第16話 バイタル・レディ
ボロボロになった賊たちだが、ラルフたちは念の為荒縄で捕縛しておいた。
「痛たたたた……」
「全く。気の小さい奴だと思ったが、君もなかなか無茶をする……」
ロレンスが敵の魔術師の罠と氷塊の魔法で負った凍傷を、ブラックが丁寧に手当てしていく。加えて、ベネットも回復法術で足を癒す。
「みんな、大丈夫にゃ? ……ったく、形勢は不利ってほどじゃあにゃいんにゃから、ここでなけなしの勇気を振り絞るもんじゃあにゃいにゃ」
「……負けたくなかったのですよ。勝負はもちろん、魔術師としての格もね。本来、魔術師というものは世界中の公的機関の指導のもと厳しい鍛錬を積んでようやく魔法の使役が許されるもの……あのような私利私欲に走る下賎な輩も後を絶ちませんが……破戒の魔術師に遅れを取るようでは、国を追われた方がマシと言うものです…………」
「……ふむう〜ん……宮廷魔術師サマが他所の破戒魔術師に負けたらァァ……国を追われんのかィィィ……? あのテキトー過ぎる王様の国に、そんなルールでもあんのかぃ?」
「いいえ。私の誇りの問題です! 正しき道を歩む自負ある者が、外道に屈するわけには……痛たた……」
声高に『誇り』を口にするロレンスだが、凍傷に痛がる姿は虚勢を張っているように見えてしまう。
「……むう。俺様にゃァ、『正しき道』なんざ何処にもねェと思うがねェ……ま、張り切り過ぎんなや。先はまだまだ、始まったばっかだしよォ」
「ぬ……大罪人の言葉など、誰が――――」
「無理をするな、ロレンス。ブラックさんとベネットの治療を待て」
ラルフはいきむロレンスの肩をポンポンと叩き、小休止を促す。
「……賊たちは完全に気絶しているな……これでは敵の動向を探ることは無理そうだ」
「時間もないからな。同時に……捕虜にしたとしても、連中はならず者の集まりだ。人質とか捕虜とかにしてもこちらに
「……何故そうお考えなのです? ブラックさん」
「……ほとんど勘だがね。ならず者の集まりとはほぼそういうものだ。何より――――この賊たちは何かに陶酔し、取り憑かれているようなモノを感じる」
「……『救い』がなんの、と言っていたことですね…………」
「へっ! どうせ連中、すっげえお宝手に入れたから天狗になってるかなんかだろ? 俺のMUSICで目を覚ましに行くぜ!」
ヴェラはギターを一声嘶かせながら健啖を吐く。
「……どのみち、連中は宝玉を握っているのです……どんな凶行に出るかわかったものでは無い。時間は有るようで無いのですぞ」
ラルフは数秒、何か引っ掛かるものを感じながらも頷き、告げた。
「……そうだな。時間が惜しい。ロレンスの怪我もだいぶ癒えたことだし、すぐに先に進もう」
「……そうだ、その前に……」
ロレンスは立ち上がり、一纏めに捕縛した賊たちに何やら魔法をかけた……と同時に、一瞬にして霧のように賊たちは消えてしまった。
「王国の牢獄……セアドがいた所とは違う区画ですが、
「……ありがとう、ロレンス。じゃあ、改めて……行くか」
「りょうかーい」
ウルリカがどこか子供っぽく生返事をする。先程の石版の謎掛けが解けなかったことをまだ拗ねているのだろうか……。
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碑石の仕掛けを解き開いた階段を下っていった…………だが、すぐに周囲の様子を見てラルフ一行に動揺が走った。
――――水と植物である。
ただただ、地下一階の階層には見渡す限り過剰に繁茂した植物……それもハスや蔦、ラフレシア、薔薇、高原に咲く花や薬草など、本来生育する環境がバラバラの植物が一緒くたに生えている。
「……ロレンス。遺跡には水脈が?」
ラルフの問いに、ロレンスは口をぽかんと開けて驚き、汗を流しながら首を振る。
「……いいえ。水脈などありません。あるとしても僅かな水分ぐらいのはず、です……これは一体…………」
「……よく見るとその水も、あちこちあるが……水質がバラバラだな…………澄み切った蒸留水のような物もあれば、ヘドロのように汚濁した物まである。こんなことが自然――いや、人の手で可能なのか?」
ロレンスと専門分野は違えど、生物学に明るいブラックもこの光景には眉根を顰めて唸った。
「FOOOO……こりゃあMIRACLEかぁ!?」
「いや、どう考えても超常現象……にゃんじゃにゃいかにゃあ…………」
またも言葉と共にギターで感情を表現するヴェラにベネットは驚きのあまり力のないツッコミを入れた。
「………………」
ロレンスは顎に手を当て、しばし考えてみた。
「…………恐らく、宝玉『憎悪の泪』に封じられし『魔王』の強大な魔力の影響です。『魔王』の力は混沌極まりなく、その質も量も別格。宝玉は本来、王国の特殊な魔術的・機巧学的装置で保管しているものでした。次元ごと強大な魔力により歪曲が生じ…………自然そのものに干渉してしまっているのでしょう…………」
「……このまま放置すると、よしんば連中が悪用しなかったとしても被害規模推測不能の自然災害に繋がりかねないという訳かね…………途方も無いな」
ロレンスとブラックの言葉に、ここで一行の間にじわり、と宝玉『憎悪の泪』に封じられし存在が如何に恐ろしいかを、濡羽のような不安感と共に湧き上がってきた。
沈黙を破ったのは、ヴェラと同程度呑気さと胆力を持つ……ウルリカだった。
「――ねー。相手がどれだけヤバいか知んないけどさー、進まないことにゃ始まらないっしょ? でさー。その辺に転がってる岩とか草とか邪魔じゃね?」
ウルリカの言う通りである。先に進まなければ打開出来ない。
そしてこの植物が過剰に繁茂した階には、次元が変異した影響と思われる落石の後や隆起した岩、人の背丈よりも長く伸びた草などが障害物として大量に在った。
こーいう力仕事なら任しといて! 岩だろうが草だろうが、あたしがどかしてやるわ! 手始めにこの岩を……。
ウルリカが目の前を塞ぐ大きな岩に対し、構えた。
「――オラァアアアアアアアアッッッ!!」
22歳の女性とは思えぬ猛々しい雄叫びと共に、戦斧を猛烈に振るい――――一撃で頑強な岩は粉微塵となった。
「よっしゃあー! 次々! どんどん壊してくよー!!」
「……よ、予想以上のパワーだな……俺とセアドも手伝いますよ」
ラルフの申し出に、ウルリカは盾を持つ左手をブンブンと大きく振って応える。
「いいっていいって! さっきは戦闘以外役に立てなかったかんね……ラルフたちは温存しといて! こりゃストレス解消にいいわ〜……でやあああああーッッ!!」
破壊衝動を満たしつつ、次に草を薙ぎ払った。空間ごと消失したかのようにサッパリと、邪魔な草は散っていく。
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しばらくそんな調子で突き進んでいった。
障害物はウルリカが破壊し、途中に出現する魔物……湿った環境を好む大蛇とか毒クラゲとか亡霊の類いはラルフたちが撃破していった。
ウルリカは力仕事が活かせる場に来たことで意気軒昂。さながら
と、そこに何やら人工物と見られる障壁があった。
不自然なことにその障壁は植物の蔦や苔などが一片も張り付いていない。作られて間もないようだ。
「……これもぶっ壊してみるっ!?」
「……何だか、この務めが終わった後に君から女子力というものを引き出すのに一苦労二苦労どころじゃあ済まない気がしてきたよ。女性ホルモンを助長するサプリメントやじゃじゃ馬ならしの方法を研究せねば……」
ブラックが顔を手で覆いわざとらしく嘆く。
「う……うっせーし! 現にあたしの力でみんな楽できてんだし! ……これでもさっきの石版の仕掛け解けなかったことから挽回しようとしてんのよ…………」
「……まだ気にしてたのにゃ……」
「……と! に! か! く! この壁みたいなもんもやってみんね……どらああああッ!!」
バゴォォォン…………と、破壊音が遺跡に
「……どうだっ!?」
「む。馬鹿な、傷一つ付いてないぞ……」
ラルフの言う通り、先程までの岩石や草とはまるで違う……障壁には傷一つ付いていない。
「妙だな。如何にこの障害物が頑強だろうが、ここまで立て続けに岩石を破壊してきたウルリカに傷ぐらいは付けられてよいものだが。異常なまでの強度だ」
ロレンスが障壁に触れ、詳しく調べる。
「……どうやら、何らかの機巧学的な処置によって、この障壁の強度が保たれているようです。このままでは破壊出来ない」
何らかのカラクリ、と聞いてウルリカは眉根を顰める。
「……もしかして、また謎解き〜……?」
しかしロレンスは首を振る。
「いいえ。別の場所に強度を保つ装置があるはずです。それさえ破壊すれば……ここも通れることでしょう」
障壁の上部をよく見ると、赤いランプのような発光体がある。少し離れた場所からエネルギーを受けているようだ。
「それほど遠くない地点に装置があるはずです。探しましょう」
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そうして、再び岩石や草をどかし、魔物を倒しながら探索を続けた。
――――すると……少し開けた空間に、クリスタル状の物体が浮かんでいるのが見えた。
「見ろ。
ラルフの懸念に、ロレンスは首を横に振る。
「違います。私も宝玉をこの目で見たことがありますが、形状・色・そして魔力。何もかも違います。あれは……先程の障壁を強固にしている装置でしょう」
仲間が全員この空間に入ると、ここまで岩や草を破壊してきたウルリカはすっかり高揚して装置に近付いていく。
「なあーんだぁ! どんな装置かと思えばガラスみたいに脆そうなやつじゃん! こんなの、粉微塵にしてやるわ!」
ウルリカが、戦斧を構える。
「……? 待て、ウルリカ。何か妙だ――――」
ブラックが何か違和感を感じ、制止しようとしたが――――
「おりゃああああーーーっ!!」
ウルリカは突進し、そのまま勢い任せに装置を割り砕いた!
「――――えっ?」
だが――――割り砕いた装置の破片が一瞬、宙で停止し――――まばゆい稲光が発生し、ウルリカに直撃した――――
「うああああっ…………!」
ウルリカは強烈な電撃に身を震わせながら吹き飛び、倒れ伏した――――
「――ウルリカ!!」
「何の罠ですの!? 雷のようなものが…………!」
ブラックが即座にウルリカの手を取る。
脈は――――止まっていた。
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