32 新たなるキャンプ地


 初夏の日差しが燦々さんさんと降り注ぐ。

 いまだ海水浴には早い季節なれども、き出しの頬に容赦なく浴びせられる紫外線は、ひんやりとした水の冷たさを恋しくさせる。

 ただ、現在の状況を考えると、のんびりと海水浴に洒落込む気分になれないのも事実だ。

 なにしろ、見慣れたはずの街はジャングルと化し、せわしく行き交う車が消えた代わりに、凶暴な魔物が徘徊しているのだ。のんびりとバカンスを楽しむ状況ではないと思う。

 そんなファンタジーと化したこの世界に派手な音が響き渡る。


 建物をぶち壊してそびえ立つ、二十メートルはあろうかという大樹がゆっくりと傾く。

 見るからに異様な姿をしたこの大木は、おそらくこの世界に存在しない種だと思う。

 もし、この世界にこんな異様な樹木が存在するのなら、少なからず有名になっているはずだ。

 直径が二メートルはあろうかという紫の太い幹。鮮血のように赤い葉。松ぼっくりのような黒い実。どれをとっても魔界を想像させるに足る様相だと思う。

 その大樹を風の刃で斬り裂くと、万有引力の法則に従い、地面に吸い寄せられるかのように倒れる。

 ただ、その光景を目にして、無意識に自分の顔を手で覆うことになってしまう。


「あちゃ~~~こりゃ、失敗だ……」


 風の魔法――風刃で大木を切り倒したのは良いのだけど、思わず呻き声をらしてしまう。

 途端に、失敗を見過ごしてくれない者達が声をあげる。


「く、黒鵜君! 周りを壊しちゃダメだって言ったでしょ」


「あ~あ、こりゃ、かなりの被害だな~。とんでもない被害だ。怪獣映画も真っ青だな~」


「ドンマイです」


「ん!」


 氷華が苦言を漏らし、一凛はワザとらしい言葉を口にしながらニヤニヤとしている。

 でも、爆乳を揺らす美静みすずと美少女の葵香あいかは、にこやかな笑みを浮かべて励ましてくれた。

 おそらく、二人が浮かべた笑みに深い意味はないだろう。きっとそうだと自分に言い聞かせる。

 ああ、葵香に関しては、相変わらず一言しか発していない。


「ご、ごめん。次からは気を付けるよ……」


 女性陣の様子を気にした訳ではないのだけど、己が失敗を前にして頬を掻きながら反省の言葉を口にする。

 とうのも、切り倒した大木は派手な音と地響きを起こしつつ、つたが絡まる家々を物の見事になぎ倒してしまったのだ。

 以前なら、して気にすることなく……というか、物が壊れる光景に嬉々としていたかもしれない。

 でも、目標が復興だけに、その光景は楽しく思える要素なんて欠片もなかった。


 さて、現在の状況なのだけど、新たな目標を打ち立てたこともあって、飛竜退治もそこそこに汐入しおいり地区の開拓を始めた。

 飛竜についてはかなりの数を倒したので、現在では全盛期の十分の一程度となっていて、周囲に悪影響を及ぼすほどではないと判断した。というか、どちらかというと、細々とつつましく暮らしている状況だ。

 まあ、思ったよりも多くの飛竜が逃げてしまったこともあって、他の地域での被害が見込まれるのだけど、それは僕等の知るところではない。

 そう、ファンタジー化を発端として、いまやこの世界は弱肉強食の世となったのだ。強き者が生き残り、弱き者が淘汰される世界なのだ。他の人のことまで気にしてはいられない。

 ただ、あの美味なる肉の捕獲量が減ることを考えると、もう少し慎重にやるべきだったと反省していたりもする。


 まあ、飛竜については置いておくとして、僕等は手始めに拠点を定めることにした。

 希望としては、広くて比較的安全な場所。更には設備が整っているのが望ましい。

 そこから導き出された候補地は、それほど多くなかった。

 所詮しょせん、汐入地区なんて狭い地域であり、新宿や池袋のように多くの建物がある訳ではないのだ。

 ゆえに、対象として挙げられたのは、学校、区の施設、大手のビル、大型ショッピングセンター、そんなところだった。

 結局、色々と思案した結果、学校が良いということになった。

 その理由はそれほど難しいものではなく、単に敷地が広いことや建物が丈夫なことを重視しただけだ。


「はぁ……この調子だと、学校に辿り着くまでに一週間はかかりそうだね」


 みんなで話し合い、取り敢えず僕や一凛の母校へと向かうことにしたのだけど、遅々として進まない開拓作業に嘆息のみならず愚痴まで零れ落ちる。

 すると、肩を竦めた氷華が正論を投げかけてくる。


「そうね。でも、仕方ないわ。焼け野原にしたら後で困るもの」


 彼女の言うことは確かにご尤もなのだけど、開拓作業を全てやらされている僕としては、否応なく不満を抱いてしまう。

 そんな胸に溜まる黒い気持ちを代弁してくれるつもりなのか、はたまた単に面倒なのか、一凛が破壊神のような台詞を宣う。


「いいじゃね~か、焼き払った方がすっきりするし、畑の肥やしになるんじゃないのか?」


「全部焼き払ったら、人はどこで暮すのよ! 今は夏だからいいけど、冬になったら凍え死ぬわよ?」


「うぐっ……」


「確かに、全てを焼き払うのは得策じゃないかもしれませんね」


「ん!」


「ウニャ!」


 氷華の反論に返す言葉もなく呻き声を上げる一凛。その背後では、美静と葵香が尤もだと頷く。更に、葵香に抱かれたココアまでもが一凛に冷たい眼差しを向けていた。


 頑張れ、一凛。僕は君を応援してるよ。影ながらだけどね……


 僕等は開拓に当たり、将来のことも考慮してなるべく物を壊さないようにすることにした。

 だから、木々の伐採ばっさいも道路部分だけにすることにして、残りはおいおい処理しようという話になったのだ。

 ところが、のっけから怪獣が如く家々を破壊する大失敗をしてしまったという訳だ。


「まあ、起きてしまったことは仕方ないわ。さあ、片付けましょ」


 嘆息しつつ作業再開を口にする氷華の視線は、流し目となって一凛に向けられた。


「そうだな……って、うちか!?」


「他に誰が居るのよ」


 一凛が抵抗を試みるのだけど、両手を腰に当てた氷華はも当然だと切って捨てる。

 だけど、一凛も負けてない。というか、風向きを変えてきた。


「黒鵜が居るじゃんか」


 ねえ、なにそれ? 全部、僕がやらなきゃダメなの? ねえ、一凛、どうして僕の名前を出すのさ!


 恐らくは、浮遊魔法で片付けることを考えているのだろう。

 ところがどっこい、そうは問屋が卸しませんよ。これ以上、仕事が増えるのは勘弁なんだよ。

 そんな気持ちを乗せて、不満を露わに冷たい視線を彼女に向ける。

 ただ、そこで氷華が女神の如く神々しい光を放った。


「みんなで協力した方が早いでしょ? それに、黒鵜君の魔力が枯渇したら大変よ?」


 や、やっぱり、氷華だよね。今だけは君が女神に見えるよ……


「うぐっ……たしかに……」


 女神の一撃を喰らって一凛が撃沈する。そして、渋々ながらも大木の処理に取り掛かる。


 MAKEINUまけいぬの如く項垂れながらも大木へと脚を進める一凛を見て、思わずガッツポーズを取りそうになるのだけど、満足そうに頷く女神は、何を考えたのかこちらに視線を向けてきた。


「黒鵜君は……次からは大木を上から少しずつ切り倒してもらえるかしら。それなら周りへの被害が小さくなるわ。もしそれができないなら、風魔法を浮遊と併用して欲しいのだけど。というか、被害を出さないようにするには、それしか方法がないと思うわ」


 悲しいかな、彼女の女神タイムは瞬時に終了した。それどころか、何を血迷ったのか無理難題を押し付けてきた。


「併用? うわっ、なにその高等技術。マジで?」


 彼女のいわんとするところは、尤もだと思うし理解もできる。ただ、異なる魔法を同時に使うのは、言うが易し行うが難しだ。そう、その難易度は格段に上がる。

 例えるならば、両手に茶碗と箸を持って、ご飯を食べながらバク転するくらいの難易度だ。というか、行儀が悪し、中身がこぼれるので良い子は真似しないように。


 高度な使い方だけに、どうしたものかと悩んでいると、彼女はサラリと禁句を口にした。


「黒鵜君ならできるわよ。なんてったってご都合主義なんだから」


「ご都合主義……」


 あのさ、ぶっちゃけ君もだからね。自分だけが棚の上にあがるのは止めてくれないかな。


「取り敢えず、やってみるよ……」


 禁句に眉を顰めながらも、魔法の併用を試みるべくイメージを固めていく。

 そして、初めに大樹を持ち上げることを考える。


「まずは浮遊を掛けておけばいいのかな? 浮遊!」


 風刃で切り倒しても周囲に被害が及ばないように、大樹に浮遊を掛けた――途端だった。


 ミシミシ、メキメキと音を立てながら大木が浮き上がり始める。

 それによって地面が盛り上がり、大地に伸びた根が露になる。


「えっ? ちょっ、ご都合主義にもほどがあるわよ。というか、やり過ぎだわ」


 大樹を引き抜く光景を目の当たりにして、氷華が再び禁句を口にする。

 まあこの場合、それも仕方ないと思う。人間の力はもとより、大型建設機械を使っても、簡単には除去できそうにない大樹を恰も草抜きの如く簡単に引き抜いてしまったからだ。

 というか、やった本人である自分自身が腰を抜かしそうだ。


「う~ん、まるでミサイル発射シーンみたいだね」


「さすがは師匠です」


「んーーーー!」


「フニャーーーン!」


 己が魔法の産物なれども、予想もしていなかった結果に感動していると、美静、葵香、ココアが喝采かっさいの声をあげた。

 ただ、そこに半眼の一凛がツッコミを入れてくる。


「でも、結局は破壊なんだな。凄いことになってんじゃんか」


「うげっ!」


 宙に漂う大樹ばかりに視線が向いていた所為で全く気付いていなかった。

 だけど、彼女が指さす先の様子が目に入り、あまりの惨事に呻き声を漏らしてしまう。

 そう、大地にしっかりと張られた根は、思いのほか広範囲に渡っていたみたいだ。それを強引に引き抜いたものだから、大樹はまるで不満を露にするが如く、周囲の家々を広範囲で倒壊させていた。









 結局、あれやこれやと試してはみたのだけど、最終的には大樹を引き抜いて処理することにした。

 実際、切り倒しても根が残っては意味がないという話になり、道路付近の建物に関しては再利用を諦めることにしたのだ。

 まさに骨折り損のくたびれもうけという奴だ。


 なんだかんだと無駄な時間を過ごしたのだけど、粛々と作業を進めながら中学校へと向かう。

 僕等の母校は汐入地区の隅田川に近い場所にあり、現在のベースキャンプであるパン屋からすると、北東方向に位置する。

 目的地に進むためには、生家であったマンション――現ホテル飛竜の北側を通り抜けることになるのだけど、もはや風前の灯火となっている飛竜達は大人しいものだ。

 どうやら、奴等との立場が完全に逆転したようだ。恐らく、奴等は以前の僕のようにマンションの中でブルブルと震えいてることだろう。

 ただ、それは少なからず弊害へいがいも生んだ。

 というのも、他の魔物が続々と姿を現してきたのだ。まあ、今更、飛竜より格下の魔物なんて雑兵に等しいんだけどね。

 実際、氷華、一凛、ミューズみすず、葵香の力によって簡単に排除した。

 まあ、その弱い者いじめ的な戦いに関して、敢えて特記するところはないのだけど、少し驚かされたのは葵香の成長だった。

 相手が飛竜では大したダメージを与えられなかったのだけど、下位の魔物相手なら彼女一人でも事足るほどに力をつけていた。


「・・オ!」


 葵香が華麗に右手を突き出しワードを唱えると、空から隕石が降り注いで魔物達の頭に直撃する。

 間違いなくメテオというワードを唱えているのだと思うのだけど、相変わらず「オ」にしか聞こえない。


「一言でこの威力か……末恐ろしい小娘だな。てか、うちの出番が更に減ったじゃんか」


「小娘って……自分の齢を考えて発言すべきよ。まあ、末恐ろしいのには同感だけど。それに楽ができるんだからいいじゃない」


 腕を組んだ一凛が驚きつつも不平を漏らすと、氷華がオッサン臭い発言に呆れつつも、末恐ろしいという意見には同意する。

 そもそも、恐るべきは魔法の精度だ。それこそGPS機能でも搭載されているのではないかと疑う程に正確な攻撃で、ピンポイントで魔物の頭にヒットさせている。

 オマケに、僕等の中では飛び抜けて魔法を使う姿が様になっていたりする。

 ルックスの良さもあり、衣装を着せれば魔法少女の出来上がりといった感じだ。


「ん!」


 ワータイガーを全て倒し終えた葵香が自慢げにピースサインを向けてくる。

 教育の賜物か、中指立ては止めることにしたようだ。ちゃんと人差し指も立っていることに安堵する。

 それにしても、一本と二本でこれほどイメージが変わる行為も珍しいと思う。まあ、オッパイも一つより二つの方がいいし……って、何か可笑しい? というか、三つあったら嫌だよね?


「凄いよ。スナイパーみたいだ」


「ほんと、凄い精度よね」


 オッパイはさて置き、嬉しそうにする葵香を褒めると、氷華も畏怖いふの眼差しを向けた。

 そんなタイミングで、一凛がすかさず茶々を入れる。


「どこかの誰かさんと違って、燃費もいいよな」


「あら、誰のことかしら? まさかと思うけど、私のことじゃないわよね?」


「さあ~な?」


 氷華から突き刺すような視線を向けられた一凛なのだけど、全く悪びれなく両手を頭の後ろで組んだまま素知らぬ顔だ。

 そんな二人の背後では、美静が地面に膝を突いてガックリと項垂れている。


「ううっ……負けました……」



 一緒に弟子入りした彼女からすると、葵香の魔法が凄ければ凄いほど、劣等意識を上乗せされるようだ。

 確かに、美静には魔法の適性がない。だけど、別に落ち込むことはないと思う。

 なんてったって、攻撃力はさることながら、彼女は燃料のない車を動かし、通電していない家電を利用可能にできるのだ。それこそ人間乾電池、いや、人間燃料電池と言うべきだろう。

 そして、彼女が炊飯器のコンセントを胸の間に挟んでいる姿は、なんとも言い知れない気分にさせてくれる。というか、コンセントと入れ替わりたい気分にさせられる。

 それだけでも、彼女の存在価値は恐ろしいほどに高いと言えるだろう。


 因みに、コンセントを胸の間に挟む必要性は何処にもない。もちろん、そうしてくれと頼んだわけでもない。ただ、ご飯が炊けるまでの間、コンセントを握り続けているのが面倒だという理由らしい。


 またまた美静の胸で勝手に盛り上がってしまったのだけど、それとは知らない一凛がふと疑問の声を発した。


「なあ、ずっと思ってたんだが、これだけ色んな魔法や能力があるってのに、なんでうち等って生産系の能力を持った奴が居ないんだ?」


 うう……彼女の言う通りだ。僕等って破壊を得意とする魔法は山ほどあるのだけど、誰一人として生成や再生の魔法を持っていないのだ。


「わ、私は、氷のお城とか作れるし、破壊オンリーじゃないわよ」


 一凛の言葉に動揺しつつも、氷華が必死に自分だけは違うと抵抗する。


 は~~ん? 自分だけ好い子ちゃんになる気なのかな? それは甘いよ。カルピスの原液よりも甘いからね。


 思わず不満を感じて、自分だけ真面だと言いたげな彼女にダメ出しする。


「いやいや、氷のお城なんて、夏でも住みたくないからね。そもそも、氷で家なんてディズニー映画じゃないんだから。だいたい、そんなもの誰も住めないじゃん」


 真夏なら確かに涼しいかも知れないけど、氷の城にまでなると、さすがに涼しいを通り越して寒いはずだ。短い時間なら快適に感じるかも知れないけど、長時間の滞在になると恐らく凍え死ぬと思う。


「あぅ……」


「くくくっ」


 返す言葉がなかったのか、氷華が項垂れる。

 すると、ざまあないと言わんばかりに、一凛が笑い始めた。

 ところが、落ち込む氷華をフォローする気なのか、美静が笑顔で頷いた。


「ああ、でも、雪祭りには使えますよ」


「ん……」


「ニャ……」


 このご時世に雪まつりというのが、あまりに素っ頓狂すっとんきょうだったのか、さすがの葵香とココアも呆れたみたいだ。だって、ここで雪の祭典を開いてもしかたないのだ。

 ただ、少なからず氷華の魔法が役に立っているのも事実なので、仕方なくアゲることにする。だって、地縛霊になられても後が面倒なことになる。


「でも、氷は冷蔵庫の代わりになるし、水も助かるよね。それに比べて僕等は……」


「そうだな。破壊の象徴かもしれん。ああ、黒鵜と美静だけな」


 自虐とも言える言葉を口にすると、なぜか一凛は自分のことだけ棚上げした。

 美静としては、その言葉に納得がいかなかったのだろう。すぐさま訂正する。


「わ、私は平和主義ですよ? 師匠は破壊神ですけど……」


「んーーーー!」


「ニャーーーー!」


 必死に自分を持ち上げる美静なのだけど、残念ながらその主張は認められず、葵香とココアから「お前が言うか!」と言いたげな視線を向けられた。









 あれから一週間。

 粛々しゅくしゅくと作業をこなし、やっとのことで汐入中学までやってきた。

 先にも告げた通り、目の前にあるのは我が母校だ。

 隅田川が西から回り込み、北側を抜けた後、東側を通るように流れている。

 そして、東向きの校舎のすぐ前には河川公園がある。また、北側には小学校、南側には汐入公園がある。

 もし、空から見ることが出来たならば、隅田川が取り巻く光景は、きっと、川がクエスチョンマークに流れているように見えると思う。


 既に勉学を勤しむことが無くなって久しく、ここに来たのは春休み以来なのだけど、なぜか母校からはこれまでと違う印象を受けた。いや、それ以上にその有様に驚かされてしまった。


「これって、どういうことなのかな? どうして学校だけ被害がないのさ」


「さあ、理由は分からないわ。ただ、健在なのは確かだわ」


「ん~、大木もつたもないよな」


 その光景に抱いた疑問を露わにすると、氷華は探るような視線で学校を見渡しつつも、有りのままを口にした。

 一凛が言う通り、学校には大樹も生えていなければ、蔦も絡まっていない。

 それこそ、これまでと全く変わりのない校舎が存在していた。いや、校舎のみならず、体育館や敷地もファンタジー化で侵された様子がない。


 おかしい。どう考えてもおかしい。どうして学校が無事なんだろ……


 全く被害を受けていない母校を観察していると、大きな胸が現れた。いや、美静が前に出てきた。


「あっ、自衛隊の車両があります」


 彼女の言葉が示すように、広い校庭には自衛隊のものと思わしき緑色の車両が止まっている。


「ん~、不思議だ……まあ、ファンタジー化した訳だし、不思議なのも当たり前か……というか、この場合、当たり前なのが不思議なのかな?」


「当たり前かどうかは分からないけど、ここの様子は異常だわ。まあ、いつまでも眺めていても無意味だわ。まずは中に入りましょ」


「そうだね」


 変化のない校舎を目にして不思議だと思うのもおかしな話だけど、他の状況を考えれば在り得ない光景だ。

 でも、氷華の言う通り、いつまでも不思議がっていても仕方ない。疑問を棚上げして先に進む。


 因みに、僕等は元々道路だった場所を開拓しながらここまでやってきた。その移動手段は美静所有のメガクルーザーであり、それは開拓したばかりで整地されていない荒れた道で本領を発揮していた。


 誇り高き姿を見せるかのように輝くメガクルーザーを背にして、固く閉ざされた校門を開けようとする。


「うわっ、鍵が掛かってるし……って、当たり前か……てか、壊しちゃ拙いよね?」


「当たり前じゃない」


 校門に鍵が掛けられていることに呻く。

 次に、頭に浮かんだ解除方法は破壊しかなかった。


 ん~、どうもこの思考が破壊神といわれる根源なのかな……まあ、壊すって簡単だし……


 破壊思考というか、至高というか、嗜好しこうなのかも知れない。

 それを黙っていれば良かったのだけど、思わず口にしたものだから氷華に怒られてしまった。

 だから、次に簡単と思われる方法を口にする。


「う~ん。じゃ、飛び越える?」


 破壊がダメなら飛び越えろ。なんて安易な発想だろうか……


 所詮しょせん、校門の高さなんて人間の背丈ほどもない。だから、越えるのもそれほど苦でもないのだ。

 ところが、氷華の考えは違ったようだ。


「そんなの、鍵だけを風刃で切り落とせばいいじゃない。鍵だけよ。鍵だけ」


「えっ、壊しちゃダメだって……」


「それは校門のことよ。鍵は壊してもいいわ」


「ちぇっ」


 ふむ。どうやら彼女との間に食い違いがあったようだ。

 まあいいや、許可も出たことだし、彼女の気が変わる前にさっさと片付けよう。風刃!


 舌打ちしつつも校門の鍵を破壊する。でも、自分で門を開けることはない。

 魔法は得意としていても、肉体労働には向いていないのだ。


「一凛、お願い」


「ちぇっ、浮遊で動かせよ」


「なんでも魔法に頼るのは良くないよ」


 まあ、魔法しか取柄のない僕が口にするのもおかしな話だけど、魔法ばかりを使っていると他の能力が衰えるような気がするのだ。

 だから、魔法の使用は必要最低限に抑えることにした。そうは言っても、魔法も使わないと向上しないので、使う時と使わない時の区別をハッキリとさせる。


「なんで力仕事になると、決まってうちなんだよ。まるで、うちが力しか取柄がないみたいじゃないか」


 一凛は渋々といった雰囲気でブチブチと愚痴を零しながらも校門を開ける。

 ただ、彼女の行動と発言は、全く一致していない。

 文句を言う割には、片手で軽々と開けてしまった。

 鉄で作られた門だけに、本来であれば、女の子なら二人掛かりで押したり引いたりしなければ動かない。

 それを易々と開け放つ辺りが、彼女の異常さを示している。

 オマケに、左手にはハチヨンを軽々と持っているのだ。そこらの女子中学生では在り得ない姿だろう。

 ああ、一凛がハチヨンを持っている理由は、美静に持たせるとすぐさまミューズと交代してしまうからだ。


 文句を言う割には、簡単に開けるよね。というか、力仕事以外に取柄があるんだっけ?


 矛盾だらけの一凛を見て、ツッコミを入れたくてウズウズとする。それを必死に堪えて足を進める。

 氷華も同様に感じたのか、処置無しとばかりに肩を竦めている。


 この学校には正門と裏門がある。

 正門は学校の南に位置し、裏門は北側と西側に設置されている。

 僕等が選んだのは南門だ。

 理由は簡単だ。道路事情的に一番近い。門から学校の全貌ぜんぼうが見える。その二点に尽きる。


 南門から学校を眺めると、校舎が西側に位置し、グランドを挟んだ正面奥が体育館となっている。

 前に述べた通り、校舎は東向きだ。だから、正門からだと校舎は斜に構えているように見える。

 それよりも、今はグランドに置かれた自衛隊の車両が気になる。

 なぜなら、これまで自衛隊が絡んで何事も無かったことがないからだ。


 チラリと二重人格者である美静へ視線を向けて嘆息する。それでも脚を進めるのだけど、そこで違和感に襲われた。


「ねえ、自衛隊車両があるのに、なんで人気がないの?」


「なにそれ、今頃? 初めから疑問に思いなさいよ。まだまだ観察力が足らないわよ。戦闘指揮に関しては黒鵜君に任せてるんだから、もう少しがんばること」


「うい……」


 氷華は既にその違和感に気付いていたようだ。思慮の足らなさをこっ酷く怒られてしまった。


 彼女が言う通り、なぜか向いていないのに戦闘指揮を任されている。そして、なぜか、食事担当でもある。

 女の子がこれだけ揃って料理ができないとか、なんともなげかわしいご時世だ。


 自分の立場を疑問に感じつつも、気を取り直して脚を進める。

 そこで、予想もしていなかった状況におちいる。


「し、しまった」


「狙われていたのね。まあ、そんなことだと思ったわ」


「えっ!? 気付いて……」


 どうやら、氷華は予想していたようだ。

 それを知って、だったら先に教えてよと言いたくなるのだけど、怒られるだけなので黙り込む。

 というか、そんなやり取りをしている場合ではなさそうだ。

 そう、校舎に脚を進めていた僕等に向かって、突如として無数の魔法攻撃が雨のように降り注いだのだった。

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