第17話 命ひとつ
「電撃のショックで脈が止まっている…………くそっ!!」
ブラックは倒れて動かないウルリカを診ながら、仲間たちに指示を出し始めた。
「――セアド! 私の鞄から測定器を持ってこい! ベネットは回復・蘇生法術をかけ続けろ! 他の者は薬草と綺麗な水をありったけ持ってくるんだ!!」
「は、は、はいですにゃ!!」
「鞄ってェなァこれかィ? 電極みてえなのがいっぱい付いた機械の……」
「他に何がある! さっさと持ってこい!!」
「はいよォ…………」
普段、超然とした振る舞いであったブラックだが……目の前の
「――くそっ!! 強心剤をこれだけ打っても脈は戻らんのか!?」
「――どうやら敵も相当悪どい……罠に強力な呪詛らしきものを込めている…………!」
ラルフが言うように、ただの電撃の罠ではない。
喰らった者が確実に死に至るように、呪術に類する魔法をかけている!
「――くっ……顔色がどんどん青くなっていく……このままでは――――」
「――黙れ、ロレンス!! 諦めることは私が許さん!! ……私が治療する患者は……一人たりとも死なせはせん――――もう、二度と――――!」
(何か……何か手はないのか!? 蘇生薬に代わる物を…………!! ……あれは――――!!)
ふと、ブラックはラルフたちが摘んできた薬草を見遣った。何か閃いたのだ――――
「――みんな。この薬草と水、それから私が出す薬品を今から言った通りに調合するんだ! 大丈夫だ、落ち着いてやればまだ間に合うはずだ!!」
「わ、わかりました!」
「……ちっくしょう! 俺の歌も強心剤代わりにはなるかと思ったが、こりゃあ意識が飛んでて聴こえもしねぇよな……手伝うぜ!!」
「お願い、ウルリカ様……目を覚まして!!」
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それから皆で薬草を調合し始めた。
ブラックの手引きは実に迅速、かつ的確であり、焦りと緊張の中にあっても精彩を欠くことは無かった。
的確な分量。的確なタイミング。的確な生成法。紛うことなき名医の手腕であった――――
(――可能性は残されている…………これで蘇生するはずだ――――頼む、ウルリカ。戻ってこい――――戻ってきてくれ…………!!)
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「……う…………ん…………」
調合した薬品に加え、ベネットの回復法術の光の中…………ゆっくりと、ウルリカは意識を取り戻していく…………。
「――ウルリカ! 聴こえるか、ウルリカッ!! 意識があるなら返事をしてくれ!!」
「……あ……あ……? ブラック…………あたし、どうして…………」
「……わかるのか、ウルリカ! 君は現在何歳だ? この七人全員の顔と名前は!?」
「……え……あたし、22歳で……ブラック、ラルフにロレンス……旅芸人のルルカに楽師のヴェラ……ヒーラーのベネットに、凶悪犯のセアド……でしょ?」
「……ここは何処かわかるか? 何が起きたかも思い出せるか?」
「…………宝玉を取り返しに遺跡に来て……めっちゃ草とか岩とか掻き分けて来て――――そうだ。あたし、仕掛けをぶっ壊そうとして、罠にかかって――――」
「……良かった…………どうやら、後遺症も無いようだ…………本当に、良かった」
「ウルリカ様! あーん、良かったですわ! 恐かった…………」
「ウルリカのGUTSとMIRACLEのお陰だな!」
「……いいやァ……こいつはどう考えてもお医者さん先生の医術の賜物だぜェ…………ここまでやれるたァ、たまげたアァ〜……」
「……ぷふぅ〜っ……回復法術かけ続けるの疲れたにゃ……もうガス欠にゃよ……それにしても……」
ベネットは精神集中状態が続いて汗だくになりながらも、ニンマリと笑ってブラックを見る。
「普段そっけにゃいフリして、いざ大事に至る人が出たら……意外と熱いオトコにゃね? ブラックセンセー。そんなにウルリカが心配だったにゃ?」
「……む……」
「……え? ブラック……あたしの為に、そんなに必死になったの…………?」
「……むう……ふん」
ふと、我に返ったブラックはバツが悪そうにコートの襟を正し、皆に背を向けた。
「……全く。君という人間はどこまで冒険者として未熟なのかね? 助ける側の身にもなってみたまえ……」
途端に、普段通り素っ気ない態度を取るブラックにウルリカはかじりつく。
「……そ、そんなの、そっちが勝手にやったことじゃん! あたしは……それぐらいの覚悟はとっくに――――」
「覚悟? はっ! そのザマでかね!? お前なんか、冒険者より女郎にでも売り飛ばした方が世のためになりそうだ。冒険者の
その言葉と同時に違和感を感じたウルリカは自分の格好を見てみる。
「……えっ……それって、私の鎧が脱げてて、胸元がはだけてるのとカンケーあったり…………?」
「うむ。その『邪魔な二つの脂肪』には苦労させられたぞ? 心臓マッサージが効きにくいのなんの――――」
「……はあああーッ!?」
ウルリカは胸元を正しながら飛び起きた。
「あんた、あたしの乳揉んだのォ!? みんな見てる前で!? むぎいいいィィァーっ! 恥ずか死ぬうううう!! 責任取って死ねえええええええ!!」
激昴したウルリカはブラックに殴りかかろうとして……即座にヴェラ、ルルカ、ベネットの女性陣に止められた。
「ま、まあまあ! ウルリカ様! たった今まで死にかけていたのですわ! 気を鎮めて!」
「オトコに身体触られるなんざ、確かにアチキこそ耐えられんにゃ……でも! アチキの回復法術もあって何とかカムバックしたんにゃ! 安静にするにゃ! さもないと今度はアチキがその豊満お胸をニャッフッフッフ……」
「おめえのGUTSは受け取ったぜ! でも、今すぐはやめとけ!」
「不要だよ。安静が必要かと思ったが、これだけ元気に動けるなら……このまま遺跡の攻略を進めても問題ない。ベネットはこの精霊水でも飲んで気力を回復したまえ」
「うにゃっ!? と、ととっ……」
背を向けたままベネットにポイッと魔法や法術を使用するのに必要な気力を回復する薬を投げ渡される。
ウルリカを止める者が一人減って、ズルズルとブラックににじり寄ろうとするのを、今度はラルフとセアドが止めた。
「まあまあ! ブラックさんもきっと素直に感謝されるのが苦手なだけです……遺跡攻略の最中ですから! ここは堪えて、一行の和を乱すのはどうか……」
「ふぎぎぎぎぃ……」
「さァ〜てェ〜。問題がひとつ丸く治まったところでェェェ……先に進むとすっかァアァ〜。さっきの壁に行こうぜぇ〜」
「治まってねえええええ!! ゴラァ、ブラック!! この一件がひと段落ついたら覚えてろよ変態医者ああああーっ!!」
「おお、恐い恐い。ならば隙を見てとんずらするかね……くっくっく」
「ブラックさんも、少しは言葉を慎んでくださいよ〜……」
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激昴するウルリカを何とか宥め、一行は先程の障壁に戻ってきた。
障壁のランプは消えている。障壁そのものも、途端に錆び付いたような質感になっていて酷く脆そうだ。
「これで、ここを破壊すれば通れるはずだな」
「わざわざここに障壁を設けたという事は……ふむ。この先に賊の第二の門番でもいそうではないか…………」
「……ブラック殿、何故そうお考えを?」
「……さっきの石版の仕掛けを解いた時にも賊がひと塊で現れた。この先は要所要所に凶悪な賊が門番として
代わりにラルフが答えた。ブラックは例の露悪的な笑みを浮かべる。
「くくく……私は嬉しいよ。遺跡の、それも必ず通る進行ルート上に罠を仕掛けるような度し難く下劣な輩だ…………このツケは大きいよ。大きい…………私の患者を痛めつけたツケを、な」
「……ブラック…………」
ウルリカは、先程の恥よりも、罠に嵌った屈辱とブラックの気遣いに想いを寄せそうになる。
「……ありがと、ブラック……あたし、頑張るかんね……」
「……当然だとも! でなければ、誰が君の治療費を支払うのかね? 賊共から宝玉を奪還出来ねば……君から直接身銭を切って払ってもらわねば。くくく」
「ええーっ!? と、とにかくこの壁ぶっ壊すから! あたしの貞操の為にッ!! ……つっても、本当に安全なんでしょうね? ロレンス、よく調べてよ?」
ロレンスは言われずとも慎重に障壁を調べていた。そして一度頷く。
「大丈夫です。もうこの障壁や周囲からは機巧学的・魔術的いずれの罠の気配もありません」
「ホントに? よーし、離れてて……おぉりゃあああああーーーっ!!」
――ウルリカの裂帛の気合いと共に、ここまで破壊してきた岩石と同じに壁は爆散した。
「――いよっしゃあああーっ!! 行くよ! みんな!!」
ウルリカの威勢の良い雄叫びと共に、一行は頷いた。
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「――――この音……この気配……そして、障壁と強化装置が消失した感覚…………きゃは、きゃははははは……! アホの大群がやってくんねー…………このあたし――――『風水師』の無限の魔力と罠にかかって――――グチャミソに潰されて殺されにねえええェェェェーーーっ!! きゃはははははは…………!」
――――遺跡の奥から、不気味な女の笑い声が谺する――――
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