第18話 罠と罠

 障壁を突破した後も、いくつか邪魔な草が繁茂していたが……復活したウルリカによって次々と薙ぎ払い、綺麗サッパリと歩きやすい道になっていく。どうやらブラックの診察通り、本当に遺跡の攻略や戦闘に支障は無いようだ。


「――むっ。あそこにいるのは…………?」


 狭い通路を抜けると、更に地下へと進む階段……その手前に、全身に毒々しい装飾をした女と、取り巻きの賊らしき男がまたも四人。計五人組が屯していた。


「――おやおやおやおや! もう来たのかい……ここまで来たってことは……きゃは! あたしの罠を誰か喰らって来たってことさねェェェェーーーッ!? きゃははははは!!」


 顔にもけばけばしい化粧をした女はアンバランスに表情筋を歪めながら高笑いをした。不気味さと殺気を濃厚に感じる。


「……貴様が、あの罠を仕掛けたのか…………!」


 女はなおも憎らしい調子で煽ってくる。


「きひひひ! とぉおぉーぜんさね! 罠の魔法を知り尽くした……『風水師』のウチに仕掛けられない罠なんざないわあいいい!」


「――この! よくもやってくれたね! 万倍返しにしてやるっ!!」


 ブラックが拳を握り、ウルリカが怒り、勇み出ようとする。


「待ってください」


 ラルフは二人を制止し、第六感を研ぎ澄ませて……女たちが屯している開けた空間を凝視する。


「……部屋中に魔術的な罠……更に機巧学的な罠が張り巡らされている。しかも――――」


「魔力源は全てあの風水師の女……厄介なことに、罠の発動する位置や方向、タイミングは全て意のままに操れるようですな…………!」


 ロレンスも部屋の様子を目を凝らして視ていた。


 ただ邪悪なだけでなく、凄まじい力を持った禍々しい強敵である。


 取り巻きの賊たちも先程の破戒魔術師の時とは違う。全員寡黙であり、静かにカタール剣を両手に構えて猫のような柔軟さを伴いながら立つ足運びは、殺しの達人として洗練されていると見て相違ない。


「……こいつらは、少しでも踏み込めば我々を一網打尽に出来る必殺の術を仕込んでいる、というわけかね……殊勝なことだ。そうして狂ったように勝ち誇りたいのも頷けるな」


「……だからって、こいつらと戦わないわけには!」


 苛立つウルリカ。その様子を見て、風水師はせせら笑う。


「……あたしのとっておきを喰らったのは、あんたかい〜? そのままおっ死んでりゃあ……きゃはは、あたしの罠のフルコースを味わわずに済んだものを……やっぱ、とんだアホさ加減ねえええェェェー!!」


「てっめえ!!」


「落ち着け、ウルリカ。挑発に乗るな」


 焦りと苛立ちに満ちた先制攻撃をしようとするウルリカの肩を掴み、低く冷たい声でブラックが言い聞かせる。


「冷静にいくんだ。私の――――いや、私たちの借りを確実に返したければな…………」


「……ブラック……」


 その言葉を受けて、半歩下がってウルリカは深呼吸をした。


「――そうだよね。ありがと。お陰で落ち着いたよ。そっちはどう?」


「……お陰で? はあ? 何を言うのかね。助けたのは務めで、義務さ。私がそんな義侠に厚い人間に見えるかね? 大丈夫どころか爽快な気分に決まっているではないか。はっはっは」


「……もう! 何なのよあんた! いつもムカつく態度かと思ったら、急にしおらしかったりさぁ!?」


「うーい! うーい! お前ら、口喧嘩なんざしてる余裕あんのォ? ウチと出会ったのが最期さ! 油断も覚悟も後悔も策も無駄無駄! 苦痛に身を捩って死になあッ!!」


 戦いの火蓋が切って落とされた瞬間、ブラックは不敵に笑って――――


「……ほお。それはどうかな? 試してみるかね――――」


 そして、修羅のような形相を浮かべて、鞄と銃を構えた。


「来なあっ!! ゴミ屑共……そしてバラバラになって死ねやあああああいッ!!」


「!? みんな、飛べっ!!」


 ――――風水師の奇声とともに一瞬にして足下の魔法陣が展開。先程ロレンスが破戒魔術師たちに叩き込んだ爆発に劣らぬ魔力爆発が起きた! 


 一瞬早くラルフが声を掛けたので、皆即死は免れた――


 しかし――――


「……ぐううっ……ちっくしょう……!」


「ヴェラッ!!」


 一瞬反応が遅れたヴェラは避けきれずに……腹に爆風を受けた。


 致命傷ではないが、悶絶している…………。


「これを傷口にあてがえ。ひとまず出血を止められる……ベネット! 頼む!!」


「はいにゃあっ!!」


 ブラックはすかさず血止めの傷薬とガーゼ類をヴェラに渡し、ベネットへ回復法術の指示を出す。


 間髪入れずブラックは中腰で走りながら、賊たちに腰だめに構えた銃から麻酔弾を連射する! 


「……むっ!」


 だが、やはり一筋縄にはいかない。


 ある者はカタール剣で容易く弾き、ある者は篭手でガードした。


 風水師に至っては――――何やら自身の周囲に力場を張って、麻酔弾は弾かれるどころか分子分解、かき消されてしまった……。


「けひゃっひゃっひゃっひゃっ……そんな玩具おもちゃの鉄砲で、ウチの障壁を打ち破れるもんかい! 無駄な攻撃ィ……無駄なあああ!!」


「……ぬっ! くっ――――」


「ロレンス様、危ない!」


 機敏さで劣るロレンス。敵も狙いをつけてきたのか、巧みで素早い連携を前にロレンスは魔法を撃てない。杖でガードし切れず、急所を刺される所を――――辛うじて、ルルカの剣戟で守られる。


「……ちぃ〜ッ。こいつら、暗殺やら何やら手慣れてやがん、なっ! 目潰しも……ァ足払いもぉォ! 効きゃあしねぇぜえ〜……」


 悪党とやり合うのは日常茶飯事であったであろうセアドも、まず五感を鈍らせたり不能にしたりする攻撃が敵に当たらないし、目元もマスクのようなもので防護している。いつも不気味にニヤつく顔も緊張で強ばる。手の内は暴かれているようだ。


「させるかッ!!」


 ラルフが跳躍し、唸りを付けた剣戟で賊たちを圧する。


「――かかったァ!!」


 カタール剣を持つ賊たちが飛び退くや否や、今度は天井から茨が伸び、ラルフの自由を奪った! ――もちろん風水師の罠だ。


「ぐあああっ! く、くそっ――――」


 茨は万力のような圧力でラルフを絞めあげ、棘からは猛毒を刺される――――


「きゃははははは!! ボケ共が相手だと、こぉおおおおうも、上手く罠が決まるものかァァァ!! ……アンタら、傑作ううう……全てが読み通りに…………思い通りに雑魚共をぐちゃぐちゃに出来んの――――たまんなあああい…………♡」


 ――次々と決まる罠。後手に回るしかないラルフたち。


 風水師の女は、病的なサディズムと邪悪さからなる嗜虐の悦びに己を抱き締めるように腕を巻き、身を捩り欲情する。


「――万事休す、と言うやつかね? なぁ、ウルリカ?」


「…………」


「…………んんん?」


 風水師は、違和感に首を傾げた。


 この追い詰められていると言って相違ない状況で――――この黒衣の男と鎧を纏った赤毛の冒険者は――――何か、妙だ、と。


「……うるっせえよ、ヤブ医者……そんなんハナから頭に無いってツラしやがってさ…………!」


「――おお、恐い。今まででMAX以上の戦意の高揚ではないかね?」


 ブラックは一瞬……ウルリカの耳元でこう、囁いた。


「――待っていろ。もう少しの辛抱だ。――私を、信じろ――――」


 そう言うと、ふらり、と風水師の眼前へと黒衣の闇医者・ブラックは歩いて近寄る。


「――オイオイオイオイおおおおぉぉぉぉいいい! そこの白髪のおっさぁん! なぁに余裕綽々で近寄ってんだァ? この状況で……恐怖でとうとう、頭イかれちまったんでちゅかあああーっ!? きゃあっハッハッハッハ!!」


 風水師は隙だらけな様子のブラックに、例の奇矯な振る舞いと奇声で挑発する。完全に勝ち誇っているが――――


「――貴様。『どんな策も無駄』……と言ったか?」


「はァン!? ――見て理解しろボゲェ! ウチと手下共相手の実力差は明らかだろーが!! 死ななきゃあ、解らんのかァあぁ!?」


「――私の名はブラック。諸国を巡り、患者を治療して回る、そこの赤毛の冒険者が言うヤブ医者というものだが」


「あァ!?」


 唐突に何を言うのか、とばかりに風水師はやはりアンバランスに表情筋を歪ませて凄む。



「私はあの王国の人間ではない。外来の民だ。故に――――私が一人、貴様らより先んじてこの遺跡に潜り、必殺の『罠』を仕掛けている、としたら――――どうするかね…………?」


「――エェ!?」


「なっ……まさか、ブラック殿――――」


「――この者達は利害が一致したから行動を共にしたまで。この遺跡にラルフたちも貴様ら賊たちよりも早く、この遺跡に侵入した者がいるとしたら……他ならぬ私しか知らない」


「……だ、だったらどうだって――――!?」


 その時。


 その場にいる者たちは、ブラックが懐から取り出した物を見て、凍り付いた――――


「――ブラック、殿? その試験管の中は――――まさか」


「――――その『まさか』だよ……私が開発した毒素急速増進ウィルス。云わば『細菌爆弾』さ――――そらっ!」


 言うや否や、ブラックは『細菌爆弾』が入った試験管を――――風水師のすぐ側に投げ付け、叩き割った! 試験管の中の謎の溶液が飛び散る! 


「なな……!?」


「――今や『細菌爆弾』は蔓延し感染拡大を始めた。これは生物の中に必ず存在する『毒素』を急激に活性化させる。エボラ熱とインフルエンザウィルスの――――およそ数千倍の毒性と感染力さ」


「――ひぇっ?」


「そして貴様は爆弾の最も近い距離にいて……この『植物が過剰に繁茂した場所』に陣取っている。果たして、貴様はいくつ……先程ラルフを縛り上げているような植物を介した罠と『繋がっている』? くくくく……」


「……あ……ああ……!?」


 風水師をはじめ、賊たちは戦慄した。


「……『細菌爆弾』をこれほどの『生物』が繁茂した場所で感染拡大を引き起こせば……ふうむ。毒性は更に万倍には膨れ上がるかな……貴様らと共に、我々も共倒れ、だな。感染した際の主な症状と苦痛は――――」


「――ちょ、ブラック様!? 貴方、何を考えて――――」


「待って」


 動揺するルルカに、ウルリカは手で遮って制止する。


「……ウルリカ様…………?」


「……きっと、大丈夫」


 ウルリカも、何かおかしい。


 先程から全身が上気し、目付きは据わって来ている。今にも血の汗でもかきそうなほどの興奮状態だ。なのに、口数は妙に少ない。


 ルルカはウルリカの言葉よりは、その唯ならぬ争気のようなモノに圧倒されて、後ずさった。


「――ふっ。やめておこう。『私如きの白髪のおっさん』では、そのおぞましさを表現するのにボキャブラリー不足だ――この場合、双方共倒れとなるが……感染拡大パンデミックが治まり、『爆弾』の効力が薄まった頃合いに、宝玉は誰かに回収、だな。――我々の目的の為に死にたまえ」


「!!!? ……は、ハッタリ! ハッタリだろう!? そんな馬鹿げたこと、出来るわけが――――ひいっ!?」


 ――瞬間。ブラックは風水師にこの世のものとは思えぬ禍々しい笑みと共に、この世の恐怖を一点に凝縮したような……そんな狂気に満ちた眼光を、心に突き刺すように向けた――――


「……こ、こここいつ、本気だああ…………い、イかれてやがるぅ!! おっ、おっ、お前らみたいなの…………」


「…………我が生物研究で死ねるなど――――私の医学者としての人生において……未だかつてない悦楽と達成感に満ちた死だなあ……ああ…………くっ、はははは…………!!」


 ――――黒衣の闇医者の、破綻した人格から来る狂える笑いが響き渡る――――

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