38 北千住避難民キャンプ


 魔物の唸り声がはらわたを揺らさんばかりに腹の底にまで響いてくる。

 弱き人間にとって、ワータイガーの威嚇いかくは背を向けたくなるほどのプレッシャだ。

 だからといって、逃げ出すことも、目を背けることもできない。

 少しでも弱気な姿を見せれば、容赦なく襲い掛かってくるからだ。

 野生の力とは、魔法を得た僕等であっても、決して軽視できるものではない。

 特に魔物の力となれば桁外れだ。瞬きする間に距離を詰め、その鋭利な牙で簡単に僕等を喰い千切ることができる。


「ちけ~~~ん! ば~~~~ん!」


 何が「ば~~~~ん!」なのか分からないのだけど、麗奈れなが元気に声を上げると、こちらを警戒しながらチャンスを覗っているワータイガーの足元から土の剣が飛び出す。


「グアゥ!」


 逃げ遅れたワータイガーが、地面に足を縫い付けられて呻き声を上げる。

 情けない声をあげた者が負けだと言わんばかりに、今度は陽向がワードを唱えながら腕を振る。


「泣きを入れたな! くらえ! エアカッター!」


 風の刃はワータイガーの太い首を切り落とすことこそ叶わない。だけど、深く大きな傷を刻み付けることには成功した。

 すると、なんとか持ちこたえている魔物に向けて、茜が容赦なく止めを刺す。


「もえて! えんだん!」


 彼女が右腕を突き出すと、宙に生まれた炎の弾がワータイガー捉える。

 魔法で作られた炎は、あたかも紙を燃やすかのように魔物を焼き焦がす。


 巨大で凶暴な敵を前にして怯むことなく戦う麗奈、陽向、茜。

 三人の姿はとても小学生だとは思えない。いや、それ以上に三人の勇気に感服する。

 勇敢に戦う三人の力は、それだけでワータイガーを恐怖させたのだろう。

 あちこちに転がる仲間の屍を置き去りにして、残りの魔物が尻尾を巻いて逃げ始める。


「逃がさね~!」


 一斉に逃げ始めた魔物に、陽向が魔法を放とうとするのだけど、すぐさまそれを止めさせる。


「まって! 逃げる魔物は放置だって言ったよね?」


「あっ、そうだった……すみません」


 言付を思い出したのか、彼は直ぐに頭を下げてきた。今時では珍しいほどに素直な子供だ。

 きっと、氷華と一凛の教えが良かったのだろう。

 まあ、やり過ぎ感は否めないのだけど……


 現在、僕等は北千住にある目的地に向けて進んでいる。

 ただ、汐入キャンプ地を出発して、既に三日目となっている。

 ファンタジー化が起こる前なら、徒歩で一日もかからない距離なのだけど、道を開拓しながら進んでいる所為で思ったよりも時間を取られている。

 それでも道を解放しながら進んでいるお陰で、野宿することなく日帰りで汐入のベースキャンプに戻っていたりする。

 なんといっても一番怖いのは、無防備なところを狙われることだ。だから、野宿が一番危険なのだ。

 まあ、実際は氷華が氷の障壁で周囲を囲めば大丈夫な気もするけど、食事や風呂のこともあって、日帰りに変更した。


「ねえ、そろそろ教えてくれない?」


 戦いを終わらせてたところで、子供達と一緒に成瀬が後片付けをしている姿をチラリと見やりつつ、氷華は聞こえないくらいの声で僕の考えを尋ねてきた。

 どうやら、逃げる魔物を追わないこと、道を解放しながら進んでいること、それらの意図が知りたいらしい。

 実際、それほど難しい話ではないのだけど、どうやら読みあぐねているようだ。


「将来的に北千住を狩場にしようかと思ってさ」


「狩場……ん~、なんとなく分かるけど、どうして北千住なの? それに、北千住に避難してる人はどうするの?」


 彼女は直ぐに僕の考えを察した。ただ、完全に悟ることが出来なかったみたいだ。訝しげな視線を向けてきた。


「北千住の避難者は汐入に移住してもらおうかと。あと、北千住をチョイスした理由は、ここって荒川と隅田川で隔離されてるじゃん。橋さえ壊せば孤島になると思うんだ」


「ああ、なるほど。でも、北千住の避難者がウンと言ってくれるかしら」


「言うと思うよ。だって、生き残ってる人は、全てを無くしてるんだから、惜しむ物もなければ、執着心もないよね?」


「ん~~、そう言われると確かに……そんな気がしてきたわ」


 納得できたのか、氷華はコクリと頷く。


 以前も氷華と話したことなのだけど、僕等が魔物を狩りすぎた所為で、食料となる魔獣まで枯渇してしまった。

 だから、今度は無茶な狩りをせずに、少しずつ食料を得る方法を考えたのだ。そう、北千住を魔物の狩場にするつもりなのだ。

 もちろん、物資の調達もあるので、道の確保は必須だ。だから、面倒だと思いつつも道の整備をしているという訳だ。


 こうして本日の進行を終わらせた。明日はいよいよ北千住の避難民キャンプ地へと乗り込むことになる。

 そして、この企みが上手くいくかは、明日の交渉しだいだ。だから、今日は美味しいものでも食べて、ゆっくりと休むことにしよう。









 翌日、北千住の避難民キャンプ地に辿り着いたのは、お昼を少し過ぎたところだった。

 北千住のキャンプ地は、駅の東側に位置する大学であり、やはりここも魔植物や魔物の被害を受けることなく健在だった。

 理由は分からないのだけど、どうやら学校と呼ばれる場所だけが、被害に遭わない安全地帯となっているようだ。


生織いおりちゃん、お帰りなさい。そっちの男の子が炎獄の魔法使いかい? ああ、それよりも、巫女様が待ってるよ」


 僕等が大学の門を潜ったところで車を止め、成瀬に促されるままに歩き出した途端、まるで待ち構えていたかのように現れたおばちゃんが声を掛けてきた。

 というか、おばちゃんはなぜかテニスラケットを持っているし、足元にはボールてんこ盛りになったカゴが置いてある。


 まさかと思うけど、ここでテニスの練習でもするのだろうか……いやいや、なんでこんなおばちゃんまで僕の二つ名を知っているの? ちょっと、勘弁してほしいんだけど……これって個人情報流出じゃないのかな!? てか、巫女って……もしかしてレイヤー?


「おばちゃん、その生織ちゃんって止めてよね。もう高校生なんだから……まあ、学校すらないけど……」


 おばさんからチャン付けで呼ばれたのが嬉しくなかったのだろう。成瀬は渋い顔で苦言を漏らす。

 どうやら、成瀬は大学生ではなく高校生だったみたいだ。やはり僕の観察力は当てにならないということか……

 というか、そんなことよりも、二つ名を口にしたことや巫女様というのが気になる。


「そういえば、なんで二つ名を知ってるの? ああ、名前もだけど……」


 思い出したかのように問うのだけど、成瀬は「そのうち分る」と言い、それに答えてくれなかった。

 これは汐入でも同じで、何度か聞いてみたけど、常に同じ答えが返ってくるだけだ。

 それに不満を感じるのだけど、氷華はそれよりもおばちゃんのテニスラケットが気になったようだ。


「ねえ、このご時世になんでテニス?」


 彼女が訝しげな表情で問い掛けると、それについては答える気があるようだ。成瀬は溜息を吐き、面倒くさそうにしながらも口を開いた。


「はぁ~、あのおばちゃん、若い頃はそれなりのテニス選手だったみたいなんだ。不審者が現れたら弾丸サーブで撃退するんだってさ。そう言って、毎日あそこで番をしてるんだ……まあ、病んでるだけだから温かい目で見てやってくれ」


「そうなんだ……」


 成瀬の説明を聞いて声を失ってしまう。ただ、氷華はニヤリとしながらとんでもないことを口にした。


「案外、凄いサーブかもよ? ほんとに魔物とか撃退できたりして」


「まさか……ありえん」


 成瀬は少し考え込むのだけど、直ぐに首を横に振る。どうやら、非現実的だと考えたみたいだ。

 ただ、実際は在り得ない話ではない。なぜなら、僕等が使っている魔法の方がよっぽど非現実的な産物だからだ。


 色々と思うところはあるのだけど、敢えてそれに言及せずに足を進めると、その後もゲートボール用のスティックを持ったおばあちゃんだったり、掃除機を振り回すおばちゃんだったり、電気ドリルを両手に持って踊るおじちゃんだったりと、様々な人達と出くわした。

 そんな一風変わった人達を目にする度に、成瀬は溜息を吐き、僕等は呆気に取られた。


 そうこうしながらも、校内にある理事長室へとやってきたのだけど、そこでまたまた驚かされることになる。


「えっ!? 自動ドア?」


「こっちの方があり得ないわ」


 綺麗な木製のドアの前に立った途端、扉が勝手に開いたのだ。

 突如として扉が開いたことで、僕と氷華が唖然とする。


 ああ、今日は色々と交渉事もあるので、陽向達ではなく生徒会の面子を連れてきているのだけど、彼女達には車の番をしてもらっている。

 そして、もしものことを考えて、一凛には汐入のキャンプ地に残ってもらった。

 もちろん、ブーブーとブーイングを続けていたのは語るまでもないだろう。


 それはそうと、自動ドアに驚いたのだけど、成瀬がすぐさま首を横に振った。


「そんなもんが動く訳ないだろ。タイミングよく中から開けただけだ」


 どうやら、僕等が来たことを察して開けただけのようだ。でも、どうやって僕等の到着を知ったのだろうか。それはそれで気になる。

 勝手に開いたことに関しては納得できたのだけど、新たな疑問が生まれる。

 ところが、次に掛けられた言葉の所為で、全ての思考が霧散する。


「ようこそ。炎獄の魔法使い様、氷結の魔女様」


「うえっ……」


 自分の二つ名まで出てきたことで、氷華が珍しく狼狽える。

 ただ、そんなことよりも、その声に、その言葉に、その恰好に、強い疑念を感じる。


 女の子? どうして、氷華の二つ名まで? てか、巫女服だし……いったいどうなってるんだ?


 向かい合う革のソファ。その真ん中に置かれたテーブル。壁には本棚がズラリと並ぶ。パッと見ただけでも豪奢な印象を受ける居室。

 窓側に木製の大きな机があり、その向こう側に置かれた椅子の前に、僕等よりも少し年下だと思える巫女姿の少女が立っている。

 他には若い二人の男が経っているだけだ。

 そのことから二つ名を口にしたのがその巫女服の少女だと判断する。


 まあ、巫女服はいいとしよう。でも、僕等の二つ名を知っているのはなんでだろう。いや、それよりも何か嫌な予感がしてきたぞ。


「驚かせてすみません。それと、お忙しい中、態々お越しいただいて、本当に有難うございます」


 返事をすることなく警戒していると、少女はゆっくりと頭を下げてきた。

 その言動に、余計に違和感を抱いてしまう。

 というのも、成瀬が見せた態度と全く異なっているからだ。


 実を言うと、成瀬が訪れた時の言動を思い出して、今日の交渉では一波乱あるのではないかと覚悟していた。

 ところが、相手が年下の少女というのも驚きだけど、行き成り感謝の言葉を述べてきたことが、予想外過ぎて声を無くしてしまう。

 しかし、怪しむ僕に機嫌を損ねることなく、少女は少しだけ微笑むと右手を差し出した。


「どうぞ。直ぐにお茶の用意をします」


 どうやら、ソファに座れと言っているようだ。

 少女の言葉に頷き、チラリと成瀬に視線を向ける。なぜか彼女は仏頂面になっている。


 いったい、どういうことなんだろ? まさか、座った途端に襲ってくるなんてことはないよね……こんな事なら一凛を連れてくるんだった……


 接近戦を苦手としている僕としては、相手の出方が分からなくて、少しばかり落ち着かない気分になる。

 氷華へと視線を向けると、彼女は気にした様子もなく即してきた。


「どうしたの? 座りましょ」


 う~ん。大丈夫なのかな……


 不安に思いつつもソファに腰を下ろす。もちろん、いつ襲われてもいいように警戒を怠らない。

 僕等が着席すると、机の向こう側にいた少女も移動しようとしたのだけど、そのタイミングで一人の若者が彼女のかたわらへと近づく。

 ところが、彼女は右手を突き出すことで、その若者を押し留める。


「大丈夫よ」


「だが……」


「お兄ちゃん、心配し過ぎ」


 その会話で彼女達が兄妹であると察したのだけど、別のことにも気付いた。


 もしかして、目が見えないのかな……目をつむったままだけど……でも、どうやって障害物を避けてるんだろう……


 少女が瞼を閉じたまま、どこにもぶつからずにソファに座るのを見やり、更なる疑問を抱く。そして、当初の予定だった交渉のことなどすっかり忘れてしまうのだった。









 北千住の避難民キャンプ地にやってきたのだけど、予想もしていなかった状況から始まることになった。

 行き成り目の不自由な巫女姿の少女――氷川愛菜ひかわまなが頭を下げてきたからだ。


「現在の北千住における状況は、生織さんから聞いていると思いますけど……先に謝らせてください」


「えっ!? なにを?」


 突然の謝罪に驚きを露にしてしまう。

 というのも、成瀬の対応に不満はあれども、行き成り愛菜に謝られるようなことなんて思いつかないからだ。

 だけど、彼女はこちらを気にすることなく話を続けた。


「生織さんが、酷いことを言いましたよね?」


「ちょっ、愛菜! 私は当然のことを――」


「生織、バレてるぞ」


「姉ちゃん、ダメだって言ったよな」


 愛菜の言葉を聞いた成瀬が反抗的な態度を執るのだけど、すぐさま横から愛菜の兄である氷川大和ひかわやまとと成瀬の弟である成瀬文人なるせあやとが叱責の声をあげた。


「でもさ、私は間違ったことなんて――」


「生織、その考え自体が間違ってると気付いてくれ。彼等は自分達を守るためにやってることだし、彼等には彼等の正義がある。お前の考えを押し付けるのは間違ってるぞ」


 反論する成瀬を大和が素晴らしい台詞でたしなめる。


 この人……凄くしっかりしてるよ……直樹や蔵人とは比べ物にならないや。というか、なんでバレてるのかな? もしかして、盗聴器でも? いや、そんな文明の利器が動くはずないか……


 大和の言葉に感動していたのだけど、それ以上に汐入で起こったことを知っているような口調が気になって仕方がない。

 ただ、その理由は直ぐに判明する。愛菜がクスクスと笑いながら種明かしを始めたからだ。


「ごめんなさい。驚きましたよね? 名前を知ってたり、二つ名を知ってたり、行動を知ってたり、不安に思いますよね。実を言うと、私は目が見えないのですが、今回のことで心眼に目覚めてしまったのです。ああ、これは内緒なので、他言無用にねがいます」


「心眼……」


「バジリスクの弦之介みたいね」


 絶句する僕の横で、氷華がコアなアニメネタを口にするのだけど、今は突っ込んでいる場合ではない。

 一応、空気を読むことにして、心眼について尋ねる。


「心眼って、普通だと目を使わずに物を見ることだよね? それだと、遠く離れた場所にいた僕等の行動を見るのは無理なんじゃない?」


「まあ、普通はそうなんですが……遠見の力もあったりするんです。あまり遠距離は見えませんが、十キロ範囲くらいなら見通すことができるんです」


 彼女から聞かされた話は、ぶっ魂消るほどの内容だったのだけど、それで合点がいった。


「そう言うことだったのか……道理で僕等の名前や行動を知ってるはずだ」


「それって、凄い力よ」


 説明を聞いてたことで全ての謎が解けて納得していると、隣の氷華は慄きの声をあげた。

 多分、愛菜の力に畏怖しているのだろう。

 確かに、遠見ができるということは、プライバシーなんて完全に無視できるのだ。

 ただ、彼女の能力を聞いて、そんな恥ずかしいネタよりも、他のことで不安になる。


「じゃ……もしかして……」


 嫌な予感を抱きながらおずおずと口を開くと、愛菜はニコニコ顔で頷いた。


「はい。移住計画も狩場計画も聞いちゃいました」


「ぐあっ」


 愛菜はテヘペロ風に舌を出すと、笑顔を見せたまま頷く。


「大丈夫ですよ。私は賛成ですから。ただ、飛竜の肉って美味なんですよね? 是非とも食べさせてくださいね」


 彼女は嬉しそうにしながら僕の計画に賛成してくれた。というか、飛竜の肉を所望してきた。

 その程度ならお安い御用だと安堵の息を吐いたのだけど、氷華は気になる事があるようだ。


「あなたが頷いてくれるのは良いのだけど、ここに避難している人達は頷いてくれるのかしら」


 なるほど、その疑問はもっともだ。彼女達がここを牛耳っているとは思えないし、みんなを説得する必要があるだろう。

 ところが、すぐさま愛菜の兄である大和が割って入ってきた。


「それなら大丈夫だ。うちの爺ちゃんがみんなを説得してくれるはずだから」


「じいちゃん?」


「爺ちゃん?」


 僕と氷華が同時に首を傾げてハモると、そのタイミングで入り口の扉が開いた。


「ほう、この少年が炎獄で、隣の娘さんが氷結かな?」


 がーーーん! もう勘弁して……


 ここの人達は、みんなで僕と氷華を二つ名で呼ぶのだけど、黒歴史を掘り返されているような気分になってくる。


「あっ、こちらは、私達の祖父です。お爺ちゃん、こちらが炎獄の魔法使い黒鵜与夢さん。それと、氷結の魔女、川上氷華さんです」


「うむ。ワシは氷川神社の宮司で、氷川生造ひかわいくぞうじゃ。よろしくじゃ」


 愛菜が勝手に自己紹介を終わらせると、袴姿はかますがたの生造爺ちゃんがニコリと笑いかけてきた。


「あっ、黒鵜与夢です」


「か、川上氷華です……」


「君等のことは愛菜から色々と聞いておるよ。なかなか面白そうなことをしておるようじゃな。ワシも協力させて貰うとしようかのう」


 僕と氷華が慌てて名乗ると、白髪頭で白いあご髭を蓄えた生造爺ちゃんが笑顔で賛同してきた。

 その様子からして、愛菜から全てを聞かされているみたいだ。

 まさか、この爺ちゃんまでが遠見を使えるなんて言わないだろう。


 なんか、思いのほかトントンと話しが進んじゃったな……というか、家が神社だったんだね。それで巫女服なんだ……


 ニコニコとしている姿は、いかにも好々爺風の爺ちゃんなのだけど、宮司をやっていたということは、恐らくそれなりに厳しい人のような気がする。

 そんな相手が頷いてくれたことで、思わずホッと息を吐くのだけど、それと同時に愛菜が巫女と呼ばれている理由に納得する。


 それにしても、全く僕等を疑ってないみたいだけど……きっと、僕等の日常を見てたんだろうね……


 話が簡単に進んだ理由を考えてみる。そして、遠見で僕等の行動を逐一チェックしていたのだと結論付ける。

 ただ、それを考えると、ショッピングモールのことも知っていて当然だと思えてくる。


「あの~」


「なんですか? 炎獄の魔法使い様」


「うげっ、それ、やめて欲しいんだけど……」


「え~っ、カッコイイのに……」


 おずおずと話しかけたところで、愛菜に出鼻を挫かれてタジタジになってしまう。

 だけど、気を取り直して問い掛ける。


「その二つ名を知ってるってことは……」


 その言葉を聞いた途端、それまで笑顔だった愛菜の表情が強張る。

 ただ、彼女は即座に首を横に振った。


「私が黒鵜さんのことを見つけたのは、マンションに巣くう飛竜の退治を始めた頃です。それ以前のことは知りません」


 彼女の態度からして、その言葉は嘘だろう。

 でも、彼女が嘘を吐く理由が解らない。

 周囲の者達は、何の話か理解できないようで、誰もが首を傾げている。

 ただ、彼女の雰囲気からすると、これ以上はそのことに触れるなと言っているように感じられた。だから、敢えてそれについては口にしないことにした。


「はい。これで交渉成立ですね。お爺ちゃん、みんなの説得をお願いします」


「うむ。早速、取り掛かるとするかのう」


 無理に笑顔を作った愛菜が元気な声を出すと、爺ちゃんも笑顔で頷き返した。

 ところが、その途端だった。


「ダメ! こないで! どうして……こっちに来ないでください!」


 突如として立ち上がった愛菜が、うなされるかのように声を発した。


「どうしたのじゃ」


「愛菜、どうしたんだ?」


 突然のことに、生造爺ちゃんと大和が血相を変えて立ち上がる。

 彼女はゆっくりとソファに腰をおろすと、ブルブルと震えながらポツリと呟いた。


「ベヒモスが……ベヒモスがこっちにきました」

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