お主が考え、実行すべきではないのか?』」


『なんだって……?』


「『あらゆる自由を与えたこの学校で、治安を保つのはお主ら生徒自身じゃ。そして、お主はその生徒たちの長――『生徒会長』なのじゃ。やるならお主がやらねばならぬ!』」


「『……ッ!!』」


『校長』は強烈に、冷たい圧を以て『生徒会長』に迫る。


「『……よもや……お主一人安寧とした学園生活を満喫出来れば良いとでも思ってはおるまいな? ――甘いわ! 皆の公僕となり、糧となり動き回る……それが生徒会長、ひいては社会のリーダーとしての務めじゃ。断じて安定した学園生活を一人のうのうと送る為の役職などではない!』」


「『……で、でも――』」


 ここで校長に三重にライトが当たり、凄味が強調される。


「『言い訳無用ッ! 平和な学園はお主が作るのじゃ! お主が飾りだけの生徒会長であるならば……ワシはお主を退学させる! そんな軟弱者は要らんッ!!』」


「『なっ…………!?』」


 ガガーン、と舞台上のストロボフラッシュと音響でショックを演出する。(恐らくそういった舞台演出のタイミングを合わせているのは門番だろう)


 「『……残酷じゃと喚くか? じゃが、それぐらいの試練を人は乗り越えるべきなのじゃ…………真に力のある者はそうでなくてはならん。そうっ!! この学校を含め、『世の中』は優しくなどない。『残酷』そのものなのじゃ…………その社会を生きる覚悟なき者は、たとえ無事学園という箱庭から卒業し社会に出ても、生きてはいけぬ……――この世は力ある者が正義となりえる『弱肉強食』よ……」』


 『生徒会長』はまた胸に手を当て、自分自身に問うように呟く。


「『僕が……やる……みんなの為に…………』」


「『そうじゃ。それに……安定した生活のみを欲していたのならば、他にも楽な立場はいくらでもあったはずじゃ。じゃが、お主はこの学校の長に…………『生徒会長』になることを欲した。ならばその心の一片にもあるのではないのか? 『皆が健やかに暮らせる学校にする』為、力を尽くすという気持ちを…………』」


「『…………』」


 『生徒会長』はしばし俯き、苦悩の表情。そんな青年を見て、『校長』は一旦表情を緩め、静かに諭し始めた。


「『……悩むお主にひとつだけヒントをくれてやろう。社会は『力ある者』によって動く。物理的な力も、心の力も、じゃ。ならば、お主もこの学校中から『力ある者』と協力しあえば良いのだ。『生徒会長』という肩書きがあるのならば、少なくとも一般の生徒よりはついてくる者がおるやもしれぬ…………』」


「『僕が…………仲間を集めれば…………』」


「『……大人であるワシが力を貸さぬのも確かに無責任じゃろう。じゃが、生徒たちを動かすのは他ならぬ、生徒自身の意志じゃ。……ワシを憎むなら好きにすればよい。この学校の平和、お主に任せるぞ。ではの……』」


 そう告げると『校長』は例によって上手に去っていった。


 『生徒会長』の瞳に、決意の火が灯った。全方位からライトが当たり、『生徒会長』はキメ顔で台詞を決める! 


「『……そうだ……これは僕の使命なんだ。やるしかない……やってやる!!』」


 そこで一度照明を落とし、暗転。


(……ふう。確かに役と年齢的には近いが、なかなかに疲れる……今からでも門番の不意を突いて突破できる妙案は無いものかね? 芝居など性に合わぬよ……)


(ウッソつけ! ノリノリじゃんよ、ブラック! 胡散臭いけど恐い系のおっさん校長!)


(ふん。君もなかなかではないか。普段の粗暴な振る舞いそのままな『いじめっ子B』ちゃん?)


(ふぐぐ……どの口が言うか、この――――)


(二人ともお止めになって。まだお芝居の途中ですのよ。これをこなさなければ敵にあっさりやられてしまいかねませんわ……)


 ――暗転した暗闇の状態から、『生徒会長』の声が聴こえる。徐々に照明が点き、明るくなってくる。


 『生徒会長』は机の前に何冊も本を広げ、唸りながら読み漁っている。


「『……ああは言ったものの……真のリーダーってそもそもどうやって人を動かしたり集めたりすればいいんだ?取り敢えずこうして図書室に来てその手の本を読んではみているけど…………いまいちピンとこないなあ…………『優秀な上司は部下へこう接する』、『君主論』、『リーダーが鬼とならねば部下は動かず』、『先駆者の条件』…………うーん、わからない!』」


 自分が為したいモノへの考えが及ばず、しばし本を放り出し、椅子にもたれ伸びをする。


 と。


 ここで何やらガヤガヤと人がざわめく声が聴こえる。


 これは実際の観衆や演者の声ではなく、あらかじめ芸術家を気取る門番が収録したガヤの音声を音響機器スピーカーから再生しているだけだ。


 『生徒会長』は喧噪に眉を顰めて呟く。


「『ん? なんなんだ? 図書館では静かにして欲しいものだな…………くそっ、これも僕が会長として努力が足りないからなのか……』」


 自分の怠慢か……と嘆息する『生徒会長』だが――気になる言葉も聴こえてくる。


「『おい、見ろよ! 火引サヤさんが今日も図書館に来てるぜ……やっぱすげー美人!』」


「『まさに『学園のマドンナ』って感じよね~。頭脳明晰でスポーツ万能、読書好き。何よりあの美しいクールな顔と性格! あ~憧れちゃうな~』」


 『生徒会長』は上体を起こして舞台下手を見遣る……。


「『……『マドンナ』、だって…………?』」


 ここでBGMが変わった。弦楽器でもさっきはギターのような寂しい音色だったが、今度はハープのような清らかな雰囲気ムードだ。


 そして颯爽とした佇まいで、『マドンナ』は現れた。スポットライトが当たり、扮するは――――ベネットである。


 『マドンナ』は『生徒会長』の隣の机に座り、ハードカバーの文学小説を読み始める。


「『……はあー……』」


 だが、『マドンナ』は物憂げな面持ちで、何度も溜め息を吐いては息を吸い、また吐いている。美しい……が、悩み深そうな雰囲気だ


「『……あの。』」


 『生徒会長』は、何気なく声をかけてみた。


「『……にゃあに?』」


 ここでライトは『生徒会長』にのみ当たり、他は暗転した。独白の演出らしい。


「『学園のマドンナ、か……今の周囲の反応を見る限り、一目置かれているのは間違いないみたいだ。校長の言ったこと……この人に協力してもらえればみんなついてくるかもしれない…………』」


 全体の照明が少しだけ出て、『マドンナ』にもスポットライトが当たる。


「『……あにゃた――――うぐぐ……あなた、もしかして生徒会長さん? 朝礼とかで見かけるし、その襟章……ニャ、んの用?』」


 『マドンナ』の方から『生徒会長』の存在を汲んで、話しかける。――ベネットはやる気はあるのだが、普段の『猫訛り』とでも言うべき独特の口調が癖になっているので、標準の台詞が言いにくそうだ。


「『あ? ……ああ、そう、確かに僕がそうだよ。いや、そんなことより……』」


 『生徒会長』は真っ直ぐに『マドンナ』に向き直り、気持ちを込めてどこか慎重に話す。


「『君……火引サヤさん、だっけ。その……『マドンナ』っていうのは……』」


 『マドンナ』は、目を細めて、本に向き直った。


「『ああ……それにゃ――そ、それ、ね。出来ればそう呼ぶのは止めてくれるかしら。正直、うんざりしてるのよ…………』」


「『え? そうなんだ……気をつけるよ……でも、何故?』」


 『マドンナ』は、ページを捲ったところでひとつ、伸びをした。


「『(あー! もう標準語で喋るのウザイにゃ! もういい、アチキだけ猫訛りで行くニャ!)……あたしはにゃ、至極普通に学校生活を送りたいだけにゃの。特別注目されたいとか認められたいとか、そんにゃの求めてないのよニャ。普通に友達とご飯食べて馬鹿話して、特に問題にゃんか起こさずに、成績もそこそこを維持して、こうして昼休みや放課後に大好きにゃ本でも読んで、たまに学校帰りのスイーツを、体重計乗って悲鳴を上げにゃい程度に楽しむ。そうありたいにゃ』」


 語るごとに、『マドンナ』の顔からは俄かにピリピリとした緊張感が放たれ始める。スポットライトも、『マドンナ』にひと際強く当たり、『生徒会長』のライトは少し弱まる。


「『…………それは……。』」


「『……でも、周りの人間ったらニャに、ニャんなの? あたしが、にゃんて言うの……『読書好きな文学美少女』像に近いとでも錯覚して、やたらチヤホヤしたり……男子は馬鹿みたいに騒ぐし、女子も勝手に憧れなんか持って金魚のフンみたいにあたしにくっついてきたり、わけわかんない嫉妬を持たれたり、先生まであたしがテストで良い点取ったらやたら『頑張ってるな、次も頑張れ』、『日ごろの成果が出てるな、おめでとう』とか…………』」



「『……うん。』」


 険しい表情と口調の彼女に、『生徒会長』は頷く。


 『マドンナ』は堪らず、本を荒々しく、ばんっ、と机に打ち据える。


「『そんな風に祭り上げられたって、あたしはちっとも嬉しくなんかない! そんな風に何か期待されたら…………あたしは、そんにゃ『優等生』を演じるしかにゃいじゃにゃい! みんにゃの期待を裏切ったら、あたしはきっと勝手に期待されて、勝手に失望されて……勝手に貶められる。そんにゃの恐い。あたしはニャにも悪くにゃんかにゃいのに! 自由に学校生活を送りたいだけ、それのニャにがいけにゃいの? もう……うんざりにゃのよ…………!』」


「『……そう、か…………』」


 『生徒会長』は、苛立つ彼女に気圧されるでもなく、ただ気持ちを受け止め、頷いた。


 『マドンナ』はひと呼吸整え、やがて悲し気な顔つきで剣呑な気炎を鎮めた。


「『……はあ…………ごめん。会長さんに関係にゃいよにゃ。聴いてくれてありがと。少し気分が楽ににゃったわ。……にゃんか、読書するって気分でもニャくニャっちゃった。じゃあ、あたしこれで失礼するわ……』」


 『マドンナ』は本をバンッ、と閉じて響かせ、席を立った。


「『待ってくれ! ……君に頼みがあるんだ。』」


 『生徒会長』も席を立ち、彼女を引き止めようとする。


「『……にゃに?』」


 『生徒会長』は、どこか痛む心を必死に抑え込み、これもやむ負えない。そんな沈痛な面持ちで続けた(と、ラルフなりにそういう難しい演技に努めた)。


「『――働きかけて欲しい。君を慕ってくれている人たちに。……あえて言うなら、君を『チヤホヤ』している人たちに――』」


 ここで一度暗転。『生徒会長』から『マドンナ』へ、例の『ヨーコ』の一件を話す為の『間』の表現である。


 数秒の後、暗転が明ける。


「『……あんた、話聴いてた? あたしは、あんたが思ってるようにゃお人好しでもにゃいのよ。その、いじめられてる子には申し訳にゃいかもしれにゃいけど……そんな綺麗事に付き合うわけにゃいじゃにゃい! あたしは静かに、平凡に暮らしたいの! そんにゃ目立つことにゃんかしたくにゃいわよ!』」


 捲し立てる『マドンナ』に、『生徒会長』は胸に手を当て、眉根を寄せて告げた。


「『僕も、そうなんだ。静かに、平凡に暮らしたい。…………ついさっきまでそう思ってたんだよ』」


「『え……?』」


 意外な言葉に、『マドンナ』は驚く。(猫訛りは抜けないベネットだが、感情の籠った演技や表情はなかなかのものである)


「『自分独り、平々凡々とした平和な学園生活が送れればいい。そう思ってた。生徒会長になったのも、その平和を崩されたくない為の基盤固めみたいなものだったんだよ。半分以上は……』」


 数秒の間、驚いていた『マドンナ』だが、すぐにわなわなと震え、怒りと苛立ちの形相を浮かべ、詰め寄る。


「『だったら、あたしの気持ち解るでしょ!? あんたも同じ。自分独りが問題にゃければいいとか思ってる人間じゃにゃいの!! あんたは事ニャかれ主義の利己主義者。あたしも事ニャかれ主義を願う利己主義者。ほら、大して違わにゃいじゃない! 事ニャかれ主義者同士、はい、さよニャら!!』」


 恐らく、人前では平生、ここまで蟠りを込めた思いの丈をぶちまけることのない『マドンナ』。ヒステリックに、だが切実に怒声を放ったのち、踵を返し、去ろうとする。


「『――――自分だけが謳歌出来る平和なんて、無い!』」


「『……!!』」


 『生徒会長』のその言葉に、『マドンナ』は――――『刺さった』。


 誰しもが、己が独りの為だけに甘んじられる平和など存在しない。


 そのことを、『マドンナ』は気付かされたのだ。


 『生徒会長』は、静かに続ける。


「『……ついさっき、ある人に諭されたばっかりなんだよ。『力ある者は、みんなの礎となるべきなんだ』って。僕も安定した人生を謳歌したいと思いつつも、どこかで誰かの役に立ちたいと思っていた。それに……この世はどんな人間にも万人にも『やさしくなんかない』んだってさ。みんな、どこかで苦しみや悲しみを抱えて生きている。そこからは逃れられないんだって、気付いたんだ。……たとえ望むにも望まざるにも関わらず、本当に『力』がある人間は誰かに手を貸すぐらいで、きっとちょうどいい。どんな恩恵や『お返し』があるか、なんてわからないけどさ…………』」


「『…………っ』」


 『マドンナ』は俯きながらも、『生徒会長』へ少し向き直る。


 『生徒会長』は、飽くまで謙虚に……しかし声に強い力を込めて言った。


「『君の煩わしさも、誰かと、誰かの為に力をほんの少し注げば、少しは解消されてこの学校も住みやすいものに変わるんじゃあないかな。……君は、人に好かれるカリスマ性がある。それは『力』だ。力を貸してくれないか? いじめられてる子の為に。僕や、君の為に…………。』」


「『………………』」


 しばらくの沈黙ののち……『マドンナ』は苦い顔を、明らかに後ろ髪を引かれるようなそんな面持ちで、小さく呟いた。


「『……あたしの人生は……あたしのもの、よ…………』」


 何か重いものを首に引きずるような感じで前へ向き、『マドンナ』は上手へと去っていった……。


「『……駄目だったか。くそっ。僕にもっと信頼感がある言葉で説得する力があれば…………とっさに出た言葉を無理に続けた感じだったからな……』」


 『生徒会長』は悔しみに一瞬項垂れながらも、読んだ本を片付けた……と同時に、暗転した。


(おい! ベネットよお、その猫訛り、何とかなんねえのかあ?)


(ついさっき練習しただけにゃのに、無茶言うんじゃあにゃい! ……アチキだって出来れば標準語のアクセントとイントネーション、発音で行きたかったにゃよ……)


(まあまあ。今は舞台に立って演技ができるだけでも凄いことですわ。貴女は頑張ってる。いい子いい子……)


(はにゃあ……ありがとうですにゃあ……この後も頑張るにゃっ)


(しかし、『生徒会長』役のラルフはほとんど出ずっぱりだな……勇者とはいえ演技など経験は無いはず。大した強心臓だよ)


(……いえ。妙なプレッシャーはありますが、今はやるしかないですからね……それより、次のシーン……大丈夫だろうか……)


 キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン…………。


 暗転が明ける直前に、始業のチャイムが鳴った。『生徒会長』は舞台袖から台詞を読む。


「『昼休みも明けて、5時限目か……体育の時間だな。今日は……バスケか。走り回ったり、結構キツいかもな。』」


 暗転が明け、快活なBGMが流れると共に、次の人物……『熱血教師』カネダを――――ロレンス。恐らく、熱血とは程遠いロレンスが台詞を読む。


「『よっ……よおし!みんな授業始めるぞー! まずは準備体操! 怪我でもしたら大損だからな。バスケの練習試合やるけど、試合以上に気合入れて身体ほぐせよ!!』」


 孤軍奮闘。ロレンスは緊張に声を上ずらせ、身体も硬くなりつつも、必死に体育教師らしい元気そうな声を張り上げた。ロレンスにしてみれば、絶叫に等しい……。


 先ほどの図書室のシーンと同様に、体育館のセットの傍ら、ガヤの音声が音響機器スピーカーから流れる。


「『今日の体育カネダかよー。只でさえバスケなんてしんどいのに、うぜえったらありゃしねえよなー。』」


「『ホントそれ! 熱血教師ドラマにでも憧れてんじゃね? 青春ごっこなら独りでやってろってんだよ、なあ?』」


 生徒たちは実に不満そうだ。『熱血教師』である彼は、残念ながらこの学校での人望は薄い方らしい。


 『熱血教師』は、当然聴こえてはいるのだが、わざとらしく耳に手を当て、聴こえないジェスチャーをする。


「『……なんか言ったかー? 聴こえんなあー!? さあ、パパッととっかかる!』」


 そこで暗転。BGMのテンポが急に遅くなり、数秒の後暗転が明ける。だがライトは弱まっている。


 『熱血教師』はせわしなく動き回りながら、声を張り上げている。


「『コラ! 勝手に遊んでるんじゃあない! バスケでもなんでも、ルールがあるから楽しいんだぞー!』」


 また暗転。BGMはさらに遅く、鈍重になり、ライトもさらに弱まり、『熱血教師』にだけポツンと弱い光が上から当たる。


「『……みんな……集中しろよ……授業中だー…………』」


 もはやほとんどの生徒は授業に取り組まない。『熱血教師』は気力も削り取られ、溜め息交じりに声を出すのみ。


 そこへ、下手から現れた『生徒会長』が駆け寄った。


「『カネダ先生……もう授業終了10分前です。そろそろ片付けないと…………』」


 『熱血教師』はひと息、大きな溜め息を吐くと、『生徒会長』に力なく頷いた。


「『…………そうか……すまん、何とかして片付けようか…………』」


 またも暗転。数秒後に暗転が明けるが、黄昏を思わせるような陰気なオレンジの光が当たる。勿論、BGMも寂寥感がある。


 『生徒会長』は、バスケットボールを籠に仕舞いながら『熱血教師』に言う。


「『結局、今日の授業は真面目に取り組んだのは少数でしたね…………』」


 『熱血教師』は所在無げに、陰鬱な表情で愚痴を零す。


「『ああ…………くそっ、俺の指導力が足りないばっかりに……大体、お前生徒会長だろう? もっとみんなを纏める努力を――――』」


 そう口を吐いて出たところでハッ、とした顔をして、自ら顔を両手で引っぱたく。


「『――いや、すまん! ……今のはただの言い訳だな…………教師失格だな…………』」


 『熱血教師』も、既に『生徒会長』以外生徒がいなくなった体育館でモップ掛けをしながら呟き始める。


「『……俺が、俺自身がまだまだ生徒たちに接する誠意や気迫が足りないのかもな……俺は…………ただ生徒たちに限りある時間を楽しく、有意義に過ごして欲しいだけだ。学生の自由や青春を謳歌出来る時間なんて限られてる。……俺が学生の頃は、それこそ今日の生徒たちが感じたような退屈極まりない時間ばかりで、『青春』なんて程遠かった……』」


 と、そこでモップを壁に立てかけ、ひと際大きな声を出す。


「『だから今! この瞬間! その一分一秒を大事に過ごせる人間に育って欲しいだけなんだ!! …………こんなことは、俺のただの我が儘なんだろうかな…………青春を謳歌出来なかった大人が、無理やり学生と一緒に青春したいっていうエゴなのか…………』」


「『……カネダ先生……』」


 叶わぬ願望に悲しみの灯を背中に灯しながら呟く『熱血教師』。『生徒会長』の心配そうな声に、ハッ、と気が付いたように向き直る。


「『――あっ! す、すまんな……お前には大して関係のないことだったよな。そうだ。俺たち教師が気合い入れてしっかりやらないと…………』」


 空元気を出す『熱血教師』。『生徒会長』はその若き教師を見て、切り出した。


「『…………。……カネダ先生のその熱意。必要としてる生徒がいますよ。』」


「『えっ?』」


「『学校を本当にその、『青春』を謳歌出来る場にするのは僕たち生徒自身の役目です。でも、生徒たちだけじゃ難しい問題もある。……校長先生には大人を頼るな、と言われたんですが、実はこんなことが――――』」


 事情を説明するための暗転。数秒後に例によって明ける。


「『――いじめだって!? こりゃのんびりしてられん! すぐに本人たちに問いただして――――』」


「『待ってください。きっとそれじゃあ解決はしません。……先生の立場から真っ直ぐに力を加えると、一時は問題が解消されても、また再発します。それも、きっとより酷くなって。『チクりだ』と言ってますますいじめ――いや、『迫害』と『恐喝』と『暴行』は激しくなるでしょう。』」


「『でも、ほっとくわけには!!』」


「『……いじめが発生するのは確かに酷く悪い事です。加害者に大きな責がある。……ですが、自分が危害を加えているのにやめられないなんて、ある意味加害者も哀れとは思いませんか。その自覚が無いまま成長すれば、加害者も破滅するのが目に見えています。被害者もどちらも、苦しい部分があると思うんです。……っ!!』」


 そこまで言いかけて、『生徒会長』は気付いた。スポットライトが彼にだけ当たり、独白。


「『そうだ……僕自身、知っていながら見ないふりをしてきたことなんだ…………見て見ぬふりをした、僕自身にも大きな責があるんだ…………』」


 ライティングが戻る。


「『……先生には校則による罰や、ましてや体罰とか物理的な罰を与えてしまうのが一番良くないです。その手の処置は僕たち生徒に任せて…………本人たちにはそれとなく主張や求めていること、悩んでいることに耳を傾けてあげてください。まずはそこからでいいと思うんです。生徒の話を、聴いて、聴いて、ひたすら聴く。そこから見えてくる問題の原因があるはずなんです。他の先生は多分見て見ぬふりで終わってしまうかもしれない。でも、生徒の幸せな日常を願うカネダ先生なら……話をすることがいずれ出来るはずです。』」


 『熱血教師』は、怒りと焦りを鎮め、ふと我に返る。


「『話を聴く、か…………確かに、今まで俺は自分の主張やポリシーを生徒たちに押し付けるばかりで、生徒たちが何を考えてるか、何を感じてるか、聴こうとしなかったかもしれないな……。でも、本当に俺なんかに出来るのか…………ただでさえ俺は他人の心の、なんつーんだ? 機微? それに疎いって言われるからなあ……こんな暑苦しい教師に話なんか――――』」


 キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……。


 そこで、5時限目終了のチャイムが鳴った。ふっ、と二人は音に反応し上を向いた。


「『……すまん。ちょっと考えさせてくれ。問題に取り組むかどうかは…………少し頭を冷やして考えてみっから……ありがとうな!』」


 そう告げて、『熱血教師』は駆け足で上手へと去っていった。去ると同時に暗転。


(……くはーっ! ぜえーっ……ぜえーっ……心臓が……心臓がどうにかなりそうですぞ! ふうーっ…………)


(ひとまず、御苦労……だが、ここから見ていて、なかなかしっかりしていたぞ、ロレンス。さっきまでの練習の時よりだいぶ集中出来ている)


(だいじょぶ、だいじょぶ! 充分やれてるって! 自信持ちなよ)


(で……残る役はアイツにゃね…………なんちゅーか、ハマリ役というか、役以上の存在だよにゃ……)


 暗転の中。『生徒会長』の独白。


「『ホームルームも終わって、あっという間に放課後か……カネダ先生も、協力するかはっきり約束はしてくれなかったな…………』」


 暗転が明けたが、ライティングは弱めで、青っぽい光が射している。


「『ふああ~っ……っと、っとと……』」


 『生徒会長』は背伸びをして、少しふらついた。


「『はあ…………色々考えすぎて、疲れちゃったなあ…………足元がふらつく…………』」


 と、突然。下手から出てきた『いじめっ子A』『いじめっ子B』に後ろからぶつかられた。


「『痛ってーなコラア! どこ目えつけてんだよ!!』」


「『ああ! ごめん! ちょっと疲れてて……あっ! …………君たちは…………』」


 『生徒会長』はよろめき、謝りながらも……薄暗い中、顔を見れば、『ヨーコ』を『迫害』している二人が見え、驚く……。


「『あ? なんだよジロジロ見やがって。なめてんの?』」


 『いじめっ子B』が威圧する。


 『いじめっ子A』は、『生徒会長』の顔を眺めると、邪に微笑み、こう言った。


「『……なーんか気ぃ弱そうな奴だよねー……おい! 痛い目見たくなかったらオメエも金出せよ。断ったら…………アタシらの男らにマジボコってもらうからさー!』」


「『キャハハ! いいねいいね! ヨーコに続きカモ発見かあ!?』」


 そこでまた暗転し……『生徒会長』にだけ赤黒いスポットライトが当たり、心の声を独白する。


「『ぐっ……くそっ…………この子ら、僕までいじめ……『迫害』の対象にしようとしている…………校長の言う通り、自分独りだけ安定した生活なんて、幻想なんだな…………今すぐ問い詰めて、あの子……ヨーコを助けてあげたい。……でも、力をかけたって何も変わらない。それどころか今反発すれば僕まで――――』」


 『生徒会長』にとって永遠のように長く感じられた苦悶の想い……だが――――


「『おい』」


 ――――突然、その重苦しい静寂を打ち破る、低く強い声が聴こえてきた。暗転も急に明ける。


 びくり、と驚き、三人が振り返ると――――下手からセアドが現れた。


 そう。残された配役は――――


「『ゲッ…………リュウ……さん……』」


 『いじめっ子A』も恐れおののく。『不良番長』を演じるセアドが轟然とした気迫を立ち昇らせ、立っている。


「『……弱ええ奴にタカってェェェ……支配するなんて、みっともねえことをするんじゃあねえェ……! それも……女がァ、野郎を取り巻きにして、なんて女が腐るぜェエオイィィ……せっかくのォ、美人が泣くぜ、オイ。』」


「『う……い、行こっ!!』」


 気迫に気圧され、『いじめっ子B』はそう促して、『いじめっ子A』と共に足早に去っていった。


 『生徒会長』は、まだ二人に問いかけたい気持ちから数歩追いかけたが、すぐにやめた。『不良番長』に向き直る。


「『……あ、ありがとう。君は確か……』」


「『……真島リュウ。二年だぁ。……てめえもてめえだァァア……。あッッさりと女にカモにされやがってェ、情けねエとは思わねえのかァァア……?』」


「『真島、リュウ……』」


 ふと、思い出して『不良番長』は続ける。


「『……あんた、生徒会長だっけかぁ。そういえばぁ、たまに見かけたな。……生徒会に入ってんならァァ、俺がどんな野郎か知ってんだろ? そう……ブラックリスト入りの、いわゆる札付きのワルって奴だぁ。番長、なんて時代遅れな呼び方する奴もいたっけな。そういうレッテルを貼られてる。……俺を風紀委員に突き出すか?』」


 『生徒会長』は目の前に立つ『不良番長』の心身共に力強い姿と、意志の強い相貌を見て……ふと思い立った。


「『番長……か。……リュウ! 実は、君みたいな人に頼みがあるんだ。』」


「『んんンンン……?』」


 またも暗転し、例によって事情を説明する。数秒ののち暗転が明ける。


「『ちぃィッ……あいつらぁぁ既に他の奴をカモにしてやがったかァァ…………胸糞わりい。』」


「『さっきの子らは君には一目置いていた。あの取り乱しようだと、おそらく取り巻きにしている男たちもだろう。……君は本来は生徒会側からマークされるような人間だが……皆に一目置かれる人間ならいじめも止められる! 変えられる! 学校の不良たちやいじめをする子たちに睨みを利かせて、協力してくれないか?』」


「『……たった今、人に助けられといて、さァらァにィ他力本願かよぉォ。ふざけやがってェェェ……。』」


 『不良番長』は、『生徒会長』の個の力の無さ、他人を当てにする姿勢に露骨に不機嫌になる。


 だが、『生徒会長』は食い下がる。


「『……我ながら卑怯な頼み事かもしれないことはわかっている。でも、『力』を持つ者は皆の為に必要だと思うんだ。頼む!』」


「『…………』」


 『不良番長』は一度斜めに構えて宙を向き、尋ねる。


「『……おめえ、将来に夢ってあるかぁ?』」


「『えっ?』」


「『寝てる時に見る夢じゃあねえぞぉン。未来のォ、目標ってぇやつだ。……俺は両親二人とも居なくてよ。一匹狼ってやつだ。将来の夢は……!』」


 そこで『不良番長』は舞台の中央から観客席を向き、大見得を切る! ズドンッ! と雷のような衝撃音が鳴る。


「『異種格闘技世界チャンピオン……ッ! 腕一本でナンバーワンだァ。』」


「『確か……君の体育や体力テストの成績は抜群に良いな……素質アリ、なのか?』」


 『不良番長』は向き直り、改めて尋ねる。


「『んなこたあどーでもいい。世界に出てみりゃアァ、どっかの学校のォ……どっかの生徒の実力なんかたかが知れてる。俺はいつか、チャンピオンになる…………それぐらい強くなきゃ、自分や周りの奴を守れねえと、俺は思う。……おめえはどうなんだぁ、会長さんよォ……。俺を動かすぐれえの夢がぁ、あるってェのか?』」


 その問いに、『生徒会長』はしばし目を閉じ、胸に手を当てて考えたのち答えた。


「『……無いよ。目の前のことで手一杯だ。具体的に将来何になりたいかなんて、決めてないし、わからない。』」


「『チッ……話にならねえな。俺は行くぜ。あばよ。』」


「『――でも、たった今叶えたい夢ならある! この学校を平和にすることだ……それが僕の使命!!』」


 去ろうとする『不良番長』の背に、投げかける。


「『僕独りじゃあ何も出来ない……ああ、そうさ。君みたいに【一匹狼】にはなれっこないさ。でも、『力』があるなら、それを束ねて、今過ごしているこの学校を平和なものにしたい。……それに……君はさっき他人の為に力を発揮して助けてくれたじゃあないか。強くなって皆を守る。素晴らしい夢じゃあないか。……何故今から未来のことばかり気にしているんだ?』」


「『……なんだとォォ…………?』」


 思わぬ問いの返しに、『不良番長』は振り返った。


「『護るべき人は、今、この瞬間に存在しているんだッ!! 『今』を大切にしなきゃ、未来や、世界を目指せないッ!!』」


「『……ッ!!』」


 『不良番長』は何か気付き、眉を一瞬引き攣らせた。


「『君なら出来る。君にしか出来ないことが『今』あるんだよ! 僕は『今』動いていたい……頼む!』」


 しばし、お互いに沈黙があったが――――


「『……消えな。』」


「『リュウ!』」


「『……消えろってんだッ!!』」


 『不良番長』は背を向け、もう取り付く島もない。


 『生徒会長』は実に名残惜しい気持ちを残しながらも……舞台上手へと去っていった――――その後ろ姿を一瞬、『不良番長』は振り返った刹那、暗転。



(……セアドが演ると……『不良番長』ってより、もはやヤクザか何かよ……)


(すっげー気迫! 俺もあんな凄味のある声で歌ってみてえ!!)


(ケッケッケ……あーりがーとさぁ~んンンン……♪)


(しーっ。もうすぐクライマックスですわ……準備はよろしくて?)



 そこから長い間を置き、長い独白が舞台上に響き渡る。


「『その夜、僕は眠れぬ夜を過ごした。もはや自分の退学のことなんかどうでもいい。『力』ある人たちに語りかけた、たった一日の時間が、僕の胸をかつてないほど熱くさせた。』」



「『……結局、学校内で協力者を集めることは出来なかった。……いや、もっと長期間、長い目で見ればもっと協力者を集められるかもしれない。……だけど、僕の心は焦っていた。生徒会長としての未熟さもさることながら、人の心を動かし、束ねることの難しさを痛感した。』」



「『この気持ちは何なんだろう? 校長から諭されてから、まるで電池でも交換されたみたいに活力が心も、体にも通っていた。図書室で会った、僕同様安穏とした人生を望む女の子・サヤさん。生徒と心を通わせたくても空回りしている教師・カネダ先生。僕を助け、将来世界チャンピオンになる夢を抱く番長・リュウ。彼らに声を掛けられたのは、果たして必要に迫られて僕の口先から出た身のない言葉だったのだろうか? それは僕にもわからないけれど……彼らの中には僕の中の何かを熱く、活発にさせる熱い塊があるみたいだ。』」


「『共鳴し合うように僕の中にも血が、熱が通ったのかもしれない。その高められた熱が、僕に叫ぶように訴えかけるんだ。『彼女を、いじめられている子、ヨーコを救え』って。……それを意識すると、心の中はとても落ち着かなかった。』」



「『……彼女を助ける為なら、今すぐにでも何かしたい。それにはもう一つ、覚悟が必要だった。そして僕は覚悟を携え、行動に出た!』」


 暗転が明け、『ヨーコ』は『いじめっ子A』『いじめっ子B』に相対している。


 『いじめっ子A』は腕組みをして、『ヨーコ』に集る。


「『今日は、少しは多く持ってきたんだろーねー?』」


 『いじめっ子B』も続く。


「『オラ、とっとと金出しなッ!!』」


 『ヨーコ』は懐から財布を取り出そうとした。財布が顔を出した辺りで二人が手を伸ばそうとする。


 しかし――――突然、財布を仕舞い、いじめっ子二人から一歩下がった…………。


「『…………もう嫌。』」


 思わぬ態度に、『いじめっ子A』は一瞬驚いた。すかさず凄んで見せる。


「『……なんだってえ~……!?』」


 『ヨーコ』は目に涙を溜めながらも……キッ、と『いじめっ子A』を睨み返し、震えながらも声を出す。




 ここで、歌付きのBGM流れ始める。悲壮感があるが、どこか勇気を掻き立てるような曲調だ……。




「『……ちっ……! あー、はいはい。こりゃ教育が必要ってわけねー……!』」


「『ちょうどいいじゃん! 今まで素直に言う事聞きすぎてちょいつまんねーって思ってたとこなんだよ……フランケン・シュタインみてーな顔にしてやんよ!!』」


 二人が『ヨーコ』目掛けて腕を振り上げた刹那――――


「『やめろ!! もうその子に手を出すんじゃあないッ!!』」


 下手から駆けてきた『生徒会長』が『ヨーコ』の前に躍り出た!! 


「『なーんだよ! 誰かと思えば、昨日すれ違った奴じゃん。』」


「『あん時はリュウさんに止められたから、あの後マジムカついたんだけどー!』」


「『ホントそれー! 腹の虫が収まんないねー……男共、呼んじゃう?』」


「『弱そーつっても相手野郎だしねー。』」


 『生徒会長』は、『ヨーコ』同様全身を震わせながらも、全霊を以て叫んだ。


「『――やってみろッ! それでもこの子は護って見せるッ!! ――――ヨーコ、君は早く逃げるんだ!』」


「『え…………でも……』」


 『ヨーコ』は戸惑っている……が、いじめっ子二人はそんな暇は与えない。いじめっ子Aは大声を出す。


「『――おーい!! マサキ、カオル、タケルー! こいつシメちゃってよー!』」


 『生徒会長』は、くっ……と、息を詰まらせた…………。


 だが――――


「『……ん、あ、あれ?』」


 しばらく経っても、男子が来る様子はない。


「『……ねー! ちょっとー!? マサキらー、な、なんで来ねーのー!?』」


 しばしの後、下手から現れたのは――――『不良番長』だった。『いじめっ子B』が悲鳴にも近い驚きの声を放つ。


「『なな!? リュウ……さん……まさか!?』」


「『ふんンン……あァの野郎共、俺が進むのを邪魔したんで、な。寝かしつけてやったぜ。『ヨーコっていじめられっ子の女子がいじめられてんのを止める為に』進むのを、なぁ。一人ノしたらぁ、他の野郎共……蜘蛛の子散らすみてーに逃げやがったぜぇ。全く、根性すわっちゃあいねえェェェ……」』


「『リュウ…………!』」


「『会長さんよ。あの後考えてみたんだよ。『未来ばっか見てて、今の自分や周りをほっぽっていーのか』ってよ。……考えりゃ、おめえの言う通りだと思ったぜ。そんで、俺は……俺がこのままだと許せなくなっちまったぁ。『ナンバーワンになって誰かを助ける前に、目の前で苦しんでる奴取りこぼしてどーすんだ、てめーは』ってな感じになぁ…………』」


「『リュウさん……ぐっ、ち、力でかなわねーなんて大したこっちゃねーんだよ!!あたしらはむしろ女子らとの繋がりの方がある方だしー!? このまま女子らに『あいつらハブにしろ』って言ってやれば、今のあたしらのやり方の非じゃあねえーんだよ!!』」


 『いじめっ子A』は、苦し紛れにそう叫んだ。


 しかし――――


「『それは違うわニャ』」


「『サヤさん!?』」


 特徴的な、しかし澄んだ声と共に、下手から『マドンナ』が現れた。


「『ヨーコさんが酷い目に遭ってることは聞いてたから、そのあと普段あたしにチヤホヤしてくる人たちに言ってやったの。『いじめをするようにゃ女子って品性の欠片も人間力の搾りカスも無いわよニャ、みんにゃ、いじめをするようにゃ人は絶対相手にしちゃ駄目よ』って。どうやら、貴女たちの絆って、そんにゃ私の一言でプッツンしちゃうみたいニャ…………今や学校中の、少にゃくとも女子の大半が貴女たちを敵視しているわ』」


「『さ、サヤさん……!!』」


「『会長さん。私も色々考えてみたのよ。そうにゃ、貴方の言ったこと、一理あるわニャ。望むの、望まにゃいのに関わらず、出来るだけの力を持っているにゃら、自分が出来ること、その全力を尽くすべきよニャ…………安穏とした、静かにゃだけの人生にゃんて、無いんだ。ほんの一日の間だけど、会長さん、貴方が必死ににゃってること考えたら、私も覚悟……みたいにゃものが出来たかも。人としての煩わしさから逃げずに生きる覚悟をニャ!』」


「『ど、どーしよー!? ねえどーしよー!? これじゃハブにされんのあたしらじゃん!?』」


 狼狽える『いじめっ子B』に、『いじめっ子A』は冷淡に、しかし逆に泣き出したいような思い詰めた面持ちで……。


「『うるせーよ……! あたしら、この学校で居場所なくなっちゃう…………?』」


「『いや、そんなことにはさせないさ!』」


 またも下手から現れたのは――――『熱血教師』だ。


「『カネダ先生まで!』」


 『生徒会長』は次々と、もう協力などしてくれないと思っていた人たちの登場に、心が熱くなる。


「『もうおしまいじゃん、あたし…………センコーにまでこのことが伝わってるなんて…………もう、終わりなのはあたしの方じゃんか…………。……さあ、もう煮るなり焼くなり好きにすりゃいいじゃん! みんなで袋叩き? 学校中ハブ? それとも……退学? ――――もう、どうでもいいって!!」』


 『いじめっ子A』は、それまでの態度が嘘のような、弱々しく泣き伏せる少女のような――――否、泣きじゃくる弱き少女そのものの想いで絶望した。


「『……そんなことはしない。』」


「『え……?』」


 『熱血教師』は、ゆっくりと歩み寄り、『いじめっ子A』に優しく声をかけた。


「『……お前、中学までいじめられっ子だったんだってな。』」


「『えっ!?』」


 ひと際驚きの声を上げたのは『ヨーコ』だった…………自分を『迫害』してきた彼女が、かつて自分と同じ『迫害』されている側だったということに、驚愕せずにはいられなかった。


「『先生に詳しく話してくれないか? こんな頼りない先生だけど……お前たちの気持ちが晴れるまで、とことん聴かせてくれ! 先生、とことん力になってやる! 校長先生とか、他の先生……いや、PTAみんなで助け合えるように先生、頑張るから!!』」


「『カネダ先生……』」


 『熱血教師』の力強い宣言に呼応するように――――


「『…………っ…………うっ……うわあああああん…………!!』」


 ――――『いじめっ子A』は、肩を震わせ、泣き崩れた。そして……総ての想いを告白する――――


「『そうだよ! あたし、中学までいじめられてばっかだったよ…………ホントはヨーコにしてることも悪いって、どっかで解ってた。でも、中学までいじめられたこと、許せなかったんだよ! そのうちなんもかんも嫌んなってさ! ぐすっ……ヨーコみたいな子見てると、昔の自分見てるみたいで、すっごいザワザワしてムカついてさあ!! 気がついたらこんなんなってたんだよ!! ……どうしよう!? あたしどうしよう!? もう、学校来れないじゃん!! どうしよう!!』」


 泣きじゃくる『いじめっ子A』に『熱血教師』は優しく寄り添い、少し屈んで温かな声をかけた。


「『……大丈夫だ。お前たちの辛さ、苦しさを分かち合ってこそ教師の使命だ。いくらでも泣け! いくらでも叫んでいいぞ。』」


「『うっ……うう~っ…………ひぐっ…………ああああん…………!!』」


 『いじめっ子A』はひしと『熱血教師』に抱きつき、滂沱の涙を流した。ただただ、赤子のように泣き叫んだ。


「『そんなことがあったなんて…………』」


「『……苦しんでたのは、一人だけじゃないってことなんだな…………』」


 先ほどまで『ヨーコ』に凄んでいた『いじめっ子A』が……一人の教師に縋り、小さく泣き喚く姿を見て、『ヨーコ』と『生徒会長』はしばし、呆気にとられた。


「『全て、見ておったぞ……生徒会長よ…………』」


 と、突然下手の方から圧のある声が響いた。現れたのは……校長だ。


 校長の登場で、舞台上には8人の役が全て揃った。


「『こ、校長……』」


「『校長先生!』」


 『熱血教師』は、逸ってしまったことを咎められるか、と少し畏怖の念があったが、『生徒会長』はただ驚いた。


「『実はの…………お主が学校を平和にすると宣言してから、ずっと学校内での様子を陰から見ておったよ。『力』ある者たちと協力しあい、一つのいじめと言う名の『迫害』を解決へと見事導けたな…………。だが! これで終わりではないぞ! こういったことは氷山の一角じゃ。この学校の和を乱す者はまだまだごまんとあるわい。そして、それは社会に出てから死ぬまで終生続く闘いの日々じゃぞ。……お主に、終生人生という暗闇の果て無き荒野を進み続ける覚悟があるか…………?』」


 BGMが、すうっと静まる…………。


 しばしの沈黙。


 そして……『生徒会長』は顔を上げ、答えた。


「『……僕は……僕自身はなんの力も無かったに等しい。本当に力のある人たちが協力してくれて初めてなんとかなるかもしれない、そんな状況なんです…………』」


「『いやァア……んなこたあ、ねぇーと、思うぜぇ……』」


「『え?』」


 『不良番長』が、『生徒会長』の力の無さを、否、だと言う。


 『マドンナ』も続けて言う。


「『私たちが力があるって言ってもね、結局貴方みたいにゃ本気で問題に向き合って言葉を……いいえ、何より行動を取ることそのものに心を動かされるの。『なんとかしたい』って必死の気持ち。それが何より大事だったのよ。そう言って、誰かの価値を認めて働きかけてくれたから、私たち協力しようって気ににゃれたのよ』」


 『熱血教師』も同様に言う。


「『そういう『力』……それが何よりも人を突き動かす、環境を変える力になりうる……と思うぞ。俺もこれからが闘いだ! 校長、これからお願いします…………』」


「『うむ。カネダ先生、先は長く、厳しいでしょうが、力を尽くしていきましょう。』」


 校長は、深く頷きそう告げた。


 ――――事がひとつ終わった。『生徒会長』は胸をなでおろし、呟いた。


「『……ふう~……。ひとまず一件落着かな……さあ、あとは生徒会の仕事を――――』」


 だが……去ろうとする『生徒会長』の腕に――――『ヨーコ』がしがみつき、引きとめる。


「『――え? ……ヨーコさん、どうしたんだい……?』」


 『ヨーコ』のその熱い眼差しは――――


「『…………行かないで。私と……お付き合いしてください…………』」


 紛れもない。恋慕の眼差しであった。


「『ははァ! こいつァアアアアアアア…………!』」


「『(ぐぬぬぬぬぬぬ……! 芝居とは言え、にゃんでルルカお姉様がラルフにゃんかと……)ふふ、ふ。どうやらヨーコさん、貴方に離れたくにゃいみたいニャ。こればっかりは、貴方の誠意次第、かにゃ』」


「『うむうむ。助けてくれて、好いた男に懐くとはかわいいものじゃの。男の甲斐性というものじゃ。大事にしてやれよ、生徒会長よ。……無論、学生らしい、節度ある交際をすることが大前提じゃぞ!』」


 一同が、ニコニコと『生徒会長』を祝福する(ベネット扮する『マドンナ』だけは納得いかず怒気が籠っているが)。


「『え? え? そうなの、か……? こ、困ったな。』」


「『生徒会長さん……』」


「『は、はいっ! ……なんだい?』」


 『ヨーコ』は、恋慕の気持ちで顔を赤くしつつも、ひとつの疑問の為に、その赤い顔を傾けた。


「『……貴方のお名前、なんていうの?』」


「『おオウ。そういえばァァ……知らなかったなァ~』」


「『あ、私もそういえば聞いてニャかったわ』」


「『……え? そうだっけ? みんな、僕の名前、覚えてないの?』」


「『なんじゃなんじゃ。名乗らずに人助けなんぞにひた走っておったのか。生徒会長じゃというのに、妙なところで影の薄い奴じゃのう……』」


 『生徒会長』は首をもたげた。


「『……なんだかなー…………』」


「『ほれ、はよう皆に言うてやれ言うてやれ。』」


「『はは……わかりましたよ……僕の名前は――――』」


 ……と。


 ここで締めの爽やかな曲調のBGMと共に、幕が下りていった――――終劇である。


 あとは――――この階層の門番と戦うのみである。が、門番がその気にならねば、ラルフ達はここに閉じ込められる。


 音響機器スピーカー越しに門番から返ってきた反応は――――

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