33 失言は破滅の導き


 ファンタジー化の前では、ひょうなんて降ろうものなら世間が色々と騒ぎ立てたものだけど、今のご時世じゃ当たり前のように降るようだ。

 いやいや、最近は炎や石まで降ってくるのもごく普通に起こり得る事象だ。それどころか、下手をするとひょうが降ってくるなんてこともあり得る。

 なんとも世知辛い世の中になったものだ。

 もし気象庁がいまだに健在であったなら、間違いなく新たな予報を作ることに眼を白黒させたことだろう。

 だって、「本日の天気は、晴れ時々、炎。ところによっては豹が降るでしょう。洗濯物が燃えたりズタズタに切り裂かれないように気を付けましょう」てな感じで、お天気お姉さんが真顔で天気予報を告げることになるのだ。

 想像しただけでも、笑いが込み上げてきそうだ。


「ぷぷっ」


 降り注ぐ氷、炎、石、様々な物体を眺めながら、お天気お姉さんの仕事ぶりを想像して、思わず吹き出してしまう。

 ああ、もちろん、今のところ豹は降っていない。


「ん? どうしたの? 余裕なのは分かるけど、笑える状況ではないわよ?」


 右側に立っている可愛い少女が、不思議そうな面持ちで首を傾げている。

 この状況で笑いを堪えられなくなるなんて、不思議に思うのも当然だろう。

 なにしろ、視線の先には無数の攻撃が迫っている。普通ならあたふたするか、絶叫するかのどちらかになるはずだ。

 だけど、その攻撃の多さに少しばかり驚きつつも、全く以て動揺していない。だって、自分の魔法のみならず、心強い仲間がいるのだ。


 疑問に答えることなく、ニヒルな笑みを浮かべつつ信頼する仲間の名前――疑問を投げかけてきた少女の名を呼ぶ。


「氷華! 出番だよ」


「任せてちょうだい。というか、どうしたの? 顔が引き攣ってるわよ?」


 自信満々の笑みを浮かべた氷華が、颯爽さっそうと一歩前に出る。

 ただ、自分では決まったと感じていたのだけど、とても残念なことに、ニヒルな表情のウケは悪かったようだ。

 それとは裏腹に、彼女の優雅で、華麗で、堂々としたその出で立ちは、出会った当初とは雲泥の差だった。

 まさに歴戦の勇士の如きオーラを放っている。

 だけど、内面的にはあまり成長していないようだ。


「この程度で私達に襲い掛かるとは片腹痛いわ。この氷結の魔女が……」


 恐らく、彼女もこのムードに酔いしれていたのだろう。我知らず厨二力が露呈した。

 当然ながら、それを黙って聞き流せない存在が居る。


「ぷぷっ! 氷結の魔女だってよ~。酎ハイみたいだな」


「うぐっ……ちがっ……」


 一凛が吹き出したことで、己が愚かな行為……というか、自分が自滅の道を歩んでいると気付いたようだ。氷華はすぐさま厨二力に歯止めをかけ、痛い台詞を打ち消そうとする。

 だけど、非常に残念で哀れなことに、そのワードを抹消するには時すでに遅かったみたいだ。


「氷結の魔女? 魔法のワードですか?」


 勘の悪い美静みすずが首を傾げつつ、ツッコミという名のボディーブローをぶち込む。


「そ、それは……」


「ん……」


「アウ~」


 言い淀む氷華の背後で、葵香とココアが「痛すぎる」と言わんばかりに顔を背けた。


「違うの。違うのよ」


 様々な態度で痛めつけられ、氷華は涙目で弁解するのだけど、今はそれ何処じゃないと気付いて欲しい。

 さすがに対処できる距離の限界だと感じて、いまだに動揺する彼女をたしなめる。


「取り敢えずさ~、あれを何とかしてくれないかな?」


「そ、そうだったわ。盾!」


 半べそ状態の氷華が半身で右腕を突き出し、透かさずワードを唱えた。

 途端に巨大な六角形の氷の盾が宙に浮かぶ。

 いまだにその原理は不明なれども、それは無数の魔法攻撃を見事に遮断した。

 その魔法の規模と威力、その立ち振る舞い、その雰囲気、どれを取っても素晴らしき魔法戦士と言わざるを得ない。

 だけど、厨二力のことを考えると、その恰好良さも四十パーセント減というところだろうか。

 なにしろ、今にも泣き出しそうな表情なのだ。


 まあ、それでも無数に降り注ぐ魔法攻撃を目にして、全く動揺することなく、恰も呼吸をするかのように、自然体で己が魔法を展開しているところは加点としておこう。


 こちらに向かって降り注いでいた魔法は、彼女が作り出した氷の盾を前にいとも容易たやすく屈した。

 氷のつぶては砕け散り、炎の弾は鎮火し、石弾は跳ね返されて地に転がる。

 まさしく、氷の女王に無謀な戦いを挑んだ雑兵のごとしだ。


「ここの人達もまだまだみたいね」


 ビクともしない己が氷の盾を眺め、修行が足らんと言わんばかりに酷評する。

 どうやら、自分の魔法が軽く相手を凌駕りょうがたことで、己を取り戻すことに成功したようだ。


「くくくっ、そんなのしゃ~ないだろ。まさか、うち等みたいに飛竜討伐だ! なんて、やってる奴なんて居ないだろうし……氷結の魔女様だからな」


「うぐっ……」


 未だに笑いを止められないのか、腹を抱えた一凛が愚問だと切って捨てた。ただ、いじることも忘れていないようだ。

 氷華に至っては、怒ることも、反論することも、泣くこともできずに歯噛みしている。

 そんな二人を他所に、そわそわした美静が僕等の異常性について言及する。


「それだけ師匠達が異常だということです。それよりも、一凛さん、ハチヨンをもらえませんか? 自分はアレがないと落ち着かなくて」


 どうやらミューズに変身しないと落ち着かないみたいだ。しきりに一凛へと手を伸ばしている。

 だけど、それについては、心を鬼にして拒否権を発動させた。


「いやいや、ここを滅ぼしに来たわけじゃないからね。無反動砲をぶっ放される訳にはいかないんだよ」


 そう、美静にハチヨンを渡した途端、校舎が蜂の巣になる可能性がある。いや、それは、既に可能性を超えて確信となっている。

 だから、冷たいようだけど首を横に振る。

 NGと言われた美静がガックリと項垂れる。すると、再び放たれた魔法を攻撃を氷盾で防いでいる氷華がチラリと視線を向けてきた。


「ミューズの登場は私も頂けないと思うけど、でも、どうするの?」


 どうやら、彼女の頭脳でも建物を壊さずに相手を退ける案が浮かばなかったようだ。


「ん~、力の差をハッキリ見せつければいいんじゃないかな? 別に、僕等はここを乗っ取るつもりじゃないし、このまま引き返してもいいんだけど、できれば、氷華の言う他の事をやってくれる人も欲しいし」


「おいおい、まさか校舎を丸焼きなんてオチじゃないだろうな」


 一凛はいったい僕を何だと思っているのかな? まさか、火炎放射器や爆弾と勘違いしてるんじゃないのか?


「んーーー!」


「あれは……」


 一凛の暴言に不満を抱いていると、葵香と美静の声が耳に届いた。

 彼女達の視線を追ってグランドに目を向けると、そこでは土がモコモコと盛り上がり、次第に形を成していく。

 既に飛来する魔法攻撃も無くなり、氷の盾を解除した氷華がその光景を目にして首を傾げる。


「ん? 泥人形?」


「いやいや、こういう場合はゴーレムって呼ぶんじゃないかな?」


「うっ……」


 ツッコミに絶句する氷華を他所に、次々に生まれている体長二メートルくらいのゴーレムを観察する。

 地面から湧き出たゴーレムの手足は電柱くらいの太さで、見るからに強そうな雰囲気がする。ただ、関節がどうなっているのかが気になってたまらない。

 率直で素朴な疑問について思考していると、そこでピ~ンと閃いた。


「これだ。ここで僕が圧倒的な力の差を見せつけるよ」


「大丈夫? グランドを焦土に変えないでよ?」


「ヤバいな、氷華は直ぐに消火できるようにした方がいいぞ」


「自分も身の危険を感じます」


「んーーー!」


「ウナーー!」


 氷華、一凛、美静が顔を引き攣らせているのだけど、葵香とココアだけが元気に応援してくれている。


 そうかそうか、心の友は葵香とココアだけなんだね。


 美少女と黒猫の応援に感動しつつも、ノソノソと動き始めたゴーレムに右手を向ける。

 途端に、慌てた氷華が声を放つ。


「みんな、退避よ! 何をやるつもりかは知らないけど、間違いなく大惨事になるわよ」


 どうやら、彼女も僕のことを危険人物扱いしているようだ。


 ちぇっ、氷華まで……自分のことは棚上げしてさ……いいさいいさ、好きにやっちゃうもんね。


「こいっ! 炎竜!」


「はぁ? 炎竜? マジで?」


「やばいやばいやばいやばいやばい」


「に、逃げましょう。てっ、撤退! 戦略的撤退です」


「んーーーー!」


「フニャーーーーン!」


 氷華、一凛、美静の三人が顔を引き攣らせて後退る。葵香とココアは瞳をキラキラさせながら喜んでいる。

 大局的な仲間の反応を他所に魔法が発動する。

 誰もがその魔法を目にして呆気に取られる中、僕は最高傑作の出来栄えだと自慢げに頷いた。









 頭上にはどこまでも続くような青空が広がり、そこでは燦々さんさんと輝く太陽が己の存在を主張している。

 ウンザリとする暑さを感じさせられる初夏の空に、これまでの常識では在り得ない存在があった。


 これを見たら、気象庁の予報が更に増えるな~。


 青く透き通った大空には、炎の竜が我が物顔で舞っている。

 それは、東洋で一般的に知られる蛇のような長い身体を持った竜だ。

 ただ、その前身は真っ赤に染まっている。いや、炎で出来ているが故に赤いのだ。


「はぁ? マジなの? マジでやってるの? あれ、どうみても竜よね? 炎の竜よね? もう無理……ハウス!」


 大空を楽しそうに泳いでいる炎竜を眺めていると、氷華は悲鳴の如き叫びを高らかにし、即座に氷のカマクラを作ってその中に避難した。


「おいおいおいおい、アレをぶち込む気か?」


 氷華に続いてカマクラに逃げ込んだ一凛が、正気の沙汰じゃないと言わんばかりに顔を顰めている。


「竜です! 炎の竜……悪夢です」


 同じようにカマクラから頭だけを出して空を見上げた美静が呻き声を漏らした。

 ただ、葵香はその光景に感動したのか、カマクラに入ることなく、その前でぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「んーーーー! んーーーー!」


「フンニャ~~! フンニャ!」


 ココアに関しては、飛び跳ねる葵香に抱かれていて、とても迷惑そうな声をあげている。


「こら、葵香、早く入りなさい。危ないわよ」


 大空を駆け巡る炎の竜を危険だと判断したのか、氷華はすぐさま葵香を避難させようとした。

 ところが、葵香は全く聞く気がないのか、ココアを左腕に抱いたまま、炎の竜に向けて右手を思いっきり振っている。


 おおっ、さすがは葵香、炎竜を気に入ってくれたんだね。


 自慢げに胸を張りながら喜ぶ葵香を見やって満足するのだけど、当然ながらそれで終わらせる気はない。


 踊るように舞う炎の竜を見上げ、次なる指示を送るべく、腕を天に向かって振り上げる。

 当然ながら、大空で嬉しそうに身体をくねらせている炎の竜は、それ自身に意思を持っている訳ではない。

 大魔法使いである僕の指示なくして、攻撃も、突撃も、焼き払いも行わない。

 ただ、言わずと知れたことだけど、選択肢は攻撃しかない。


「さあ、あのちょこざいな土くれを焼き払え! 突貫!」


 まさに十両編成の電車くらいあろうかという炎竜は、指示を送った途端に、敵を討つべく地上へと急降下する。

 巨大な炎竜が炎の矢となって降下する姿は、まさに神の鉄槌と言わんばかりであり、誰もがその光景を現実だとは思えなかっただろう。


 一気に降下した炎竜は一瞬にしてグランドを焦土に変える。

 土で作られたゴーレムは一瞬にして炭化し、もろくもボロボロと崩れ去り、グランドには巨大な火柱が出来上がった。


「うひょ~~~! 我ながら凄い威力だ。ゴーレムなんてイチコロだね。いてっ!」


 魔法の威力に感動してると、行き成り後頭部を叩かれた。


「イチコロだね。じゃないわよ! どうするのよ。火の海じゃない!」


「あ~あ、自衛隊の車両まで燃え上がってるし……」


「あう……あれ、使おうと思ったのですが……」


 やべっ……やり過ぎた?


 氷華に叩かれた頭を摩りながら、僕は少しばかりバツの悪い気分となる。

 なにしろ、一凛は嬉々として氷華の怒りに油を注ぎ、美静は冷たい眼差しでこちらを見ている。

 それでも、葵香にはウケたようだ。


「んーーー! んーーー!」


「アニャ、フンニャ」


 彼女は嬉しそうに飛び跳ねている。ただ、それに付き合わされているココアはウンザリとした表情をしていた。

 そんな一人と一匹を他所に、両手を腰に当てた氷華が頬をふくらませる。


「こんなに燃やし捲ってどうするのよ。はぁ~、もういいわ。消火!」


 苦言を口にしていたのだけど、説教を諦めたのか、将又それどころじゃないと考えたのか、彼女は嘆息しつつ校庭に大粒の雨を降らせる。


 炎の竜も素晴らしい出来だったけど、彼女の魔法も圧巻だった。いや、異様だったと言った方が良いかも知れない。

 なぜなら、雨雲すらないのに、それどころか真夏の太陽が燦々と輝いているのに、空から大粒の雨が降り注ぐのだ。

 誰がどう見ても異常気象だろう。狐の嫁入りなんてレベルではない。それこそ、気象庁が知れば職員が退職したくなることだろう。

 ただ、そんな氷華の雨でも、僕の作り出した炎はそう易々とは消えない。


「あ~、もうっ、くせの悪い炎ね。豪雨!」


 氷華はなかなか鎮火しない炎を見て毒を吐く。そして、すぐさま魔法を切り替える。

 すると、今度は滝のような雨が降り始める。


「おいおい、これはこれでヤバいんじゃないのか?」


「間違いなく時間雨量がハンパないことになってます」


「んーーーー!」


「フシャーーーー!」


 一凛と美静が洪水でも起こりそうな雨量に顔を顰め、葵香はブーイングを放ちながらカマクラの中へと逃げ込んだ。もちろん、濡れることが嫌いなココアは激怒している。


 結局、グランドを湖のようにしてしまった氷華の豪雨は、自慢の炎を鎮火させてしまった。


 ぬぐっ……負けた……


 水溜まりとなった地面に膝を突き、己が敗北に打ちのめされる。

 ただ、作戦的には、僕等の魔法は予定通りの成果を発揮したようだった。


「誰かきたぞ? てか、傘が役に立ってないな」


「ずぶ濡れで可哀想です」


「ちょ、ちょっと、私の所為だって言いたいの? まあいいわ。それよりも、あれって学生かしら」


 一凛と美静の感想に、氷華は憤りを露にする。

 ただ、直ぐに気を取り直すと、こちらに向かってくる学生らしき者達を目にして、いぶかしげな表情を見せた。

 そう、校舎から出てきたのは五人だった。だけど、全員がこの中学の制服を着ているのだ。


「もうやめてください。水攻めなんて……何が狙いなんですか!」


「み、水攻め……」


 少し離れた場所で立ち止まった生徒が、まるで泣き叫ぶかのような声で苦言を漏らした。

 良かれと思ってやったことが裏目に出たと知って、氷華は川のような地面に両手と膝を突いて項垂れた。

 善意で雨を降らせたのに、水攻めと言われたのだ。落ち込むのも無理はない。

 ただ、力無く項垂れる僕と氷華を他所に話は進む。


「ん? お前、生徒会長の神谷明里かみやあかりか?」


「あっ、マッスル先輩!」


「マッスルじゃね~~~! 真摩まするだ! こんにゃろ、張っ倒すぞ!」


 少女は行き成り地雷を踏んだ。


「す、すみません……」


 一凛がキレると、この汐入中学の現生徒会長は慌てて謝罪する。

 すぐさま土下座しそうな勢いだったのだけど、地面に流れる水を見て動きを止めた。


「もういい。それより、なんで攻撃してきたんだ」


「そ、それには、色々と理由がありまして……」


「まあいいや、取り敢えずゆっくり話をしようじゃないか」


「は、はい……」


 結局、立ち直れないままの僕と氷華は完全にスルーされる。ただ、仏頂面の一凛が勝手に話を進めたことで、魔法対決はこれで終わりとなった。









 現在、革張りのソファーに座って、あまりというか、全く入ったことのない校長室の中を見回している。

 向かいには、生徒会長の神谷明里が座り、彼女の隣には副会長の喜多川千鶴きたがわちづるが座っている。他には彼女達の後ろに二人の女の子と一人の男が立っている。

 ただ、誰もが今にも死にそうな表情をしている。

 その雰囲気からすると、かなり食べ物に困っているみたいだ。

 誰もがやせ細り、どことなく疲れているように見える。


 因みに、彼女達は生徒会役員であり、全員が僕等よりも一学年下の二年生だ。

 僕等の学校では、生徒会の入れ替わりが早く、三年生は三月で引退してしまうのだ。

 そして、驚くことに、一凛は前生徒会の役員だったりする。

 まあ、何もしない副会長であり、なんで生徒会に入ったかも未だに不明だ。


 それはそうと、目の前に座っている神谷明里が、こちらにキツイ視線を向けながら問い質してきた。


「ここへは何の用で来たのですか? 食料ならもうありませんよ?」


 どうやら、物資の調達で来たと勘違いしているようだ。

 彼女の気持ちは分からないでもないけど、その態度が気に入らない。

 だから、嫌味のようにポケットからカロリーメイトを取り出し、見せびらかすように包みを開けると、少しぱさぱさする中身を頬張る。


「食べ物? そんなものには困ってないよ。てか、やっぱり、チョコレートが一番美味しいよね」


「な、なに一人で食ってんだよ。うちにも寄こせよな」


 顰め面の氷華を無視して、当てつけるようにカロリーメイトを食べていると、すぐさま一凛に残りを掠め取られた。

 彼女は何を考えたのか、いや、何も閑雅ていないのだろう。呆然とする少女達の前で遠慮なくボリボリと食べ始めた。

 僕の場合は、飽く迄も作戦なのだけど、きっと彼女の場合は唯単に空腹なのだろう。

 ただ、その行為は目に見えて効果を発揮した。

 なにしろ、向かいに座る神谷達は、憑りつかれたかのような眼差しで僕の手の中にあるカロリーメイトを凝視している。いや、誰もが生唾を飲み込んでいる。


 さすがにこの攻撃は効いたみたいだね。完全にカロリーメイトにロックオンしてるし……

 効果のほどを確かめるために、手にしたカロリーメイトを右に振る。すると、神谷達の視線がそれを追い掛けた。


 うむ。じゃあ、今度はこっち。いや、やっぱりこっち、いやいや、それはフェイントでほんとはこっち。なんて、それもフェイクで、こっちなんだな~。いてっ!


「なにやってるのよ! ばかっ!」


 カロリーメイトの後を追う彼女達の視線が面白く、思わず遊んでいたらまなじりを吊り上げた氷華から頭を叩かれた。


 うむ。これはちょっと酷かったかな……


 己が行為を少しばかり反省しつつ、未だ隣で空気を読まずにボリボリと食べている一凛を無視して、話を進めることにした。


「僕等は拠点を作りたくて来ただけなんだ。だから、ここが君らの拠点だというのなら直ぐに去るつもりさ」


「きょ、拠点? というか、本当に食べ物に困ってないんですか?」


 どうやら彼女達は僕等のことよりも、食べ物のことが気になって仕方ないみたいだ。

 まあ、それは彼女達のやつれた姿を見れば直ぐに分かることだし、だからこそ意地悪だと思いつつもカロリーメイトを食べてみせたのだ。


「ああ、食べ物なら暫くは問題ないくらい確保してあるよ」


 ただ、豚鼻や豚耳になったり、竜の尻尾や羽が生えたりするけどね。ああ、彼女達が飛竜の肉を食べて、服が爆散というオチもいいかも……いてっ!


「嫌らしいことを考えないの! 鼻の下が伸びてるわよ」


 ふしだらな想像に浸っていたら、それを気付かれたみたいだ。再び氷華から頭を叩かれた。


 まあ、実際は後遺症があって食べるのにも勇気がいる食料のだけど、餓死するよりはマシだろう。

 当然ながら、この段階でそんなことは口にしない。だって、後遺症を我慢しさえすれば、とても美味しい肉なのだ。


 それはそうと、事実を知らない彼女達は、養殖の魚の如く速攻で食いついてきた。


「あ、あの……もしよかったら、少し分けて頂けませんか?」


 誰もが生唾を飲み込みながら、恰もご馳走でも見つけたかのようにこちらを凝視する。

 もちろん、僕は食べ物じゃない。だけど、可愛い子なら食べてくれてもいいと思ってしまう。


 うっ……そんなに見詰められると、ちょっとドキドキするんだけど……


 やつれているとはいえ、会長の神谷明里と副会長の喜多川千鶴、二人とも超の付く美人なのだ。

 ところが、神谷達を見入っていると、突如として物凄いプレッシャを感じた。


 ぬぬっ、このプレッシャ……お前は連邦の白い悪魔か! 氷華!


 右側に座る氷華をチラリと見遣りながら、背中に冷たいものを感じる。

 そう、冷や汗ならぬ、氷の刃が物理的に突き付けられているのだ。


 くっ、氷華……どんどん怖い女になってるよ……てか、いつの間に氷の短剣を作り出したのさ。


 背中に刺さりそうな氷の刃を気にしながらも、氷華から送られる目配せにカクカクと頷きながら交渉を続ける。

 というか、彼女の瞳は「ふしだらなことを考えたら殺す」と言っているようにしか見えない。


「条件次第では食料を分けるのもやぶさかではないよ」


「じょ、条件ですか? ま、まさか……」


 神谷は何を考えたのか、いや、普通に女の危機を感じたのだろう。両手で自分の胸を服の上から押さえた。


「ああ、別によこしまなことなんて考えてないよ。だって、間に合ってるし」


 恐怖に震える彼女達を安心させるために、敢えて嘘を吐く。そして、意味ありげに氷華と一凛を見やる。

 残念なことに、どうやらこの行動は裏目に出たみたいだ。


「うっ……力で女を支配するなんて……悪魔! 悪魔は死ね!」


 神谷は罵声を吐き出す。次の瞬間、彼女は素早く右手を突き出した。

 その細く綺麗な指先から水攻撃が放たれた時、迂闊うかつな言葉は自滅の引き金なんだと、しみじみと感じさせられるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る