13 酔っぱらいと地縛霊


 それは、常夏のハワイやグアムなんて目じゃないほどの暑さ、いや、熱さだった。

 どちらかと言えば、遠赤外線で焼かれるサンマの如く、腹の中からしっかりと、こんがりと、すっかり焼かれているかのような気分にさせられる。


 思い付きで放った魔法は、想像以上に凶悪な結果をもたらした。

 一瞬にして火炎地獄を作り出し、轟々と燃え上がる炎は、まさに炎のベールとなって周囲の景色を完全に塗り替えていた。

 その灼熱の炎は、僕等を取り囲んでいたワータイガーを一瞬にして飲み込み、魔物は業火に焼かれる苦痛を受け、己が不幸を呪うかのような悲鳴を上げていた。


 まあ、それで僕等が助かることを考えれば、彼等には申し訳ないけど良しとするところだ。

 ただ、火の粉が自分達にまで及ぶとなれば、それは話は別だといえるだろう。


 魔物が死滅したところまでは良かった。まさに期待通りの結果であり、喜ぶべき結末なのだけど、その後が拙かった。

 炎の海は何処までも果てしなく、というよりも、己が尻に火が点きそうなほどに、発動した僕自身をも焼かんばかりの勢いだった。

 そう、現在の僕等は、大型オーブンにぶち込まれたような状態なのだ。


 ああ、こんがり、しっかり、お腹の中まで火が通るのかな……


 そんな場違いなことを考えていると、悲痛な声が耳に届いた。


「氷壁! 氷壁! 氷壁! 氷壁――」


 どれだけ続けているのかも分からないほどに、氷華が氷の壁を作り上げていくのだけど、たちまち端から溶けていく。

 氷が解けるその速度を見ただけでも、僕等を囲む炎の勢いが分ろうというものだ。


「氷壁! 氷壁! ダメだわ! ん、もうっ! 豪雨!」


 壁を作ってもダメだと知り、彼女は憤慨しながらも大量の雨を降らせ始めた。


 それはかなりの効果を発揮する。

 炎の海が消えることはないのだけど、氷壁と併用したことで、僕等の周りに進行することを押し留めることはできたようだ。

 だけど、次の瞬間、僕の上に雷が落ちた。

 もちろん、天からではない。


「ちょ、ちょっと! 何考えてるのよ! 焼身自殺でもする気なの? それとも焼き魚定食、もとい、焼き人定食にでもなりたいの? そんなに丸焼きになりたいのなら、止めないから黒鵜君だけにしてね。それとも、黒鵜君だけ炎の中に入れてあげましょうか?」


 その落雷は稲妻を伴うことこそなかったのだけど、鋭い棘となって僕の耳と心に突き刺さる。

 当然ながら、その鋭利な棘を作り出しているのは、いまや僕の相棒である氷華だ。


「ご、ごめん。焦ってて、つい……」


 まるで蛇に睨まれたカエルの如く、頭上から降り注ぐ大粒の雨に濡れながら、首を窄めてゲコゲコと言い訳をしてみる。


「魔物を倒すのはいいけど、こっちまで死んだら意味がないのよ? 思い付きで丸焼きにされたら堪らないわ」


「ご尤もです……」


 正直言って、ぐうの音も出なかった。

 なにしろ、彼女の言う通りであり、僕も焼け死にたいと願っている訳ではないのだ。


 あの顔からすると、そうとうに怒ってるみたいだ……ここはひたすら謝るしかなさそうだ。


「もうっ! 本当に考えナシなんだから! やっちゃったことは仕方ないけど、もう少し考えてよね」


「う、うん……今後は気を付けるよ……」


 愁傷な態度で真摯に謝罪すると、彼女の怒りも収まってきたのか、お仕置きタイムは終了となったみたいだ。

 ただ、だからといって状況が改善された訳ではない。


「これって、解除できないの?」


「解除って? ああ、氷華は氷壁を解除してたよね……そういえば、僕も初めは解除してたんだっけ……分かった、やってみる」


 氷華の言葉で、魔法の鍛錬をしていた時に解除していたことを思い出し、土砂降りの雨に打たれながらも炎の魔法を終わらせることをイメージする。

 ただ、あの頃のことを思い浮かべ、解除が苦手だったことを直ぐに思い出す。

 それでも、なんとかイメージが出来上がったところで、右手を突き出して魔法の解除を試みる。


「消えろ! 解除!」


 自信なさげに魔法の解除を唱えた途端、炎の海は更に燃え盛った。

 目に見えて氷壁が溶ける速さが増したような気がする。

 その勢いからすると、氷壁の向こうは間違いなく灼熱地獄と断言できるだろう。


「ちょ、ちょっと、何やってるのよ! 氷壁! 氷壁! 氷壁! 豪雨! 豪雨! 豪雨! ふっ~~~~~黒鵜君!」


「ひゃい!」


 苛烈に燃え盛る炎をなんとか食い止めた氷華は、角が生えんばかりの形相で声を張り上げた。

 当然ながら、僕は塩をかけられたナメクジのように縮こまるしかない。


「わ、ワザとじゃないんだ……消そうと思ってイメージしたんだよ?」


「はぁ~、もういいよ。少しずつ消しましょ。黒鵜君も水の魔法を使えるでしょ? って、あれじゃ意味ないか、老尿だし……」


「うぎゅ……」


 水龍の威力を揶揄やゆされて、言い返したいところなのだけど、現在の状況を考えて、ただただ呻き声を漏らす。

 しかし、彼女は容赦なく追い打ちを掛けてきた。


「黒鵜君って、まるで自壊の弾薬庫ね」


 結局、炎獄の魔法使いを自称する僕は、氷結の魔女から有難くない二つ名を頂いたのだった。









 正直言って、とても辛かった。

 呼吸も荒くなり、心臓は爆発するかと思うほどに高鳴り、今にも逝ってしまいそう気分だった。

 百メートル全力疾走を十回くらいやればこうなるだろうか。

 そう思わざるを得ないほどに、死にそうな気分だった。


「魔力の枯渇があるとは知らなかったわ。これはいい実験になったかも」


 横たわる僕の側で氷華が、腕を組んだ状態で頷いている。


 いやいや、それどころじゃないんだけど……というか、膝枕くらいしてくれてもいいよね?


 起き上がるのも辛い状況なだけに、落ち着いて分析をしている彼女に物申したかったのだけど、それも儘ならない。


 現在の状況なのだけど、周囲を取り巻いていた炎の海は、二人で協力して難とか鎮火されることができた。

 ただ、そこで使った魔法は、もちろん、老尿こと水龍ではない。

 なかなか消えない炎を前にして、マンションでのことを思い出し、爆裂の魔法で強引に消化したのだ。

 ただ、それがいけなかった。爆裂を連発したことで魔力が枯渇してしまったのだ。


 これまでの経験から、魔力の枯渇なんて存在しないご都合主義かと思っていたのだけど、実はしっかりと魔力の容量が決まっていたようだ。

 とはいっても、かなりの爆裂を放ったことを加味すると、普通であれば枯渇なんて気にする必要はないと思う。


 実のところ、魔力の枯渇に関しては、然して問題ではなかった。

 生き絶え絶えとはなったものの、例えるなら、長距離マラソンを終わらせたような状態になるだけだ。

 まあ、スポーツマンでない僕にとって、それはそれで問題でないと言い切れないのだけど、本当の問題はその後に起こった。


「それにしても凄い数ね。まだあるわよ? もう一個いっとく?」


「む、無理……青汁みたいに、不味い、もう一杯! って訳にはいかないんだ……」


 何かのネタで見たコマーシャルを思い出し、笑いのネタとして取り入れて見たのだけど、氷華はそのネタを知らないようで、思いっきり外してしまった。いや、完全にスルーされてしまった。


「はぁ~、じゃ、私はもう少し回収してくるね」


「う、うん。気を付けてね。ああ、キリがないから大きいのだけでいいよ」


「了解!」


 首を傾げていた氷華は、ネタの面白くなさからの溜息なのか、小さく息を吐き出すと徐に立ち上がった。


 そう、氷華から『自壊の弾薬庫』という不名誉な二つ名を付けられてしまった僕は、魔黒石酔いで倒れているのだ。


 なにゆえ、魔黒石酔いが起こったかと言うと、それはとても簡単な理由だ。というのも、一度に大量の魔黒石を吸収し過ぎただけなのだ。

 では、どうしてそんなに魔黒石があるかというと、それについては現在の光景を見た方が早いかも知れない。


 僕が横たわっている辺りから半径二百メートルくらいが焼け野原になっている。

 もちろん、それは焦土と爆裂の産物であり、それに巻き込まれた魔物が、無残にも丸焼けになったむくろを晒していたりする。


 初めは、その光景に驚きつつも、魔黒石が沢山転がっていることに目の色を変え、嬉々として吸収していたのだけど、その数が余りにも多過ぎて途中で倒れてしまったのだ。

 まあ、簡単に言えば、飢えた状態でパーティーに出かけ、無数に並べられた豪華な料理を貪り食ってお腹を壊したような状態だ。


「こんなところで時間を食ってる場合じゃないんだけど……でも、こんな機会はそうそうないし、できるだけ吸収しときたいな……」


 焦る気持ちが優れない気分をカバーしたのか、幾分か身体が落ち着いてきたように思えたところで、ヨロヨロと立ち上がりながら周囲に目を向ける。


「まあ、見るからに何も居なさそうだし、頑張って回収しようか……」


 中には焼け残った木々もあるのだけど、腰まであった雑草などは物の見事に焼けて無くなり、まさに焦土と断言できる光景が広がっている。

 そんな状況で、先を急ぐはずの僕等は、ひたすら魔黒石を集めて回ることになるのだった。









 視線の先には、木々に覆われたコンビニが見える。

 それは、違和感あふれるというか、お化け屋敷というか、なんとも不気味な光景だ。

 それでも、この光景が現実であり、僕等が置かれた環境であり、現在の偽りのない世界の姿でもあるのだ。


「随分と時間を食ったわ……本当なら、徒歩で二十分もあれば辿り着くはずなのに……」


 隣で愚痴を零す氷華にチラリと視線を向ける。


 ふ~ん。ここのコンビニの存在を知ってるってことは、この近辺に住んでたんだよね? てかさ、抑々、そんな遠くから来れるはずがないし……でも、そうなると同じ中学のはずなんだけど……


 未だに正体不明の氷華について考えを巡らせるのだけど、当然ながら彼女はそれに気付くこともなく、口煩く説教を垂れ流し続ける。

 まるで、言葉の公害みたいだ。


「ねえ、わかった? 焦土は禁忌の魔法よ! 封印ね。それと、新しい魔法はちゃんと練習してから使うこと! それに――」


「わ、わかったってば……あとは、勝手に魔法をぶっ放さない! だろ?」


「そうよ。黒鵜君って考えなしだから、一緒に居たら命がいくらあっても足りないわ」


 うぐっ……だったら、自分一人でどこかに行けばいいのに……


「な、なにか文句あるのかしら?」


「な、ないけどさ……」


 不満な気持ちが顔に現れていたのか、敏感に感じ取った氷華がまなじりを吊り上げる。

 やたらと噛みついてくる彼女に、少しばかりウンザリしたこともあって、すかさず話を代える。


「それよりも、時間も時間だし、さっさといこうか」


「その時間を沢山消費したのは誰でしたっけ?」


「うぐっ……」


 彼女が苦言を漏らすように、この世界がファンタジー化する前なら、なんてことはない距離なのに、既に夕暮れになろうかという時間になっている。

 その原因は言わずと知れた魔物との遭遇なのだけど、実際、それ以上に魔黒石の回収に時間を食ってしまったのだ。


 そんな理由もあって、いまや僕の立場は底辺と言わざるを得ない状態だ。

 その証拠に、氷華に棘のある言葉でグサグサと刺し貫かれても、文句の一つも言い返せないでいる。

 もちろん、反論することはできるのだけど、その時は、きっと今よりも恐ろしい事態が訪れるだろう。


「まあ、いいわ。行きましょうか! って、気を付けてね」


「あ、う、うん」


 どうしたんだろ!? なんか氷華の顔が強張ってるけど……


 顔色の悪い彼女のを気にしながらも、コンビニへと脚を進める。


 そのコンビニは道路沿いにあり、割と広い駐車場を持っていたはずだ。

 近くには、クリーニング屋さんやパン屋さんがあったのだけど、それもいまや蔦に塗れて建物があることすら分からない状態だ。

 当然ながら、コンビニにも蔦が絡まり、元の面影など欠片もない。


 そんなコンビニに近づくにつれて、気分が落ち込んでいく。

 なぜなら、正面の大きなガラスは割れ放題で、屋根からは大きな木が突き出していたからだ。


「こりゃ、酷いや……もしかしたらダメかも?」


「まあ予想通りだけど、取り敢えず食べられそうなものを探すしかないわね。さすがにお腹がペコペコだし……」


 彼女が愚痴を零すのも仕方ないだろう。

 なにしろ、僕等はマンションで朝食をとも呼べない乾パンを食べてからというもの、水以外を口にしていないのだ。

 その水も、底を突いたのは数時間前のことだ。

 何と言っても、僕が起こした灼熱地獄で喉が渇いてしまい、残っていた水を飲み干してしまったのだ。


 実のところ、自分達が魔法で出す水が飲めるのではないかと考えたのだけど、それにチャレンジするリスクを考えて、今のところは保留としている。

 きっと、切羽詰まったら僕が試す羽目になるだろう。もしかしたら、それが僕における人生の終焉かもしれない。

 まあ、竜をも撃退する魔法使いが、自分で出した水を飲んで死んだら、きっと笑いの種になるだろう。


 そんな、考えるだけでも寒気がしてくる状況を思い浮かべつつ、ゆっくりと脚を進める。


「外から見る感じだと、何か居そうな雰囲気ではなさそうね」


 草むらを掻き分けながら進む僕の横で、氷華が感想を述べてくるのだけど、どうやら彼女の言うことが当たりみたいだった。


 蔦の隙間からこっそりと中を覗き込むと、何も居ないことが確認できた。

 ただ、何も居ないことは確かだけど、どうみても何かが居ただろうという形跡は残っていた。

 というのも、店舗の中には沢山の骸が転がっていたからだ。


「人の骨だらけなんだけど……氷華は外で待ってる?」


「い、嫌よ! わ、私もいくわ……」


 どうやら、一人でいるのは心細いみたいだ。青い顔を引き攣らせながらも反論してきた。


「じゃ、行くよ」


「う、うん」


 蔦に覆われた手動の扉を強引に押し開けようとする。

 だけど、蔦の威力は尋常じゃなかった。生半可な力でどうこうなるものではなさそうだ。


「ダメだ。とってもなじゃないけど、僕等の力で開けられそうにないよ」


「ん~、ここは風刃の練習に調度いいんじゃない?」


「おっ、そうだね。いっちょやってみようかな。荒れ狂う風よ! 刃となりて……」


「なにそれ? もしかして呪文なの? 今のが呪文なのね? もしかしなくても、オタクで、二次元で、病人なのよね?」


 やばっ! やっちやった……思わず調子に乗っちゃったよ……


「ち、ちがう! ちがうって! 僕は真性しんせいじゃないってば! 氷華と違うんだから!」


 焦りながらも必死に弁解するのだけど、例えに出した言葉が拙かった。


「ちょ、ちょっと、私のどこが厨二なのよ!」


「僕は厨二なんて一言もいってないよ?」


「ひぐっ……」


 墓穴を掘った彼女が顔を引き攣らせる。

 どうやら、彼女もあまり利口な方ではないみたいだ。


「も、もういいから、早くやりなさいよ」


 人のことを自滅の弾薬庫とか言ってた癖に、勝手に自爆した彼女が開き直って、あからさまに話を代えた。

 憤りを感じつつも溜息を吐くと、彼女に突っ込むこともなく、気を取り直して魔法を発動させた。


「はいはい! 風刃!」


「返事は一回!」


 ちょ、ちょ、君は僕の母親なのか? 少しばかり小言が多いよ?


 保護者でも気取っているのか、少しばかり鼻に付く彼女の態度を不満に感じながらも、発動した魔法の効果を確認する。


 うひょ~~! 我ながら凄いよ……蔦どころか窓ガラスもスパっと切れてるし……


 風刃でボロボロになった蔦が散乱し、見慣れた扉が現れたのだけど、分厚いガラスが見事に切り裂かれているのを見て、心中で感動の声を上げる。


「う~ん、この威力と速度なら炎の魔法よりは使い勝手がいいかもね。暫く炎の魔法は封印して、こっちをメインにしたら?」


 うぐっ……大きなお世話だっつ~の!


 風属性魔法を見やり、彼女は勝手な感想を述べてくる。

 ただ、その物言いにカチンときて、思わず苦言を漏らしてしまう。


「だったら、氷華も色々覚えたらいいじゃん。水属性の魔法しか使ってないよね?」


 別に甚振るつもりで発した言葉ではなかったのだけど、彼女は途端に萎れた花のように項垂れた。


「えっ!? えっ!? どうしたの!?」


 あからさまに急変した彼女の様子に、地雷でも踏んだかとオロオロしてしまう。

 しかし、焦る僕を他所に、彼女はそのままそこに座り込んだかと思うと、どんよりとした影が出来上がった。


 マジ!? じ、地雷だったんだね……


「どうせ、私なんて水しか使えないし……攻撃魔法は威力がないし……背も低いし、可愛くないし、スタイルも良くないし、貧乳だし、貧乳だし、貧乳だし……」


 やばっ! 自虐が出たよ! 自虐が……てか、完全に自分の殻に閉じこもっちゃったよ……地縛霊みたいだ……どうしよう……


 どうやら彼女は水の適性しかないようで、それを指摘されたことが引き金となって、完全に鬱モードに突入してしまった。

 オマケに、感じつつも命惜しさに発することのなかった貧乳にまで触れている。

 ブツブツと自虐的な言葉が漏れてくるのだけど、神はどこまで僕に試練を与えるつもりなのだろうか。


 胸が小さいの、気にしてたんだね……そこだけリピートしてるし……てか、この核廃棄物をどうしろと?


 まるで放射能をバラ撒くかのように、負の空気を撒き散らす氷華を前にして、あまりの落ち込みっぷりに呆れ、どうしたものかと途方に暮れる。

 というのも、女の子と上手くやっていくための能力なんて、僕には皆無なのだ。


 しゃ~なしだね……まずは煽ててみよう。


「そんなことはないよ。氷華は凄いじゃん。竜を遮る壁なんてそうそう作れるもんじゃないよ。それに同じ水属性でも色々と種類もあって使い勝手がよさそうじゃん」


 おっ、ピクリときた……反応アリだ。


「そう言えば、女の子って、小さい方が可愛いよね。僕は大きな女の人とか怖いんだけど……」


 おおおっ、自虐の念仏が止まった……もう一息だ。


「それに……氷華って……かわい……」


 ヤバイっ、恥ずかしい……可愛いって言えない……


 やはりボロが出始めた。普段から女の子を褒めた経験などないことが祟る。たかが可愛いという台詞だけで声を詰まらせてしまった。


 そう、恥ずかしいのだ。本人に面と向かって可愛いなんて、とても言えそうにない。

 ところが、地縛霊の如く地と同化していたはずの彼女は、キラキラと瞳を輝かせて見上げてくる。


「そ、そうなんだ……私って可愛いんだ……黒鵜君の好みなんだ……」


 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、氷華さん? 大きな女性が怖いとは言ったけど、一言も君が好みだとは言ってないよね?


 完全に舞い上がっている氷華を見て、それはそれで途方に暮れる。

 ただ、いつまでも地縛霊でいてもらうよりはマシだと考えて、僕は敢えて否定の言葉を口にすることは無かった。

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