29 天使の弟子入り


 真っ赤な太陽が傾き始めている。

 それでも、やるべき作業は終わらない。


「なんかさ、この頃、思うんだけどさ」


「どうしたの、急に」


 倒した飛竜を浮遊の魔法で集めていると、それを丸ごと瞬間冷凍している氷華が首を傾げた。

 不思議そうにする氷華を見やり、魔法を止めることなく自分の考えを伝える。


「最強の魔法使いになるつもりだったんだけど、最近の生活を考えると、これって、魔法は使ってるけど、ただの作業者だよね?」


 そうなのだ。戦いは呆気ないほど簡単に終了し、それの何倍もの時間を掛けて食料確保の作業をしているのだ。

 同じ境遇になれば、誰もがそう感じる筈だ。

 まあ、飛竜の肉が美味であることを考えると、とても放置する気にはなれないし、仕方のないことだと思うのだけど、当初の目標から外れているような気がしてならない。


「まあ、仕方ないんじゃない? いくら最強の魔法使いだって、飢えには勝てないでしょ? それよりも早く終わらせないと日が暮れるわよ」


 な~んだ、そんなことかと言わんばかりに、氷華は肩を竦めて作業に戻る。


 ああ、現在の氷華には尻尾も羽もない。ごく普通の少女姿に戻っている。

 竜化についてもワイルドボアと同様に、だいたい三十分程度で元に戻った。

 ただ不思議なことに、ワイルドボアの時と違い、彼女は二度と飛竜の肉を口にしないと言わなかった。

 多分、あの味に魅了されたのだろう。いや、もしかしたら、尻尾と羽を気に入ったのかもしれない。

 一凛なんて「かっちょえ~」とか言って振り回していた。周りにいる者にとっては、とても危ないので止めて欲しい。


 まあ、肉の話は良いとして、確かに氷華の言うことが尤もだろう。

 どれだけ魔法が上手くなろうとも、食わずしては生きられないのだ。


「仕方ない、辛抱して運ぶか」


 愚痴をこぼしつつも、瞬間冷凍された飛竜を空中移動させる。

 もちろん、飛竜の巨体を浮遊させているのは僕の魔法だ。

 ただ、氷華はそれを見て呆れたようだ。


「ちょ、また能力が上がったの? ちょっと、強くなり過ぎよ!」


「強いのとは少し違うんだけど」


「どういうこと?」


「精度の問題かな? やればやるほど馴れてくるからね」


「なるほどね」


 凍り付いた十匹の飛竜を浮かべる技術について説明すると、彼女は納得したのか、感心したように頷いていた。

 だけど、少し離れた場所からは、一凛の気落ちした声が聞こえてくる。


「マジか! これでも勝てないのか!」


 視線を向けると、一凛が上に伸ばした右手の上には、凍った飛竜が四段重ねとなっていた。


 いやいや、その怪力の方が異常だからね……普通に考えて異常だよ?


 今なら大型トラックでも軽々と持ち上げそうな一凛を目にして、顔を引き攣らせた。

 釣られて視線を向けた氷華も呆れた声を漏らす。


「あのね……それでも、十分すぎるほどに異常だから」


 彼女の言う通りだ。十五歳の少女が自分の何倍もある竜を軽々と抱えるシーンなんて、コメディでも存在しないだろう。


 自分のことを棚上げし、一凛の異常性について考えていると、突然、氷華が怪訝な表情を見せた。


「ねえ、あれってなにかしら」


「ん? 砂埃すなぼこりが酷くてよくわからないけど……車?」


「てか、車はいいが、その後ろのはなんだ? もしかして、魔物か?」


「フシャーーーー!」


 氷華の視線を追うと、一台の車が焼け野原となった大地を猛スピードで向かってくるのが目に入った。

 そして、一凛が察した通り、その車の背後には大型トラックよりも大きな魔物の姿があった。

 途端に、ココアが尻尾を狸のように丸くし、背中の毛を逆立てた。


「恐竜?」


「ティラノザウルスみたいだね」


「美味いのかな?」


「ウナ~~?」


 ちょ~~、なんで、直ぐに食べる話に持ち込むのさ。でもまあ、飛竜がめっちゃ美味だったし、在り得る? てか、ココアまで興味を示しているし……


 自信なさげな氷華の言葉に頷いていると、飛竜の肉で味を占めた一凛とココアが気色を示す。

 そんな一人と一匹に呆れつつも、思わずその恐竜ぽい魔物の味について考えてしまうのだった。









 轟然と向かってくる車は、普通車と同じように四つのタイヤで走っているのだけど、これまで見たこともない車種だった。

 普通ではお目に掛れない深い緑の車体色もさることながら、大きなタイヤの上に乗っかる車体のサイズが尋常ではない。

 形的には四輪駆動車なのだけど、とても簡素な造りだ。

 その色からして、どう考えても軍用車両だと思えるのだけど、それがなんという車なのか全く以て知り得なかった。

 ただ分かることがある。そう、その車は追われていた。

 それも、もの凄い勢いで追っているのは、大型トラックと同じくらいはありそうな恐竜に似た魔物だった。


「よっしゃ、うちがぶっ飛ばしてやるぜ」


「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ。いくらなんでも正面から直接攻撃するのは無謀むぼうよ」


 右の握り拳を左の掌で打ち鳴らした一凛が、威勢よく駆け出そうとする。

 氷華の言う通り、いくら一凛が強くなったとはいえ、正面から戦って無傷で済むとは思えない。

 今にも飛び出していきそうな一凛の手首を慌てて握る。


「ダメダメ、危ないって!」


「じゃ、どうすんだよ」


「こうするのよ。氷槍」


 引き止められた一凛が不貞腐れた様子で苦言を漏らす。

 すると、氷華が自慢げに魔法を放った。


「お、おいっ、ずるいぞ」


 何がずるいのかさっぱり理解できないのだけど、氷の魔法が発動するのを目にして、一凛が地団太じだんだを踏む。

 次の瞬間、悔しがる一凛を他所に、まるで天罰の如き極太の氷の槍が空から落下してきた。

 ただ、その槍が突き立ったのは、恐竜のような魔物にではなく、魔物と車の間の大地だった。


「さあ、足止めしたわよ。いつのも要領でやりましょ。これなら文句ないでしょ?」


「ま、まあな。よっしゃ行くぜ」


 どうやらその攻撃は的を外した訳ではなく、初めから足止めを目的としていたようだ。

 氷華がチラリと視線を向けると、その先に居る一凛が照れ臭そうに頬を掻いたかと思うと、それを誤魔化すかのように走り出した。


「そうだね。まだ作業も終わってないし、さっさと片付けようか」


「そうね。あの恐竜を運ぶのは一凛に任せるわ」


「うげっ! それはいらん」


 車はまるで僕等が見えないかのように通り過ぎた。それでも、気にすることなく魔物へと脚を向ける。

 後ろで車が止まるのを感じるのだけど、今は魔物を狩る方が先なので、車に関しては放置だ。


「アンギャーーー!」


 魔物は人の心を委縮させる雄叫びを上げる。

 どうやら相手が悪かったみたいだね。今更その程度の叫びじゃビクともしないんだよね。

 誰もが恐怖どころか気色を露わにする。


「一凛、左回りでお願い! 氷撃!」


「りょう~か~い」


 氷華は指示を送ると、すぐさま魔法を放つ。

 何もない空間に無数の氷が生まれ、矢の形となって魔物に降り注いだ。

 その鋭敏な氷の矢は、魔物の鎧を突き破り、腕、脚、胴、背、いたる部位に突き立つ。

 まさに、華麗で、優雅で、容赦ない攻撃であり、可憐な氷華にお似合いの魔法だと思える。


「グギャーーーーーーン!」


 苦痛に耐えかねたのか、魔物は悲鳴をあげると、すぐさま逃げに転じた。

 恐らく、その攻撃を受けただけで敵わないと感じたのだろう。野生の勘とは馬鹿にならないものだ。奴は尻尾を丸める勢いできびすを返した。


 でも、残念賞~、世の中そんなに甘くないんだよ?


「はい、そこで止まってね。地雷!」


 奴は来た方向へと戻ろうとするのだけど、即座に足止めの魔法を発動させる。

 その途端に地面が吹き飛び、衝撃で魔物の片足があらぬ向きに折れ曲がった。


「ガギャーーーーーー!」


 奴は動かぬ脚を引き吊りながら必死に逃げようともがく。

 こうなると巨大な魔物とは言え、もはや袋のネズミだ。いや、まな板の上の鯉と呼んだ方がよいだろうか。


 まな板ね~。それなら、少なからず二枚あるけどね。


 心中で場違いなボキャブラリーを展開する。

 ただ、それと知らないまな板二号が一気に走り抜けた。

 もちろん、まな板一号は、隣でドヤ顔を見せている氷華だ。


「おりゃ~~~~~! ばんめしーーーーー!」


 はやっ、もう食う気でいるのか……


 一凛は叫び声を上げながらジャンプする。

 その高さは、マンションの四階に届きそうなほどだ。

 そんな非現実的な光景に続き、まるでマンガのような飛び蹴りが炸裂する。


「ファイナルインパクトキーーーーーーーック」


 台詞は以前と同じでも、蹴りの内容が全く違うよね……つ~か、ファイナルインパクトってどんな意味だろうか。


 思わずツッコミを入れそうになるのだけど、それをぐっと飲み込んでいると、一凛の脚が魔物の後頭部にめり込んだ。


「うわっ、脚が、脚が抜けね~~~~! 黒鵜~~~! 助けてくれ~~~~!」


「うわっ、マジ? 一凛! 直ぐ行く!」


「アホだわ……」


 飛び蹴りでファイナルとなった魔物がゆっくりと倒れ始めた。ただ脚が抜けなくなった一凛は、必死に助けを求めてきた。

 そんな間の抜けた彼女を見やり、氷華が肩を竦めて毒を吐く。だけど、僕は割と本気で心配している。

 なにしろ、あんな可笑しなキャラでも大切な仲間だからね。

 だから、必殺の魔法を発動させる。


「音速!」


 次の瞬間、両足が宙を蹴る。恰もそこに見えない階段があるかのように、瞬時に駆け上る。いや、その速さは駆けるというレベルではないはずだ。

 その証拠に、尋常ならざる速さで魔物の頭に辿り着いた。

 この魔法を知っている一凛ですら慄くほどの速さだ。


「さあ、掴まって!」


「あっ、黒鵜! はやっ! てか、わり~ぃ!」


 一凛が差し出した右手を握ると、倒れ始めた魔物の頭を蹴る。

 その勢いで一凛を助け出し、再び宙を蹴って大地に降りる。

 すると、地に降りた一凛が、少し恥ずかしそうに感謝の言葉を告げてきた。


「あ、あり……サンクス……」


「どういたしまして。でも、もう少し気を付けないとダメだよ」


「ああ、すまん。次からは気を付ける」


 いつもとは違って、とてもしおらしいところを見ると、恐らく本人も焦っていたのだろう。

 微笑ましく思いつつも、一応は釘を刺すと、素直に反省しているようだった。

 ただ、自分の行動が恥ずかしかったのか、直ぐに話題を変えてきた。


「それにしても、超はえ~な」


「まあ! 伊達に童貞な訳じゃないよ」


 普段よりも異様に大人しい彼女を元気付けるつもりで、自虐下ネタを披露すると、物の見事に乗ってくる。こういったところは、さすが一凛だと褒め称えよう。


「あはっ……そうだな。くくくっ、あははははは。それじゃ、うちが卒業させてやろうか?」


 彼女は下ネタに下ネタで返してきた。それは僕の本能を呼び覚ます。そして、その誘いに物の見事に乗ってしまう。


「いいの? マジでいいの? マジだよね? いいんだよね?」


 胸は熱く鼓動し、心は踊っていた。身体はといえば、魔法を使うことなく舞い上がっているかのようだ。

 ところが、すぐさま閻魔大王の声が、地獄へと叩き落す。


「いい訳ないでしょ」


「ひ、ひ、氷華……」


「氷華じゃないわよ! バカっ!」


「くくくっ」


 氷華から罵声を喰う。

 一凛は腹を抱えて笑っている。


 くそっ、踏んだり蹴ったりだ……一凛の所為だぞ!


 地面で笑い転げている一凛に冷たい眼差しを向けながら、心中で毒を吐いている時だった。


「あ、あの、助けて頂いて感謝です。というか、天使様ですか?」


 僕等の後ろに現れたのは……彼女こそ天使だった。

 彼女は僕を癒すために現れた天使に違いない。

 そう、感謝の言葉を述べてきたのは、どこか様にならない自衛隊の戦闘服を纏った巨乳天使ちゃんだったのだ。









 自衛隊の戦闘服は、それなりにゆとりのある作りになっている筈なのだけど、それを否定するかのように、はち切れんばかりの膨らみを見せていた。

 ただ、その姿の所為で、こっちの下半身もはち切れんばかりに盛り上がる。

 その所為で、途端に氷華の蹴りを尻に喰らうという理不尽な攻撃を受ける。

 ただ、これはいつもと少しばかり違うパターンだった。


「いたたたたたたた! 氷華はまだしも、一凛、やり過ぎ! お尻が千切れる!」


「う、うるさい! 乳に見惚れるからだ!」


 いつもなら笑い転げる一凛が、なぜか思いっきり僕の尻をつねってきたのだ。

 氷華の蹴りの後に、一凛の抓りを喰らって、僕の尻は絶命寸前だ。

 それでも、天使の呻き声が聞こえてきたことで、痛みをすっかり忘れてしまう。


「はっ、はう……」


 一凛の台詞を聞いた戦闘服の天使が慌てて両腕で胸を隠すと、身の危険を感じたかのように、こちらにさげすみの視線を向けてきた。

 あからさまに侮蔑ぶべつの眼差しを向けられ、慌ててその場を取りつくろう。


「ほ、ほら、一凛の所為で勘違いされちゃったじゃんか」


「何が勘違いなのよ。それとも、これの行儀が悪すぎるだけなのかしら」


 天使を安心させるために、一凛へ苦言を申し立てたのだけど、今度は氷華が恥ずかしがる様子もなく、僕の股間を平手で叩いた。


 こ、こら、どこ叩いてんのさ! そこはとっても大切なところなんだぞ!


 大切な部位を攻撃されて憤慨するのだけど、天使を前に苦言を漏らす訳にもいかず、両手で股間を隠したままいぶかしむ特攻服の女性に答える。


「僕等は天使じゃないですよ。ただの中学生です。って、もう中学もクソもないですよね……ところで、あなたは? 自衛隊の服を着てますが……」


 自分で口にしたものの、自衛隊という言葉で、少しばかり疑心暗鬼になる。

 なにしろ、ショッピングモールで最悪な自衛隊員と出会ってから、まだ一ヶ月程度しか経っていないのだ。


「天使じゃないって……でも、凄い力を発揮してました。人間ではあり得ないと思うのですが……」


 どうやら、さっきの戦闘を見て度肝を抜かれたらしい。いや、もしかしたら能力者と初めて出会ったのかもしれない。


「ん~、なんて説明すればいいのかな……ファンタジー化の産物ですよ。誰でもその気になれば使えるんです」


「えっ!? そうなのですか?」


 返事を聞いた途端、天使の胸が驚きに揺れる。


 そ、その胸は天然の産物ですか? モノホンですか? 養殖じゃないですよね? どうやったらそんなに育つんですか? もしよければ、氷華と一凛に伝授してやってもらえませんか? いたっ!


 思わず天使の胸に心の声が話し掛けていると、まな板一号と二号からお尻を抓られた。

 どうやら、視線が拙かったようだ。自分で思いっきりさりげなさを装っているのだけど、どうやらバレバレなようだ。目の前の巨乳も……いや、女性も怯えている。


「あっ、ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて、別に胸を見ていた訳じゃないですよ」


「えっ!? そうなのですか? 申し訳ありません。勘違いしてしまって……」


 明らかな嘘だと分る弁解を口にすると、何を考えたのか、彼女は逆に頭を下げてきた。


 この人って、他人を疑わない性格? 今の言い訳は、いくらなんでも嘘だって分るよね? それとも、少しばかり頭が悪いのかな?


 その自衛隊員らしき女性の性格を読めなくて、どういった性格なのかと訝しんでいると、彼女は勝手に説明を始めた。


「じ、実は、逃げてきたのです。だから、少し……少し過敏になってまして……」


「逃げてきたって、何から? 魔物?」


「いえ、男の人……襲われそうになって……どこへ行っても、男の人に襲われそうになるのです……」


 まあ、その胸じゃ、しゃ~ないよね……フェロモンをき散らしながら生きてるようなもんだし、それに喰いつかないのはモーホーとか貧乳好きという変わり者だけだよね。

 それも、こんな世の中になりゃ、誰でも襲いたくなるわな。


 当然の事象だと思いつつ、視線を降ろして溜息を吐く。そこで、彼女が一人でないことに初めて気づいた。

 どうやら、巨乳の引力は何よりも強いみたいだ。


「あれ? その子は?」


「ああ、この子はさっきの魔物に襲われているところを助けたのです。まあ、その代わりに自分が襲われることになりましたが……」


 どうやら、その少女を助けたのは良いが、代わりに追われることになってしまったのだろう。


 彼女の腰には十歳に満たないくらいの少女がしがみ付いてる。それも、恐ろしいほどに可愛らしい少女だ。

 特に、長く綺麗な髪と潤んだ瞳が印象的だ。

 きっと、将来は男が敷いたバラの上を歩くことになるだろう。

 まあ、バラが咲くような世界になれば良いのだけど……


「もう大丈夫だよ。魔物も片付けたからね」


 安心させようと、巨乳自衛官の腰にしがみ付く可愛らしい女の子に話しかける。

 ただ、そのタイミングで、腕に抱いたココアの様子がおかしいことに気付く。


「フ、フニ……」


「どうしたの? ココア」


 なぜか、ココアは鳴き声を詰まらせてカタカタと震えていて、どうもにも怯えているとしか思えない。

 その途端だった。巨乳自衛官の腰にしがみ付いていた少女が、こちらにむかって両手を差し出した。


「んーーーー!」


「ん? もしかして抱きたいって言ってるのかな?」


「ん!」


 ああ、きっと猫好きなんだね。


「フ、フ、フニ……」


 彼女はコクコクと頷く。だけど、ココアはブルブルと震えた。


 どうしよう。でも、ココアは嫌そうだし……あっ!


 ココアの様子がおかしいこともあって、抱かせてやるか悩んでいると、少女が素早くココアをかすめ取った。

 あまりの手早さに驚いてしまうのだけど、ココアを嬉しそうに抱いて優しく頭を撫でる姿を見ると、思わずほっこりとしてしまう。

 ココアの方も嫌がることなく、黙って撫でられているし、特に問題なさそうだ。


 なんて手が早いんだ……でも、ココアも大人しくしてるみたいだし、大丈夫なんだよね? うん。大丈夫、大丈夫。てか、それよりも、この流れって、なんか……


 少女の腕の中で丸くなっているココアを見て、考え過ぎだと自分に言い聞かせた。それはいい。それはいいのだけど、少しばかり嫌な予感に襲われていた。

 というのも、礼を述べてくれたのは良いのだけど、彼女達はそこから一歩も動こうとしないのだ。

 それが、なぜか嫌な予感となって胸の中で渦巻く。

 ただ、そう感じたのは僕だけではなかったようで、左右に視線をむけると、氷華と一凛が渋い表情をしていた。

 その二人の様子を見て決意する。


 よし、ここはきっぱりと、さよならと言おう。それがお互いのためだ。あの巨乳はちょっと惜しいけど、彼女がここに残ったとしても、あの二つの膨らみに近づくことはできないだろうし……いや、死期が近づくかもしれない……


 なにしろ、両隣には、とても敏感なまな板コンビがいるのだ。


 二人の冷たい眼差しを見やり、きっぱりと巨乳を諦めた。そして、おもむろに口を開く。


「あの――」


「あの~、自分を弟子にしてください」


 血のにじむような思いで別れの言葉を告げようとしたというのに、眼前の巨乳が大きく揺れたかと思うと、その持ち主が意味不明な言葉と共に、ショートカットの髪を揺らして頭を下げてきたのだった。

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