第12話 『悪』の本懐
男はくたびれたジャケットを羽織り荒い作りのジーンズを穿いているが、上背も高く筋肉の張った堂々たる体躯だった。一見すれば力自慢の悪漢だ。荒れ野に茂る草花を思わせる緑に染めた髪の毛と、静かな、しかし争気に充ちた三白眼が、牢獄に差す日光を妖しく反射している。
「わざわざ、こんなシャバいとこ入ってくるなんざ……面会ってわけでもなさそうだァなァ〜……さしずめ、罪人へのバイトでも募集中ってかアー? カッカッカッ…………あんたら、どっか危ないとこでも行くんかい」
「む。察しのいい奴だな……この男なら賊の思考もわかるだろうか」
「色々質問してみるかね」
「……そうですね。実は――――」
ラルフは書状を読み上げ、檻の中の男に事情を説明した。
「――というわけなんだ。お前は……この賊の取りそうな行動が解るか? 『手馴れた』悪人の考えそうなことを…………」
「ふぅーむぅ〜……『憎悪の泪』ねぇ。このちっこい王国にしちゃあ、かなーりヤバげなブツが盗まれちまったわけかよォ〜……そうだァなァ〜……俺様なァらァばァ〜…………」
独特の抑揚を付けた語り口の男は天井をしばし見上げながら呟く。
「宝玉に封じられた……そう。『魔王』とやらの極悪なパァワァ〜を何とか頂いて――――も一度人類に宣戦布告。世界に戦争ふっかけるぐれぇはやるかもなあああァァ〜…………」
ラルフとロレンスは空恐ろしい想像に背筋に氷雪が流れ込んだような感覚と共に眉根を顰めた。
「……なんてことだ! せっかく魔王を封じ、人間が得た平和を、人間自身が壊すことになるのか…………!?」
「やはり、遺跡に潜む賊共は看過できぬ悪ですな! 一刻も早く奪還に向かわねば……!」
ラルフたちの不安に曇る表情を見て――――男は不気味に微笑んだ。どこか満足げに…………。
「……なァ〜んてなあ! こいつは飽くまで俺様の壮大な妄想よお〜。どうだぃ、ビビったかァ、おお!?」
「な、何だって言うんだ、この男は!?」
「罪人め!
ロレンスは鉄格子を杖で殴り、男を威嚇する。
「けけけけ……そぉ〜う怒んなって。……いいかい。ワルってぇなァ……自分が持つ『力を振り回したい』ってのが鉄板よォ」
男は檻の中を両腕を広げて歩き回り、何かの演説でも気取るかのように語り出す。
「『力』ってのは麻薬みてえなモンよォ。金がありゃあ、七代遊んで暮らしてえ。武力がありゃあ誰かをぶちのめしてぇ。権力がありゃあ人様を扱き使いふんぞり返ってみてぇ。と〜ことん、己の欲望のままに、我儘に。凝り固まったエゴに従い、誰かを蹂躙し辱め、支配する。それが『悪』ってモンの一面よォ。『魔王』ともなるほどの『悪』なら……その『力』が及ぶ限りの欲望を充たす為にのみ! 悪行の限りを尽くすだろうぜ。つぅまぁりぃ〜……」
「……つまり、何だ?」
男はたっぷりと沈黙の溜めを置いた後、静かに答える。
「……実際にその賊共がどんな悪さをすっか。んなもんはその悪党次第ってわけよォ……人間に108の煩悩があるんならァ……実際にそいつが108の選択肢から何を選び、どうこじらせて行動に出るかなんざ、わかりっこねェ。そいつらをふんじばって聞き出して見る方がぁ、早ぇよォ〜……カッカッカッ…………」
意味ありげにラルフたちの警戒心を煽ってきた男だが……その答えは実に単純明快。
悪とは、己のエゴや欲望に我儘に従って罪を重ねるのみ。
ならば、『悪』とは、などと定義立てて具体的な行動の予測を立てるなど、実にナンセンス。その悪党に実際に接触して理解しようとするしかない。
ラルフとロレンスは、もっともだが拍子の抜けた解答に溜息を吐く。
「ふう……みんな済まない。俺の気の迷いだったみたいだ。この牢獄に来たのは時間の浪費――――」
「クカカカ、とーころが、そお〜でもないんだァなああああ〜これがあアアア…………」
ラルフの言葉を遮り、突然、男は鉄格子の扉に近付いたかと思うと――――
「――なッ!?」
「ええっ!?」
ラルフとロレンスが驚き、飛び退いた。先ほどまで呑気に座っていた看守も飛び上がり、こう叫ぶ。
「――せ、セアド! 貴様、どうやって扉を開けたァッ!?」
――堅く、重い鉄格子の扉の鍵。それはいとも容易く緩んで外れ、男を拘束するモノを無とした。
「……い、いつの間にか手に針金のような物を持っている……まさか、それだけでこの鍵を開けたのか!?」
慄くロレンスに、男は……セアドと言う名の男はある種の特別な好奇に充ちた眼差しをギラつかせて言い放つ。
「……あんたたちから俺様に用がなくても、俺様からあんたたちに用はあるゥ――――俺様のボーイフレンドになろうぜぇ〜カーワイコちゃんよォ〜♪」
セアドは、ロレンスをひしと抱きしめた。ロレンスは未だかつて味わったことのない怖気を全身に感じる。
「いやああああーーーっ!! キャーっ!!」
「おっと……ロレンス、あたしの後ろに隠れんなよ……気持ちは解るけどさぁ……こりゃあ、さっきのルルカとベネットとはまた違う、なんて言うか、エグさがあるなあ……」
咄嗟にセアドをロレンスはその華奢な体躯から満身の力を振り絞って振り払い、ウルリカの後ろに隠れた。勿論魔術杖も構えている。
「カカカカ……まぁそういう反応も取られらあな。解っちゃいたけどやぁ〜めら〜れねぇ〜♪」
「同性愛がエグいだとぉ!? ROCKからすりゃんなもん障害でもなんでもねえ!」
「愛に性別など関係ありませんわ! 全ては気持ち次第です!」
「愛にテリトリー意識も縄張りもにゃーい! LOVE&PEACEッッッ!!」
「あー、ちょっと黙ってて……話が混乱する……」
先ほどの女性同士とはまた質の異なる、男から男へ向ける情愛。ヴェラとルルカとベネットが勇み出て高らかに主張する。
「そっちのピンクな嬢ちゃんとぉ、猫人の娘っ子は……所謂、レズビアンってぇやつかよォ。俺はどっちか
ラルフは何とか三人を制しつつ、セアドに注意を向けた。ブラックは、その手があったか、と言った風情で顎に手の甲を当てる。
「……ふむ。だがラルフ。この男、かなりの逸材だぞ。当初目的とした『悪』の意識を充分に自覚しながらも冷静。勇者であるラルフにも気取られぬ速さでの身のこなし。何より……『鍵をこじ開ける技術』…………」
「……そうですね……敵は遺跡を根城にしている。遺跡に罠や施錠している箇所もあるだろう……これは盲点だった。むしろ、宝玉奪還に必要不可欠な存在だ……」
「ら……ラルフ殿!? 冗談は、冗談はやめて頂きたいッ……そんな危険な罪人を一行に加えることなど出来ましょうか! いや、この際正直に申す! 貞操を破壊されることだけは嫌だあーーーッッッ!!」
声をうわずらせてもんどり打ち、恐慌するロレンスに、セアドはにこやかに微笑み穏やかな声で語りかける。
「ヌハハ。し〜んぱいすんなァ〜。今のはほんのスキンシップだあ〜……俺様はよォ……たっくさんの罪を犯してきた。今更何処へ逃げようが120%お縄についちまうような業の深ぇ野郎だからよお……もうこの国で処刑されることも決まってる。これはボランティアみてぇなもんさあ……限りある自由とちょっとした善行……そいつを最後にちょびっとだけでも楽しませて貰えりゃあ…………もうこの世に思い残すことなんざねぇよおぉ〜……」
「……罪人にしては見上げた心掛けだ。……すまないロレンス。覚悟を決めてくれ。出来るだけ貞操の危機から守るようベストを尽くすから、堪えてくれ……」
「天よ神よ森羅万象よ私に七難八苦を与えないでくださいませどうぞどうぞどうかどうかお願い致します心から慈悲を請いますやめてください心が死んでしまいます死んでしまいます死んでしまいます――――」
思わぬ仲間、そして思わぬ脅威にロレンスは半狂乱になりながら宙を仰ぎ、必死に祈りを捧げているのだった…………。
――――凶悪犯・セアドが仲間に加わった!
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