36 来訪者ですか?


 それは異様な光景だった。

 というのも、そんな光景を現実的に見たことがない。

 ただ、今だけはトラウトマン大佐の気分が痛いほどに理解できた。

 そう、僕等はランボーの集団を作り上げてしまったのだ。

 もちろん、意図した訳ではなく、氷華と一凛の好きにさせた結末だ。


「次、あかね!」


「はい! 炎弾!」


 一凛に名前を呼ばれた十歳くらいの少女が、元気のよい返事をしたかと思うと、宙に向けて腕を突き出す。

 そのキビキビとした反応や動作は、とても小学生とは思えない。いったいどんな教育をしたのだろうか。事実を知るのも恐ろしくて、想像するのもはばかられる。


 茜と呼ばれた少女が魔法を発動させる。

 頭上に降って湧いたかのように生まれた炎が猛烈な勢いで放たれ、狙いすましたように空を舞う飛竜に着弾する。


「止めだ! ススム!」


「はいっ! 迅雷じんらい!」


 炎の一撃を食らって地に落ちていく飛竜を見やり、次の名前が呼ばれる。

 やはり十歳くらいの少年が一歩前にでると、透かさず飛竜に向かって手をかざす。

 次の瞬間、神の鉄槌の如き稲妻が天から舞い降り、地に落ちた飛竜を貫く。

 耳をつんざく落雷の音が響き渡り、空気と地の震動が伝わってくる。

 哀れな飛竜。その巨体からプスプスと煙を上げながら地に転がる。


「飛竜撃退!」


 飛竜撃退って……小学生二人で倒しちゃったよ……

 呆れる僕を他所に、一凛はごく当たり前であるかのように指示を出す。


「よしっ、次! 陽向ひなた!」


「はい!」


 空には未だ数体の飛竜が存在していたのだけど、残った奴等は危機を感じたのか、即座に尻尾を巻いて逃げ出そうとする。

 慌てて向きを変える飛竜を見やり、一凛が少しばかり慌てた様子で子供たちを叱咤しったする。


「おらっ、逃がすなよ。晩飯がなくなるぞ」


「はい。エアカッタ―」


 別に、あれを逃がしても晩飯は無くならいのだけど、叱咤された陽向が顔を引き攣らせて攻撃を始めた。

 きっと、彼等からすれば、空を舞う巨大な魔物よりも一凛や氷華の方が怖い存在なのだろう。逃げ出す飛竜を必死に追撃した。


 こうして少年少女が順番に魔法を放ち、残り少なくなっていた飛竜を完全に討ち取ってしまった。

 この恐ろしい戦闘集団の所為で、一ヶ月もかからず汐入から飛竜が絶滅することになった。

 まあ、飛竜が居なくなることは、安全面で言うと願ったり叶ったりなのだけど、食料事情でいうとタンパク源の枯渇こかつだ。いや、今の問題はそんなことではない。そう、重大な問題は、未来ある子供達を戦闘兵器へと作り変えてしまったことだ。


「ねえ、ここまで軍隊みたいにする必要があったの? みんなまだ小学生の年頃だよ?」


 規律正しく、苛烈かれつに、容赦なく、無慈悲に、任務を実行する少年少女。

 本来なら、スポーツやゲーム、お絵かきやごっこ遊びなど、様々な遊びで友達と楽しい時間を過ごす年頃のはずだ。

 それが、そのはずが、一凛の号令で規則正しく整列すると、背筋を伸ばして敬礼している。


 なんとも世知辛い世の中だね……てか、彼等彼女等の人生を変えちゃったかもね……


 キビキビとした少年少女はとても活気があって、本来なら素晴らしい光景なはずなのだけど、どうしても違和感を拭えない。

 一凛に敬礼し、続いて氷華に敬礼し、最後に僕に向かって敬礼するのを見て、少しばかり遣り過ぎだと感じる。

 ところが、氷華は首を横に振りなが否定した。


「いえ、これが大切なのよ。ただ力を持つだけじゃダメなの。力は規律で抑止しないと、ただの暴力になってしまうの。あなたもショッピングモールで見たでしょ? それに、保護者や大人からは大絶賛されてるわ。子供たちが礼儀正しくなったって」


 いやいや、それって、ちっとも子供らしくないからね……


 色々と思うところはあるのだけど、ご尤もな意見に言い返すこともできず、ただただ頷くしかなかった。

 ただ、子供達に愛国心を植え付けていないことだけが救いだ。


「正義とはなんだ!」


「「「「「愛しき者を守る想い」」」」」


「力とはなんだ!」


「「「「「愛しき者を守る剣」」」」」


「悪とはなんだ!」


「「「「「愛しき者を虐げる力」」」」」


 一凛が声を張り上げる度に、子供たちが唱和する。


 間違ってないと思うし、理屈は分かるんだけど……君等、ちょっと怖いよ……


 彼女達の言葉が正論だとは思いつつも、あまりに徹底している姿を見て畏怖いふしてしまう。


 氷華と一凛の育成におののいていると、車特有のブレーキ音が耳に届いた。


「ん? どうしたのかな?」


 軍用車両の運転席から双子の肩割れてである和理あいりが降りてくると、キビキビとした足取りで僕等の処にやってくる。

 そう、彼女は携帯だけでなく、軍用車両を運転する能力まで身につけたのだ。

 当然ながら、その車両に燃料は入っていない。何とも恐ろしい世の中だ。


「黒鵜区長! 特務隊『翔』の様子はどうですか?」


 和理はかかとそろえて背を伸ばすと、敬礼しつつ子供達の成果を尋ねてきた。


 ああ、色々ツッコミどころ満載なのだけど、一つずつ片付けようか……


 まず、黒鵜区長という意味不明な呼称なのだけど、汐入自治区のリーダーという立場に祭り上げられて、いつの間にか区長になっていた。

 これについては、統率者が必要だということで、仕方なく首を縦に振ってしまった。というか周囲の視線からして、頷く他なかった。


 次に、特務隊『翔』なのだけど、言わずと知れた目の前で整列している少年少女達のことだ。

 殆どが小学生ということもあり、それを文字って『翔』と命名したのは良いのだけど、小学生にして特務隊とは末恐ろしい話だ。いや、世紀末現象かもしれない。


 最後に、この者達全員の有様だけど、力を持つ者には規律が必要だということで、自治区の内部を二つの区分とし、自衛組と生産組に分けた。

 なんか共産主義で行われている現実のようで嫌だったのだけど、飽く迄も役割を分けただけで、食事、掃除、洗濯などの日常生活はどちらも同じように行い、どちらが偉いなどいう考えを排除することで、目をつむることにした。

 そして、気がつけば、自衛組にはこの軍隊調が植え込まれてしまっていた。

 そもそも、全体責任や団体行動の嫌いな僕としては、これはあまりにも酷い有様だと感じたのだけど、ショッピングモールのことを思い出して、暫く様子を見ることにしたのが拙かったようだ。

 ただ、やってる者達もあまり嫌そうにも見えないので、あまり強く反論することもできずに放置している。


「ん~、強くなり過ぎなんじゃない?」


「そうですか。それなら良かったです」


 返事を聞いた和理が笑顔を見せる。

 だけど、その背筋を伸ばしてキリっとした雰囲気が、どうにも僕を落ち着かない気分にさせる。


 いやいや、全然良くないからね……君も少しは普通になってよ……女の子でしょ? もっと、気楽にやろうよ……


 心中で愚痴を零すのだけど、なぜか氷華と一凛が自慢げに頷いている。


 君達、どこの鬼教官だよ! ここはいったいどこの戦闘訓練所だよ……


 余りにも嵌り過ぎている者達に呆れて肩を竦めてしまうのだけど、直ぐに和理がきた理由に思考を切り替えた。


「ところで、どうしたの?」


「ああ、そうでした。すみません。実は来客です」


「来客?」


「はい。是非とも区長とお話をということでした」


 首を傾げながら氷華と一凛に視線を向けた。

 彼女達も何も思いつかないのか、同じように首を傾げる。

 なにしろ、現在はファンタジー化が起こり、世紀末的な状態だ。

 来客と言われても、僅かばかりの安堵とは裏腹に、多大な警戒心や不安しか起こらない。

 それでも、わざわざ命を懸けてやってきた来客を無視する訳にもいかない。

 結局、色々と疑問や不安を抱きつつも、その来客と面会すべく汐入中学に戻ることにした。









 随分と綺麗になった道を軍用車両に乗ってキャンプ地へと進むと、視線の先には瓦礫で作られた防御壁が見える。

 未だきちんと整えてはいないものの、高く積み上げた瓦礫は、魔物を敷地に入れないための障壁の役割を果たしている。


 開拓を進める初期段階で、キャンプ地のみならず、半径一キロ範囲の殆どを更地に戻し、その周囲を瓦礫で囲ったのだ。

 正直、これがかなりの重労働だった。

 魔法で壊すのは簡単だ。ただ、白骨化した被害者の埋葬や物資の運び出しで想像以上に時間を消費した。

 それでも、そのお陰で爆裂や浮遊の精度が更に向上したのは行幸だろう。


 障壁の光景は不格好ではあるものの、万里の長城といえなくもない。正直、早い段階で綺麗にしたいと考えているのだけど、未だに再生や復元、生成の魔法を使える者は少数で、今は道を整備するだけでもやっとの状態なのだ。


 入り口を封際してる巨大な木製の扉を浮遊の魔法で移動させ、いつものように敷地内へと入る。

 何も無い更地。巨大な建物は多少残っているものの、住宅や木々は綺麗さっぱり無くなっている。そんな閑散とした大地に、ポツンとキャンプ地である学校が見える。

 これも最近では見慣れた光景なのだけど、いつかこの更地を全て畑にするつもりだ。


「それにしてもスッキリしたわね。早く沢山の緑で埋め尽くしたいわね」


 更地を見やる視線から心情を察したのか、右側に座る氷華が感想を口にした。

 左側を陣取る一凛は、遠くにポツンと見える汐入小中学校に視線を向けている。


「確かにな。まあ、ここが畑になるのもそう遠くないだろうさ」


 一凛の考えは尤もだと思う。なにしろ、今日の戦闘訓練でこの地域の魔物は概ね排除し終わったからだ。


「早くそうなるといいね」


 頷きながら心底そう願う。

 この想いは純粋な気持ちなのだけど、ファンタジー化が起きた当初には全く芽生えなかった感情だ。

 これこそ、様々な出来事を経たことで、平和が一番だと思い始めたことの証なのだろう。


「まあ、それは割と早いかも。何と言っても能力者が増えてるもの」


 思いにふけっていると、氷華が笑顔で頷いた。


 彼女の言う通り、能力者は日々増えている。

 もちろん、能力者が集まってきているのではなくて、キャンプ地に居る者の能力が芽生えているのだ。

 その能力は様々で、作物に水をやるための水魔法や雑草を抜くための浮遊魔法、更には作物の促進を図る魔法使いまで現れたほどだ。

 ただ、不思議なことに、年配の者は生産系に役立つ魔法に芽生えることが多く、子供達や若者は攻撃や防御など、戦闘に係る魔法に目覚めることが多い。

 もしかすると、年配の者は想像力が低下していて、現実に近いことしか具現化できないのかもしれない。それに比べ、子供は発想が豊かなお陰か、魔法に取っつき易いのだろう。

 ただ、その所為で突拍子もない魔法を発動させる子供も居るので気を付ける必要がある。

 数日前は、五歳の女の子が蟻を巨大化させて大変なことになったのだ。

 さすがに、体長二メートルの蟻を見た時には魔物かと思ってしまった。

 だからと言って、その少女が食料の肉を巨大化できるかといえば、そんなことは無く、己の想像力をくすぐる存在でなければならないのだろう。

 でも、もし、一凛にその魔法が使えたら、きっと食料に困らなくなること間違いなしだ。


 更地の光景を切っ掛けに、魔法について考え始めたところで、和理の運転する車両はベースキャンプである汐入中学校の門をくぐった。

 普通では在り得ないにほどに早い到着なのだけど、信号なんて物はなく、見通しの良い道を走ってきたのだ。それほどスピードが出ていなくても、然して時間を要することは無い。


 学校の周囲がだだっ広い更地になったことから、これまで広く感じていた校庭の畑はやたらとちっぽけに見える。

 だけど、植えた作物は着実に育ち、校庭を青々とした色で染めている。何よりも、誰もが活気に満ちた笑顔を見せているのが良い。

 働く人たちの笑顔は、なぜか僕の心を癒してくれる。そう考えると、仮に校庭に植えた野菜が食べられなかったとしても、少なからず有益だと思える。


 因みに、作物を植える時期が八月だったこともあり、キャベツ、ニンジン、ジャガイモ、大根、ネギなどの野菜を植えているのだけど、なぜかココアは臭いが嫌いなようで全く近づかなかった。

 多分、ネギの臭いがダメじゃないのかと推察している。


 畑で精を出す者達が僕達の姿に気付くと、作業を止めて手を振ってくれる。それに手を振り返しながら脚を進めるのだけど、彼等彼女等の態度は、とても清々しい気分にさせてくれる。


 車を降りて来訪者が居るという校長室に向かっている間の何気ない出来事なのだけど、きっと、氷華も同じ気持ちなのだろう。笑顔で先々のことを進言してきた。


「ねえ、収穫は十月くらいだって言ってたんだけど、その時は収穫祭をやらない?」


「おおっ! いいじゃね~か! やろうぜ!」


 一凛も楽しそうにしている処を見ると、恐らく食い気が促進されたのだろう。

 なにしろ、お祭りとなれば、やはり色んな食べ物が楽しめるからだ。

 普段は、なるべく贅沢をしないようにしているのだけど、彼方此方で回収した食料があるし、きちんとした料理ができる女性陣も居るので、きっと色んな料理を作ってくれるだろう。


 まあ、贅沢をしないといっても、日々の食事がワイルドボアや飛竜の焼き肉なのだけど……


「あなたは、食べ物があれば何でもいいんじゃない?」


 同じように考えたのか氷華が歓喜の声をあげる一凛に白眼を向けた。


「べ、べつに、いいじゃね~か! 楽しみ方は人それぞれだろ」


「はぁ~。そうだけど、そのうちブヨブヨに太るわよ」


「ぬぐっ……」


 反論をしてみたものの、思わぬツッコミを受けて一凛が押し黙る。

 ただ、ここで揉め事はごめんだ。


「いいね。じゃ、その件は明里あかり達にお願いすればいいかな?」


「そうね。それがいいと思うわ」


 話を逸らすべく、二つ返事で頷く。

 どうやら、上手く話を終わりにできたようだ。


 今から収穫時期を心待ちにしつつ校舎へと入ると、そこでは副会長の千鶴ちづると書記の美奈みなが立っていた。

 どうやら、和理から連絡を受けて待っていたようだ。


「区長、お帰りなさい」


「お帰りなのです」


 中学二年とは思えないほどに大人びた千鶴が優しげな雰囲気で笑顔を見せると、隣に立つ幼女のような美奈も手を振っていた。

 他の者達ほど軍隊っぽくない二人を見て、ついつい心を和ませる。だけど、なぜか氷華と一凛は冷たい視線を向けてきた。

 理由が解らず、少しばかり落ち着かない気分になる。だから、彼女達の視線を見なかったことにして本題に入る。


「来訪者って誰? 簡単に来られるとは思えないんだけど……」


「そうなんですよ。酷い怪我をしていて、今は海老原君が治療してます」


 千鶴が眉を顰めて答えてくる。彼女の返事は、疑問を更にふくらませる。


 危険を冒してここまで来るなんて、いったいどんな用事……てか、どうしてここに?


 そこで初めて来訪者の不自然さに気付いた。


「どうして、ここに人が居ると思ったのかな……」


「そう、それなのよね。私も初めは来訪の理由を考えてたんだけど、このご時世に他の人が何処に居るかなんて、普通は分からないわ」


 思わず疑問を零してしまうと、氷華も同じことを考えていたようで、直ぐに自分の意見を口にした。


「そう言われると、そうだな……まさか、望遠鏡で覗いてたとか?」


「確かに、高いマンションやビルから覗けなくはないか……でも、どこから来たのかな?」


 一凛の意見に信憑性を感じる。ただ、そうなると、来訪者が来た方向が気になる。

 ところが、その答えは直ぐに導き出された。そう、我等が頭脳である氷華が言い切った。


「そんなの分かり切ってるわ。北千住方面よ。というか、考えなくても分かると思うけど?」


「うっ……そうだった……」


 彼女に言われて直ぐに気付いた。

 少し考えれば分かることだった。

 というのも、瓦礫の防御壁は汐入地区を陸の孤島にするかのように、南千住方面や浅草方面から入れないように作り上げていたからだ。

 それ故に、ここに辿り着くには、その防御壁を越える方法もあるのだけど、恐らくはそれを越えるのは困難だろう。それほどに高い防御壁なのだ。

 そうなると、残る経路は二つになる。それは北に設置された北千住に繋がる橋と西に設置された墨田に通じる橋だ。

 ただ、墨田に通じる水神大橋は倒壊していて渡ることができない。結局のところ、考えられる経路は北の汐入大橋だけなのだ。


「北千住なら、ここを覗けるような建物は沢山あるけど……」


 来訪者が北千住方面から来たと考えて、一凛の考えが有力だと思い始める。

 ただ、氷華はそう考えなかったようだ。腕を組んだまま頭を傾げる。そして、直ぐに己が疑問を口にした。


「ん~、それにしても違和感があるのよね。本当に覗けるものなのかしら。ここで一番高いマンションがどうなったか覚えているわよね?」


「覚えてるも何も、もちろん知ってるさ。僕はそこに住んでたんだから……って、飛竜御用達か……」


 自分の住んでいたタワーマンションが竜の住家になっていたことを思い出し、高い建物の危険性について考え始める。

 ところが、そこで一凛が眉をひそめて面倒そうに口を開いた。


「ここでグチャグチャと悩んでも仕方ないだろ? さっさと行こうぜ。腹も減ったし、サクッと済ませて晩飯にしたいんだ」


 その物言いは、いささか頂けないものだったけど、彼女の台詞は尤もであり、僕等はそれに頷いて来訪者のもとへと脚を進めることにした。









 来訪者が治療を受けていると聞いて保健室にやってきた。

 ただ、扉を開けた途端に、独特な消毒液の臭いで顔をしかめてしまう。

 どうも、この臭いは好きになれない。身体を治すためにくる場所のはずが、その臭いで病気になりそうな気分になってくる。


「あっ、黒鵜区長。お帰りなさい」


 嫌々ながらも保健室に入ると、それに気付いた書記のみつるが可愛らしい顔で迎えてくれた。


 マジで、可愛いし……おっと、ヤバイヤバイ……


 氷華と一凛の眼差しが、みるみると温度を低下させているのを見やり、慌てて緩めていた表情を引き締める。

 というか、彼女達のその態度が、光のこと余計に可愛らしく際立たせているのだと知って欲しい。

 だって、光は彼女達から欠落している素直さや可愛らしさを持っているのだ。


「ただいま。それで来訪者って?」


 氷華や一凛に不満を感じながらも、すぐさま本題に入る。

 すると、ベッドに横たわっていた者が辛そうに身体を起こしたかと思うと、何を考えたのか鋭い視線を向けてきた。

 その来訪者とやらは、僕等よりも少しばかり年上に見える。その見た目からして、恐らくは高校生くらいだと思う。

 ただ、その人物が女性であることに驚いていた。

 というのも、現在は魔物が徘徊する世の中なのだ。まさか女性がやってくるとは思ってもみなかったのだ。


 彼女は僕を上から下まで舐めまわすように検分すると、その鋭い眼差しを更に険しくして、その可愛らしい顔に似つかわしくない擦れた声を発する。

 そして、彼女の擦れた刃のような声色と言葉は、僕を酷く慄かせた。


「お前が炎獄の魔法使い、黒鵜与夢か?」


 そう、大きな古傷を頬に刻み込んだ女性は、知るはずのない僕の名前と二つ名を口にしたのだった。

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