14 それは猫?
女の子とは、これ程までに気分で態度が変わるものなのだろうか。
数秒前までは地縛霊の如く負のオーラを撒き散らしていた氷華なのだけど、何を勘違いしたのか、はたまた変なキノコでも食べたのか、ただいまギガハッピータイムとなっていた。
まあ、腐海の発生源になるよりはマシだよね? ファンタジーはいいけど、腐海は願い下げだよ?
今にも金色の野で踊りはじめそうな氷華を眺めながら、少し呆れつつも肩を竦めて本題に移る。
「じゃ、そろそろ中を確認するよ。氷華はどうするの?」
「もち、行くわよん!」
マジでこれが地縛霊だった女の子なのか? それとも、逆に何か憑りついたのかな?
あまりの変わりっぷりに、気が振れたのではないかと思ってしまう。
ただ、そのことを言及して元の木阿弥となるのも
気を取り直してコンビニに突入する。
当然ながら、店内の照明は消えて薄暗い。
なにしろ、窓にはびっしりと蔦が張り巡らされていて、外の明るさがまるっきり入ってこない状態なのだ。
「暗いわね。明かりの魔法とかあればいいのに」
そう言われるとそうだね……炎を明かりにするのは少し原始的だし、どうせ魔法が使える世界なら、光の魔法とかあっても良さそうだよね。
氷華の意見を尤もだと感じて、
「光球!」
途端に、野球のボールサイズの光が手の上に生まれた。
「おおっ、できるじゃん」
「ちょ、ちょっと、マジなの? 黒鵜君、何でもできるのね……ずるいわ……ひっ!」
周囲を明るく照らす光球が作れたことで、思わず喜びの声を漏らしてしまう。
隣に居た氷華は不服そうな声を漏らすのだけど、すぐさま腕に飛びついてきた。
だから、骨だらけだって言ったのに……にしても、柔らかさが足らなくない? 物凄く腕が寂しいんだけど……
明るくなったことで無数の人骸が露わになる。
彼女はそれを目にして、慌てふためいているのだ。
実際、気持ちの良い光景ではないのだけど、それよりも、彼女に抱き着かれた腕もそれほど気持ち良くはなかったことがショックだった。
まあ、女の子に抱き着かれるというのは、悪い気分じゃないんだけどね。
それはそうと、これまでに散々と人の屍を目にしたことで、さすがに慣れてきたみたいだ。以前のように腰を抜かすようなことは無くなった。
そのお陰か、落ち着いて店舗の中を見渡したところで、直ぐに別の問題に気付くことができた。
「これは酷いね……食べる物なんて残ってないんじゃない?」
店舗の中は散乱し、きちんと陳列されていたであったであろう商品は、いまやもぬけの殻となっていた。
それにガックリしていると、まるで既知の事実だとでも言いたげな声が聞こえてきた。
「やっぱり……」
「やっぱりって、どういうこと?」
彼女としては、食料がないことが当たり前なのかもしれない。でも、僕からすれば全く以て理解不能だ。
だって、ファンタジー化したことで、魔物がわんさかと湧いたと思う。
それも世界が変わったのは、日付変更線を通過したタイミングだから、この辺りで深夜に出歩いている人など少ないと考えていたのだ。
だから、コンビニを荒らすようなことは、そう簡単にできないと踏んでいた。
ところが、その理由を彼女が告げる。
「多分、自衛隊よ。あれを見て!」
彼女はなるべく周りを見ないようにしながら、指先を床に向ける。
彼女の指が指し示す方向に視線を向けると、そこには自衛隊員らしき装備が残っていた。
といっても、衣服はぺたりと潰れていて、袖やズボンの裾から骨が出ているだけだ。
それも一体ではなく、何体もの骸が転がっている。
ただ、それでも自衛隊がコンビニにくる意味が解らなくて首を傾げてしまう。
「確かに、あの遺体は自衛隊っぽいけど、それに何の関係が?」
「だって、ラジオで言ってたもの。救出作戦を繰り広げつつ、物資を集めるって」
「ガーーーン! だったら先に言ってくれたらいいのに……」
「そうだけど、全部のコンビニやスーパーを回るなんて無理だと思ったのよ」
「確かに……まあいいや、取り敢えず食べられそうなものを探そうか」
「そうね。お菓子とかはまだ大丈夫でしょうし、飲み物も欲しいわ」
僕等は荒らされた店舗の中を順々に確認していく。
そして、小一時間ほど店内を探索し、思いのほか物資が残っていたことに安堵することになった。
「結構残ってたわね。もしかしたら、戦闘があって途中で逃げたのかもね」
「あの遺体からして、それはあり得るね。氷華の方はどんな感じ?」
二人で手分けして食べ物を探し、必要な物資を一か所に集めることにしたのだ。
無数に転がる骸に関しては、申し訳ないけど邪魔としか言えない状況なので、店舗の隅に集合してもらった。
もちろん、彼等彼女等が不平を漏らすことはないし、整列してくれることもない。恨めしやと言わんばかりに時々転がり落ちるような骨の山となっている。
「取り敢えず、日持ちしそうな食べ物と雑貨を集めたわ。裏はどうだった?」
「米とか色々とあったんだけど……どうしよう、こんなに持ち運べないよね」
「それもそうね……というか、その前に帰る場所も無いわよ? マンションは飛竜御用達になってるし」
「確かに、あれじゃドラゴンホテル飛竜だよね……」
物資があったのは良いのだけど、持ち運ぶ手段もなければ、持ち帰る場所もない。
まあ、マンションに戻らないのは予定の
ただ、物資の運び出しという手間を考えて、直ぐに一つの案を思いつく。
「仕方ないね。暫くここで暮らそうか、トイレもあるし、風呂は自分達で水を出して浴びるしかない……かな」
「それはいいんだけど……あれ、どうするの?」
コンビニ移住計画を提案すると、彼女は賛成しつつも、少し気味が悪そうに視線を店舗の隅へと向けた。
そこでは、掻き集めた骸の山が、カタカタと自分達の存在を主張していた。
「ん~、外に穴を掘って埋葬しようか。もう骨だけだから腐ったりしないだろうし」
「わ、私は……私は無理だわ……黒鵜君がやってくれる?」
どうやら、彼女は骸にビビっているようで、完全に丸投げだった。
ただ、頼りにされているような気がして、憤慨するどころか、嬉しさが込み上げてくる。
それに、怯える彼女はちょっぴりだけ可愛く思えたりする。
「ああいいよ。その代り、トイレとかの掃除はお願いね」
「うっ……分かったわ」
コンビニで暮すことを決めると、自分の役割を果たすために、それぞれ行動を始めた。
さて、まずは周囲を綺麗にしようかな。この状態だと、魔物の接近が解り辛いからね。
遺骨を埋めるべくコンビニから外に出たところで、周囲の草刈りから始めることにした。
「風刃MAX! いけっ!」
全開で放った風刃は、幅が一メートルを超さんばかりのサイズとなって周囲を切り裂く。
ぶっちゃけ、覚えたてなのだけど、我ながら目を
さすがに、焦土で大量殲滅をしたお陰か、魔法の威力が桁違いになっていた。
「おりゃ! 風刃! でも、これじゃ、ある程度は刈れるけど、なんかイマイチだよね。それに、どうやって穴を掘ろうか……」
風刃を発動させながら、中途半端に残った草木を眺めて、不細工な光景だと溜息を吐きつつ、遺骨を埋めるための穴をどうやって掘ろうかと悩み始める。
だけど、その結論は初めから決まっているのだ。
そう、魔法を使うしかない。
だって、僕の体力では、きっと水溜まりのような穴を掘るのにも苦労することだろう。
「ん~、穴掘りね~、これはイメージが難しそうだね」
なぜか不思議と簡単にイメージできる炎魔法や風魔法とは違い、土を掘るイメージは難しいと思えた。
なんで火属性と風属性には適性があるんだろう……ああ、あと、光もか……というか、取り敢えず地面を掘れたらいいんだよね……
思いのほか簡単に覚えてしまった魔法を不思議に思え始めたところで、悩んでも始まらないと考えて頭の中らから追いやる。そして、取り敢えず穴掘りの魔法を試してみることにした。
「ん~、掘削!」
すると、自分の前に、五十センチ四方で深さ三十センチくらいの四角い形をした穴が開いた。
穴が開いたのは良いのだけど、本来そこにあった土は、なぜか隣に盛られていた。というか、勝手に地面が抉れてそこにあった土が隣に飛び出したような光景だった。
「なんか微妙な魔法だな……てか、なんか不思議な感じがするんだけど……すっごく非現実的な光景だったよね……でも、まあ、自分で穴を掘るよりはマシか……」
穴を掘るというよりも、勝手に土が移動する魔法に見えて不思議に思う。
ただ、その作業性よりも結果を重視して、その後も何度か掘削の魔法を試してみる。だけど、どれだけやってもできる穴の規模は変わらなかった。
恐らくは、水と同様に適性が低いということなのだろう。
それでも、新たな魔法を得て、コンビニの周りを少しずつ開拓していく。
もちろん、墓地となる穴を掘るのも忘れてはいないのだけど、ある程度は周りを整理しておかないと、魔物が現れた時に戦い辛いのだ。
それからは、暫くの間、黙々と淡々と粛々と、コンビニの周りを開拓していく。
その過程で、あることを理解した。
それは、魔法の威力は適正と黒魔石による力量の向上が必要なのだけど、精度は鍛錬によって向上するというものだ。
初めの内は、穴と穴の間が広かったりしたのだけど、何度も繰り返すうちに重複することも間隔が開くこともなく、綺麗に穴が掘れるようになった。
それが面白くて次々に穴を広げていると、後ろから声が掛かった。
「なんか騒がしいと思ったんだけど、なにやってるの!?」
ひたすらコンビニの周りを整地していたのだけど、氷華が発した驚きの声で我に返った。
「あ、ああ、氷華、どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。こんなに整地してどうするの? 農園でも作る気?」
「ん? あ、ああ、う~ん」
「人間って誰でもあるよね。熱中してると、本来の目的とか忘れて、それしか見えなくなることが……」
「はぁ~呆れた! そんなに没頭してたの? もうすぐ日が暮れるわよ?」
彼女の声でオレンジ色の夕日に気付く。
なんか、清々しい気分だ……これって、これまでになかった充実感だよね……
額にびっしりと掻いた汗を拭い、柔らかな色合いとなっている夕日を眺めながら、実は魔法使いよりも開拓者の方が面白いのではないかと思い始めるのだった。
初夏の夜とはいえ、既に外は真っ暗になっていた。
時間で言えば、八時を過ぎたところだ。
見事なほどに周囲を整地したのだけど、残念なことに、割り当てられた仕事はそれだけではなく、暗くなるまで様々な作業が続いた。
現在は、その様々をやっとのことで終わらせたところだ。
「ご苦労様。これで安心して寝られるわね」
「いやいや、まだご飯食べてないし……」
「ああ、そういえば、そうだったわ」
氷華は分かっていて
どうやら、店舗の中にあった遺骨も片付いて一安心したのだろう。
それはそうと、整地以外の作業がなにかいうと、それは店舗内の確認と居住空間の確保だ。
空になった陳列棚を窓側に寄せ、外から入られないように大きなガラスを内部から封鎖したり、建物の中を隈なく調べたりと、色々とやることは多かった。
その中でも、店舗の裏にできていた大きな穴を封鎖するのがひと苦労だった。
まあ、僕がやったことと言えば、その中に炎撃をしこたまぶち込むことだけなのだけど。
というのも、店内の遺骨は外部からではなく、内部の犯行だと推理したからだ。そして、その穴の奥に、その犯人――犯魔? が居ると考えたのだ。
そんな理由で、穴の中に攻撃魔法をぶち込んだ挙句、氷華が穴を氷で封鎖した。
きっと、今後は何も出ることは無いだろう。
ただ、もしものことを考えると、夏場だけあって、定期的に穴をふさぐ必要があるということで、そのうち土で埋めて欲しいとお願いされてしまった。
「ご飯は何がいい? 赤い狐? それとも緑の狸?」
「ん~、どん兵衛かな……」
「ざ~んねんでした。どん兵衛はありませんでした」
「が~~~ん! もしかして、どん兵衛の方が人気があって、先に盗まれたとか?」
どちらにしてもただのカップ麺なんだけど、久しぶりの真面な食べ物に胸を躍らせている。
まあ、カップ麺を真面というのも微妙だと思うけどね。
「じゃ、お湯を沸かすから火をお願いね……って、焦土はダメよ!」
「わ、分かってるよ!」
あれこれと話しながらも、彼女は事務所に置いてあったヤカンに水を入れている。
彼女の頼みに頷きつつ、外で伐採した枝に魔法を使って火を点ける。
生の木は簡単に燃えないと聞いていたのだけど、不思議なことにファンタジー化で生まれた植物は、なぜか良く燃える。
因みに、焚火についてだけど、空のおでん容器を使うことで、周りに炎が燃え移らないようにしている。
もちろん、喚起に関しても気になるところだけど、実のところ、封鎖した窓ガラスは殆どが割れている状態なので、特に問題ないと思う。
「そういえばさ、休憩室の隣に風呂場があったでしょ」
「ああ、そういえば、あったね。それがどうしたの?」
「一応、洗って使えるようにしたわ」
「おおっ、マジ? マジ? やったーーー! めっちゃ汗かいてて気持ち悪かったんだ」
氷華から風呂に入れると聞いて、大喜びで飛び上がる。
このコンビニの店舗は、よくある住宅一体型の建物ではなかった。
その代り、事務所の奥には六畳くらいの休憩室とシステムバスが備え付けられていたのだ。
どうやら、彼女はさっそくそれを使えるようにしたみたいだ。
今が真冬なら、少しばかり顔を顰めるけど、初夏であることを考えれば、水風呂でもなんの問題もないと思えた。
そんな訳で、諸手をあげて喜んだのだけど、彼女は少し不安げな表情を作ると、真面目な話を切り出してきた。
「取り敢えず、当面の食料と居場所は確保できたんだけど、これからどうするの?」
彼女は現在の状況――混沌なる現世が不安で堪らないのだろう。その気持ちは表情にもありありと表れていた。
その気持ちは解らなくもない。なんといっても、僕自身も同じことを考えていたからだ。
「そのことなんだど……食料ってどれくらい持ちそう?」
「ん~、乾麺や缶詰はそれほど多くないし、インスタント系もそれほど余裕がある訳じゃないのよね……ソーセージとかハム関係は既にアウトだし、冷凍食品なんて完全に生ごみになってるわ。ああ、腐ってる物は後で燃やしておいてね。それと、飲み物は何とかなるにしても、持って二カ月くらいかな」
「そんなもんだよね……」
「うん。切り詰めても三カ月は持たないと思う」
食料につて尋ねたのは、ここにいつまで居られるかを確かめたかったからだ。
というのも、いつまでのあると思うな親の金……いや親と金だったかな?
それは良いとして、いつまでもここに居られる訳ではないのだ。
そのうち、嫌でも食料の調達というクエストが発行されるのだ。
もちろん、発行元は自分たち自身であり、空腹感が発行者なのだけど。
「それじゃ、僕の考えをいうよ?」
前置きをすると、彼女は真剣な表情で頷く。
それに頷き返して話を進める。
「二カ月間、ここで修行しようと思うんだ」
「修行?」
「そう、修行。まあ鍛錬と言ってもいいかな。その間に、どんな魔物が現れても戦えるくらい強くなるのさ。そしたら、どこに出向いても無敵だろ?」
「ププッ……無敵って……あははは」
「なにが可笑しいのさ」
「ご、ごめん。別に悪気はないの。ただ、本当のファンタジーみたいになってきたと思ってね……そうよね。黒鵜君の言う通りだと思うわ。だって、きっと誰も助けてくれないものね。自分達でなんとするしかないのよね」
彼女の反応は、少しばかり不服だったけど、
しかし、彼女はそこで疑問を口にした。
「それで、どれくらい強くなればいいの?」
どうやら、指標が欲しかったようだ。
ちょっと妄想的だけど、それについても考えていた。
「あのマンションに居る飛竜を二人で全滅させられるくらいかな」
「えっ!? 真面目で言ってるの!?」
「ああ、真面目も真面目、大真面目だけど?」
その目標は、彼女にとって少しどころか、とんでもない域に達していたようだ。
大きな瞳をこれでもかと言わんばかりに見開いていた。
彼女がどう考えたのかは分からない。ただ、想いは伝わったようだ。見開いていた瞳を元に戻すと、ゆっくりと頷いてくれた。
ただ、どことなく恥ずかしそうにしているのが解せない。
「分かった。私もそれでいいわ……ところで~、今夜のことなんだけど……黒鵜君はどこで寝る?」
彼女がモジモジとしながら寝る場所の相談をしてくる。
なにゆえ、恥ずかしそうにしているのか理解不能だったのだけど、直ぐに、彼女が休憩室を使いたいのだろうと悟る。恐らくは、それが言い難くてモジモジしているのだろう。
ここはレディーファーストでいいのかな。夏の間は寝床が硬すぎなければ何処でもいいし、広い場所の方が安心できるし……
これまでの経験から、狭い場所で襲われるのが一番怖いと感じた。
広ければ多少は逃げ場があるのだけど、狭いと逃げるに逃げられないと考えたのだ。
ただ、それを強要する訳にもいかないから、ここは彼女の気持ちを汲んであげるべきだろう。
「ああ、僕はここでいいよ。氷華が休憩室使って」
「えっ!?」
色々と気を使って答えたのだけど、なぜか彼女は驚きを露にした。
その反応が予想外で、どうしたことかと首を傾げてしまう。
その時だった。窓ガラスを封鎖するために移動させていた陳列棚から音が聞こえてきた。
「魔物か!?」
「なに!? なに!?」
二人とも飛び上がらんばかりに驚いて立ち上がる。
確かに、魔物が入ってこないように窓ガラスを陳列棚で封鎖したのだけど、その大きさは窓ガラスの方が大きく、スライムのような小さな魔物なら侵入可能なのだ。
それを理解している僕等は、直ぐにでも攻撃できるように態勢を整える。
ところが、進入してきた魔物はコテンと陳列棚から落ちた。
「えっ!? 死にかけてる?」
「は~~~~くしゅん……猫だわ……私の近くに寄せないで……」
黒い魔物が棚たら落ちたと思ったのだけど、氷華はそれを見た途端にくしゃみをすると、透かさず鼻を
どうやら、彼女は猫アレルギーだったようだ。
「な~んだ、猫だったのか……びっくりさせるなよな~」
真っ黒な猫が横たわっているのを見て、脅かさないよう静かにと歩み寄り、ゆっくりと優しく抱き上げる。
「フニ~」
「ん~、子猫じゃないけど、成猫でもないみたいだ。ん? お腹が空いてるのか?」
「二ィ~」
「そうかそうか。ねえ、氷華、シーチキンの缶詰があったよね」
「あれって人間用よ? 猫にあげても平気なの? たしか、猫缶があったわよ。取り敢えず捨てようと思ってあそこに集めて置いたけど……」
「えっ!? 人間の食べ物ってダメなの?」
無知な僕に向けられた指摘に驚いてしまう。
「もう、無知ね。穀物はNGだし、チョコレートとかカフェイン、あとは干しブドウとかもアウトだったかな。ああ、そう言えば、雑誌の中にペットの本があったわよ」
「なるほど……後で見てみようかな。取り敢えずは猫缶で……マグロがいいかな?」
「ニィーーー!」
「おっ、そうかそうか! ちょっと待ってろよ!」
猫をゆっくりと降ろすと、マグロの猫缶を開ける。
パッケージには、猫大満足と書いてあるので、きっと喜んでくれるだろう。
そんなことを考えながら、力無く座り込む猫の前に、
すると、黒猫は少し匂いを嗅いだ後、透かさずガツガツと食べ始めた。
「おお~、凄いガッつきようだね。さぞやヒモジイ思いをしてたんだろうね。たくさん食べろよ」
「ニィーーー!」
言葉が解るとも思えないのだけど、黒猫はこちらを仰ぎ見ると、嬉しそうに返事をしてきた。
しかし、そこで違和感を抱く。
「ねえ、氷華~」
「なに?」
「猫って、額に角なんてあったっけ?」
「ある訳ないじゃない。何言ってるのよ!」
問い掛けに、氷華が呆れた声で答えてくる。
それでも、愚かな質問を続ける。
「ねえ、氷華~」
「今度はなによ!?」
「猫って、背中に羽なんて生えてたっけ?」
「ある訳ないじゃない! 妄想にでも浸ってるの?」
「だよね……」
質問に呆れていた氷華だったけど、その意図に気付いたのか声が強張る。
「もしかして、角と羽が生えてるの?」
「ういっ!」
「それって、魔物じゃない!」
そう、僕と氷華は魔物を倒して最強になると決意した途端に、その倒すべき魔物に餌を与えてしまったのだった。
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