第8話 お別れは笑顔で

 桃太郎は結局マッチを買わずにお帰りになったので、マチのカバンの中にはマッチが残り二本だけとなった。

「あともうすこしだね」

 マチが鞄の中を見ながらそう言うも、もう誰も買いに来ないと思っているのか、しょんぼりしている。

 だけど、実はもうマッチの完売は確定していた。

「いや、もう終わりだよ」

「えっ?」

 そう言って俺はポケットから財布を取り出す。

 静風も察したようで、財布をカバンから取り出した。

 誘う前に気づくとは、さすが静風だなあ……おい、地味にドヤ顔するな。

「何だかんだ売ってたら欲しくなってな、ほら、マッチ下さい」

「私も、マッチ下さい」

 まあ使わないで記念に取っておくんですけどね。

 マチは一瞬驚いた顔し、すぐに笑顔になる。

「はい! 二人ともお値段ピッタリですね! どうぞ、完璧マッチです! アラーム機能が売りなんですよ!」

 考えないようにしてたけど、何でマッチにそんな機能を入れることができるんだ。

 マチから完璧マッチを受け取り、大切に鞄にしまう。

「すごいねマチちゃん、完璧とか機能とか難しい言葉いつのまに使いこなせるようになったの?」

 げっ、確かにマチは嬉しくて素に戻ってた!

 マチもしまった、と手で口を押さえて……!

「さすが私の妹分ね! 私達とお客さんのやり取りを見て覚えたのね! すごいわ!」

 ただのバカだった。

「と、とにかく! これで完売だな。皆お疲れ様!」

 ぱちぱちぱちぱち、ちょっとした拍手が起こる。

 うーん、こんな青春したのいつぶりだろうか。

 ……自分で言ってて涙出てきた。

「はい! おつかれさまでした!」

「お疲れ様、真木君、マチちゃん。……ゴメン、良いところだけど私ちょっとお手洗いに行ってくるね」

「おう、行ってらっしゃい」

 俺の言葉に静風が体を進行方向と反対にぐりんと曲げる。

「真木君、今の発言を妻を見送りする新婚の夫みたいな感じでもう一回……」

「い、いいから早く行け!」

 そもそもお付き合いすらしていません。

 ちぇーっと言いながら静風は席を外す。

 ……うん、この距離なら静風に会話を聞かれないだろう。

 椅子に座って休んでいるマチの隣に座って、話しかける。

「お疲れ様、マチ」

 静風に対しても含めて二重の意味で。

「……はい、終わってしまいましたね」

 残念そうにマチは答えた。

「完売だぞ、両手上げて咽び泣きながら喜べよ」

「森林さん前に泣いたら困るって言ってましたよね? それに、嬉しくないわけではないです。嬉しい気持ちでいっぱいですが……」

 言わなくても、何となく分かる。

 恐らく宣伝が終わったので、マチは元の世界に帰るのだろう。

「お別れの時間かな、マチ」

「……はい、宣伝が終わった今、神様に報告しに帰らねばなりません」

 それに、とマチは続ける。

「異世界にはあまりほいほい行けるものではありません。……またいつ来られるか」

「……そっか」

 元々違う世界に住んでいたのだ、こればっかりは仕方ない話だ。

「ホント、たった半日ですっかり仲良くなったよなあ俺達」

「そうですね、初めて会った時はお互いこうなるとは思いませんでしたね」

 一本背負いの出会いでここまで予想出来る人はいないだろう。

「また会うのは難しいんだろ? 言いたいことあるなら今のうちに言っとけ言っとけ。」

 別れの言葉とか色々ね。

「……言いたいこと、か」


「私、森林さんのこと…いや、真木さんのことが好きです」


 ぶほっ!?

「おま、は? え、ドッキリ? 俺が浮気しないか静風がチェックするための罠?」

「真木さんが言いたいこと言えって言うからですよ?」

 マチは俺の目をじっと離さずにそう言ってのけた。

 くそぅ、こいつ告白するときはビシッと決めるタイプなのか。

 どどどどうしよう、な、何か返事をしなくては……。

「お返事は今すぐじゃなくていいです」

「へ?」

 マチは椅子から立ち上がり、俺に向かって振り返った。

「残念ですけど、今日のお二人の息ピッタリな様子を見て、私はまだ静風さんには全然勝てないと思いましたからね。……でも! 今度会ったらガンガン攻めていきますので、その時は覚悟して下さいね!」

 マチは笑顔でそう言った。

 もう会えないと勝手に思い込んだのは、どうやら俺だけだったらしい。

「……ああ、分かった。お手柔らかにお願いしますよ」

 俺も自然と笑みがこぼれる。

 マチは返事を聞くと頷いて、カバンから自分の本を手に取り開き始める。

 どうやらお別れの時間はもう少しのようだ。

「あれ? そういや静風は――」

「私ならここにいるよ、真木君」

 俺の背後にいた。

「うぉおおい!? いつの間にいたんだ!? いるなら声掛けろよ!」

 まずい、どこから話を聞いていたのか場合によっては大変なことに!?

「良い女は空気を読むものよ、真木君。……マチちゃん、お別れかしら?」

「はい。……私、静風さんとも会えて本当に良かったです!」

 そう、と静風が返事をした。

 心なしか、嬉しそうな気がする。

 マチがもはや援護できないくらいスラスラ話しているのに、静風が特に反応しないのはやはりさっきの会話を聞いていたのだろうか。

 マチは返事を聞くと、帰る準備を再開する。

 見た感じ、見開きの本に向かってダイブする帰宅方法のようだ。

「さようなら真木さん、静風さん! また必ず、会いに来ますから!」

 別れを告げるとマチは本の中へ飛び込み、残った本はパタンとひとりでに閉じられた。

 俺はその本を拾い、カバンに入れる。

 家帰ったら勝手に名前ペンで大きく名前書いてやろう。

「何だか静かになって、さびしくなるなあ」

「……そうね、私もちょっとさびしいな」

 静風が女相手にさびしいとは、珍しいこともあるもんだ。

 マチの存在は彼女にとっても大きいものになったということか、うんうん。

「……さてと、そろそろお家に帰りますかねえ。」

 ガシッ。

 家の方角に体の向きを変えた俺の肩を、突如静風が背後から掴む。

「ところで真木君、あなたは私にマチちゃんは遠い親戚の子だって言ってたよね?」

 あっ。

「私に嘘をついたことと、マチちゃんについて、後で詳しくお話しましょう?」

 ゆっくり振り向くと、静風さんの目からハイライトが消えていらっしゃる。


 逃走劇の開始まで三秒前。


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