30 修行の行方


 実を言うと、とても、非常に、超、ギガ、テラ、那由多なゆたほどに困っていた。

 というのも、眼前には桃源郷がある。

 そう、桃だ。いや、桃なんて生易しいものではない。メロンだ! それもLサイズや2Lサイズなんて代物ではない。間違いなく4L以上はあるはずだ。

 ああ、その存在自体に困っている訳ではない。どちらかと言えば、望むところだ。

 ただ、甘く実ったメロンに誘われて、一ミリでも視線を向けようものなら、お尻が悲惨なことになるはずだ。

 なにしろ、両サイドをしかめ面の氷華と白眼の一凛でがっちりと固められているからだ。

 だから、餌を前にしてマテ・・を喰らった犬の如く、無理矢理に顔を背ける他ない状況なのだ。


 うむ。今度からはココアにマテ・・をするのを止めよう……


 真夏の夜なのに少しばかり寒気を感じたりするのだけど、それはさておき、現在は、ベースキャンプであるパン屋に戻っている。

 飛竜の格納も何とか済ませ、丁度夕食を終えたことで一息ついているところだ。

 まあ、実際は真面に呼吸すらままならない状況だ。だって、すぐ目の前に在れども、決して手の届かない幸せがそこにあるからだ。


 因みに、恐竜型の魔物の肉は、ハッキリ言わなくても最悪だった。

 クソカス、残飯、ゴミ、と評するに値する味であり、まさに和製ドリアンといっても過言ではないほどだった。

 なんてったって、あの食欲魔神であるココアと一凛が吐き出すほどなのだから、えて詳細に説明する必要もないだろう。

 ただ、そのことから、あの魔物を『猫跨ねこぎ』と命名した。

 ぶっちゃけ、ココア跨ぎでも良かったのだけど、さすがにそれでは彼女が可哀想なので口にしなかった。


「それで、どうするの?」


 デカメロンの如き巨乳の女性自衛官を前にして、氷華が冷やかな声色で尋ねてくる。


 もちろん、この場合のどうするとは、そのデカメロンの持ち主の願いをどうするかという話であり、デカメロンをどうするかではないことが、非常に残念に思える。


「ん~、どうしようか……」


 今にも泣き出しそうな女性自衛官――秋吉美静あきよしみすずにチラリと見ながら思案する。


 本来なら、さっさとお別れするところなのだけど、さすがにこの状況で出ていけとは言い辛い。

 というのも、彼女以外にも小さな子供――琴葉葵香ことのはあいかが居るからだ。

 ショッピングモールでの一件もあり、非道路線に変更したとはいえ、やはり小さな子供を見捨てるのは心が痛む。

 ただ、急に弟子にしろと言われても困るのだ。だって、その大きな果実に視線を向けただけで、間違いなくお仕置きが待っているからだ。

 そういう意味では、彼女の胸が問題であり、急でなくても困る話だと言えるだろう。


 そもそも、真っ黒なサングラスをしているのに、氷華と一凛いちかはどうやって僕の視線を察知しているのだろうか。それが不思議でならない。


 まあ、それは置いておくとして、ウンと頷かないのを見て、美静が今にも涙を零しそうになっている。


 ちょ、泣かないでよ。それに、文句なら氷華や一凛に言ってよね。


 視線を泣き出しそうな美静から氷華と一凛に移すと、彼女達もさすがに困った表情となっていた。

 この秋吉美静という女性自衛官は、高卒入隊したばかりで、実はまだ研修中の二等陸士らしい。

 その所為か、全く以て自衛官らしくない。

 それに比べ、葵香の方は八歳とは思えないほどに落ち着いている。

 今は飛竜の肉をたらふく食べて機嫌のいいココアを楽しそうに撫でている。その様子からして、間違いなく猫好きなのだろう。


 美鈴が今にも大粒の涙を零しそうにしていても、二人の少女から凄まれていることもあって安易に了承する訳にもいかず、オロオロとするばかりだ。

 ただ、そこで一凛が助け舟を出してくれた。


「氷華、ここは諦めるしかないんじゃないか? ここで知らん顔して出て行けというのは、死んで来いっていうのと同義じゃね? さすがに、男ならまだしも、こんな子供を見捨てるなんてあんまりだろ?」


「そ、そうです。その通りです」


 珍しく一凛が至極真っ当なことを口にすると、美静は壊れた人形のようにカクカクと何度も頷く。


 ねえねえ、あなたは子供じゃないでしょ? 一凛が言ったのは葵香のことだからね……


 美静の情けなさに、思わず心中でツッコミを入れてしまう。

 ただ、一凛の発言は尤もだとも思う。このまま彼女達を放り出したら、魔物のみならずおとこ共のエサになることは間違いないだろう。

 それは誰でも分かる展開であり、実際、氷華も同じことを考えたようだ。途端に渋い表情を見せた。


「しょうがないわね……じゃ、葵香ちゃんは、私達が引き取りましょう」


 それでも、巨乳は許せなかったみたいだ。無碍むげで冷酷な発言がなされた。


「そ、そんな~~~殺生な……」


「くくくっ」


 容赦ない言葉を聞いて、美静がまるで壊れた人形の如く崩れ落ちて床に転がる。

 その脱力ぶりが面白かったのか、一凛が隠すことなく堂々と笑い始める。

 だけど、笑いながらも氷華をたしなめる。


「氷華! 意地悪するなよ。くくくっ」


「ふんっ!」


 どうやら、氷華が口にした言葉は本心ではなかったみたいだ。

 彼女は少しだけ不貞腐れた表情を見せると、いかにも仕方ないと言わんばかりの声色で釘を刺す。


「一応は了承しますけど、期限を設けます。だって、なし崩し的に居座られても困るでしょ」


「あ、ありがとうございます。せ、精一杯、頑張ります。明日から頑張りますから見捨てないでください」


 了承を貰えた美静は、倍速映像のように瞬時に起立すると、自衛隊の癖なのか、こちらに向かって敬礼した。

 その見事な敬礼は、背筋が驚くほど反り返るように伸び、はち切れんばかりの胸が思いっきり突き出される。

 胸を張る彼女は瞳をキラキラと輝かせていたりするのだけど、当然ながら、それを目にした僕の眼もキラキラと輝く。

 そうなると、必然的にお尻が赤々と腫れあがることになった。


 いてて、少しは手加減して欲しいんだけど……二人ともちょっと酷すぎるよ……てか、頑張るのは明日からなのか……なんか、怪しいな……


 同じことを感じたのか、それとも突き出された彼女の胸の大きさが気に入らないのか、どちらが原因かは分からない。ただ、氷華と一凛も渋い表情で彼女を見詰めていた。









 結局、期限付きということで、美静を保護することになった。

 というか、元中学生が自衛官を保護するというのも滑稽こっけいな話だけど、これが現在の世界なのだ。


「炎撃! あれ? 何もでない……」


 片手を突き出した美静の胸が揺れる。

 だけど、何も起こらない。いや、僕の尻に苦痛が加わった。

 もちろん、それは美静から放たれた魔法ではない。そう、氷華が放った蹴りだった。


「あのさ……別に嫌らしい気持ちで見てる訳じゃないからね。彼女の顔を見たら、たまたま視界に入るだけだからね……」


「ふんっ!」


 弁解ともクレームともとれる言葉を口にすると、氷華は腹立たし気にそっぽを向く。

 その態度に嘆息しつつも、視線を戻して首を傾げている美静に助言する。


「だめだめ、もっとイメージをしっかり作らないと」


「あう……」


 彼女はガックリっと肩を落として溜息を零す。


 美静達と出会ったのは昨日のことであり、現在は弟子入りした彼女に魔法を教えているところだ。

 今日は飛竜退治をお休みして、美静に魔法の基礎を教えることにしたのだ。

 ただ、彼女に魔法を教えるのは、正直言って前途多難だった。

 というのも、彼女の想像力は貧弱で、魔法を発動させるほどにイメージを固めるのが困難だと思えたからだ。


「氷雨……やっぱり駄目です……」


 朝から何度も繰り返しているのだけど、全く以て魔法が発動しない。

 さすがに、精神的に疲れてきたのか、彼女はガックリと肩を落としてしまった。

 魔法適性や威力に関しては、これまでの実績から成長に魔石が必要であることを把握している。

 だけど、イメージに関しては個人の感覚なので、どうにも教えようがないのだ。


「こりゃ、ダメかもね……」


「そうね……魔法はイメージが命だし……」


 地縛霊になりつつある美静を横目に、ついつい小声で諦めの言葉を口にしてしまう。

 氷華も同じように感じ始めたのか、渋い表情でコクリと頷いた。

 初めの内は意気揚々としていたのだけど、魔法に向いていない人物だと知って、既にさじを投げたい気分となっていた。


 さて、こりゃどうしたものかな。諦めろと言うべきか……


 完全に鍛錬を止める方向で思考が動き始めるのだけど、そこで可愛らしい声が耳に届いた。


「・・オ!」


 項垂れる美静を他所に、葵香が声を発したのだ。

 ただ、その可愛らしい声は「オ」の一文字しか言えてない。

 だけど、その途端、後頭部に痛みが走る。


「いてっ! いてて……石?」


 たんこぶにはなっていないものの、痛みの残る後頭部を右手で摩りながら振り向くと、同時にコロンと地面に石が転がった。

 ところが、それは、まるで霧散するかの如く消えて無くなる。


「あれ? 消えた? もしかして、今の、葵香がやったの?」


「ん!」


 ココアを抱いた葵香はとても自慢げにしている。ただ、返事は「ん」の一言だけだ。


 どうやら、一人で魔法の練習をしていた葵香が、その成果を炸裂させたみたいだ。

 どんな魔法を使ったのかは分からないけど、どうも葵香には魔法の才能があるみたいだ。でも……


「僕等に向けて魔法を使っちゃダメだよ」


「ん……」


 浮かれていた葵香が、怒られたことで一気にしょんぼりと項垂れる。でも、やはり返事は「ん」の一言だけだ。


 そう、この子はしゃべらないのだ。

 それが喋れないのか、はたまた喋りたくないのかは分からない。ただ、いつも一文字程度の声を発するだけだった。


「凄いわね。これって、葵香の方が向いてるかもね。いまのは、もしかしたらメテオじゃないの?」


「ん!」


 どうやらメテオらしい。氷華に褒められて嬉しそうに頷いている。

 というか、僕の頭に向かってメテオを炸裂させるのは止めて欲しい。小石程度でも、それなりに痛いのだ。


「葵香、練習するのはいいけど、人に向けて撃っちゃダメだからね」


「ん!」


 嬉しそうにしていた彼女に、念のためにもう一度注意する。

 すると、少しだけ申し訳なさそうな表情で頷いてきた。


 この子は見た目が可愛いだけではなく、とても素直なのだ。

 そういう意味では、氷華や一凛とは違っていて、将来が楽しみな少女だといえる。

 ただ、葵香が魔法を使ったことで、美静が一気に地縛霊モードへと移行した。


「どうせ、自分はダメな女なんです。研修でもいつも足手纏あしでまといだったのです。もう生きる価値なんてないんです。いっそ、誰か自分を始末してくれたら……」


 うはっ、思いっきり自虐状態になってるじゃん。多分、この雰囲気だと、研修中も散々だったみたいだね。てか、どうしよう……


「あう……この廃棄物、どうしたものかしら」


 完全に地面と同化した美静を見やって、氷華は少しばかり焦り始める。

 すると、少し離れた場所で空手の鍛錬をしていた一凛が口を挟んできた。


「ん~、なんか違和感があるな……」


 彼女は腕を組んだまま、落ち込む美静を見やって首を傾げる。

 なにやら疑問に思うところがあるらしく、怪訝な表情を露わにしつつも問いかける。


「なあ、美静さん。これまでどうやって戦ってきたんだい?」


「えっ、あっ、自分のことは美静でいいです。自分は弟子で、一番下っ端ですから」


 どうやら、美静が現在まで生き延びていることに疑問を感じたようだ。

 なにしろ、この状態を見る限り、どう考えても魔物と戦えるとは思えない。

 美静は話しかけられたことで息を吹き返したのか、ゆっくりと立ち上がる。そして、こっちですと口にすると、おもむろに歩き始めた。


「ん? どこに行くんだろ?」


「さあ?」


 スタスタと歩いていく美静の行く手が分からずに首を傾げてしまう。

 隣では、一凛が同じように首を傾げている。だけど、氷華は彼女の歩く先にある物が何かに気付いたようだ。


「たしか……あっちには、彼女が乗ってきた車があるわよ」


 そう、彼女が歩いている先には、国産の大型四輪駆動車がある。

 美静から聞いた話では、メガクルーザーという名前らしい。

 彼女の説明によると、その車は国産ではあるのだけど、日本の道路事情に全く適していない超大型車であり、自衛隊御用達の高機動車ということだ。だから、公道を走っているところを目にすることは滅多にない珍しい車だと言っていた。


 さっさと移動した彼女は、そのメガクルーザーの後部ハッチを開けると、こちらに視線を向けてきた。


「これです。カールグスタフM2、84mm無反動砲。自分達はこれをハチヨンと呼んでます。対戦車榴弾たいせんしゃりゅうだんを始め、様々な榴弾が使用可能です――」


 メガクルーザーの後部に乗せられた武器を指して、スラスラとその能力を説明しはじめた。

 その様子からして、もしかしたら彼女は武器オタクなのかもしれない。


「ああ、なるほど。それで戦ってきたんだ……」


「対戦車用の武器なら、魔物も倒せそうね」


 長々と説明を聞かされ、全く武器に詳しくない僕と氷華は納得する。だけど、一凛が片方の眉を吊り上げたまま疑問を声にする。


「なあ、美静。ところで、その榴弾とやらは、どこにあるんだ?」


 本人から名前で呼べと言われて、早くもタメ口になっている一凛がメガクルーザーのトランクを見回す。

 途端に、美静はパッと明るい顔で、自衛隊の装備を褒めちぎり始めた。


「最近の自衛隊装備は凄いです。なにしろ、このハチヨンは願えば際限なく弾が出ますから。それも、射撃者の思い通りの弾がでるのです。さすがに防衛費が五兆円超えているのは、伊達ではないですね」


「いやいや、うんな訳ないよね。さすがに武器に疎い僕でも、そんな都合の良い武器が存在しないのは分かるよ」


「だいたい、防衛費の問題じゃないと思うわ」


「それって、直樹達がやってた魔法と同じパターンか?」


 あまりに都合の良い武器の能力を知らされて、思わず全力で否定してしまった。というか、それが武器の性能だと思っている美静に呆れてしまう。

 氷華も処置なしと言わんばかりに首を横に振っている。

 ただ、一凛は直ぐに気付いたようだ。

 彼女に言われて、ショッピングモールでのことを思い出した。


 ああ、あの時、直樹達が使っていた機関銃も音がしてなかったし、魔法で弾を撃ち出してたんだな……てか、そうなると、彼女の魔法は武器を使った方がいいのか?


 美静の魔法について、武器に依存した方が良いのではないかと考え始める。そして、取り敢えずその魔法がどういったものなのか確かめることにした。


「ねえ、美静さん、試しに撃ってもらえますか?」


「あっ、師匠、呼び捨てで構いません。それに、丁寧な言葉遣い必要もないです」


「あ、ああ、分かったよ。じゃ、美静、撃ってみて」


「はいっ!」


「んーーーーーーーーーーー!」


 どうしても年上なので気を使ってしまう。だけど、本人が気を使うなというので、友達感覚で接してみる。

 すると、美静は嬉しそうに頷く。ただ、氷華から物凄く冷たい視線を浴びてしまった。

 美静はそれに気付いていないようで、そのハチヨンとやらを取り出した。

 彼女がハチヨンを手に取った瞬間だった。葵香が大きな声を上げて僕の背後へと縋り付いてきた。

 その行動を怪訝に思うのだけど、次に聞こえてきた声で疑問自体が吹き飛んだ。


「よっしゃ! どこを狙えばいいんだ? アレか? それもとあの建物か? さっさと言えよな! おらっ!」


 ぐあっ! なんじゃこりゃ……


 武器を手にした途端、美静が豹変ひょうへんしてしまったのだ。

 それは言葉遣いだけではなく、態度までありありと変化が表れている。

 その大きな胸が更に膨張したかのようだ。


「うはっ……まさか、二重人格なの?」


「おいおい、接触型トリガーハッピーか?」


「ん……」


 心中で驚きの声を上げていると、氷華と一凛が呻き声を漏らした。

 オマケに、後ろにしがみ付いている葵香がガタガタと震え始めた。

 ところが、そんなことなど知ったことかと言わんばかりに、美静が声を張り上げた。


「おう! 師匠! どこ狙えばいんだ? 早くしろよ!」


「じゃ、じゃあ、あの大木をよろしく……」


「ちぇっ、木かよ。つまんね~。まあいいや、行くぜ! おらっ、くらえ! 発射!」


 ぶつくさと文句を垂れ流しながらも、彼女は男勝りな声を張り上げてハチヨンのトリガを引いた。

 すると、砲身から何やらかたまりが飛び出し、一気に目標へと飛んで行った。

 ただ、発射と同時に、砲身後部から爆風が放たれる。


「うわっ!」


「きゃっ」


「あぶね~~」


「フシャーーーー!」


「んーーーー!」




 彼女の後方で眺めていた僕等に向けて、何やら物凄い爆発が起こった。

 直撃を食らわなかったものの、慌てて葵香を抱いてその場から飛び退くと、氷華、一凛、ココア、二人と一匹も一目散に距離を取る。

 すると、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべた美静が、今更ながらに注意を喚起してきた。


「ああ、この武器は後で爆風が起きるからな。気を付けろよ!」


 遅いって! そういう注意事項は先に言ってよね……てか、完全に人格が変わってるし……


 偶々、射線から少し外れていた陰で事無きを得たのだけど、その攻撃の威力よりも彼女の人格の方に戦慄する。


「おっしゃ! 弾着、今! よっしゃ、木っ端微塵だ! これこれ! 爽快だぜ!」


 目標とした大木が、美静の攻撃で木っ端微塵になる。


 いやいや、こっちは、仰天ぎょうてん、今! だからね……それに、あなたは爽快かもしれないけど、こっちは想定外だから……

 なんて、ツッコミを入れたいのだけど、今の美静が怖くて口から出てこない。

 ただ、驚きつつも一凛が冷静な判断をくだす。


「これなら修行は要らないんじゃないか? そのまま実践じっせんでも問題ないと思うぞ。でも、うちが攻撃してる時には撃たせるなよ?」


 木っ端微塵になった大木を見て判断したのだろう。彼女は美静を合格とした。ただ、己が身の危険も感じたみたいだ。

 まあ、最前線で戦う一凛としては、美静の誤爆は命取りになり兼ねない訳だし、その言い分も当然だろう。


 一凛の言葉で正気に戻ったのか、氷華も続けて合格と告げる。ただ、彼女としてはいささか不満があったようだ。


「というか、これなら弟子入りなんてする必要ないと思うけど?」


 確かにその通りだ。今の攻撃力を見る限り、特に魔法が必要だとは思えない。というか、これはこれで立派な魔法だと思う。

 だいたい、今の破壊力なら、あの恐竜の魔物ねこまたぎも倒せるかもしれない。


 呆気に取られる僕を他所に、二人から合格点をもらった所為か、美静は威勢の良い声を上げる。


「師匠! 次はどれだ? どれを破壊すりゃいいんだ? 男のキ〇タマを蹴り上げるのも飽き飽きしてたとこだ! さあ、どこだ? 全部破壊してやるぜ! がはははははははは」


 彼女はまるで悪魔が取り付いたかの如く、身の毛も凍るような台詞を口にしたかと思うと、高らかな笑い声をあげた。


 ちょっ、これまで男に襲われて逃げてきたって言ってたけど、もしかして男達の股間を破壊してきたんじゃ……こえ~~~。


 豹変した美静の台詞を耳にして、背中に冷たいものを感じていると、背後からポツリと声が聞こえた。


「・・オ!」


 その途端、どこから湧き出したのか、空から小さな石が振ってきて美静の頭を直撃した。


「うがっ! くっ~~~~」


 その石の大きさは拳大であり、普通に直撃すれば死に至りそうな物だ。

 ただ、美静は軍用のヘルメットを被っていて、そこまでの衝撃ではなかったようだ。

 それでも、脳震盪を起こすには十分だったらしく、呻き声を漏らしたかと思うと、そのままバタリと地面に倒れる。

 それを唖然あぜんと眺めていると、葵香はゆっくりと前に出てくる。そして、あたかも勝ち誇るかのように平たい胸を張り、自慢げにピースサインを作る。


「ん!」


 その無邪気で可愛らしい葵香を目にした時、これまでに暴走した美静がどうやって正気に戻ったのかを悟ることになった。

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